強くなりたい
一時間置きに1話、今日中に全4話投稿します(64~67話)。
本日2話目の投稿です。1時間前に1話投稿してますので、見ていない方はそちらを先にどうぞ。
傷ついた体で横に跳んだアルが、迫る炎から逃れる。
キマイラの口から放たれた火焔は、壁と地の境目にぶち当たった勢いで、大きく弾けた。着弾した個所はその熱量に一瞬で燃え尽き、全てが植物で作られた城へ瞬く間に炎を広げていく。
女帝の支配を受けた魔物がするはずのない行動。それは頼りになる兄が目的を遂げたことを意味すると同時に、脅威の拡大と、そして時間切れを示していた。
(リオンとの約束だ、これ以上はもう……クソッ)
勢いよく燃え広がる炎から距離を取りながら、アルが奥歯を噛み締める。時間稼ぎという最低限の目的は果たせた。だが、倒すと豪語した敵を討ち果たすこともできず、深手を負わされた挙句に退却する……戦果としてはとても喜べるようなものではない。
だからといって現状を正しく理解し、撤退を選択できないほど冷静さを失ってはいない。意地を張って過ちを犯すなど、二度と御免だ。
「なんとか外まで逃げないと……」
キマイラの攻撃範囲を避けるように注意を払いながら、城の出口へと走り抜ける。自分に標的を定めた以上、間違いなく敵も追ってくるだろうが、それも計算の内。下手にここに敵を残して、戻ってきたリオン一人がキマイラと遭遇するような事態は避けるべきだ。
外ならばジェイグやミリルがいる。それに元一級冒険者のギルドマスター、光の槍シルヴェーヌもいる。それだけの戦力があれば、いくら討伐ランク三級の魔物と言えど恐れるに足らない。
後方から、大きな足音が迫るのを聞きながら、薄暗い通路をひたすらに走り抜ける。時折、キマイラの吐く炎の熱が背中を炙るが、風魔法を駆使してそれを逸らしていく。
そうして通路を抜け、十メートル四方くらいの小部屋に辿り着いた瞬間、アルの顔に困惑の色が浮かんだ。
「道が、無い?」
この小部屋には見覚えがある。たしかに一度通り抜けたはずの場所だ。
だが侵入してきた時に使ったはずの通路が、部屋のどこにも見当たらない。今、通り抜けてきた通路以外、道が一つも無いのだ。キマイラの出現した場所とこの部屋までは一本道だったので、道を間違えるはずもない。
ここにきてアルはようやく気付いた。今は討ち果たされたであろう女帝が、自らに逆らう不届き者を逃がすつもりが無かったということを。とびきりの隠し玉に臆し、退却した場合、その敵をここで追い詰めるつもりだったのだろう。
その目論見が、本来の目的とは別の形で果たされることになったわけだ。
敵の足音はすぐそこまで近づいている。あと数秒で、あの巨大な魔獣がこの部屋へと姿を現すだろう。そうなればアルに逃げ場はない。
アル一人でキマイラを倒さなくても、時間が経てばリオンが戻ってくる。リオンが加勢してくれれば、いくら討伐ランク三級の魔物であろうと確実に倒せるだろう。
だが――
「そんなの、できるわけないよな」
約束通り、リオンは女帝を倒した。
なのに、自分が任せろと言った任務で、またリオンの力を頼る。
そんなこと許せるはずがない。アルにも譲れない意地がある。
