エピローグ1 ~名前に関するあれこれ~
本日連続投稿&第二章エピローグの1話目です。
エピローグは全3話なので、残り2話。
本日19時に2話目、20時に3話目を投稿します。
「それで? 話って何だ、ジェイグ」
女帝討伐から約ニヶ月後のこと。
朝食が終わった後、ジェイグに工房に呼び出されたリオンが、先に来ていたジェイグに声をかけた。ジェイグの隣には、同じく先に待っていたミリル。リオンの後ろには、他の三人と、黒の翼メンバーが勢揃いしている。
実はこのニヶ月、ギルムッド親子やエクトルを含む弟子達たっての希望で、冒険者パーティー黒の翼は、全員がギルムッド武具店に滞在していた。アネット捜索の報酬は契約通り履行されていたのだが、それだけでは気が済まなかったらしい。幸い、弟子用の部屋がいくつか空いていたため、六人が世話になっても問題はなかった。
「ふっふっふ……ふっふっふっふ……ついに……ついに完成したのだよ」
「うざいな」「うぜぇ」「うざいわね」「うざいニャ」
「まさかの総ツッコミ!」
腕を組み、もったいぶるように笑うジェイグに、ティアを除いたメンバー全員から容赦のない口撃(プラス冷めた視線)。ジェイグはショックを受けた。
「こんなやり取りも久しぶりね」
「楽しそうに見てないで慰めてくれよう、ティア~」
懐かしそうに微笑むティアに、ジェイグが情けない声を上げる。
女帝討伐とアネット捜索の依頼が完了後、基本的に六人は別行動を取っていた。
ジェイグとミリルは、予定通りギルムッドの工房を借りて魔空船の改造作業を。それ以外の四人は、資金調達のため、ギルドで適当な依頼をこなしていた。
こなした依頼は様々だったが、ランクは概ね五か六。全員でかかるようなものもなかったので、その内容に応じてメンバーを振り分けていた。依頼期間もバラバラだったので、何気に全員が顔を合わせるのは一ヶ月ぶりくらいだ
「いつまでメソメソしてる。さっさと要件を話せ」
「相変わらず容赦ねぇなぁ、おめぇ……」
いつも通り冷たい反応を見せるリオンに、ブツブツと文句を言いながらも、工房の奥に案内するジェイグ。炉の火はまだ着いていないらしく、工房の中はそれほど熱くなかった。
そうして案内された先にあったのは、石材でできた大きな台だった。台上には何かが置かれているようだが、その上に掛けられた白布によって隠されていて、何かはわからない。
怪訝そうな表情を浮かべて台上とジェイグの顔を見比べる面々に、しかしジェイグは不敵な笑みを抑えきれないようだ。どうやらこのお披露目がよっぽど楽しみだったらしい。
「さぁ驚け! これが、俺が手塩に掛けて作り上げた――」
大げさなアクションでジェイグが白布に手を掛け――
「――最高傑作達だ!」
そのまま豪快に引き下ろした。
「これは……」
そして露わになったそれらを目の当たりにして、リオンは思わず息を飲んだ。
そこにあったのは、四種の武器。
刀、双剣、魔弓、そして鉤爪付き手甲。
呼び出された四人のために作られた、新しい武器だった。
リオン以外の三人も、新しい自分の武器に感嘆の声を上げている。
「一人ずつ渡してく。まずはティアからだ」
少しの間リオン達の反応を楽しんだジェイグが、手に取った魔弓を横にしてティアの方へ差し出す。魔弓は持ち手の部分を除いて上下に刃が付いているため、相手に渡すときには少し注意が必要だ。
「……軽い……それに魔力が……まるで身体の一部みたいに良く馴染むわ」
「材質はミスリルと魔鉄の合金だ。魔力伝導率が最も高くなるように、金属の比率を最適化してある。おまけに中心には細い糸状に加工した各属性の魔石が通ってる。しかもティアの属性である光属性は多めにな」
魔弓の感触を確かめるティアに、ジェイグがそう解説する。
「魔石を糸状にって、そんなことできるの?」
「できるわよ。まぁちょっとばかり特殊な魔道具が必要だけどね」
ティアの疑問にはミリルが答えた。魔石の加工に関する技術は魔導技師であるミリルの得意とするところだ。魔弓はそもそも武器であると同時に魔導具でもある。ティアの武器に関しては、ジェイグとミリルの合作なのだろう。
