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リオンの新たな夢



「ホント、酷い目にあったわ……」


 孤児院への帰り道。肩を落としたままフラフラと隣を歩くミリルが、なんともゲッソリした表情で呟いた。


 あのあと三十分ほど吹き荒れ続けたティアのブリザードから解放されたミリルは、心がポッキリ逝ってしまったらしく、リオンが全ての用事を済ませてティアとジェイグと別れるまで回復することはなかった。


 おぼつかない足取りでユラユラと歩きながら、「ティア怖いティア怖い」と呟き続ける姿はまるで背後霊のようで、街往く人々を震え上がらせていた。


「自業自得だ」


 リオンは特に気遣う様子もなく、歩き慣れた道を進む。「ちょっとお灸をすえ過ぎたか」とも思ったが、どうせ明日には復活してまたいつも通りやらかしてくれるはずなので、放っておくことにした。


 そんなリオンの態度にミリルが恨みがましい視線を向けてくるも、どうやら文句を言う気力もないらしく、黙って後を付いてくる。「いつもこれくらい大人しくしてくれれば可愛いのに」と、リオンが心の中で呟いたのは秘密だ。


 まぁそうなったらなったで調子が狂うのだが。


 そんな調子で日の暮れかけた田舎道を、二人はしばらく無言で歩き続けた。


 しばらく歩いたところで、ふと耳に届く音に気が付いた二人は、同時に立ち止まる。


 それは風が渦巻くようなゴオォッという音で、大きさを増しながらゆっくりと二人に近づいてくるようだ。


 その音の正体に気付いたリオンは、来た道を振り返り、その音を辿ってオレンジに染まりゆく空を見上げた。


 視線の先には金属の龍。いや、正確には龍を模った鉄の船が、立派な翼を広げて、雄大な空を堂々と翔けていた。


「魔空船……」


 まるで心を奪われたような表情で、リオンがその名を呼ぶ。


 いや、きっとリオンはその存在を知ったその日から、ずっと心を奪われたままなのかもしれない。


 堂々とした姿で大空を翔ける船に。


 そして、雄大で果て無い、この異世界の空に。

  

 船が二人の上を通り過ぎていく。そのまま空の彼方へと飛び去り、小さくなっていくその影へリオンは手を伸ばす。


 まるで小さな子どもが、空を舞う雪をその手に掴もうとするように。


 そして船の影と重なった掌を、力強く握りしめる。


 その所作が意味するのは、誓い。あるいは宣戦布告とも言うかもしれない。


(いつか必ずこの手に掴んでみせる)


 魔空船が夕暮れの空に消えていくまで、リオンはその手を伸ばしたままだった。


「またやってる」


 いつのまにかこっちを見ていたミリルが、呆れたように呟いた。


 その声で我に返ったリオンは、伸ばしていた手を下すと、少し照れたように苦笑する。


「魔空船が飛んでるの見るたびにやるんだから……本当に空が好きよねぇ、あんたは」

「……まあな」


 これはまだリオンが、前世で空野翔太という名前だったときからやっている癖だ。


 この世界の魔空船は、前世の飛行機とは形状も構造も違う。魔術を使うため、そもそも空を飛ぶ原理から異なるのだが、リオンにとっては「空を自由に飛べる」という事実さえ同じなら、心を奪うには十分だった。


「けど、ミリルだって見てただろ?」

「あたしは魔導具の一つとして魔空船が好きなだけ。空バカのあんたと一緒にしないでよね」


 ヒラヒラと手を振り、素っ気ない返事をするミリルに「ぶれないなぁ」と内心で感心する。空バカとか言われたが、事実なので特に気にしない。


 再び歩き出したミリルに、今度はリオンがそのあとを付いていく。


 日ももうほとんど沈んでしまった。先生の作る晩御飯の献立を予想しながら、二人は家へと帰って行った。






 この世界にも空飛ぶ船がある。


 その事実を知った時、リオンは転生して初めて歓喜の声を上げた。


 かつての自分が、死という残酷な運命に弄ばれ叶えられなかった夢。「自由に空を飛びたい」という夢を、もう一度追いかけることができるのだから。


 最初の頃は「魔法とか魔術があるなら、それで空を飛べるのでは?」と、甘い考えを抱いていた。しかし、その考えはこの世界の常識によって、あっさりと打ち砕かれてしまう。


 まずリオンが考えたのは、風属性の魔法を使って飛ぶ方法である。


 幸いにもリオンは第二属性が風だったので、この方法はすぐに試すことができた。


 そして、その試みはわずか一回の実験で不可能だとわかった。


 その理由を説明するには、まず属性魔法の特性を説明しなければならない。


 属性魔法は、大気や大地に存在するマナにアウラで干渉することで発動する。それはマナを白い布、アウラを染料とイメージするとわかりやすいかもしれない。マナという布を集めて、自分の属性いろに染めることで魔法は発動するのだ。