この戦い、リオンだけには頼れない。
本来は出口があったはずの壁の前で立ち止まるアルが、大きくため息を吐いて肩を落とした。
「あ~あ……結局、オマエの相手はオレがやるしかないわけだ」
うんざりしたような口調とは裏腹に、その表情に嬉しそうな笑みを浮かべながら、アルが後ろへ振り返る。
覚悟は決まった。さっきまでと違い、最悪時間を稼げば良いなどという逃げ道も無い。殺すか、殺されるか。二つに一つ。
「ハッ、上等じゃんか」
こちらが立ち止まったのを気配で感じていたのだろう。警戒するようにゆっくりとした足取りで、通路の奥の暗がりから巨大な合成獣がその姿を現した。
巨大な獅子の顔の後頭部には未だにアルの双剣の片割れが生えたままになっており、身体は細かい傷があちこちに刻まれている。それらはアルの十五分の奮闘の証なのだが、その影響など何もないように、キマイラが目の前の怨敵へ大きな咆哮を上げた。
「ぅらぁあああああああああああああっ!」
その大音量の咆哮に呑まれることも圧されることも無く、アルは残った愛剣を右手に構え、逆に己の覚悟と気合を乗せた叫びを返す。直後、アルが大きく地を蹴った。
あえて敵へは向かわず斜め横へ。壁を蹴り、天井を蹴り、時に壁を駆ける。立方体型の室内を、その身軽さを活かして縦横無尽に飛び回り、相手をかく乱する。
時折、キマイラがその大きな腕を振るう。高速で動き回るアルを完全に捉えることはできないが、その剛腕によって繰り出される鋭い爪は、掠っただけでアルの体に深い傷を付け、鮮血が飛び散っていく。
さっきまでの戦いで受けた傷と合わせれば、すでに立っているのも困難な身体を気力だけで動かしている状態だ。
その巨体ゆえ、キマイラは小回りが利かない。肉食獣である獅子の頭部は、広範囲を見渡すには不向きだ。しかしその死角を尻尾の龍がカバーしているため、こちらも迂闊に攻撃することはできない。
だがリオンが戻ってくるまで、残された時間はわずかだ。悠長に隙を探している余裕はない。
(なら、隙を作ればいい!)
徐々に方向を変え、攪乱で跳び回る軌道を徐々に狭めていく。
敵の上空。尻尾の攻撃範囲のギリギリ。攻撃を誘うように相手の間合いを横切っていく。
龍の尾が、その首を大きく伸ばすが届かない。苛立たし気に龍が牙を打ち鳴らす。
だがその龍の牙を躱して飛び掛かろうとしても、巨体に似合わぬ速さを持つキマイラだ。逃げられ致命傷を与えるには至らない。
だからアルの狙いは一つ。
「グガアアアアアアっ!」
アルの誘いにシビレを切らしたキマイラが、大きな咆哮と共に前足を上げ、上体を持ち上げた。アルが壁と天井の境目に着地する瞬間を狙って、特大の火焔を吐き出す。
大きく広がる業火が小さなアルの体を飲み込まんと迫る。狭い室内でその炎を避けるのは至難。
(これを待ってたんだ!)
壁に足を着いた瞬間、アルは溜めていた魔力を解放。その身に渦巻く風を纏って炎の中へと一直線に飛び込んだ。
風が紅蓮を撒き散らし、その中を突き進む。炎の勢いが強く、散らしきれない炎と熱がその身を焦がす。あまりの熱に、目を開けていることさえも苦痛を強いる。
それでもただ真っ直ぐに飛ぶ。
己が勝利のために!