「その技術のお陰で、魔石の交換無しで全属性の魔法矢が使えるわ。ただし威力は弱め。威力を上げたいなら、従来通り魔石の装着が必要になるから」
「わかったわ」
ミリルの説明に返事をしたあと、ティアは改めて魔弓全体をゆっくりと眺めていく。
それはまるで夜空に浮かぶ三日月。元々、魔弓の形状はそれに近いものだが、材料に使われているミスリルの白銀色と内に秘める魔力の輝きが、そのイメージに拍車をかけている。それが武器だとは思えないほどの美しさに、普段は武器に関心の薄いティアも思わず「綺麗……」と呟いてしまうほどだ。
「じゃあ、その弓に名前を付けてくれ」
「…………え?」
ジェイグの発言に、弓に見惚れていたティアが遅れて反応する。
もっとも反応が遅れた理由はそれだけではないが。
「名前、付けるの? この弓に? 私が?」
ティアは困惑している。
「おう、当然だろ? だってその弓はティアのために作った特注品。世界に一本しかないティアだけの魔弓だ。それに名前も無しじゃ、その弓が可哀そうだ」
腕を組み、大仰に頷くジェイグ。まぁ鍛冶師にとって己の力作は、自分の息子みたいなものだ。名前くらいは付けて当然なのだろう。むしろ、ジェイグのセンスで勝手に名付けられなかっただけマシだ。
そもそも己の分身でもある武器に名前を付けるのは、冒険者の間では割と良くある話だ。リオンの前の刀も『空牙』という名があった。しかしティアが冒険者をしているのは、あくまでリオン達と一緒にいたいだけなのでそういった情報には疎い。
ちなみにこれまでティアが使用していた魔弓は、ジェイグの作ではない。前の弓を買った頃には、まだジェイグは魔弓を作るほどの実力が無かった。そのためエメネア王都で購入したものをずっと使っていた。
「ちなみに俺用の新作の名前は『ジェイグスペシャ……』
「ティアが命を預ける弓だ。好きに決めれば良いさ」
意気揚々と自分の大剣の名前を発表しようとするジェイグを、リオンが口を挟んでキャンセルさせる。前のが『ジェイグスペシャルソードマークツー』だったので、どうせ次はマークスリーだろう。いったいどこのロボットだ。
「でも、突然そう言われても……武器の名前なんて考えたことなかったし……」
頬に手を当てて考え込むティア。まぁ今まで考えたことも無いことを考えろと言われても、すぐには思いつかないだろう。
「まぁ今すぐじゃなくても、思い付いたときに決めればいいんじゃないか?」
「う~ん……」
急ぐ必要もないだろうとリオンがアドバイスするが、ティアの表情は晴れない。考えても思い浮かぶ気がしない、といった感じだ。
しばし頬に人差し指を当てて「う~ん」と唸るティアだったが、やがて何かを思いついたようにパッと笑みを浮かべた。
「ねぇ、もし良かったら、リオンが名前付けてくれない?」
「俺が?」
ティアは何を思ったのか、リオンに命名を依頼してきた。
「うん、リオンが付けてくれたら、私も嬉しいし」
「まぁ別に構わないが……自分で決めた方が愛着も沸くんじゃないか?」
「ううん、私はリオンに名付けて欲しい」
ダメ? と小首を傾げてイタズラっぽい笑みを浮かべるティア。その笑顔に弱いリオンにこれを断ることなどできるはずもない。そもそもこれくらいのおねだり、断る理由も無いが。
「この感じだと、二人の子供の名前もリオンが付けることになりそうだな」
「ちゃんと良い名前考えておきなさいよ?」
あと外野がうるさかった。ティアが真っ赤になってる。
「そうだな…………じゃあ『天月』ってのはどうだ?」
「天月……うん、良いと思う。その名前にするわ」
どうやら気に入ってもらえたらしい。はにかんだ笑みを浮かべて、天月と名付けられた弓を撫でていた。
そのあとはファリンの鉤爪、アルの双剣の順で新武器の受け渡しが行われた。ちなみに名前はそれぞれ『銀影爪』と『黒翼刃』。幸いなことに、ジェイグのような残念なセンスの持ち主は他にはいなかったらしい。
