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ミュンストル防衛戦2

異世界転生ものの小説なのに、五十話を越えて初めて魔物とのガチバトル回ですww

 バードレオ。


 巨大な鷲のような体に、獅子の頭部を持つ魔物。主に険しい山脈地帯に生息する肉食の魔物だ。凶暴ではあるが滅多に山を降りてくることが無いため、危険度は低い。


 しかし、その強さは本物だ。


 ティアとファリンは過去に一度討伐したことがあるが、それはリオンとアルも含めた四人でのこと。その時よりは二人の実力も上がっているが、確実に倒せる保証はない。唯一の救いは、今目の前にいるバードレオが前に倒した奴よりもやや小型であることくらいか。


「バードレオは私達が相手をします! 皆さんは他の魔物に注意しつつ、この場を離れてください! 負傷している人の救助もお願いします!」


 まるで自身が王者だとでも言うように周囲を睥睨しているバードレオに向かって、矢を構えながらティアが指示を飛ばす。半狂乱になって逃げ出している者もいたが、先ほどのパフォーマンスのお陰か、多くの者がティアの指示に従ってくれた。相変わらずティアを女神扱いしている者もいるので、そのせいかもしれないが。


 バードレオの方も、ティアの叫ぶ声に気付いたようだ。鳥のように首を傾け、獅子の顔をこちらに向ける。


 まるでお互いの出方を窺っているかのように、ティアとバードレオの視線がぶつかる。ティアからしてみれば、怪我人の救助が終わるまでバードレオに暴れられたくはない。だが、あまり時間をかければ、それだけ他の魔物に襲われる危険も増える。バードレオだけでも厄介なのだ。他の魔物を相手にしながらでは、ティア達に勝ち目はない。


 しかし、幸か不幸か、他の魔物がティア達に向かってくることはなかった。上空の魔物はティア達がいる外壁を素通りして、町の方へと向かっていく。


(そっか……女帝の狙いは生きたまま多くの人間を捕らえること……身動きの取り易い空の魔物達には、広範囲に分散して人間を捕らえるように命令をしているのね)


 女帝の知性がどこまであるかはわからないが、バードレオが単体で上空からの奇襲を仕掛けてきたことを踏まえると、ある程度策を弄するだけの頭はあるのかもしれない。


 おそらく街へと向かった魔物は、逃亡を図る人間を捕らえるため町の反対側へ向かっているのだろう。現に外壁を越えてもすぐには降下せず、町の上を飛び続けている。


「魔物の一部が町へと向かっています! おそらく町に散らばって住民を襲うつもりです! 動ける人は急いで救援に向かってください!」


 バードレオに視線を向けたまま、ティアが撤退を続ける兵士達に向かって叫ぶ。


 だが、その指示に対する返事はなかった。


 いや、応える声はあったのかもしれない。しかしそれがティアの耳に届くことはなかった。


「ガアッ!」


 何故なら、ティアと睨み合いを続けていたバードレオが、突然その大きな翼をはためかせ、大きな咆哮を上げたからだ。


「くっ!」


 その咆哮と同時にティアは大きく真横へ跳ぶ。直後、ティアが立っていた場所を、猛烈な衝撃波が唸りをあげて通り過ぎていった


 ドオオオンッ!


 先ほどまで鳴り響いていた砲撃音よりも激しい爆音が轟く。


 ティアの後方の見張り台の壁が、衝撃波の直撃を受けて激しく揺れた。壁面に大きな亀裂が入り、破片が飛び散る。


 これがバードレオの恐ろしさの理由の一つ。その巨体から繰り出される咆哮は、物理的な圧を伴う衝撃波となって襲ってくる。以前戦った個体よりは威力も小さいようだが、それでも直撃を受ければただでは済まないだろう。


「はっ!」


 お返しとばかりに、ティアも魔法矢を放つ。三本の矢が異なる軌道を描いてバードレオへと迫る。


「グルルァッ!」


 バードレオは小さく咆哮を上げると、大きく翼を広げた翼を振るった。片方だけで三メートル近い巨大な翼が巻き起こす風が、竜巻のように渦を巻いて暴れ狂う。ティアが放った魔法矢が、バードレオの眼前で巻き起こる暴風に掻き消されてしまった。


