戦いの後で
「リオン!」
ダイナドランの討伐を終えて十分ほどが経った頃。手ごろな大きさの瓦礫に腰かけていたリオンの耳に、不安の滲んだ声が届いた。
すでに気配で接近を察知していたリオンは特に驚くこともなく、その声の人物――泣きそうな顔で駆け寄ってくるティアに軽く手を振る。
近くにダイナドランの死体があるので、リオンが奴を倒したことはすぐに理解できただろう。だが、瓦礫に背を預け、力なく座り込んでいるリオンの姿に、不安が押し寄せてきたのだろう。大慌てで駆け寄ってきたティアが、リオンの傍らにしゃがみ込むや否や、リオンの体をペタペタと触っていく。
「ケガは無い? どこか痛むところとか、気持ち悪いところは?」
「かすり傷程度はあるが、心配するようなケガや症状は無いよ」
やたらと心配性な恋人の姿に、リオンが小さく苦笑いを浮かべる。
ダイナドランを倒した後も、リオンがここに残っていたのは、消耗の激しい体力や魔力の回復を図るため。それとミュンストルに来るのは初めてだったので、ギルドの場所が分からなかったからだ。ギルドを捜し歩いた結果、ティアとすれ違うのは避けたかった。
触診の結果、リオンの無事を確認したのだろう。ティアは空色の瞳に涙を浮かべながらも、安堵の笑みを浮かべた。
「良かった……無事で……」
「さっきも言っただろ?俺があんなデカいだけの魔物に負けるはずがないって」
不敵な笑みを浮かべてそう嘯いたリオンが、ティアの頬に手を伸ばし、流れる雫を指で拭う。
そんなリオンの手を包み込むように握り、ティアが花の咲いたように微笑んだ。
その後、ファリンの容態や、現在の町やギルドの状況などを簡単に説明してもらった。ティアが来たことから見当はついていたが、やはりファリンのケガは大したことは無いらしい。たとえどんなにリオンのことが心配でも、ファリンの容態が思わしくないのであれば、ティアはファリンの傍を離れたりしない。
ファリンは、今は避難場所となっているギルドで眠っているとのこと。リオンが来て安心したのか、かなり落ち着いた……というかのん気に爆睡しているようで、寝言で「ティア~、ご飯はまだかニャ~」などと宣っていたらしい。
そんな情報のやり取りをしていると、町の南の方から風の唸る轟々という音が聞こえてきた。
その音はどうやらミュンストルの方へと近づいているようで、徐々にボリュームを上げていく。
「やっと来たか……」
南方を見上げたリオンが、やれやれといった様子で呟いた。
その音は魔空船の飛行音。この場からは外壁が邪魔でその姿を確認することはできないが、子供の頃からその音が聞こえるたびに空を見上げていたリオンが、その音を聞き間違えるはずもない。
ガルドラッドの方角から魔空船が来たということは、救援が来たと考えて間違いはないだろう。それは同時に、今回の魔物の襲撃に終止符が打たれることを意味していた。
ガルドラッドへ向かうための中継地点としての役割が強いミュンストルと違って、ガルドラッドはラナーシュという国の経済の要所だ。冒険者や軍の質も量もミュンストルを遥かに上回っている。魔物の残党は、彼らに任せれば問題ないだろう。
(体力を温存するために休んでいたわけだが……もうその必要はなさそうだな。ジェイグ達もいるはずだし……むしろミリルが暴れ過ぎないかの方が心配だ)
さすがに乱戦の真っただ中に危険な魔道具を投下したりはしないと思っているが……やはりそこはかとなく不安になるリオンだった。
「ねぇ、リオン……」
爆裂狼娘の暴走を心配していると、リオンの傍に座り込んだティアが声をかけてきた。そんなティアに視線を向けると、ティアがリオンの顔と魔空船が向かってきているであろう方角を交互に見つめたあと、小さく首を傾げる。
「どうしてここにいるの?」