「おおおおおおおおおっ!」
身を包む炎と灼熱の中、残った小剣を両手で握り、諸手突きを繰り出した。まるでアル自身が一本の矢になったかのように、炎を突き裂いていく。
そして全てを焼き尽くす紅が晴れたとき――
――目の前に迫った獅子の瞳に全力で剣を突き立てた。
「ッゴガアアアアアアアアアアア!」
右目を串刺しにされたキマイラが、これまでにない苦痛の叫び声を上げる。
どんな強靭な毛皮に覆われていようと、眼球は普通の動物と変わらない――魔物の中には眼球自体が固い鉱物でできたものもいるが――自身の炎で視界を遮られていたため、瞼を閉じている間もなかっただろう。
キマイラが痛みに悶え身を捩る。前足を上げ上体を持ち上げていたため、バランスを取ることができず、キマイラの巨体が大きく横倒しになった。落盤のような轟音が響き、植物の城が大きく揺れる。
倒れた巨体に潰されることなく立ち回ったアルが、眼球に突き刺さったままの小剣に両手をかけた。
「くたばりやがれっ!」
右目を抉り、刃渡り五十センチ以上の小剣を根元まで強引に差し込んだ。抉ると同時に剣に魔力を流し込み、体内から炎熱で炙る。眼球と脳を直接焼かれたキマイラが、凄まじい断末魔を響かせ悶え苦しんだ後、糸が切れたように動きを止めた。
「ハァ……ハァ……やったぞ、クソッたれ!」
おぼつかない足取りで後ろに下がった後、力なくその場に尻餅を着く。このまま倒れてしまいたい衝動に駆られるが、今横になればそのまま起き上がれなくなりそうだ。
キマイラの吐き出した炎は、すでにあちこちに燃え広がり、室内は煙と紅蓮の炎に包まれている。塞がれていた出口ももうすぐ燃え尽きるだろう。
すでに最大の障害は排除した以上、ここでリオンとの合流を待ってもいいかもしれない。水と風の属性を持つリオンと協力すれば、この程度の炎、突破は容易い。多少の熱さは我慢して、自分の戦果を眺めながら少し身体を休めていてもいいだろう。
もちろん、危なくなったら先に行くが。
「……これで少しはリオン達に追いつけたのかな」
討伐ランク三級の魔物の単独撃破。冒険者としては称賛されてしかるべき功績だ。たとえ女帝の洗脳を受けた状態だったとはいえ、それを果たせる冒険者などそう多くは無い。しかもそれを果たしたのが成人したばかりの若者とあれば、間違いなく快挙であり、ギルドの記録にアルの名前が残るだろう。
だが、そんな功績でさえも、アルの中ではただの通過点でしかない。
何せそんな困難なはずの偉業を達成した者が、身内に何人もいるのだから。しかも我らがリーダーは、それを複数回、それも今の自分よりも若い時に達成している。今の満身創痍の状況を見れば、目指す背中には当分手は届きそうにない。
「もっと強くなんないとな……」
自分と魔物の血に濡れた手を見つめて、アルは決意を新たにした。
「――っと、さすがにそろそろ危ないかな」
そうこうしているうちに、炎の勢いが随分と強くなっていた。女帝の死の影響か、城を構成する植物が水分を失い、枯れたようになっているため、火の回りが予想以上に早いようだ。
「仕方ない、少し先に行ってもリオンならすぐに追いついてくるか」
だるい体に鞭打ってアルが立ち上がる。塞がれた出口はまだ蔦が燃え残っているが、この程度なら斬り落として突破可能だ。
「しまった……まだ剣抜いてなかった」
と、出口に向かいかけたところでようやく、自分の愛剣が二本とも敵の頭部に突き刺さったままなのを思い出した。「強敵を倒してホッとしていたとはいえ、敵地のど真ん中でさすがに気を抜きすぎだな」、と自嘲気味に笑いながら、ボサボサになった後頭部を掻く。
そうして振り返ったアルが目にしたのは――
――炎の中、ゆっくりと立ち上がるキマイラの姿だった。
「っな……んで……」
驚愕に震える声。薄紫色の瞳は大きく見開かれ、全身から噴き出す汗は、炎熱に包まれる室内に反してひどく冷え切っていた。
だがそれも当然だろう。
いくら体内に炎を作り出す魔力器官があるとはいえ、脳を焼かれて生物が生きられるはずがない。ゴーレムなどの魔物と違って、基本の体の構造は普通の動物とほとんど変わらないのだから。キマイラだって、獅子の頭と山羊の胴体、それに尻尾が竜になっているだけで――
「まさか、竜の方が……」
尾の竜にも脳はある。しかし一つの身体に二つの脳から命令があれば、命令が錯綜し、行動に支障をきたす。体積に占める割合から考えても、おそらく獅子の方が胴体の支配権を持っていたのだろう。
しかしその獅子が死んだことで、その支配権が尻尾の竜に移った。
その証拠に、残った獅子の左の瞳には光が無く、半開きになった口からは長い舌がだらりと垂れている。完全に生物としての活動を停止したままだ。
すぐに身体が動き出さなかったのは、支配権の移行に時間が必要だったからだろう。
完全に立ち上がったキマイラが、前足で地面を叩く。飛びかかる準備は万全といったところか。生気を失った獅子の片瞳と、片割れを殺された怒りに燃える竜の瞳がこちらを見下ろしている。
(どうする? 倒すに竜の尻尾を潰すしか……でもそのためには剣が……)
双剣は、それぞれ獅子の右眼と後頭部に刺さっている。右眼の方は根元まで刺さっているので、闘いの最中に抜くのは難しいだろう。となると後ろの方しかないが、そこは完全に尾竜の攻撃範囲内。
(どうにか隙を――っ!)