 先ほどの衝撃波もそうだが、バードレオはその身に宿した魔力と巨大な体を使って、風を操る。今のも翼で起こした風を魔力で増幅し、風の盾を作ったのだろう。


「やっぱり、正面からじゃ当てられないか……」


 以前も戦ったときも同じように防がれていたので、ティアも特に驚きはしない。元々簡単に倒せる相手ではないし、何より今は兵士達の撤退の時間を稼ぐのが先だ。バードレオの興味が、他の人間に向かないよう牽制する必要がある。


「グルルル!」


 バードレオの方も、この場にいる敵の中でティアが最も脅威だと考えているのだろう。他の魔物と違い、元々が上位の魔物であるためか、女帝に操られながらもそれなりの知性を残しているのかもしれない。その巨体に似合わぬ速さで空中へと舞い上がると、周囲で撤退を続ける者達には目もくれず、ティアに向かって急降下をしてくる。


 ゴォッ! と風が暴れる音が鳴り響いた。荒れ狂う暴風の塊と化したバードレオが、猛烈な速度でティアへと迫る。


 先ほどの奇襲の時と同じ風を纏った突進だ。正面から魔法矢を放っても、先ほどと同じように掻き消されてしまうだろう。


 だがティアは動かない。再度、魔力を通した魔弓を構えて、迫るバードレオに悠然と対峙する。


 怪我人の救助のため、比較的近くでその戦いを見ていた兵士の目からは、バードレオの突進の速度に、ティアが動くことができないように見えただろう。バードレオの突進を受けたティアが無残に弾き飛ばされる光景も幻視したかもしれない。


 だが、そんな未来が訪れることはなかった。


 ズドンッ! という轟音が響く。


 わずかな雲と星空しか見えない空から、紫の閃光が撃ち出された。何もないはずの空間から発生したその光は、激しいスパークを起こしながら闇夜を切り裂いていく。


 それはまるで雷の槍。


 一直線にティアへと急降下するバードレオにいともたやすく追い付き、その無防備な背中を貫いた。


「グァッ!」


 短い鳴き声を上げて、バードレオの体が空中で痙攣する。慣性の力により突進は止まらないが、その勢いは明らかに弱まっていく。その身に纏っていた暴風も、魔力を失い霧散していった。


「はっ!」


 こうなることをあらかじめわかっていたのだろう。突然の事態に全く動揺することなく、ティアが魔弓に込めた魔力を解放した。解き放たれた魔力が五本の矢となってバードレオへと向かっていく。


「グルァッ!」


 雷に身を焦がされながらも、バードレオが大きな咆哮を上げた。咆哮によって放たれた衝撃波が五本の矢のうちの三本を掻き消してしまう。残りの二本は消されはしなかったものの、わずかにその軌道が逸れ、バードレオの翼と体をわずかに掠めただけだった。


 一度体勢を立て直そうというのだろう。突進の途中だったバードレオが大きく方向を変え、ティアから距離を取る。


 また、先ほどの雷撃の発生源も探りたいのだろう。ティアから一定距離を保ったまま、バードレオが上空を旋回する。


(操られていても、さすがはバードレオ……簡単に撃ち落とせたりはしないわね)


 夜空に半径十メートルほどの円を描いて飛ぶバードレオを睨みながら、ティアは小さく息を吐く。ティアが戦っている間に、兵士や他の冒険者の撤退は完了していた。今、この場に居るのはティアとファリン、バードレオだけである。


 もっとも今、ファリンがどこにいるかはティアも正確にはわからない。


 ファリンの適性属性は闇と雷。光の少ない今の時間は闇魔法が最大の威力を発する。闇を纏い姿を隠すファリンを見つけ出すのは、バードレオと言えど難しいだろう。


 だが楽観視もできない。闇魔法でも完全に姿や気配を隠すことはできない。攻撃に転じれば殺気も漏れる。それにバードレオは夜目も効くし、鼻や耳も良い。戦いが長引けば、それだけ見破られるリスクも高まるだろう。


 それに外壁を素通りして町に向かった魔物も気になる。動ける兵や冒険者が向かったはずだが、町を守るには数が足りない。ティア達がバードレオとの戦いに時間をかければ、それだけ住民が魔物に連れ去られる危険性が高まるのだ。


(仕方ないわね……少し危険だけど、やるしかないわ)