聞き方によっては、リオンがここにいてはいけないと言っているようにも取れる。もちろんティアにそんな意図は無く、純粋にリオンが何故ここにいるのか……いや、何故ここに来られたのかがわからないのだろう。
この世界で最も早い長距離移動手段は、当然ながら魔空船だ。ガルドラッドからの救援は魔空船を使うだろうとティアは考えていたし、実際、その救援の船が外壁の遥か向こうに小さくその姿を現したところだ。
つまり、ガルドラッドからティア達を助けに来たリオンは、現在地上数百メートル上空を飛んでいるあの船に乗っていないとおかしいことになる。
そんなティアの至極当然な質問に、何故かリオンは「あ~、うん、まぁ色々と……」と悪戯が親にバレた子供のように狼狽えてみせる。かなり珍しい光景だ。
正直、リオンとしてはティアにこのことは言いたくない。余計な心配をかけたくないというのもあるが、それ以上に……絶対に怒られる。
しかし、魔物の殲滅が終わり、仲間と合流すれば遅かれ早かれ知られることではある。何より隣から向けられる笑顔が怖い。いつも安らぎをくれるはずの笑顔が怖い。よくティアに叱られるミリルやファリンなどは、よくこの絶対零度の笑顔に耐えられるものだと感心してしまうくらいだ。
「リ・オ・ン?」
吹き荒れるブリザードの幻影に襲われ、「ダイナドランを冷やすなら、こっちの方が良かったのでは?」と、自身の魔法の効果に疑問を抱きつつも、リオンは観念したとばかりにため息を吐いて、これまでの経緯を話し出した。
「走って行くだって?」
リオンがミュンストルに到着する四時間ほど前のこと。
魔物の大群襲来の情報に揺れるガルドラッドのギルド内。リオンの言を聞いたシルヴェーヌが呆れたように眉を顰めた。
「そりゃああんたが全力で走れば、馬よりは確実に速いだろうさ。だが、それも九時間の道のりを二時間程度短縮するのが限界さね。焦ってるとはいえ、あんたがその程度の計算もできないとは思わなかったがねぇ……」
シルヴェーヌがリオンという人間をどれだけ評価していたかは知らない。だが、危機的状況下で判断を誤るほど程度が低いとは思っていなかったのだろう。その声には失望の色が混ざっていた。
もっとも、リオンの評価が下がったとしても、このままリオンを行かせてくれるとは考えられないが。
「それは街道を進むことが前提の話でしょう?」
そんなシルヴェーヌの視線を特に気にした風もなく、リオンが淡々とした様子で告げた。
その一言でリオンの考えを察したのだろう。いつも飄々としていて、それでいてどこか妖艶さを漂わせるシルヴェーヌの顔が驚きに染まった。
「ここからミュンストルの町までの直線距離はそれほど遠くない。全力で走れば三、四時間もあれば着くはずです」
リオンの言った通り、ミュンストルとガルドラッドの距離はそう遠くない。魔空船であれば、二時間もあれば辿り着ける。
しかし、その間には深い森や大河、さらには幅数十メートルにも及ぶ地割れのような谷がある。街道は森を迂回したり、川や谷の幅が狭まったところに掛けられた橋などを渡ったりするため、どうしても遠回りになってしまう。逆に言えば、それらをどうにかできればミュンストルまで魔空船よりも早くたどり着けることになるのだが……
「あんたわかってるのかい? 今はもう夕刻だ。森に着く頃には辺りは真っ暗だろう。それが森の中ならなおさらだ。そんな中を駆け抜けるつもりなのかい?」
鋭い視線をリオンに向け、その真意や覚悟を図るシルヴェーヌ。その瞳を真っ直ぐに見つめて、リオンがはっきりと頷きを返した。
「夜の森には夜行性の魔物もウヨウヨいる」
「無視して突っ切ります」
「川は?」
「跳び越えます」
「谷は?」
「跳び越えます」
「……あんた馬鹿なのかい?」
「ええ、もちろん」
