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指名依頼

またまた投稿が遅くなりました……

本当に申し訳ありません。

最近、ちょっとバタバタしておりまして……

仕事とかプライベートをしっかりとやりながら、コンスタントに小説を投稿できる作家さんを心から尊敬します。


5/1

本文後半に文章を追加しました。

追加部分の詳細については、後書きに記載してます。


 ガルドラッド冒険者ギルド会議室は受付の奥、廊下を進んだ先にある。先ほどギルドのロビーでリオン達に声を掛けてきた青年、エクトルと依頼の話をするために、リオン達はこの部屋を借りることにした。


 基本的に会議室を利用するのはギルドの職員だが、今回のリオン達のように、冒険者もこの部屋を利用する機会は多い。受付に申し出れば、ある程度自由に利用することができる。もちろん使用中でなければだが。


 冒険者がこの部屋を利用する目的として多いのは二つ。


 一つは複数のパーティーが同じ依頼を受ける際に、報酬の取り分を職員立ち合いの下で決めるため。


 冒険者同士の口約束では、依頼完了後に報酬で揉めることが多い。しかしギルド職員立ち合いで予め約定を交わしておけば、冒険者はそれに従うしかない。当然、これを反故にすれば、相応の罰則が科せられることになる。


 もう一つは、指名依頼の際の交渉だ。


 指名依頼とは、特定の冒険者あるいはパーティーを、依頼者がギルドを介して指名するというもの。


 ギルドを介さずに、依頼者と冒険者が直接依頼内容や報酬を決めることは、ギルドからはあまり良い顔はされないが、禁止もされていない。実際、依頼者と直接交渉する冒険者は少なからずいる。ギルドの無い旅先で依頼を持ち掛けられることもあるし、指名依頼の場合、報酬の中からギルドに仲介手数料が取られるからだ。


 だがその場合、依頼中、または依頼完了後に何かトラブルが起こっても、全て当人同士で解決することになる。そのうえ、依頼達成によるギルドポイントも貰えない。よほどお金に困っていない限り、ギルドを介した指名依頼という形にする方が無難である。


 今回のエクトルからの依頼もギルドを介した指名依頼として話を進めることにした。


 縦長のテーブルがロの字型に並べられた会議室で、リオン達とエクトルは向かい合う形で座っている。リオン達から向かって右側には立ち合いのギルド職員が二人。交渉の進行役と書記だ。それと、先ほど別れたばかりのギルドマスター、シルヴェーヌもこの場に同席していた。


「では、エクトルさん、依頼内容の説明をお願いします」


 進行役の職員に説明を促されたエクトルが、小さく「はい」と返事をした。その声は緊張からか、少し掠れている。先ほど話しかけられたときはあまり意識していなかったが、改めて見るとその顔は酷くやつれていた。


 テーブルの向こう側で不安に揺れる瞳に、リオンは微かに既視感を覚えつつも、エクトルの説明に耳を傾けた。


「先ほどもお伝えした通り、あなた方にお願いしたいのは、行方が分からなくなっている私の婚約者の捜索です。婚約者の名前はアネット。私がお世話になっている鍛冶屋の一人娘です。八日前の朝、この町から少し離れた湖まで水を汲みに家を出て、それっきり戻ってきていません」


 婚約者失踪の顛末の要点だけを、淀みなく語るエクトル。おそらくこの説明をするのは一度や二度ではない。リオン達の前にも多くの人間に助けを求め、何度もこの説明を繰り返してきたのだろう。


「水を汲みに行くのに、何でわざわざ町の外まで行く必要があるんだ?」

「この町の水は鉱山から流れてくる鉱毒が混ざっているため、そのままでは飲めません。飲食には、浄化の魔導具を使うか、水の魔石を使った給水槽から水を補給する必要があるのですが、どうしてもお金がかかってしまいます。アネットの家では、私を含む弟子数名が住み込みで働いているので、必要な水の量も多いです。なので、アネットや弟子達が、節約のために交替で、数日おきに町の外に水を汲みに行くことになっています」


 リオンの右隣で話を聞いていたアルの質問に、エクトルが答える。この町の飲食店や宿屋の料金が、他の町よりも高い理由はそれでか――と、リオンは今更ながらに納得した。


「水を汲みに行く順番は決まっていたんですか?」

「いえ、その日は工房の方が忙しかったのでアネットに頼んだのですが、基本的には手の空いている弟子が行くことになっています」

「その日、湖にはアネットさんを探しに行きましたか?」

「もちろんです。帰りが遅いアネットを、私と別の弟子の二人で探しに行きました。ですが、どこにもアネットの姿はなく、湖にはアネットの家の荷馬車と水の入った水瓶、そして木に繋がれたままの馬が残っていただけでした」