 しかし、これには大きな制約が存在する。


 それが『干渉範囲』と『干渉速度』である。


 アウラは魔法使用者の体から一定以上離れると、霧散してしまいマナへの干渉ができなくなるのだ。その一定距離を『干渉範囲』と呼ぶ。


 『干渉範囲』には個人差がなく、どんなに魔法の訓練を重ねても広がることはない。ゆえに属性魔法の威力には、干渉範囲内のマナの量という制限がかかる。


 そして『干渉速度』とは、文字通りアウラがマナに干渉する速度のことで、これにより魔法の発動までの時間が変化する。魔力量が増えれば『干渉速度』はある程度早くなる。


 また、『干渉範囲』と異なり、訓練を重ねることでも速度の上昇は可能だ。それこそ小さな風の刃や火球を放つくらいなら、慣れれば一瞬で放つことができる。


 ただしどんなに訓練を重ねても限界はあり、高い威力の魔法を発動するには、やはりどうしても時間がかかってしまうのだ。


 リオンが風魔法で飛ぶ実験をしたときは、魔法を習ってまだ一か月くらいのときだった。


 魔力は高かったが、まだまだ未熟であったため干渉速度は遅く、空を飛ぶだけの風を起こすにはそれなりの時間がかかった。しかも、その場のマナは一度干渉すると、もう一度干渉できるようになるまで数分を要する。そのため未干渉のマナを干渉範囲内に確保するため、絶えず上昇を続ける必要があった。しかしそれでは干渉速度が追いつかず、結局五メートル程上昇したところで、この計画は断念せざるを得なかった。


 余談だがこの後、地上五メートルの高さにプカプカ浮かぶ魔法覚えたての五歳児を発見した先生が、大慌てで跳んできてリオンはダイビングキャッチされた。


 当然このあとリオンに「危ないことをするな」と雷が落ちたのは言うまでもない。ティアにもかなり叱られた。


 ちなみにそのあと先生に訊いたのだが、このやり方で空を飛ぼうとした人は過去にもいたらしい。だが、どんなに魔法の扱いに慣れた人でも、ある程度の高さまでしか飛べなかったそうだ。


 このあともリオンは魔法による様々な飛行実験を試みた。


 ハンググライダーもどきを使う方法は身動きが取りにくく、空を飛ぶ魔物が出た時に戦えないので早々に断念。


 圧縮した空気を足場にして空中をジャンプする方法も試みたのだが、これも干渉速度と範囲の制限の問題で徒労に終わった。そもそもリオンの夢は、空を飛ぶ・・ことであり、空を跳ぶ・・ことではなかったのだが。


 ただしこの方法は戦闘で役に立つので重宝している。


 また余談だが、最初の実験以後は先生に発見されることはなかった。しかしどういうわけか先生とティアにバレてしまい、結局二人にお叱りを受けたのは変わらなかった。


 こんなことしてれば、ティアが心配性になるのは当然かもしれない。


 なお、今のリオンの魔法ならある程度の飛行は可能かもしれないが、落ちる危険性の方が高いので、魔法で空を飛ぶのは早々に諦めざるを得なかった。


 そんな迷走ののち、今度は魔空船が空を飛ぶ原理を応用できないかという考えに至った。


 しかし、これもすぐに無理だと判明する。


 何故なら、魔空船は重量軽減魔術と、様々な属性の魔石を大量に用いて空を飛ぶのだが、魔術というのは物を媒介にする必要があり、人体に直接魔術を使うことはできないのだ。


 しかも魔術を施す物質は、その威力に応じた『魔力融和性』が必要であり、同時に、魔術に必須な『魔術陣』もその効果に応じて規模が大きくなる。


 ミスリルみたいに魔力融和性の高い金属を用いれば、人一人が空を飛ぶだけの魔術を施した魔導具が作れるかもしれないが、そんな貴重な金属がそう簡単に手に入るはずもない。


 そもそも魔空船の開発に成功したのも、わずか十四、五年前のことでしかなく、まだまだ発展途上な技術なのである。前世の記憶があっても所詮はただの高校生だったリオンに、そんな高度な魔術理論を構築することなどできるはずもなかった。