 旋回を続けるバードレオとの睨み合いが二周目に差し掛かった辺りで、ティアは勝負に出ることにした。


「ファリン! 闇を強めて!」


 姿の見えないファリンにティアが呼びかける。


 それと同時に、ティアは魔弓を構え、次々と魔法矢を打ち込んでいく。


 だが放たれた矢はこれまでのものとは大きく異なっていた。


 淡い白色の光を放っていたはずの魔法矢が、今は無色透明。周囲に設置された松明の明りをわずかに反射するだけだ。


 しかもその矢は上空を旋回するバードレオへは向かって放たれたのではない。ティアが矢を放ったのは周囲を照らす松明だ。赤い炎が揺らめく松明の先端を、透明な魔法矢が次々と撃ち抜いていく。


 ティアの魔力によって形作られた魔法矢で射ぬかれれば、松明など簡単に砕け散ってしまうだろう。だが、矢を受けた松明が砕けることはなかった。


 というのも、今回ティアが放っているのが、魔力で作られた水の矢だったからだ。


 武器であると同時に魔導具でもある魔弓には、手元に魔石を取り付けるための器具がある。そこに魔石を取り付けることによって、自身の適性属性以外の魔法矢を放つことができるのだ。取り付けることのできる魔石の大きさの関係上、数発が限度であり、魔石も使い捨てにはなってしまうが、ここぞという時に戦略を広げることができる。


 今回は松明の火を消すのが目的だ。別に火を消すだけなら通常の魔法矢で吹き飛ばせばいいのだが、砲弾が放置されたままなので、誤爆を防ぐために水の矢を使った。


 水を浴びた松明がジュウッという音が響かせ、炎が消えてしまった。辺りがさらに深い闇へと染まっていく。


 だが、その闇は松明の火が消えただけではない。まるで深い霧に包まれるように、薄い闇が辺りを覆っていく。空に輝く月の明りさえも飲み込んで、漆黒の闇が広がっていく。


「グルルウ」


 上空からその様子を見つめていたバードレオが、低く唸り声を上げる。敵の不可解な行動と、広がっていく闇に、不用意に動くこともできないのだろう。雷撃や矢の攻撃を警戒するように旋回を続けながら、ティアや姿の見えないファリンの出方を窺っている。


 だが、闇の中から攻撃が飛んでくることはなかった。徐々に範囲を拡大していく闇が、じわじわと上空へと昇って行き、バードレオのいる高さまで迫っている。


「グルルルァッ!」


 姿の見えない敵にいら立ちを募らせたのか、それとも自身をも飲み込まんと迫る闇に本能的な恐れを感じたのか。バードレオが一際高い鳴き声を上げて、翼を大きく振るう。闇を吹き飛ばさんとするかのように、バードレオの目の前に猛烈な風が巻き起こった。


 だが小さな台風のごとき暴風も、実体のない闇に効果は無い。なおも翼を振るい、風を巻き起こすバードレオへと迫り、その大きな体を飲み込んでいく。


 これでバードレオが正常な状態であれば、自身をも飲み込まんとする闇に恐怖を感じ、距離を取っていただろう。しかし、女帝に操られた魔物に撤退という選択肢はない。バードレオの冷静な戦い方を見る限り、思考能力が奪われたわけではないのだろうが、行動に制限があるのだろう。


 また、バードレオが夜行性の魔物であることも関係しているのだろう。暗い森の奥を住処とするバードレオからすれば、広がる闇に警戒心を強めはしても、恐怖に飲み込まれたりはしないのかもしれない。現に闇に飲み込まれた今も退くことはしない。旋回を続けながら、注意深く周囲の気配を探っている。


 魔法によって作られた闇は、臭いや音さえも薄めてしまう。だが、完全に消せるわけでもない。バードレオの鋭敏な嗅覚と聴覚をもってすれば、突然の攻撃であっても対処できるだろう。


 また、バードレオは飛んでいる間も、絶えずその身に風を纏っている。突進の時ほどの勢いは無いものの、おいそれと接近できるものではない。先ほどからティア達が遠距離攻撃しかしていないのもそのためだ。


 闇の中で相手の出方を窺う静かな戦いが続く。


 そんな闇の中にカランという小さな音が響いた。それは本当に小さな音で、バードレオの優れた聴覚でなければ絶対に気付かれることはなかっただろう。だが、上空を旋回するバードレオの耳にも、その音は確かに届いたようだ。