全ての問いに迷うことなく答えるリオンを前に、心底呆れた様子でシルヴェーヌが大きなため息を吐いた。もっとも先ほどまでとは違い、その表情にはどこか面白がっているような雰囲気も感じられる。
夜の森の危険性はリオンも十分理解している。伊達に子どもの頃から森を遊び場にしたり、狩りに明け暮れたりしていたわけではない。
だが、リオンには天脚という、数回であれば宙を跳び回れる技がある。明りの無い森の中で樹を避けながら進むよりは速度を出せるし、危険も少ない。途中の河や谷も、何とか跳び越えることができるはずだ。
それらの詳しい事情をシルヴェーヌが知る由もないが、それでもリオンが何の根拠もなく危険な道程を選択しているわけではないことは理解できたのだろう。魅惑的な顔に苦笑を張り付けて、リオンの傍らに立つアルに視線を向けた。
「あんたのところの大将が随分と無茶なことを言ってるけど……あんたは止めなくていいのかい?」
突然シルヴェーヌに話を振られたアルは、一瞬だけキョトンとした表情のまま首を傾げた。だが、すぐにいつものように両手を頭の後ろで組み、まるで隣近所にお使いに行くのを見送るような気軽さでこう言い切った。
「リオンがやるって言ってんだから大丈夫だろ」
アルもリオンのやろうとしていることのリスクを理解していないわけではないだろう。それでも一片の疑いもなく、リオンならできると断言した。
そんなアルの態度に、逆にシルヴェーヌの方が面食らってしまったらしい。どこぞの小動物のように数回瞳を瞬かせたあと、顔を俯かせた。そして何かを堪えるように肩を震わせたと思ったら……
「くっ、あはははははははっ!」
大声を上げて笑い出した。緊迫した空気のギルド内にシルヴェーヌの場違いな笑い声が響き渡る。
「やれやれ、やっぱり大将が馬鹿だと、メンバーもそうなっちまうのかねぇ。この様子じゃ残りの黒の翼も似たようなもんかい」
「前にも言いましたが、リーダーはジェイグです。まぁどちらも馬鹿なのは間違いありませんが……」
「実質はあんたがリーダーみたいなもんだろうに……まぁどっちでもいいがね」
一通り笑って満足したのかシルヴェーヌの表情にいつもの妖艶さが戻った。
「いいかい? 今回の緊急依頼にはミュンストルの存亡がかかっている。そんな局面で、二級の冒険者という重要な戦力に抜けられるのは、大きな痛手だ」
顔の前に人差し指を立てた右手を掲げ、改めて現在の状況を確認するシルヴェーヌ。
「だが、その戦力が一足先にミュンストルに辿り着けると言うのなら、それはこちらとしても願ってもないことだ。だから……」
掲げていた右手でリオンを真っ直ぐに指さして、シルヴェーヌが告げる。
「絶対に間に合わせな。もし他の救援が到着するより一秒でも遅れたら、マスター権限であんたは二ランク降級。辿り着けなかったり、辿り着いても使い物にならなかった場合は、パーティーメンバー全員を降級させる。それで構わないね?」
「ええ、問題ありません」
シルヴェーヌの提示する条件など正直どうでもよかった。
家族の命がかかっているのだ。遅れるつもりなど毛頭ない。
その後、シルヴェーヌからガルドラッド正門での手続きをパスするための書類を受け取ったリオンは、自身の出せる最高速度をもって、一路ミュンストルの町を目指したのだった。
「――とまぁ、そんな感じでミュンストルまで無事に辿り着いたんだが……」
これまでの経緯を掻い摘んで説明をするリオンだったが、案の定というか何というか……話の途中から、というかリオンが夜の森に単身特攻を決めた辺りから、ティアの放つブリザードの冷気が徐々に勢いを増し始めた。俯いた前髪の奥の表情がどんな状態になっているのかは、さすがのリオンも確認する気にはなれなかった。