「そんで、最後はリオンだな」
黒塗りの鞘に納められた日本刀が差し出された。鞘や柄の部分だけを見れば、以前に使っていた空牙との違いは無い。
左手で鞘を、右手で柄を握ると、一気にその刀身を引き抜いた。懐かしい感触が手を通して伝わってくる。鞘走りの音が心地よい。
「これは……基本の材質はミスリルで出来てるようだが、この重さ……それにこの刃の黄金の輝き……まさか、オリハルコンか?」
「さすがリオン。やっぱ一発で見抜いたな」
珍しく驚きを露わにするリオンに、ジェイグがニィッと満足げな笑みを浮かべる。
「心金はミスリル、刃金はオリハルコン、その他の部分はミスリルとオリハルコンの合金で作った。切れ味、耐久力、魔力浸透率……どれを取っても前の刀の数十倍を誇る、今の俺が作れる最高傑作だ」
ジェイグの語るこの刀の特性には、リオンも感心せざるを得ない。
オリハルコンは、現在この世界において最も硬く、そして最も希少な金属。黄金以上に眩い金色の輝きは神々しく、国によっては神の金属と呼ばれるほどだ。
オリハルコンの硬度はミスリルを凌ぐ。しかし全ての性能に置いてミスリルを上回るわけではない。
たとえば、魔力浸透率はオリハルコンよりもミスリルの方が高い。そのため魔導具の素材にするなら断然ミスリルだ。また、リオンのように魔法と剣技を組み合わせて戦うタイプの剣士には、純オリハルコン製にするよりはミスリルを混ぜる方が使い勝手が良い。
さらにミスリルとオリハルコンでは、その重さが全く違う。ミスリルはその強度に反してかなり軽い。普通の鉄の半分以下だ。対してオリハルコンの重さは鉄の倍以上。ジェイグのようなパワーファイターでも、アルのようなスピードファイターでもない、オールラウンダーであるリオンには、そのバランスが大事になってくるのだ。
また硬度が高すぎるオリハルコンだけでは、日本刀のように『しなり』を必要とする武器を作るのは難しい。どうしてもミスリルは必須になってくるだろう。
ゆえにリオンの刀を作るなら、ジェイグのやり方が最適解だ。まさにこの刀は、リオンのためだけに作られた、リオンだけの逸品だ。
「……正直、お前の腕前は、十分に理解してるつもりだった……だが、その認識はまだまだ甘かったみたいだな……これほどのものが出来上がるとは……」
ジェイグに惜しみない称賛を贈りながらも、リオンの視線は目の前の刀に釘づけになっていた。
ミスリルの白銀色の中に煌めく黄金の光は、まるで夜空に散りばめられた星のよう。オリハルコンが形作る直刃と呼ばれる刃紋は、暗闇を照らす金色の月。試しに魔力を込めれば、どんな宝石にも負けぬ輝きを放つ。まるで芸術品のような美しさだ。
手に馴染む感触。魔力の浸透率。ここでは試し斬りすることもできないが、握っているだけでわかる。この刀が、武器としても至高の逸品であることが。
「で、こいつの名前は何にする?」
リオンの反応に心底満足そうな笑みを浮かべるジェイグが、そう尋ねてきた。
その問いに、その刀の輝きに、リオンの心に自然とその名が浮かぶ。
「『輝夜』……この剣の名は『輝夜』だ」
そう呟いて、リオンは刀を頭上へと持ち上げた。
見上げる刀身は、星と月が光輝く満点の夜空。かつて孤児院を旅立つ日の前夜、ジェイグと二人で見上げた空を思い出す。
ジェイグも同じ気持ち景色を思い浮かべているのかもしれない。新たに生まれた我が子を、リオンと同じように見上げていた。
「ありがとう、ジェイグ。お前の作ったこの刀、大事に使わせてもらうよ」
新たな相棒――輝夜を鞘に納めたリオンが、いつものようにジェイグと拳を合わせる。
「しかし、俺の刀だけでなく皆の分の武器も新しくするとは思ってなかったぞ」
「ああ、オリハルコンだけじゃなく、ミスリルも結構な量が手に入ったからな。この機会に全員武器を新調することにしたんだよ」
「そんな貴重な金属、よく手に入ったな」