 バードレオがその音の聞こえた方向に視線を向ける。すると、その闇の中にわずかな揺らぎが見えた。注意深く観察しなければ、絶対に気付くことの無い綻び。だが、夜の闇に生きるバードレオの目には、はっきりとその揺らぎが映っていた。


「グルルルッ!」


 やっと見つけた敵の気配に、バードレオが雄叫びを上げる。


 と同時に、バードレオが旋回を止め、その身に再び暴風を纏って急降下を開始した。


 闇からの奇襲を警戒しているのだろう。今度は一直線ではなく、敵をかく乱するように軌道を変えての突進だ。これではティア達も簡単に的を絞ることはできないだろう。


 闇の中に現れた小さな揺らぎは今もその場に留まっている。そこにいるのが誰かまでは特定できないが、どちらであっても暴風の塊と化したバードレオを討ち取ることはできないだろう。


「グルルゥッ!」


 自身の力を誇るように、あるいは勝利を確信したかのように、バードレオが雄叫びを上げる。


 その瞬間だった。


 バードレオが見つめる闇の揺らぎが、突如爆発したかのような凄まじい光を放ったのは――


「グルァッ!」


 眩い閃光に眼を灼かれたバードレオが苦悶の声を上げる。


 闇に包まれていたうえ、バードレオは元々夜行性。おまけに近距離から発光源を直視していたのだ。その苦しみは想像を絶するものであろう。着陸態勢はおろか、減速さえできないまま、バードレオは猛スピードで頭から地面へと衝突した。


 魔導爆弾のような爆音が響き、衝撃が外壁を激しく振るわせた。外壁に使われている石材が砕け、風に巻き上げられていく。


 その身に纏った暴風も、バードレオの体重と速度を乗せた突進の威力を殺しきることはできなかったようだ。衝撃に抉られた地面に、バードレオの頭部がめり込んでいる。さすがに死んではいないようだが、かなりのダメージは負っているのは間違いない。絶えず纏っていた風も散ってしまっていた。


 そして、そんな隙を二人が見逃すはずもない。


「「やあああああっ!」」


 裂帛の声とともに、ティアとファリンが己の武器を振り下ろした。魔弓と両手の鉤爪。いくつもの刃が硬い皮膚を貫き、バードレオの急所を正確に抉る。


「ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 顔を地面に埋めたままのバードレオがくぐもった鳴き声を上げる。冒険者に強敵として恐れられる魔物にしては少々残念な感じの断末魔の叫びを響かせて、三級の魔物、バードレオは死んだ。


「ふぅ……何とか倒せたわね……」


 魔弓の剣先を引き抜き、ティアが大きく息を吐いた。周囲を覆っていた闇も消えていき、月明かりが汗に濡れたティアの白い頬を照らす。


「ティアの作戦通りニャ!」


 闇魔法を解除したファリンが、ニャッハーと全身で喜びを表現する。サイドテールにした水色の髪と猫尻尾が、ファリンの動きに合わせてピョンピョンと跳ねる。


 本当ならティアに飛びつきたいのだろうが、鉤爪を付けたままでは抱き付けないので、その場でピョンピョンと飛び跳ねるだけにとどめているのだろう。


「ファリンのサポートのお陰よ。ありがとう、助かったわ」


 そんなファリンにティアが穏やかな笑みを向ける。


 ティアの賛辞に嬉しさのボルテージが上がったのだろう。何かを期待するような笑みでファリンがティアに近寄ってくる。


 ファリンの望みを瞬時に理解したティア。むしろ望むところとばかりに、ファリンの頭を優しく撫でる。


 ニャフ~ンと気持ちよさそうな声を上げて、ファリンがティアのなでなでを堪能する。子猫のような仕草を見ていると今がまだ戦いの最中であり、強敵のうちの一体を倒したに過ぎないことを忘れてしまいそうだ。


だが、バードレオが群れの中で最も驚異であったことは間違いない。目撃情報の中にはミノタウロスもいるが、バードレオよりも下の四級だ。強さだけならミノタウロスもバードレオにも劣らないし、確認されていないだけで他にもまだ高ランクの魔物がいるかもしれない。だが、空を自由に飛び回る機動性は町の防衛にとっては最大の鬼門だった。そのバードレオをたった二人だけで倒したのだ。少しくらい息つく暇があっても構わないだろう。