 淡々と質疑を繰り返していたリオンが、不意に眉根を寄せる。


「……馬や荷馬車は無事だった?」

「え、ええ。結局、夜まで探してもアネットは見つからなかったので、その日は馬と荷馬車を連れて帰りましたけど……」


 自分の供述を聞いて表情が険しくなったリオンに、エクトルが少し気おくれした様子を見せながらもその問いに答える。


「馬や荷馬車の傍に不審な点はありませんでしたか? 例えば血痕だったり、何かと争った跡だったり」


 血痕と聞いて嫌な想像が浮かんだのだろう。エクトルの肩がわずかに震えた。


「……ありませんでした。湖の傍はいつも通り穏やかなままでしたよ」


 目を閉じたエクトルがリオンの問いに首を横に振った。やけに大きく首が振られたのは、もしかしたら頭に浮かんだイメージを振り払いたかったのかもしれない。


「馬や荷馬車が残ってたことがそんなに気になるのかニャ?」


 リオンが難しい顔をしていたのが気になったのだろう。ファリンが猫耳をピコピコさせながらこちらへと顔を向けてくる。


「……町の外で人が失踪した場合、自発的な理由以外で真っ先に考えられるのは魔物によるものだ。だがその場合、馬が魔物に襲われていないのは不自然だ」

「水汲み中に湖の魔物に襲われたかもしれないニャ」

「そんな危険な魔物がいる湖を生活用水として使うとは思えないが……」


 ファリンとの会話を聞いているシルヴェーヌへとリオンは視線を向ける。その意図を正確に汲み取ったシルヴェーヌは、小さく首を振った


「あの湖の中に魔物はいないよ。ずっと昔からこの町の住人の生活用水として使われていたけど、事件とは無縁。魔物の目撃情報など一度もない」


 この町のギルドマスターが口にした情報だ。まず間違いないと思っていいだろう。


「じゃあオークやゴブリン辺りが攫ったとか?」


 アルが新たに口にした可能性に、エクトルだけでなく、その場にいた女性全員が眉を顰めた。


 オークやゴブリンといったモンスターはオスしかおらず、繁殖には他種族のメスを利用する。人間である必要はないのだが、魔力を有している人間からはより強力な個体が生まれるため、奴らが人間の女性を殺すことはまずない。


 もっとも、女性としては殺される以上の苦しみを味わうことになるので、ただの可能性としても耳にするのは嫌なのだろう。


「……馬の性別にもよるが、どちらであっても馬が放置されることはない。オスでも食料にはなるからな」

「なら、盗賊の仕業?」


 これ以上、オークやゴブリンの話を続けたくなかったのだろう。ティアがやや早口で別の可能性を提示してきた。


「盗賊なら馬も荷馬車も奪っていくさ。いくらでも使い道があるからな」

「アネットさん自身が目的だったら? 婚約しちゃったアネットさんをエクトルさんから奪おうとしたとか……」

「この町の入り口には見張りがいる。ガルドラッドはこの国の経済の要所であり、国外からの来訪者も多いため、荷物の検査は特に厳重だ。関税だってあるし、妙な物を持ち込まれたり、逆に持ち出されたりしたら困るからな」

「町の住人なら検査も甘くなるんじゃないかしら?」

「住人であろうと関係ないさ。仮に拉致した人間を荷物として町に運び込もうとしても、成人女性一人分の大きさの荷を抱えていれば絶対に検査は免れないだろう」


 リオン達がこの町に入ってくるときにも、しっかりと荷物検査を受けているし、税金も払っている。全ての警備兵がそうとは限らないが、決して杜撰ずさんな警備だとは感じられなかった。


「あの……それでは、別の町に連れていかれたのでは? ガルドラッドの南にも町がありますから……」


 リオンとティアの話を聞いていたエクトルが、恐る恐る口を挟んでくる。


 ちなみにその町は、陸路でガルドラッドを目指す時の中継地点として栄えた町だ。現在は魔空船の定期便があるとはいえ、空路が結んでいるのは王都などの大きな町だけだ。それ以外の場所からガルドラッドに来る場合は陸路を使うしかないため、その町もそれほど廃れることなく今も残っている。