オリハルコンは、市場に出回ることが極めて少ない。そもそも発見される自体が稀なうえ、発見されてもそのほとんどが国やどこかの貴族や富豪に持っていかれてしまう。冒険者でオリハルコン製の武器を持っているとすれば、その冒険者自身が発見した場合がほとんどだ。
そもそもミスリルだって、一般市場に流れる量は少なく、おいそれと手に入れられるものではない。それを四人分――いやジェイグ自身も新調したと言っていたから五人か。どっちにしろこれだけの武器を揃えるには、金も時間もまだまだ足りないはずなのだが……
「ああ、それは――」
「うちにあったのを使ってもらったんだよ」
ジェイグが答えるより早く、工房の入り口から野太い声が聞こえた。
振り返るとそこには、この工房の主、鍛冶師ギルムッドが立っていた。
「うちの家宝の短剣がオリハルコン製でな。外には見せねぇ秘伝の逸品だ。その兄ちゃんには、そいつを使ってもらった。もちろん金はいらねぇぞ」
「良いのか? そんな大事な短剣を……」
「剣ってぇのは、良い剣士に振るわれてこそ価値が出んだ。ずっと倉庫の奥に飾ってるくらいなら、あんたに使われた方がずっと良い」
「オリハルコンの短剣なら、相当な金額になるはずだが……」
「俺の娘の命は、そんな金属の塊より安いってぇのか?」
ニヤリと笑ってそんなことを言うギルムッド。つまりはギルムッドからの礼という事らしい。既に報酬は貰っているとはいえ、こう言われてしまえば断る方が却って失礼だろう。
「なら、ありがたく使わせてもらう」
リオンの答えに、ギルムッドは満足そうに「おう!」と頷いた。
ちなみにミスリルの方も、ギルムッドが知り合いの承認や鍛冶仲間に頼んで手に入れたらしい。ジェイグも申し訳ないので、その分は代金を支払ったらしいが、それでも破格の値段で譲ってもらったようだ。
なので、その代わりと言っては何だが、代用品として使っていたミスリルサーベルを渡した。潰して再利用すれば、ギルムッドの腕なら良い武器に生まれ変わることだろう。
「ところで、あんたらはいつまでこの町に居れるんだ?」
武器についての話が一段落した頃、ギルムッドがそう話を切り出してきた。
エメネア王国から奪った魔空船の改造のためにガルドラッドに滞在していたわけだが、その作業はあらかた完了していた。これもギルムッドやその弟子達が、アネット捜索の報酬として作業に協力していてくれたお陰だ。
まぁその過程でリオン達が魔空船を所有していることは知られてしまったが、そこは適当に誤魔化した。外装はすでに剥がし終わっており、中の物も処分していたので、エメネアとの関わりがバレることはない。
「四日後には出発する予定だ」
「そうか……なら式にはちゃんと出てくれんだな?」
「あぁ、そのつもりだ。式の警備も兼ねてな」
リオンの答えに、ギルムッドが少しホッとしたような笑みをこぼした。
女帝の一件から色々な意味で立ち直ったギルムッドの娘アネットは、三日後にエクトルと結婚式を挙げることになった。ガルドラッドでは住人の結婚式は町を挙げて行われるらしく、リオン達も是非参加して欲しいと頼まれている。
しかし、魔物に囚われていた彼女への世間の目はまだ冷たい。心無い連中が式を台無しにするようなこともあるかもしれない。
ということでリオン達は、そんな連中から二人を守るべく、参加ついでに式の警備も請け負うことにした。報酬は式の最後にある食事会で出てくる料理。式の料理は豪勢で、その上黒の翼には結構な大食らいが数人いるので、一日分の報酬としては悪くない。
エクトル達からは、「普通に参加してください」と言われたが、どのみちそんな輩が現れればリオン達は絶対にお節介を焼く。黙っていられるような者は、黒の翼にはいない。それならいっそ、警備依頼という大義名分があった方が何かと動きやすいのだ。ギルドへの仲介手数料は、ご祝儀とは別にリオン達が払っている。
「じゃあよろしく頼む」
「ああ、わかった。当日は、あまり泣き過ぎないようにな」
「泣かねぇよ!」
リオンの軽口に苦笑いを返して、ギルムッドは工房を出て行った。
「四日後に出発かい。それは残念だねぇ」
