ティアとミリル
リオンが振り返った先にいたのは、リオンたちと同じ孤児院の仲間。先ほどから何度も名前が出ているミリル嬢その人である。
無造作に伸びた髪を肩くらいで乱雑に切り揃えたショートヘア。瞳は青と緑のオッドアイ。オレンジ色の髪の毛が夕日を浴びて、より鮮やかに輝いている。その髪の隙間から覗いている獣耳は、彼女が狼の獣人の血をひく証だ。
そのミリルは現在、大層ご立腹した様子で煙の昇る銃口をこちらに向けている。
こんな街中で派手に銃をぶっ放したわけだが、今までにこんな光景は何度も見ているので今更どうこう言うつもりもない。自分が撃たれたわけでもないし、撃った弾もどうせ非殺傷系の特殊弾か何かだろう。
「よう、じゃないわよまったく。な~にこんな街のど真ん中で堂々と、人のこと馬鹿だのなんだの言ってくれちゃってるわけ?」
「俺は何も言ってないぞ」
「知ってるわよ、聞いてたから。だからそっちの馬鹿しか撃ってないでしょ」
リオンが何か変なことを言っていたらリオンのお尻も危なかったらしい。「陰口、ダメ絶対」とリオンが固く心に誓ったのは秘密だ。
ちなみに獣人は聴覚や嗅覚が人間より鋭い。だからこんな人の多い街中で、二人の会話を判別することができたのだろう。壁に耳あり、いや、街中に狼耳ありである。
フンッと小さく鼻を鳴らして、ミリルは持っていた銃を指でクルリと一回転させる。そのまま流れるような動作で、銃を腰に着けたホルスターへとしまった。
「まぁ、そこのバカはほっとくとして……リオン!」
お尻への銃撃は免れたが、どうやらリオンに対しても少々ご立腹らしい。色違いの宝石みたいな眼をキッと細めて、ミリルがリオンを睨む。
「ん?」
「な~にあたしを置いてそのバカと二人で勝手に狩りに行っちゃうわけ? 次に狩りに行くときはあたしも連れてけって言ったわよね?」
石畳の道を、ズンズンと足音を立てながら近づいてきたミリルが、その指をリオンの鼻先に突き付ける。不機嫌さを前面に押し出したミリルの顔は、リオンの顔からわずか十五センチほどしか離れていない。
あとちょっとでキスとかできそうな距離だが、それをやると銃弾をしこたまぶち込まれて、ジェイグと同じ道を辿ることになるだろう。下手したら弾が実弾になるかもしれない。
そもそもリオンにそんなことする気は毛頭ないのだが。
「いや、本当は連れて行くつもりだったけど……お前、今朝はゴブリン時計のせいで先生に大目玉くらってただろ」
「それはそうだけど! ちょっとくらい待ってくれたっていいでしょ!」
「ちなみに先生のお説教が終わったのは?」
「……あれから二時間後。マジで怖かった……」
「……残念だが、そんなに待てない」
一番近い狩場の森までだって、歩いて一時間はかかるのだ。しかも獲物を売るために街まで出てくる必要もあるため、そんなのんびりしている暇はない。
ただでさえ今日はゴブリン時計騒動のせいで出発が遅くなってしまったのだから。
しかし、ミリルはまだ納得がいってないようだ。楽しみにしていたケーキを食べられた子どものように、頬を膨らませて唸っている。
「せっかく新作の魔導具と銃弾を試そうと思ってたのに」
ミリルの新作魔導具という言葉に、リオンが眉間にしわを寄せる。
「お前、それ本当に狩りになるんだろうな? この前みたいなのは御免だぞ?」
それはちょうど二週間前、リオンとミリル、そしてティアの三人で狩りに出かけたときのこと。
途中まで順調だった狩りが、ミリルの新作魔導具によって地獄と化したのだ。
新作の一つは野生動物を誘き寄せる匂いを、風に乗せて任意の方角に流すというもの。
「これで今日の狩りはバッチリよ!」と嘯くミリルにリオンとティアは一抹の不安を感じつつも、ワクワクした様子で魔導具をセットする後ろ姿に何も言えなかった。
セットを終えたミリルと共に、魔導具の効果が表れるのを木陰に身を潜めてジッと待つこと五分。確かに効果はあった。
というか、あり過ぎた。