「その町のことは俺達も把握しています。ですが、その町までは馬でも一日はかかる。しかも女性一人を運ぶのだから、荷馬車も馬も放っておくことはないでしょう」

「自分で用意したものがあったから、必要なかったとか」

「水を汲みに行くのは数日おき、それもアネットさんが水汲みに行ったのは偶然だ。そんな偶然のために馬や馬車を用意して、何日も町の傍で息を顰めていた――というのはさすがに現実的ではないですね。逆に、そこまでアネットさんに執着していた人物に心当たりでもあるのですか?」

「い、いえ、あ、ありませんが……」


 リオンに自分の意見を淡々と否定され、エクトルはビクビクとしたまま俯いてしまった。


 リオンとしては、別に依頼人を脅すつもりなど毛頭ない。冒険者として依頼を忠実にこなそうとしているだけなのだが、どうやらエクトルはリオンを相手に完全に委縮してしまったようだ。


 もともとリオンが高ランク冒険者と聞き、勇気を出して声をかけてきたのだろうが、逆にそれがエクトルを怯えさせる原因にもなっているらしい。もしかしたら、黒の獅子帝だとかいう物騒な二つ名が、余計にエクトルの恐怖心を煽っているのかもしれない。


(一応、礼儀正しく丁寧な態度を心掛けているんだがな……)


 実はその態度と無表情が、より冷たい印象を与えている、とリオンは後に知ることになる。とはいえ、愛想には全く自信がないので、これ以上はどうしようもないのだが。


(さて……魔物や誘拐の可能性は低い。水を汲みに行っただけで溺れるとは考えられない……となると残る可能性は――)


 リオンが今の時点で思いつく失踪の原因は、あと二つだ。


 正直、どちらの可能性も低いとは思う。あまり今のエクトルに聞かせたい内容でもないのだが、冒険者として依頼を受ける以上、確かめないわけにはいかなかった。


「……エクトルさん。失礼を承知でお聞きしますが、今回の件がアネットさん自身の意思による失踪の可能性はありますか?」

「……自身の意思で、とはどういうことですか?」


 エクトルを刺激しないようにゆっくりとした口調で訊ねたリオンの問いに、エクトルがその意味を問い返す。そのわずかにイラ立ちを滲ませた表情を見る限り、質問の意図がわからなかったというわけではなさそうだ。


「そのままの意味です。例えばアネットさんが家出、あるいは自殺するような――」

「そ、そんなことありえません!」


 リオンの言葉を遮るように、エクトルが机を激しく叩いて立ち上がった。


「アネットがそんなことするはずがありません! アネットは親方――父親との仲も良かったですし、店の仕事にも誇りを持っていました! 他の弟子達にも慕われていましたし、町の住人との仲も良好です! そんな彼女が家出なんて、ましてや自殺するなんて絶対にありえない!」


 さっきまでのオドオドした様子が嘘のような勢いで捲し立て、リオンの言葉を否定するエクトル。今にもリオンに飛び掛かってきそうな剣幕だ。


 立ち合いのギルド職員がエクトルを宥めようとあたふたしているが、怒りの矛先であるはずのリオンは眉一つ動かさないまま、淡々と質問を続ける。


「では、あなたとアネットさんの間に何か問題はありませんでしたか?」

「っ!」


 リオンの質問に、エクトルの荒げていた息が詰まり、その瞳がわずかに揺らいだ。


 だがそれも一瞬の事。すぐに表情を歪ませて、エクトルが再びリオンに食って掛かる。



「私とアネットは婚約してるんですよ!? それも失踪の一週間前にです! その矢先に家出や自殺なんて! 指輪を渡した時だって、とても喜んでくれていました! それに、贈った指輪だって、嬉しそうに何度も眺めてて! 行方不明になった日も――」


 ギルド職員に押さえられながらも、リオンに怒りをぶつけるエクトル。だがエクトルの話が、アネットが行方不明になった当日に及んだあたりから徐々に様子が変わっていった。


「あの日も! ……あの日だって、ずっと……笑顔で……本当に、楽しそうに、笑って……行ってきますって……」


 エクトルの声が震え、徐々に力を失っていく。さっきまで怒りを滾らせていたはずの瞳からは大粒の涙が溢れ、頬から流れ落ちた雫が会議室のテーブルを叩いた。


 ギルドの職員がエクトルの震える肩にそっと手を添えて、ハンカチを差し出す。重苦しい空気となった会議室に、エクトルのすすり泣く声だけが悲しく響いた。


 しばらくして、ようやくエクトルが落ち着いてきた頃に、リオンが静かに話を切り出す。


「辛いことを思い出させてすいません。ですが、我々も依頼を受ける以上、絶対に手は抜けません。先入観無く、ありとあらゆる可能性を考慮し、情報を集め、検証する必要があるんです。決してあなたとアネットさんの仲を疑っているわけではありませんし、アネットさんを侮辱するつもりもありません。そこだけはご理解いただきたい」