その日の午後、リオン達はこの町のギルドマスター、シルヴェーヌの元を訊ねた。今はリオン達がガルドラッドを発つ日を報告したところだ。
まぁここに来た理由はそれだけではないが。
「ずいぶん長い滞在になってしまいましたが、色々とお世話になりました」
「高ランクの冒険者はいくらいても構わないさ。むしろずっとここにいてくれても良いんだよ?」
豊かな胸元を強調するように、シルヴェーヌがリオンの顔を覗き込んでくる。元々のスタイルに加え、露出の高いドレス姿だ。その破壊力は彼女の代名詞『光の槍』を凌駕する。
「おおぉ……どぅふぉぅっ!」
リオンの後ろにいたジェイグが被弾した。おそらく胸の谷間を覗き込み、ミリルかファリンに制裁を食らったのだろう。
リオンはもちろん耐えた。隣で吹き荒れるブリザードが怖いから……
「そういうわけにもいきませんよ。俺達には俺達の夢がありますから」
「夢、ねぇ……浮遊島でも目指すのかい? エメネアで奪った船で」
こちらを覗き込む姿勢も、妖艶な微笑みも変えぬまま、シルヴェーヌがさらりと訊ねてきた。しかしその瞳の奥には、確かにこちらの反応を探る狡猾さが垣間見える。
突然の事態に、ティアがリオンの服の袖をギュッと握り、アルとファリンは驚愕の声を上げた。ミリルは警戒した様子でシルヴェーヌを睨みつける。ジェイグは気を失っている。
そしてリオンは――
「もちろん浮遊島は目指しますが、奪った船というのは何のことですかね」
平然とした顔ですっとぼけた。周りの反応がすでに事実を認めたようなものだが、だからといってそれをはっきりと言葉にするかどうかは別問題だ。
まぁ実際のところ、ギルド上層部にはリオン達がエメネアの反乱に関わっていることはバレていると思っていた。バレていないと高を括れるほど、ギルドの……いや、シルヴェーヌの情報力を甘く見てはいない。
それでもシラを切り通すのは、証拠を残さないため。この世界には、録音用の魔導具も存在する。バレてるならと下手なことを言えば、それが動かぬ証拠となりかねない。
「……つれないねぇ。優秀な冒険者を、ギルドが売るはずないってのに」
そうかもしれないが、やはり念には念を。情報というのは、どこから漏れるかわからないのだから。
エメネア王国は革命により滅んだとはいえ、新たに国を治める革命軍の主導者達にとっても、あの夜に姿を消した魔空船の行方は気がかりだろう。王や国の重鎮達を殺した人物も探しているはず。
まぁ革命の最重要目標である王殺しと、魔空船を横から掻っ攫われたなんて事実、表には出せないだろうが。
それに、あの革命で犠牲なった者にとっては、リオン達も十分復讐の対象となる。降りかかる可能性のある火の粉は、可能な限り払っておくべきだろう。
「なんなら今晩、ゆっくり話をしないかい? 私の部屋で」
「……俺を凍え死にさせる気ですか?」
誘うようにリオンの顎に指を這わせるシルヴェーヌ。
治まっていたはずのブリザードが、勢いを増して帰ってきた。リオンの震えが止まらない。
正直、自分は平気だからって、ティアを挑発するのは止めて欲しい。こっちの身内も全員青い顔してるから。
「はぁ……まぁしょうがないね……今回のところは諦めるとしよう」
諦める対象がエメネア滅亡との関連情報なのか、リオン自身の事なのかは定かではないが、ひとまずシルヴェーヌは引き下がってくれた。
「じゃあ本題に入ろうか」
そう言って話を切り替えると、シルヴェーヌは自分の執務机に置かれた書類の束から、数枚の書類を取り出した。
「女帝討伐とそれに関連する諸々の報酬、それとあんた達の評価についてだが……」
今シルヴェーヌが話し始めた件が、リオン達が今日ここに来た理由。
実は二か月前の一件ついて、リオン達の評価は保留となっていた。
というのも、リオン達の挙げた功績が多すぎたのだ。
ミュンストル防衛時だけでも、ティアによる飛行系魔物迎撃の陣頭指揮、ティアとファリンのバードレオ討伐、リオンのダイナドラン単独撃破などの功績がある。