アルが行動方針を定めるより先に、敵が動いた。
火の着いた地面を、巨大な右前脚が横薙ぎに抉った。引き千切られた蔦の破片が、即席の炎弾に変わる。
とっさに横に大きく跳ぶも、着地した瞬間を狙って、キマイラの巨体が迫る。
「くそっ!」
体重数百キロを超えるであろう巨体に押し潰されればひとたまりもない。小さな身をなおも縮め、地を這うように走って敵の猛攻を潜り抜ける。
しかしすでに身体はボロボロ。無数に刻まれた傷からは未だに血が流れ、限界まで酷使した体は悲鳴を上げている。気力を振り絞るのにも限界はある。動きは徐々に精細を欠き、傷はますます増えていく。
そしてついに、キマイラの剛腕がアルを完全に捉えた。アルの小さな身体が、砲弾のような速度で吹き飛ばされる。
「ぐぁっ! がっ、ぐぅっ!」
数回地面をバウンドした後、壁に激突。その衝撃は凄まじく、周囲の炎がかき消されるほどだった。
攻撃が直撃する瞬間にかろうじて自ら飛んでいたため、多少ダメージは抑えられた。もしそれが無ければ、意識を持っていかれていたかもしれない。
「ぐ、ぁぐ……」
だが受けたダメージはかなりのもので、全身の骨がバラバラになったような痛みが走る。衝撃が抜けないのか、呼吸すらままならない。額から流れた血が赤く染める視界は痛みで明滅し、意識が混濁しかける。
(マズい……早く、立たないと……)
赤い視界の先でこちらへ向き直ったキマイラが、アルに止めを刺すべく走り出すのが見えた。竜の鋭い眼光が、弱った獲物を真っ直ぐに射抜く。このままでは、確実に殺されるだろう。あのナイフのように鋭い爪に切り裂かれるか、それとも貫かれるか。
しかしそれを理解したところで、足に力が入らない。脳が必死に送る命令に、身体はちっとも従ってくれない。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
(オレ……死ぬ、のか?)
大きな音をたてて迫る濃厚な死の気配。
それを実感した瞬間、アルの脳裏に様々な光景が甦る。
目の前で振り下ろされる白銀の刃。それを握るのは、エメネアの騎士鎧を身に着けた老齢の騎士。リリシア先生や孤児院の子ども達の仇としてずっと追い求めていた男、シューミットの姿だ。
その光景は数日前、王城襲撃の際、焦り先走った自分が招いた過ちの瞬間。
ジェイグのお陰でどうにか命を繋いだが、アルの十五年の人生の中で、最も死を覚悟した瞬間だった。
今もまた、あの時と同じくらい死を身近に感じている。
(何だよ……結局、あの時からオレは何も変わってないのか?)
