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エメネア王都と銃弾

「いつもありがとよ。ほれ、代金だ」


 今日の狩りを終えたリオンは、馴染みの肉屋の親父から狩りで得た肉の代金を受け取った。今日の狩った肉は銀貨四枚に銅貨が三枚で売れた。


 財布代わりにしている小袋に、リオンは受け取った硬貨を仕舞う。


 孤児院『黒ふくろうの家』がある、ここ『エメネア王国』に紙幣は存在しない。お金は全て硬貨であり、その材質によって価値が変わる。


 価値の低い方から、『石貨』『鉄貨』『銅貨』『銀貨』『金貨』『白金貨』となっている。日本円に換算すると、完全にイコールではないが石貨が十円とし、十枚ごとに繰り上がっていくと考えればいい。


 よって、今日の肉の代金は日本円だと約四万三千円くらいになる。毛皮の代金を合わせると全部で六万円超えるはずなので、十二歳と十四歳の少年二人の一日の稼ぎとしてはかなりの額だろう。


 ちなみに肉は全部は売らずに、孤児院の食料としてそれなりの量を手元に残している。その他にもお世話なっているジェイグの鍛冶屋や、行きつけの料理屋などにもおすそ分けをしたので、残りはそう多くはないが。そもそも狩った獲物は二人では全て持ちきれない(狩りの邪魔という意味で)ので、味の良い部分以外は途中でつまみ食いをするか、全て処分している。もったいないとは思うが、この世界にはアイテムストレージや異次元に収納できる魔法の鞄みたいな便利なものは無いのだ。


「そういえば、もうすぐリオンも冒険者になるんだったな」

「ああ、そうだ」


 肉屋の親父が、リオンの返事に大げさに肩を落とす。


「そりゃあ残念だ。お前らが仕入れてくる肉は質が良くて評判だったんだがなぁ」

「そう言ってくれるのはありがたいが、ずっと前から決めていたからな」


 冒険者ギルドへの登録できるのが十二歳からなので、今までは狩りでお金を稼いでいた。


 だが、リオンが冒険者になれば依頼の報酬が手に入る。この肉屋に来る機会もほとんどなくなるだろう。


 狩りは週に二回ほどなので毎日来ていたわけではないが、それでも二年前くらいから来ているので肉屋の親父とはずいぶん気安い仲になっている。名残惜しい気持ちはリオンも一緒だ。


「まぁ依頼のついでに動物を狩ることがあれば、たまに売りに来るよ」

「おう。その時はよろしく頼む。あと、体には気を付けろよ」

「ああ、ありがとう」

「おっちゃん、またな」


 リオンとジェイグが親父とそれぞれ軽く挨拶を交わして、店を出た。


 時刻は午後五時の夕暮れ時。エメネア王都の街並みは、夕日の色に染まりつつあった。


 エメネア王国の人口規模は百万人ほど。そのうちのおよそ七万人が、この王都に暮らしている。


 王都の周囲は高さ十メートル程の城壁に囲まれ、王都へは壁の東西南北に設置された大門から出入りが可能だ。


 王都は平民街、貴族街に別れている。街は王城を中心に円形になっており、王城付近に貴族街がある。貴族街と平民街の間には水路が敷かれており、街を行き来するには橋を渡ることになる。検問のようなものは特にないが、貴族街をあまりうろちょろしていると貴族や騎士に目を付けられるので、貴族街に行きたがる平民はほとんどいない。


 東西南北の四つの城壁門からは王城に向かって真っ直ぐに大通りが伸びていて、大通り付近は色々なお店が立ち並ぶ商業区となっている。リオン達が今いるのもその商業区だ。


 一応、スラム街みたいなところもあるが、基本的にエメネア王国の治安は良い。この世界の他の国がどんな感じかわからないので、リオンには比較できないが。


 リオンはスラム街にも貴族街にも近寄ったことはほとんどない。先生に厳しく言われていたのもあるし、そもそも興味がなかったのだ。


 平民街は整備された石畳と西洋風の石造りの家屋が並んだ、情緒溢れる街並みだ。前世にテレビで見たヨーロッパの古都を思い出す。あまり大きな建物が無い分、空が広く感じられるので、リオンはこの街を結構気に入っていた。