「…………いえ、こちらこそ、取り乱してしまって申し訳ありません」


 リオンの説明に一応の納得をしたのか、エクトルは小さくリオンに頭を下げ、静かに席に腰を下ろした。


「あー、和解したところに水を差すようで悪いんだけど、ちょっといいかい?」


 エクトルがもう少し気を落ち着けてから話を続けようと思っていたところで、横合いから声をかけられた。この場に同席し、交渉を静観していたシルヴェーヌだ。耳にかかった輝く銀色の髪を左手で軽く払い、鋭い視線でリオンを見据えてくる。


「さっきから依頼を受けることを前提に話しているけど、あんたたちこの依頼を受けるつもりなのかい?」

「ええ、そのつもりですが?」


 シルヴェーヌの睨みを効かせた問いかけに、平然と答えるリオン。そんなリオンに、シルヴェーヌが呆れとわずかのイラ立ちを滲ませた溜息をこぼした。


「……あんた、自分達の相場を理解してるのかい?」

「まぁ大体は」

「じゃああんた達を雇うだけの報酬を、この坊やが払えると思えるかい?」


 シルヴェーヌとリオンのやり取りを不安そうに見つめていたエクトルを、シルヴェーヌが一瞥する。ギルドの最高権力者に視線を向けられたエクトルが、蛇に睨まれた蛙のように委縮して身を縮める。


「指名依頼の報酬は、冒険者と依頼者の合意で自由に決定できるはずでは?」

「ギルドの規程上は問題ないさ。だが、高ランクの冒険者が安価で依頼を受けるのは褒められた行為ではないね。その理由はあんたならわかってるはずだけど?」

「この話が広まると、他の冒険者まで安く見られるから。報酬額の一割がギルドの仲介手数料になるから。それと、高難易度の依頼をこなせる冒険者は少ないため、安価で遊ばせておくのは効率が悪いから……くらいか」

「よくわかってるじゃないか」


 正解、とでも言うように小さく頷くと、椅子の背にもたれかかったシルヴェーヌがそのスラッとした脚を組み替えた。スリットの入ったドレスの裾から、女性らしい肉感の太ももがチラリと顔を除かせる。


「それに今回の依頼内容も問題だ。捜索範囲が決まっていないうえに、情報も少ない。捜索は難航するだろうし、依頼が長期化すればそれだけ報酬も高額になるだろうね」


 行方不明者の捜索依頼の場合、その報酬には捜索した時間の長さに応じた期間報酬と、達成報酬の二つがある。冒険者は、たとえ依頼を達成、つまり行方不明者を発見できなくても、期間報酬は必ず受け取ることができるのだ。


 というのも、捜索依頼は達成することが困難だからだ。特に今回のように情報の少ない場合はなおさらだ。


 情報技術が発展している前世の日本と違い、全て自分達の足で情報を集める必要があるし、集めた情報を共有するのも一苦労だ。


 また、この世界には人を食らう魔物が蔓延っている。大型の魔物になると、骨も身に着けていた衣服も丸ごと飲み込まれてしまうため、行方不明者の死亡さえ確認できないこともあり得るのだ。


「お、お金でしたら、私の全財産をお支払いします! それで足りなければ借金をしたって構いません! だから――」

「この子らを雇う場合、最低でも一日金貨三枚くらいにはなるけど?」

「き、金貨三枚!?」


 雲行きが怪しくなってきたのを察したエクトルが慌てて話に割って入るも、聞かされた金額の高さに絶句してしまったようだ。


「坊やが払える金額じゃないことは、よ~くわかっただろう? 大人しく引き下がって、普通に依頼を出すことをお勧めするよ。低ランク冒険者なら、報酬次第で引き受けてくれるだろうしね」

「依頼ならとっくに出してます! ですが、依頼を受けてくれる冒険者は少なくて……それにアネットは見つからないままで、もう一週間も経つんです! このままじゃもうどうにもならなくて、だから私にはもう、皆さんのような凄腕の冒険者に頼るしか――」 

「この子らが凄腕の冒険者って聞いて、なりふり構わず縋りたくなった坊やの気持ちはわからんでもないさ。だが、ギルドも冒険者も慈善事業じゃない。相応の報酬を支払えない依頼人に、大事な冒険者を預けるわけにはいかないのさ」