ジェイグを巻き込み、ティアに心配をかけ、リオンに諭されたあの時――憎き仇を前に、ただリオンに全てを任せることしかできなかったあの時から……
(ふざ、けるな……そんなの、認められるかよ)
あの時に誓ったのだ。強くなる、と――
自分を守ってくれたジェイグの大きな背中に。
自分達の想いの全てを背負て立つ、リオンの背中に。
そして――
――俺達にとって最悪の結末は、いつだって同じ。俺達家族六人が、一人でも欠けること。ただそれだけだ。
(死ねない。負けられない。もう、弱いままじゃいられない!)
ギリッと音が鳴るほどに歯を食いしばる。
全身を駆けまわる激痛を、狂おしいほどの自身への怒りで強引にねじ伏せる。
立て……
立て。
立て!
(こんなところで、こんな奴に負けてたら……)
「あの背中に、追い付けないだろうがあああああ!」
キマイラの剛腕が振り下ろされる。
爪がアルに届く、その刹那、アルが大きく跳んだ。
空を切ったキマイラの腕が、地面を抉り、女帝の城を大きく揺らす。
姿勢も何も気にせず全力で跳び上がったため、アルの身体は天井付近まで来てしまった。黒く燻った煙と熱が身体を包むが、風を纏って重大なダメージは防いでいる。
だがなりふり構わない跳躍と煙のお陰で、敵は一瞬だがアルの事を見失っていた。
このまま敵の反応が遅れれば、獅子の後頭部に刺さったままの剣を抜き、反撃に転じることができる。
どうにか空中で体勢を立て直す。
と同時に、アルの身体は落下を始めた。
だが――
(くそっ、気付かれた!)
ゆっくりと顔を上げた竜の瞳が、真っ直ぐにアルを捉えた。
アルの落下軌道上に首を伸ばし、鋭い牙の覗く口を開く。
あの牙に一度掴まれば、もう勝機は無いだろう。
(こうなったら、腕食いちぎられるの覚悟で口ん中に風の魔法を――)
半ば捨て身の作戦を覚悟した瞬間だった。
「アル!」
その声は、巨獣の唸り声と、炎の爆ぜる音の中でもはっきりとアルの耳に届いた。
その瞬間、アルの身体は、そして集めていた魔力が、それが自然であるかのように動き出す。
「おりゃあああああっ!」
絶叫。
それと同時にアルの足が、大きく空を蹴った。
直後、たた落ちるに任せていたアルの身体が、急激に加速。軌道を変えて竜の牙を逃れた。
『天脚』
圧縮した空気の塊を足場にして空中を移動する、風魔法を応用した技。
アルが理想とする兄、リオンが編み出し得意とする技術だ。
同じく風属性を操るアルが、何度とマネをしようとしてきたが、これまで一度も成功したことはない。
できる自信があったわけじゃない。
だがあの声に背中を押されるように、自然と体は動いていた。
そしてそれは見事に成功し、アルの窮地を救った。
体勢を崩しながらもキマイラの背に着地したアルは、突き刺したままだった自身の剣に両手をかけた。
「こ、のぉおおおっ!」
キマイラの硬い筋肉と皮膚に阻まれて、思うように抜けない刃を必死に引っ張った。
しかし一度攻撃を躱された尾竜が、再びその首を伸ばし、アルに食らいつかんと迫る。
「ぬ、け、ろおおおおおおおお!」
全身の傷口から血が噴き出すのも構わずに、アルが全力を振り絞る。
竜の牙はアルの首元を狙っていた。
そして――
「お、りゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
苦闘の末、引き抜いた剣をその勢いのままに後方へ突き出した。
その刃は、アルに咬みつかんと開いていた口の中へと飲み込まれ、竜の口腔内から頭部を一直線に貫いた。