 前世で空野翔太は東京に住んでいたが、空を覆い隠すようなビルの多い都会は、あまり好きではなかったのだ。


 城壁の外には農村地帯が広がっており、リオン達が育った孤児院もそこにある。王都付近の農村で収穫された作物は王都の生命線なので、警備兵の詰所がいくつもあり、魔物や盗賊の侵入を防いでいた。


 さっきの肉屋は王都の東側。平民街住宅区寄りの場所にある。


 いつも毛皮を売っている洋服店は大通りにあり、少し貴族街に近い。ここからだと十五分ほど歩くことになる。


「さてと、あとは服屋に寄って毛皮を売れば終わりだな」

「いや、その前に少し用事がある」


 いつもの服屋へ向って歩き出していたジェイグだったが、リオンの言葉を聞いて立ち止ると、その場でゆっくりと振り返った。


「……何だ、その笑みは?」


 振り返ったジェイグの顔には、何故かニヤニヤといやらしい笑みが浮かんでいた。無性に殴りたくなるような笑みだ。


「いやぁ、気が利かなくて悪かったなって」

「は? ……お前は何を言って――」

「いやいやいや、皆まで言うな。わかってる! ぜぇんぶわかってるぞぉ!」


 何かおかしなテンションでジェイグがリオンの言葉を遮った。まるで「謎は全て解けた!」と言わんばかりのドヤ顔で、サムズアップを決めている。


 かと思ったら、今度は「犯人はお前だ」とでも言うようにビシッと軽快な音を立てて、リオンを指差して告げる。


「ズバリ、ティアのところだろ!」

「ハズレだ馬鹿が」


 自信満々の回答をバッサリ切り捨てられ「ええ~っ」と大げさなリアクションで肩を落とすジェイグ迷探偵。いったいその自信ははどこから来たのか。


 ジェイグの言葉に出てきたティアというのは、ティアリアという名の女の子の愛称で、二人と同じ孤児院の仲間だ。


 年はリオンの一つ上で、今は十三歳。ジェイグからすれば、一つ年下である。


 年齢の割に大人びた容姿と落ち着いた雰囲気を持った少女だ。リオンがティアと初めて会ったのは彼女が四歳の時だが、その頃からすでに絶対的な美しさの片鱗が表れていた。


 腰まで伸びた波打つ髪は光り輝く金色。

 真珠のように白く艶やかな肌に、瞳は空を思わせるような水色。


 その可憐さは成長するにつれてより輝きを増し、もはやティアの前では『絶世の美女』という言葉でさえ彼女の美貌を讃えるに足りない。前世を含めても、リオンはティア以上に可愛いと思える女性を見たことがなかった。


 ちなみにティアも孤児院のルールに則りすでに一人立ちをしており、現在は魔法の才と持ち前の知性を活かして街の治療院で手伝いをしている。生属性の適性があり、献身的な治療に美しい容姿で、街ではかなりの評判らしい。たいした症状や怪我でもないくせに治療院を訪れる男も多いと聞く。


 ちなみにティアの第一属性は光で、生は第二属性だ。


「何でティアのところだと思ったんだ?」


 とりあえず目的地については歩きながら説明すればいいだろうと考え、リオンは大通りに向かって歩き出す。別にたいした時間もかからないので、ジェイグも文句は言わないだろう。現に歩き出したリオンの横を特に気にした風もなく付いてきているのだから。


「何でってそりゃあ……なあ?」

「いや、そんなわかるだろ? って顔されても知らんよ。だいたい、治療院の仕事も忙しいんだ。用事も無いのに会いに行ったら、ティアだって迷惑――」

「それはない! 絶対ない!」


 リオンの発言に被せる勢いで、ジェイグがリオンの言葉を否定する。だから、何故そんなに自信満々なのか。


「お前が会いに行ってティアが迷惑に思うわけないだろ」

「……まぁティアは優しいからな」


 隣でニヤニヤしているジェイグと目を合わせないように、リオンは前を向いたまま素っ気なく返事をする。


「……ホントは気付いてんだろ?」

「さぁなんのことだか? ただ、とりあえずこれだけは言っておこう」

「何だよ?」

「脳筋野郎が俺をからかおうなんて、百年早い」

「誰がゴブリンレベルの知能もない脳筋ゴリラだコラァ!」


 そこまでは言ってないが、うがーっと吼えるジェイグを冷ややかにスルーして、リオンはスタスタと歩き続ける。ジェイグもさすがに街中で狩りのときみたいなじゃれ合いをするつもりはないので、憮然としつつもリオンのあとを付いてくる。