女帝討伐作戦時には、ティアが人質救出のリーダーをし、ファリンは脱出路の確保と出現したミニ女帝掃討に多大な貢献をした。ミリルはその魔導具で救出作戦に貢献しただけでなく、魔物殲滅戦においてもシルヴェーヌに次ぐ討伐数を挙げた。そして、アルのキマイラ単独撃破と、リオンの女帝討伐だ。
さらに付け加えるなら、女帝の出現をいち早く察知し、ギルドに情報を届けたことも評価の対象となっている。その情報が無ければ、ギルドの対応が遅れ、被害はさらに拡大していたかもしれない。
とまぁそれらの多大なる功績の評価はもはや一ギルドの判断で下せるものではなく、こうしてこの国の首都にあるラナーシュギルド支部からの判断を待つことになったわけだ。
「まず今回の件でミーティアの嬢ちゃんは昇級試験免除で二級に、そっちの狐の坊やが三級に昇級。現時点で三級の二人は、あと一回でも三級以上の魔物討伐か、それに準ずる功績を上げれば試験免除で昇級になる」
「よっしゃ!」
「これでリオンと一緒ね」
昇級を決めたアルがガッツポーズを決める。
ティアは昇級というよりは、リオンと同級になったことが嬉しかったらしい。はにかんだ微笑をリオンに向けている。
ジェイグはティアに先を越されたことを少し悔しそうにしながらも、その他の三人は特に自身のランクにはあまり興味がないので普通に、二人の昇級を祝福した。
「報酬は全部で約白金貨五十枚くらいになるね。細かい金額は自分で確認しとくれ」
「わかりました」
報酬に関する明細を受け取り、ティアと二人で中身を確認していく。書類には魔物討伐や緊急依頼受諾の報酬だけでなく、魔物素材の買取価格などがズラッと並んでいたが、特に金額におかしなところはなかった。
ちなみに白金貨五十枚は、日本円に換算するとおよそ五千万円。かなりの大金だが、今回の功績や魔物素材の換金額を考えれば妥当なところだろう。これだけのお金があればしばらくは大丈夫だろうが、今後、あの魔空船を維持、活用していくにはまだまだお金は必要だ。この程度の金額で驚いてなどいられない。
報酬明細を確認し、リオンが承認のサインをし、職員から報酬を受け取る。金額に間違いがないことを確認し、さらに受取証明書にサインをする。あとは全員のギルドカードを更新すればギルドでの用事は終わり。そう思っていたのだが……
「それと、今回の件で、あんた達全員にギルドから称号が与えられることになった」
『称号?』
シルヴェーヌがニヤリとした笑みを浮かべてそう言った。
その内容に、黒の翼全員がキョトンと首を傾げる。同時に、リオンは何故かとてもいや~な予感がした。
「称号ってのは、まぁ簡単に言うとギルドが正式に認めた二つ名だね。前からそういう話はあったんだが、先月から正式にそれが決まったんだよ」
その説明に、リオンとティア、それとミリルが物凄く嫌そうな顔をし、反対に他の三人はキラキラと目を輝かせた。
ちなみに称号なる制度が新しく作られたのは、優秀な冒険者の宣伝。ランク以外によるわかりやすい実績と実力の証明。あとはギルドが与える名誉の証という意味もあるらしいが……リオンからしてみれば、ただの嫌がらせにしか思えなかった。
そんなリオンの内心を正確に把握しているであろう美貌のダークエルフは、その整った顔を実に楽しそうに彩って、それぞれの称号を発表していく。
「あんたについては、既に知れ渡った二つ名があるからね。まぁちょっと長くて呼びにくいってことで、あんたの称号は『獅子帝』になった」
短くなったことを喜ぶべきか、大仰な部分に全く変化が無かったことを嘆くべきか……
「嬢ちゃんは今の二つ名をそのまま使うことになったよ」
ティアの称号は、変わらず『流星の女神』となるらしい。ティアは両手で顔を覆った。
ちなみに、ガルドラッドとミュンストルの冒険者や兵の間で大人気となったティアには、女帝討伐後の数週間、交際の申し込みが後を絶たなかった。その中には女性も数人混じっていたらしいが、その全てが撃沈し、ひざを折ることになったのは言うまでもない。