 正直、先ほどの作戦は少々リスクの高いものだった。闇魔法で生み出した闇の中で通常通り状況を把握できるのは使用者であるファリンだけだ。いくらファリンがある程度考慮してくれていたとはいえ、闇の隠蔽効果は範囲内にいたティアにも効いていた。その中でバードレオの動向を正確に把握し、最高のタイミングで光魔法を発動するのは並大抵の集中力では不可能だっただろう。


 バードレオがティアの誘いに乗ってくるかどうかもわからなかった。最悪の場合、闇の中に飲まれることを嫌って、標的を他に移される可能性もあったのだ。他の魔物よりは思考能力が残っていたとはいえ、やはり女帝に操られて行動が単純になっていたのだろう。


 それに女帝の狙いは生きた人間を捕らえて魔力を得ることだ。もしかしたら手駒の魔物が人間を殺し尽くしてしまわないように、手加減を命じられていたのかもしれない。


 作戦が無事に成功したことでドッと疲れが押し寄せてくる。今の戦いでアウラもかなり消費した。正直、このままファリンとここで休んでいきたいところだが、町に向かった魔物が気がかりだ。それに最前線では地上の魔物との戦闘が始まった頃だろう。最重要戦力であるティアとファリンの二人がいつまでものんびりしているわけにはいかない。


「さぁ、そろそろ次に向かいましょう。まだ魔物は残っているんだから」


 ファリンの空色の髪のフワフワした感触を堪能し終えたティアが、凛とした表情で最前線の方を見つめる。


「前線の方に向かうのかニャ?」


 さっきまでの緩み切った表情を一瞬で引き締めなおしたファリンが、ティアの横顔を見つめる。


「いえ、町の人が心配だわ。町に向かった魔物の掃討に向かいましょう」


 外壁の外に広がる暗闇を見つめたままティアが首を横に振る。ミノタウロスのような高ランクの魔物がいるので少々心配だが、戦う力のないミュンストルの住民を放っておくわけにはいかない。


 捕らえられた人間が味わう苦しみを考えれば、やはり捕らえられる前に助けておきたい。もっともそれは最前線の兵士達も同じなのだが、彼らは戦うことが仕事なので、町の住民を優先すべきだろう。


「前線には冒険者も軍の兵士も大勢いるわ。ガルドラッドから救援が来るまでは耐えられるはずよ」


 それにガルドラッドから救援が来れば、外の魔物はどうにかできる。最悪、前線を突破されても、分厚い外壁の門を破るのは時間がかかる。それだけの時間があれば、救援に駆け付けるには十分だろう。


「だから今は一人でも多くの住民を助けましょう」

「合点ニャ!」


 イエス、マム! とでも言いそうなくらいにビシッと片手を上げて、ファリンが了承の意を示した。


 そんなファリンの仕草にティアがフフッと微笑みを浮かべる。だが、それも一瞬のこと。すぐに気を引き締めなおして、ファリンと共に町に向かって走り出したのだった。








 ――ミュンストル防衛の最前線にて


 ティア達がバードレオとの戦闘を終えてから、まだ一時間も経っていない頃……


「ダメです! こちらの攻撃が効きません!」

「何なんだ、あの魔物は!? あんな奴がいるなんて聞いてないぞ!」

「危険な魔物はバードレオとミノタウロスだけではなかったのか!?」


 最前線で魔物の迎撃の任を受けていた兵士達が、次々と悲痛な声を上げる。


 五百体を超える魔物を相手に善戦を繰り広げていた防衛部隊が、たった一体の魔物の出現によって危機的な状況を迎えていた。


「前線突破されます! 止められません!」

「クソッ! 何としてもここは死守するんだ! 絶対に奴を町に近づけるな!」


 隊長と思わしき人物が、声を張り上げて突撃の指示を出す。自身も剣を手に、未知の魔物へと駆けていった。


 だが、必死の奮闘も空しく、部隊は全滅。その魔物は後方の部隊も全て蹴散らして、ミュンストルの町へと迫っていた。


 その後、前線の中央を突破されたミュンストルの防衛線は、瞬く間に崩壊していった……


感想、ご意見、誤字脱字の報告等お待ちしております。

厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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