森の奥から現れた猪を皮切りに、バウンドラビット、森林狼、熊に猛禽類、さらには肉食の猿など実に様々な野生動物たちが一斉に現れたのだ。しかも途中で出会った他の動物を襲ったのか、そのうちの何匹かは血に塗れており、その匂いに誘われて魔物まで現れる始末。
そうして始まった三つ巴の大乱戦。魔物と動物と人間による泥沼の戦いだ。
魔物であるゴブリンが猪に切りかかれば、それを森林狼たちが囲んで食い殺し、オークと熊が殴り合いを始め、コボルトがバウンドラビットと肉食猿に翻弄されてアタフタする。
人間勢も負けずに応戦。
リオンがオークと熊を相手に無双し、ティアが肉食猿とコボルトを仲良く弓で串刺しにし、ミリルが二丁拳銃を乱射して、魔物も動物も手当たり次第に屠った。
そんな乱戦がしばらく続き、押し寄せる魔物と動物にリオンがいい加減イライラしてきた頃、ついにミリルがぶち切れた。
前世でいうミリタリージャケットみたいな服のポケットに乱暴に手を突っ込み、小型の魔導具をいくつも取り出すと、それらを躊躇なく放り投げた。
それを見た瞬間、リオンとティアは全力でミリルの傍へ駆け寄った。
別に魔導具の効果を知っていたのではない。ミリルと付き合いの長い二人には、魔導具の効果はわからなくてもこれだけはわかったのだ。
あれは絶対にヤバい、と。
そしてその直感は正しかった。
二人がミリルの傍にたどり着いた瞬間、目の眩むような閃光と爆音が轟いた。続いて直径二メートル程の炎の柱がいくつも立ち昇り、大暴れしていた魔物と動物たちを飲み込み、次々と焼き尽くしていった。
あとに残ったのは黒こげになった大量の死体。
そして、現在進行形で広がっていく森林火災の現場だった。
「あの時は本気で死ぬかと思った……」
あの時の魔導具の威力を思い出し、リオンは小さく身震いをした。
「あたしがそんなヘマするわけないでしょ?」
そんなリオンの態度を見たミリルは、「馬鹿なの? 死ぬの?」とでも言うように肩を竦める。
あのあとティアに散々叱られたくせに、ちっとも反省していないらしい。
その態度にリオンはちょっとカチンときた。
どうやらこの唯我独尊お姫様には、少し痛い目を見てもらった方が良いようだ。
「もし仮に、俺たちの安全に配慮してあったとしてもだ。森のど真ん中であんないかれた威力の爆弾使う馬鹿がどこにいる」
「爆弾じゃなくて火炎弾ね。凝縮した炎の魔石と風の魔石を合わせたもので、小規模の火柱を起こすのよ。結構高い魔石を使った分、威力はバッチリだったわ」
果たしてあれが『小規模』と言えるのか。
「ほう……そんな危険極まりない魔導具を、仲間に何の合図もなく放り投げたと?」
「あんたたち二人ならあれくらい簡単に躱せるでしょ? それにちゃんと二人の位置は計算してたわよ。あたしの計算に狂いはないわ」
腰に両手を当ててミリルが小さな胸を張る。
リオンと同い年の十二歳だが、残念ながらその胸が成長する気配はない。この前、九歳の女の子にも抜かれたらしい。実に不憫だ。
「まぁ思ったよりも威力が強くてちょっと焦ったけど……」
「狂ってんじゃないか、完全に」
自信満々だと思ったら、今度はサッと視線を逸らして、ゴニョゴニョと爆弾発言を呟いた。ちなみに、この場合の爆弾は『実物』と『発言』の両方を指す。聞こえないように声を抑えたようだが、これだけ近ければさすがに聞こえる。
「あのあと後始末がどれだけ大変だったと思っている」
「何よ、そんなことまだ根に持ってるわけ? 別にいいでしょ? あんたの魔法でパパッと消せたんだし」
「炎はな」
焼けた森をある程度元に戻すのが大変だった。主に生属性を持つティアが。
「ならいいじゃない。まったく、いつまでも昔のことをグチグチと……器の小さい男はモテないわよ?」
あれだけの大参事を引き起こしたくせに、反省するそぶりを一切見せずに、こんな文句を平然と言ってのける。当然そこにシビれも憧れもしない。