 そして何よりも、この方法を諦めざるを得なかった理由がある。

 

 リオンは絵が下手糞だったのだ。


 魔力も魔法の才能も魔力操作の才能もあった。

 空を飛ぶことへの溢れんばかりの情熱もあった。


 だが魔術陣を描く才能だけが、絶望的なまでに不足していたのだ。


 魔術の授業で見本を見ながらリオンが描いた魔術陣”らしきもの”は、誰がどう見ても幼稚園児の落書き、もしくはただの”|未確認生物(UMA)”にしか見えなかった。


 あの時の先生の困った顔と、リオンの落書きを指差して大爆笑する仲間の顔は今でも忘れられない。


 ちなみにこのあとしばらく、リオンのあだ名が『画伯』になった。


 そうして自力での飛行が不可能だと分かったリオンは、今度は魔空船を手に入れる計画を立てた。


 魔空船は現在、様々な国で開発が進んでおり、その数も少しずつ増えていた。


 各国では、魔空船によって物資や人を運ぶための空路が開かれ、空港などのインフラ設備も徐々に充実してきていてる。大国では政府専用の船を持っているところもあり、エメネアでは民間の空港の他に、王城のすぐ傍に王家専用機の整備場や離発着場まで存在していた。


 幸いなことに、リオンのような一般人でも魔空船を入手することは可能だ。購入にはかなりの金額が必要となるが、大貴族や豪商、さらには一流の冒険者などが個人で所有しているケースは少なからずあった。


 そこで問題なのは金銭面である。


 この世界で大金を稼ぐとしたら、商人か魔導具開発、それか冒険者になるくらいしか道はない。リオンは自分に商才があるとは思っていなかったし、『画伯』には魔導具開発は不可能だ。ゆえに選択肢は冒険者になるしか残されていなかった。


 冒険者とは、異世界ラノベではお馴染みのアレである。ギルドに登録し、魔物の討伐や商隊の護衛、未開地の探索や調査などを生業とする。


 命の危険が伴う仕事がほとんどのため、一般的な仕事に比べて実入りが良い。探索で得たアイテムの多くは冒険者の懐に入るため、実力さえあれば億万長者になるのも夢ではない。


 この世界には人の手の及んでいない秘境や魔境が数多く残っており、一流冒険者がそれらの場所で財宝や歴史的発見をした結果、実際に億万長者になった例はいくつかある。


 しかも、冒険者は公的な海路や空路を利用する際には、ランクに応じて乗船料が減額される。海や空にも魔物がいるこの世界では、その航路の安全は保障されない。そのため冒険者は、有事の際の護衛を引き受けることが義務付けられており、そのための減額措置なのだ。


 そして、リオンが冒険者を目指すのにはもう一つの理由がある。


 浮遊島の存在。


 この世界に転生した日にも目にしたが、この世界にはあのような空に浮かぶ島が数多く存在している。魔空船が開発されるまで、あの島々は未知の世界であり、この世界に生きる人々の夢の大地であった。


 魔空船が開発された今でも、まだほとんどの島が探索が進まないまま残されている。


 まさに男のロマンである。


 大好きな空に浮かぶ未知の大地に、リオンが魅せられたのも仕方のないことであろう。


 冒険者なら、自分の魔空船が無くても、依頼によってこの未知の大地の探索に参加することもできるのだ。


 こうしてこの世界でのリオンの目標は決まった。


 それからのリオンは必死で冒険者になるための鍛錬を続けた。


 冒険者ギルドへの登録は十二歳から可能である。リオンは十二歳になったらすぐにでも登録を済ませ、冒険の旅へ出発すると決めていた。


 その十二歳の誕生日は明日。


 リオンは逸る気持ちをどうにか抑え、その時を待っていた。

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