またその人気は凄まじく、ティアを崇拝する新たな宗教が生まれる話まであったという。
そんな状況から、ティアにリオンという恋人がいるという話はあっという間に広まった。そのせいでリオンは数々の男達と一部の女冒険者から物凄い嫉妬と殺気と、涙混じりの視線を向けられ続けた。
まぁさすがに、二級冒険者『黒の獅子帝』改め『獅子帝』に正面からケンカを売ったり、平均冒険者ランク三級のパーティーから彼女を引き抜いたりする勇者は現れなかったが。
「そっちの魔導技師の嬢ちゃんは、『爆裂姫』だ」
「……せめてもう少し知的な名前はなかったわけ?」
ミリルは称号の付与自体はすでに諦めたようだ。とはいえ、付けられた称号には不満があるようだが。
「おや、『天使爆誕』の方が良かったかい?」
「……爆裂姫で良いわ」
からかうように笑うギルドマスターの発言に、ミリルは頭痛を堪えるように額を押さえ、大きなため息を吐いた。
実はミリルは、この町ではティアと二分するほどの人気がある。『天使爆誕』という名は、彼女のファンクラブの間で使われている彼女の通り名だ。その幼い少女のような小さな体で、魔銃と魔導爆弾を手に暴れ回る姿からその名が付いたらしい。
もちろんその名でミリルを呼べば、銃弾で返事が返ってくるのだが……何故かその名で呼ぶ者が後を絶たない。しかも撃たれた者は、恍惚とした表情で気を失っているのだ。どうやらこの町には変態が多いらしい。
ちなみにリオンはそのファンクラブの連中を、影で『ドMロリコン』と呼んでいる。
「で、猫の嬢ちゃんは『黒影』」
「ニャー! カッコいいニャ!」
ファリンは自分の称号に満足しているようだ。リオンやティアの二つ名の時も羨ましそうにしていたし、こういうのは好きなのだろう。
まぁ付けられた称号は完全に中二病一直線なわけだが……そこら辺はこの世界では割と一般的な感性なのかもしれない。
「キマイラを倒した坊やの称号は『若獅子』だ」
「若獅子……」
自身の二つ名に、感慨深そうに拳を握りしめるアル。自分に称号が付いたことはもちろんだが、それ以上にその名がリオンの二つ名を意識したものであることが嬉しいみたいだ。
今回の作戦中、獅子帝と呼ばれるリオンと行動を共にすることが多かったため、アルは周囲からもリオンの弟子というか後継みたいな認識をされているらしい。まぁあながち間違いではないかもしれないが。
このまま強くなって、リオンの恥ずかしい二つ名も継いでくれることを祈ろう。
「以上だ。今後もその名に恥じぬ活躍を期待する」
話を締め括るシルヴェーヌ。そして控えていた職員にギルドカードを提出するようにと伝えてくる。どうやら今回与えられたこっ恥ずかしい称号も、ギルドカードに記載されるようになるらしい。物凄く提出を拒みたい。
「………………あれ? 俺は?」
と、話が終わりそうなところで、ジェイグが自分の指差して口を挟んだ。
そういえば、ジェイグはまだ自分の称号を伝えられていない。
「あの~、俺の称号は……?」
「ん? あ~、あんたもいたんだったね……図体がデカいのに目立たないからすっかり忘れてたよ」
「おぉい!」
どうやらシルヴェーヌに完全に忘れられていたらしい。身内の弄りとは違い、素で忘れられていた事実に、ジェイグが本気で焦っている。
だが、現実はそんなジェイグをさらに追い込んでいく。
「あんたについては、特に称号付与の話は聞いてないねぇ」
「何で!?」
「まぁ特に目立った活躍が無かったからじゃないかい」
「そげな……」
ジェイグが膝から崩れ落ちた。ショックなのは称号が与えられなかったことか、自分だけ仲間外れなことか……まぁおそらく両方だろう。
確かに今回の件で、ジェイグは際立って目立った活躍はしていない。一緒に行動していたミリルが無駄に目立ち過ぎていただけかもしれないが。
一応、元パーティーリーダーだというのに、誰よりもぞんざいな扱いを受けるジェイグ。だが、自分の称号について落ち込んだり、逆にはしゃいでる他のメンバーに、彼を気遣う余裕は存在しなかった。