というわけで、そろそろ頃合だろうと考えたリオンは、先ほど思いついた計画を第二段階へ移行することにした。
「……なるほど……お前の言い分はよくわかった。つまりお前は、まったく反省してないってことでいいんだな?」
「はぁ? 何であたしが反省しないといけないわけ?」
「……と、ミリルは言ってるんだけど、そこのところどう思う?」
「…………は? あんた何言って――」
突然自分の後方に視線を向けて喋りだすリオンに、間の抜けた声を漏らすミリル。
そのままリオンの視線を追うように後ろを振り返り……そして凍り付いた。
「あ、う、あ、ティ、ティア?」
そこには件の新作魔導具で、リオンと同じ恐怖体験をした人物。そしてミリルが先生の次に恐れる女性、ティアが絶対零度を思わせる笑顔でミリルを見つめていた。
これがリオンの計画。反省の『は』の字もないミリルに失言を連発させて、実はすぐ近くにいたティアの怒りのボルテージを上昇、ある意味で下降させる。そうしてティアの表情が凍り切ったのを見計らって、ネタ晴らしというわけだ。
名付けて『私、ティア。今あなたの後ろにいるの……作戦』。
正直、『ドッキリ大成功』の看板が欲しいところである。それとも『計画通り』とでも言って、ドヤ顔すべきか。
「こ、これは違うのよ! 別に反省してないとかそういうんじゃなくて、えーと、そ、そうよ! 失敗を次に生かす、的な? 失敗は成功の母とかそういう感じの奴で――」
さっきまでの不遜な態度はどこへやら。しどろもどろになって言い訳を始めるミリル。
ティアはまだ何も言ってないのにすでに若干涙目なのは、きっと条件反射なのだろう。
パブロフの犬的な。
ミリルは狼だけど。
ティアは言い訳を続けるミリルを冷ややかな視線のみで黙らせると、その艶やかな唇をそっと開いた。
「……正座」
「は?」
「正座しなさい」
「いや、ここ街中で――」
「せ・い・ざ」
「下は石畳で……はい、座りますごめんなさい」
まるで自分のペットに「お座り」と躾けるように、静かな口調で告げるティア。人目のある街中の、しかも固い石畳に正座することに躊躇していたミリルも、最後には真っ青な顔でその命令に従った。
頬を伝う滴は冷や汗か、それとも涙なのか。
そしてミリルを座らせたティアだが、それを見届けるとまるで何事もなかったかのように、その顔をリオンへ向け……花が咲いたような笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、リオン」
「ん? ああ、ただいま、ティア」
さっきまでの絶対零度の表情との落差に驚きつつも、どうにか返事をするリオン。てっきりすぐにでもお説教が始まると思っていたので、この反応は予想外だ。
そしてミリルも「まさかの放置プレイ……」と驚愕の表情である。
しかし、ティアの可憐な微笑みには、特におかしなところはない。
穏やかで優しい、いつものティアである。
「リオンなら大丈夫だとは思うけど……ケガはしてない?」
完全にミリルを置いてきぼりにして、ティアはリオンとの会話を続ける。
「ああ、大丈夫だ」
「そう。それならいいのだけど」
口では大丈夫と言いつつも、やはり少しは心配だったらしく、リオンの返事を聞いてティアは少しホッとしたように微笑んだ。
そんなティアの優しい笑みを向けられたリオンは、照れ臭さを誤魔化すように苦笑いを漏らす。
「心配性だな、ティアは」
「だってリオンって普段は冷静で思慮深いのに、たまに凄く無茶するんだもの。昔からそうなんだから、心配にだってなるわ」
「そんなの子どものときの話だろ?」
「さぁどうかしらね?」
少しからかうような調子でクスクスと笑うティアに、何となく恥ずかしくなって視線を逸らすリオン。
この世界での年齢はともかく、前世を含めた精神年齢では遥かに年上なはずのリオンだが、どうもティアの大人スマイルには全く勝てる気がしない。
「それに昨日、近くで盗賊が出たって噂もあったし……」