「で? 結局用事って何なんだ?」

「買い物だ」


 ジェイグの問いに至極端的な返事をするリオン。詳細を一切省いてはいるが、その答えは特に疑問を抱く内容でもないし、リオンの返事が簡潔なのはいつものことだ。


 だがその答えを聞いたジェイグは「ん?」と首を傾げた。


「買い出しなら三日前にしたんだろ? 何か買い忘れたのか?」


 孤児院では基本的に食料は自給自足で賄っている。孤児院の周りには大きな畑があり、先生と年少組の子ども達は朝早く起きて畑仕事をするのが日課になっているのだ。


 肉や魚などは、以前なら年長組の誰かが街に買いに来ていたのだが、リオンやジェイグが成長してからは二人が定期的に狩りで調達してくるため、買う必要がなくなった。


 なので今の孤児院では、街に来て買うものは大量に買って溜め置くことができるものばかり。調味料類や米(この世界ではライと言う)、小麦粉、あとは日常的に使う生活用品などをたまに買い出しに来るくらいだ。


 ゆえに、ジェイグの疑問は至極当然のものなのだが……それに対するリオンの答えはあまりに簡潔な一言だった。


「ミリルだ」

「ああ、そういうことか……」


 その一言で何があったのかをだいたい把握したジェイグが、頭痛を抑えるように額に手を当ててため息をついた。


「そんで? 今回は何をやらかしたんだ?」

「時計だ」

「時計?」


 リオンの答えを聞いたジェイグが、訝しむような顔でオウム返しする。


「ああ。孤児院の時計って朝と夜の六時に正午の三回、ベルが鳴ってただろ?」

「ああ、そうだな」

「その音をな……」

「ああ」

「大音量のゴブリンの鳴き声に変えやがった」

「なんてこったい……」

「しかも文句を言ったら、『これなら朝絶対に起きれていいじゃない!』って逆ギレされたよ」

「寝覚め最悪じゃねえか!」

「ちなみに今朝、寝ぼけたミリルが『うっさいバカ!』って叫びながら時計を撃ち抜いた」

「自業自得にも程があんだろ!」

「おまけにゴブリンの鳴き声を聞いたチビどもはびっくりして泣きだすし、本当にゴブリンの襲撃かと思った先生が、窓から外に向かって雷撃ぶっ放すしでもう散々だったよ」


 ちなみにその雷魔法によって、せっかく赤くなっていたトト(トマトに似た野菜)のほとんどが黒こげになった。このあとミリルにもいろんな意味で雷が落ちた。


「……大変だったな」


 同じ孤児院で育ち、リオンの苦労を誰よりも理解できるジェイグは、心の底から同情するような声色でリオンに労りの言葉をかけた。


「というわけで、服屋の前に魔導具屋に寄る。そっちの方が近いしな」

「りょーかい。ってか、全部あのバカ女が悪いんだから、あいつに買いに行かせればいいんじゃねえか?」

「ミリルに買いに行かせてみろ。孤児院に持ち帰る前に魔改造されて、今度は目覚ましがオーガの雄叫びになるだろうが」

「確かに……まぁどうせあの魔導具バカのことだから、全く懲りちゃいな――」


 ドウンッ!


 平和な街中に突如銃声が鳴り響き、ジェイグの言葉を途中でかき消した。

 

 ――というか、喋ってる最中にジェイグが吹っ飛んだ。


「痛ってえええええ!」


 撃たれたのだろうお尻を抑えて蹲るジェイグ。


 酷く滑稽でカッコ悪い姿ではあるが、銃で撃たれて痛いで済んでいるのだからまぁ別にいいだろう、とリオンは特に気にしないことにした。


「よくねえわ馬鹿野郎!」

「心の声が漏れた」

「少しは兄貴を心配しやがれ!」


 とは言うものの、別に怪我したわけでもないだろうから、特にジェイグに言うことはない。


 ジェイグを無視することにしたリオンは、銃声のした方へと振り返る。


 そこにはリオンの予想通りの人物が立っていた。


「よう、ミリル。お前も街に来てたんだな」


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