実際、自分でもかなり危ない橋を渡ったと思っている。間に合ったから良いようなものの、一歩間違えれば遅れるどころか、途中で息絶えることだってあり得たのだから。
森の中では、ナイフみたいな爪を生やしたムササビの魔物の大群に囲まれたり、猛スピードで巨大な食肉植物の口の中に跳びこんでしまったり、闇と完全に同化する大型の鴉に追われたり。
大河を越えている最中には、超巨大な魚に丸飲みにされかかった。気付くのがあと少し遅れていたら、今頃は河の底で魚のエサになっていたかもしれない。
谷の途中では、突風のせいで天脚に必要な風の魔法の制御を狂わされた。風の魔法を使えば谷底に落ちても何とか着地できたかもしれないが、数百メートル下の暗闇から聞こえてきた無数の魔物の鳴き声を考えると、無事に生還できるとはとても思えなかった。
そんな走れメロスも真っ青な道程についてはさすがに話していないが、数年も冒険者をやっていれば、それがどれだけ危険なことだったかは容易に想像がつく。
正直、リオンが事情を説明し終えた瞬間に、ティアのお怒りが爆発してお説教が始まるかとも思っていたが……
「…………ホント、無茶ばっかりするんだから」
少し長めの沈黙のあと、大きなため息とともにティアがリオンの胸に倒れこむように額を当てた。力なく握られた左手でリオンの胸板を叩く。
それは自分達のために危険を冒したリオンを責めているようにも、そんな無茶をさせてしまった自分の不甲斐なさを噛みしめているようにも感じられた。
「……無茶だってするさ。ティアとファリンのためならな」
胸元に押し当てられたティアの頭を抱きしめるように、リオンがそっと手を置く。月夜に映えるブロンドの髪も、土埃にまみれてくすんでしまっている。白いロングコートに覆われた肩は小さく震えていた。
「それに無茶はお互い様だろう? ダイナドランに踏みつぶされそうになってるのを見た時は本当に肝を冷やしたぞ」
「……ごめんなさい」
「無事ならそれでいい。ただ、もうこれっきりにしてくれよ? 俺達が多くの人を巻き込んでまで復讐を成し遂げたのは、初めて訪れた町や、見ず知らずの人間のために命を賭けるためじゃないんだから」
「……うん」
「それに……ずっと傍にいてくれるって約束しただろ?」
ティアからの返事は無かった。代わりに、リオンの胸にかかる圧力が増し、ティアの左手はリオンのコートを強く握る。それがきっとティアの答えなのだろう。
リオンは安心したように小さく笑みを浮かべた。そうしてティアが落ち着くまでの間、リオンは救援を乗せた魔空船が外壁の外に降り立つのを眺めていた。
ミュンストルギルドの会議室。魔物の掃討を終え合流した黒の翼の六人は、二つの町のギルドマスター、グラフとシルヴェーヌに召集され、この場に介していた。ダイナドランとの戦いのダメージで眠っていたファリンも、先ほど目を覚ました。休んでいてもいいとは言ったのだが、ベッドで寝ているよりは皆と一緒にいたいらしい。
「まさか本当に辿り着いちまうとはねぇ……」
感心と呆れと興味が混ぜ合わさったような表情で、シルヴェーヌがリオンの顔を覗き込むようにマジマジと見つめてきた。
露出の多いドレスに身を包み、豊満な双丘を強調するように腕を組む姿は、本人のとびきりの色香もあってか、まるでどこぞの高級娼婦のよう。あまり至近距離から見つめられると、リオンとしても目のやり場に困る。すぐ隣から放たれる猛烈なブリザードの冷気が無ければ、健全な一男子らしい何らかのリアクションを見せてしまいそうだった。
まぁ今のジェイグのように、あからさまに鼻の下を伸ばしたりはしないだろうが……
「おまけにダイナドランなんていう、危険物を一人で処理しちまうんだから。大したもんだ」
「まぁどちらもかなりギリギリでしたけどね」