「俺とジェイグなら盗賊くらいどうにでもなるさ」
リオンはこの世界に転生してある程度動ける筋力が付いてすぐに、前世で日課だった武術の鍛錬を始めている。
冒険者を目指すようになってからは、さらに本格的に戦闘訓練と魔法の練習を始め、それを一日も欠かしたことはない。五歳の時点でもかなり高かった魔力も順調に成長しており、今やその実力はかなりのものだ。
冒険者ギルドに登録できるのは十二歳からなのでまだ登録できていないが、戦闘の実力だけならすでに中級冒険者以上である。
また、相棒のジェイグはすでに冒険者ギルドに登録している。
というのも、鉄や銅などの一般的な金属は商人からの仕入れでどうにかなるが、その他の貴重な素材を手に入れるためには、時に危険な魔物の出る領域に出向くこともある。その際、冒険者登録している方が色々と都合がいいらしい。
その実力もかなりのもので、盗賊程度に後れをとることなどない。
「それに盗賊が出たのは、俺たちが行った狩場と街を挟んで反対側。身を隠さなければならない盗賊がそんな広く動き回るはずがないし、塒をすぐに変えたりもしないさ」
「そうかもしれないけど……お願いだから、あんまり危ないことはしないでね」
信頼と心配。そんな相反する二つの感情を秘めた微笑み。
こんな可憐な顔でお願いされて、果たしてそれを無碍にできる男がこの世にいるだろうか。
「わかってる。心配いらないさ」
「本当に?」
「ああ。俺がティアを悲しませるようなことするはずないだろ?」
「っ!」
ティアを安心させるために言った言葉に、ティアは空色の眼を大きく見開いた。
かと思うと、すぐに俯いて視線を逸らす。
その頬は赤く染まり、その瑞々しい唇が「不意打ち……ズルいわ」と小さく動いたのだが、煌めく金色の髪に阻まれて、残念ながらリオンがそれを見ることはできなかった。
そんなピンク色の空気が充満する中、一人正座させられたまま放置されているミリルが「正座で放置して目の前でイチャつくとかどういう拷問? ていうか、傍から見たら完全にラブラブなのに、付き合ってないってどういうわけ?」とブツブツ文句を言っている。
しかし立ち上がったり逃げ出す素振りを見せたりしないのは、やはりティアが怖いのだろう。痺れてきたのか足がピクピクしているが、解放の時はまだまだ遠いようだ。
そして、もっと哀れなのがもう一人。
「ティアまで無視ですかそうですか……俺、完全に空気だよな……そりゃ、ティアがリオン最優先なのはわかりますよ? ……でも、俺、撃たれたのに……一番年上なのに……」
撃たれたショックから回復していたジェイグが、誰にも相手にしてもらえなくて激しく落ち込んでいた。道端にしゃがんで延々と『の』の字を書いている。
実はティアが登場する前には復活しており、「おい、ミリル! テメエいきなり人のケツに銃ぶっ放すとか何考えてんだ! 聞いてんのかコラぁ!」と、元気いっぱいに叫んでいたのだが、リオンとミリルにその叫びを尽く無視され、「なぁ、聞いてる? ジェイグさんはここにいますよ~。お兄さんですよ~」と、だんだん元気が無くなっていった。
最終的にティアにまで無視されたことで完全に心が折られ、そして今に至っている。
ちなみにティアに悪気はないだろう。もっとも悪気があろうがなかろうが、ジェイグにとっては不幸以外の何ものでもないのだが。
その背中は哀愁を誘い、周囲から憐憫の眼差しを送られたが、いまだに桃色空間に浸っているティアと、いつ爆発するかわからない爆弾の前でお座りさせられているミリルを見ている限り、ジェイグの存在が認識されるのはしばらくあとになるだろう。
ちなみにこの五分後、ようやく(?)始まったティアのお説教タイムで、ミリルの心もへし折られた。
泣きながら土下座するミリルの「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」という声が、暮れゆくエメネアの街に悲しく響いていた。