脳天を貫かれた尾竜は、痙攣したように体を数回震わせたあと、完全に活動を停止した。それはキマイラの巨体も同様で、力を失った体はゆっくりと横倒しに倒れていく。
そして限界以上の力を絞り尽くしたアルには、キマイラの背から飛び退くどころか、すでに立っている力も残ってはいなかった。糸の切れた人形のように、アルの身体が倒れゆくキマイラの背中を転がり落ちていく。
このままでは最悪、キマイラの巨体の下敷きになりかねないところだったが――
「アル!」
逞しい二本の腕が、落下中のアルの身体を抱き留めた。そのまま空中で身を翻し、何もないはずの虚空を蹴ってその場を離れる。
そいつはアルを抱えたまま燃え盛る部屋から脱出し――まだ出口を塞いでいた蔦は強引に斬り破った――火の手の伸びていない場所まで一気に走り抜けた。そして周囲の安全を確認すると、完全に脱力しきったアルの身体を優しく床に横たわらせた。
二つの赤い瞳が自分の顔を心配そうに覗き込む。
「全く……無茶のし過ぎだぞ、アル」
「……悪ぃ、リオン」
自分を優しく見下ろす兄の表情に、アルの胸がチクリと痛んだ。いつも冷静で、どんな窮地でも不敵に笑い、自分達を導くアルの理想の英雄が、今は泣き笑いのような苦しそうな顔をしている。
そんな顔をさせてしまった申し訳なさと不甲斐なさを感じると同時に、こんな顔することもあるんだなぁ、とちょっと新鮮に思ってしまったのは絶対に秘密だ。
「戦うのは十五分の約束だったはずだぞ」
「ゴメン……逃げ切れなかった……出口、塞がれてて」
アルの身体にある大きな傷にポーションをかけながら、リオンは一瞬だけ後方、塞がれていた出口の方へ視線を向けた。
「なら、どうして俺が戻るのを待たなかった?」
「……任せろ……って言ったから」
「それは俺が女帝を倒すまでの間だけだ。倒せとまでは言ってないぞ」
リオンの眼が少しだけ鋭くなる。
「女帝の元へ向かう前に言ったはずだ。俺達にとっての最悪は、家族を失うことだと」
「……わかってる……でも……だからオレは戦ったんだ……」
自分の応急処置を続けるリオンの赤瞳を、アルは真っ直ぐに見つめた。
「オレ、強く、ならないといけないから……」
アルの言葉に、リオンが治療の手を止め、その赤い瞳を少し見開いた。
「リオン達と、肩を並べるために……次は、オレがティアやファリンを守れるように」
「………………バカ野郎」
わずかな沈黙の後、リオンが新たに栓を開けたポーション瓶のアルの口に押し込んできた。魔法薬独特の甘苦い液体が、口の中に流れ込んでくる。
「焦るなって言っただろ。お前は強くなる……俺が、強くしてやる……だからもうこんな無茶はしないでくれ」
どこかすがるようにそう言って、リオンが微笑みを浮かべる。いつになく弱々しく、だけど優しいその表情に、口を塞がれたままのアルはコクコクと頷くことしかできなかった。
そうしてリオンが右手をアルの頭の方に伸ばし――だが、途中でその手を少し引っ込めると、そのまま拳を握り、
「でも、よくやった」
アルの眼前に、その拳をそっと突き出した。
その言葉の意味を、突き出された拳の意味を、リオンの意図を理解した瞬間、アルの胸は言葉にできない感情が次から次へと湧き上がってきた。満足に動かないこの身体がもどかしくて仕方ない。
それでもどうにか右手を持ち上げ、リオンの拳に自分の拳を当てる。
いつもリオンの相棒がそうしているように……
ニヤリと笑みを浮かべ、「おう」と短く返事をする。
まだ、彼らと肩を並べられたとは思えない。
それでも一歩くらいはその背中に近づけた。
拳に伝わる固い、でも熱い感触は、きっとその証。
そう、思えた。