からかうように――対象がリオンなのかティアなのか、それとも両方か――さらに顔を近づけてくるシルヴェーヌに、リオンは軽く肩を竦めて背を向ける。いい加減話を進めたかったというのもあるが、これ以上女性二人に板挟みにされるのは勘弁願いたかった。ハーレムラブコメのような展開は、見るならともかく自分が巻き込まれたくはない。
「それよりも、早く本題に入りましょう。グラフさんもそうでしょうが、こちらのメンバーも消耗が激しいんです。夜も遅い。今後のためにも、早めに休んだ方がいいでしょう」
会議室の真ん中に置かれた長方形のテーブルを回り込み、リオンはシルヴェーヌと反対側の席に腰を下ろした。他の仲間もリオンに倣って、近くの椅子に座っていく。ジェイグはなおもシルヴェーヌの胸の谷間へ熱い視線を送っていたため、呆れたミリルにド突かれていた。
テーブルの反対側で「つれないねぇ」などとぼやきながら肩を竦めるシルヴェーヌだが、とりあえずの満足は得られたのか、笑みを消してリオンの正面に着席した。
成り行きを、こちらも面白そうに傍観していたグラフがその隣に座る。ガルドラッド程の規模は無いとはいえ、さすがは一ギルドのトップといったところだろうか。魔物の侵入を防ぐために、全力全開で土魔法を行使したはずなのだが、その顔色には疲れ一つ見えなかった。
「それにしても、深緑の女帝か……話には聞いたことがあったが、まさかこれほどの脅威になるたぁな……」
サンタクロースのように伸びた白髭を右手で弄びながら、グラフが低い声で唸った。この場に会する前に、グラフには今回の魔物襲撃の裏に、深緑の女帝がいることについてはシルヴェーヌから簡単に説明があったらしい。女帝の存在については、説明の時点ですでに可能性ではなく確定事項となっていた。リオンがガルドラッドのギルドに依頼していた調査結果が黒だったと、魔空船が飛び立つ前にシルヴェーヌへ報告があったらしい。
「魔物の規模はともかく、ダイナドランやバードレオが含まれていたのは、一月前の川の氾濫と土砂崩れが原因でしょう。話ではその地域の魔物の生息図にも影響があったみたいですし……」
リオンの推測に、シルヴェーヌが頷いて同意を示した。今述べた二体の魔物は、どちらも本来であればこのような人里まで降りてくることなどあり得ない。生息に適した環境ではないのだから当然だ。特に、ダイナドランに関しては、どんなに大地のマナを摂取しても、いずれは気温の変化に耐えきれなくなったはずだ。逆に言えば女帝は、魔物の、いや生物としての本能さえも無視して操ることができるということでもあるが……
ちなみに前の事例でも、女帝がミノタウロスやサイクロプスを従えていたらしいが、その時は女帝の発生源と思われるのが山間の集落付近だったのが原因だろう。その二体も本来であれば人里まで降りてくるような魔物ではない。
「けど、何で女帝はミュンストルを標的にしたのかな?」
両手を頭の後ろで組んだアルが、ふと思い出したように疑問を呟いた。アルの疑問に他の面々も思案顔を浮かべる。
「確かにそうね……何でガルドラッドじゃなくてミュンストルなのかしら。町の規模から考えて、ガルドラッドの方が人は多いのに……」
「攻め込むならミュンストルの方が楽だったからじゃねぇか? 防衛戦力はガルドラッドの方が上だし」
「魔物にそこまでの判断ができんの? それに、そのアネットって人はガルドラッドの近くで女帝に捕まったわけでしょ? そこまで来てたのに、何でガルドラッドに手を出すことなく、先にミュンストルを襲うわけ?」
「うにゃ~、ファリンにはさっぱりニャ~」
口元に手を当てて考え込むティアにジェイグが推論を述べ、ミリルが反論し、ファリンがお手上げだと鳴いた。向かいに座るグラフも渋面を浮かべて白髭を弄っている。
そんな面々の中、リオンがわずかな思考ののちにおもむろに口を開いた。
「おそらく……女帝の『魔物を操る力』とか脅威にばかり目が行って、根本的なことを忘れていたんでしょう」
「どういうことだ?」
自嘲するような笑みを浮かべるリオンに、向かいに座るグラフが深いしわの刻まれた顔を向ける。その一方、シルヴェーヌはリオンの言わんとすることに気付いていたのだろう。妖艶な美貌に蠱惑的な笑みを浮かべて、リオンを見つめる
「おや、あんたも気づいてたのかい?」
「ええ、まぁ……」
興味深そうに自信を見つめる視線を、肩を竦めて受け流すリオン。シルヴェーヌが誘惑するような視線を向けるたびに、リオンの隣が不機嫌になるのがわかるので、正直勘弁してほしい。
「どういうことよ、リオン」
こちらも若干不機嫌さを露わにしたミリルが、ジェイグの陰から顔を出してリオンを睨む。もっともミリルが不機嫌なのは、嫉妬や独占欲ではなく、「勿体ぶってないでさっさと話しなさいよ、あんた!」という怒りだろう。
「つまり、どんなに厄介な力を持っていても、女帝は植物の魔物だってことだ」
リオンのかなり端的な返答に、ジェイグ、アル、ファリン、グラフの四人の頭の上に更なるハテナマークが浮かぶ。
だが、ミリルとティアにはそれで通じたようだ。クイズの答え合わせをするように、ミリルが口を開く。
「鉱毒……それに排煙を嫌ったってことね?」
正解、とでも言うようにリオンが苦笑いを浮かべる。
一方、かなり詳細を端折った二人の会話に、ますます訳がわからないといった様子の他の四人に、優しいティア先生が説明を始める。
「ガルドラッドの地下水や土壌は、鉱山から流れる鉱毒に汚染されているって話はしたでしょ? それと、今朝ギルドの職員さんが、工房から出る排煙を魔導具で町の外に流してるって言ってた。植物は水が無いと生きていけないし、火を付けられれば簡単に燃えてしまう。それは魔物である女帝も同じ。だから、女帝はガルドラッドの近くまで来たのに、それ以上近づくことなく引き返したのよ」
ミュンストルの会議室で、あぁ~、という四重奏が奏でられた。
そんな四人の姿、特に同じギルドマスターでありながら若者と一緒に合点している白髭のおっさんに呆れた視線を向けた後、シルヴェーヌが話を進める。
「その点も踏まえると、捜索範囲はある程度絞られる。明日、夜が明けてから女帝の捜索進めさせるよ。おそらく女帝に操られた魔物はまだ数百体は残っているはずさね。魔空船で空から探せばすぐに見つかるだろうね」
「討伐隊はガルドラッドから?」
「まぁ今のミュンストルからは出せないねぇ。軍の方も町の防衛に人出が必要だろうから、あまり期待はできないし……また緊急依頼で冒険者を募るしかないだろうね」
シルヴェーヌが大きなため息を吐く。緊急依頼は報酬も高額なうえ、規模も大きい。今回のミュンストルへの救援も合わせると、ギルドの予算的にはかなりの痛手だろう。もちろんガルドラッドの町や、国からも報酬は出るだろうが、それで全て賄えるわけではない。それに色々と手続きも必要なので、ギルドマスターとしての仕事が増えるわけだ。思わずため息を吐きたくなるのもわかる。
「というわけで、女帝の討伐に行く前に、一度ガルドラッドに戻るよ。討伐隊の編成もそうだし、色々と準備が必要だからねぇ」
「わかりました」
その後、帰りの分の魔石を積み込んだ魔空船に乗り、リオン達はガルドラッドへの帰路についたのだった。
バトルが続いていましたが、しばしの小休止。
といっても、またすぐに女帝の討伐戦が始まるんですがね。
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厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。
よろしくお願いいたします。