 冷淡とも思えるような態度で、食い下がるエクトルの懇願を一蹴するシルヴェーヌ。エクトルの境遇を不憫には思っているのだろうが、ギルドマスターである以上、仕事に私的な感情を挟んだりはしないのだろう。


 シルヴェーヌが考えを曲げるつもりがないのが分かったのだろう。諦めきれず、だけど言うべき言葉も見つからないと言った様子で、悔し気に唇を噛んでいる。


 そんなエクトルの未練を断ち切るように、シルヴェーヌが両手を一度だけ叩いて、話を終わらせようとする。


「さぁ、これで話は終わりだ。残念だが、今回の指名依頼は不成立――」

「当事者を無視して、勝手に話を終わらせないでもらえませんか?」


 そんなシルヴェーヌの言葉を、リオンの冷ややかな声が遮った。まさかリオンの方から待ったの声がかかるとは思っていなかったのだろう。黒の翼のメンバー以外の全員が、驚いた様子でリオンに視線を向ける。


「俺達は依頼を受けるつもりだと言ったはずですが?」

「……今の話は聞いていただろう? 満足な報酬を支払えない者に冒険者を預けるのは、ギルドとして見過ごすわけにはいかない。それとも、ギルドを介さずに、あんたら個人として依頼を受けるとでも言うつもりかい?」


 リオンの発言を聞いた瞬間、シルヴェーヌの表情が険しくなった。と同時に、その妖艶な姿態からは想像もできないほどの殺気が溢れ出す。室内の空気が遥かに重量を増したとさえ思えるほどのプレッシャーに、殺気を直接向けられたわけでもないエクトルやギルド職員達までもがその身を激しく震わせていた。


 冒険者の中では相当の実力者であるティア達でさえわずかに気圧されるほどの殺気を直にぶつけられながらも、リオンは眉一つ動かすことはない。いつも通りの落ち着いた口調で言葉を返す。


「いえ、そのつもりはありませんよ。こちらとしてもギルドに睨まれるのは避けたいので」

「なら、どうするつもりだい? 先に言っておくが、こちらが譲歩することは絶対にないからね」


 交渉の余地がないことを示すように、シルヴェーヌがさらに目を細めて威圧を強める。だが、そんなことはわかっているとでも言うように、リオンは小さく笑みを浮かべる。


「確か、依頼達成の報酬には金銭以外を指定することも認められていましたよね?」


 リオンの意図を察したのだろう。射貫くような鋭い視線でリオンを見つめていたシルヴェーヌの眉が、わずかに持ち上がった。


 リオンの言う通り、その報酬の価値が依頼内容とつり合いが取れているとギルドが認めれば、金銭以外の物を依頼者が提示することは可能だ。指名依頼であれば冒険者から報酬内容を指定することもできるため、さらに自由度が増す。例としては宝石や魔石、高価な武器などが報酬となることもあれば、貴族が軍への斡旋を報酬とすることもあった。


「エクトルさん、あなたの働いている鍛冶屋で働いている職人の数は?」

「え? あ、えっと、親方と、弟子が私を含めて七人います」


 突然話を振られたエクトルが、あたふたとしながらもリオンの問いに答える。八人もの職人が働いているということは、間違いなくその鍛冶屋はこの町の中でも中堅以上だろう。


「わかりました。では、依頼を受ける条件をお伝えします……ですが、その前にエクトルさんに言っておかなければならないことがあります。それは、俺達が依頼を受けることが、アネットさんの無事を保証するものではないということです」


 ただでさえ不安定なエクトルをできるだけ刺激しないように、リオンは慎重に言葉を選んでいく。


「もちろん俺達もアネットさんの無事を前提に、捜索に全力を尽くします。ですが、こういった捜索依頼の達成率は低い。消息を掴むことができないまま依頼期間が終わることもありえますし、発見時にはすでに手遅れということもあります。おまけにアネットさんが行方不明になってから、すでに一週間が経っている。どのような結果になろうとも、俺達が責任を負うことは無いということは理解しておいてください」

「………………わかりました」


 リオンの説明を聞いていたエクトルの瞳が不安に揺れる。それでもどうにかリオンの言葉を飲み込んだエクトルが、小さく了承の意を示した。


 エクトルの返答に、リオンも一度だけ頷いたあと、報酬条件の説明を始めた。


「では、依頼の報酬として、こちらがお願いしたい条件は三つ。まず、あなたの働いている鍛冶屋の工房を無償で貸していただきたい」

「工房を、ですか?」

「ええ、そうです。私たちのパーティーには、この場にいる四人以外にもう二人、鍛冶師と魔導技師の仲間がいます。アネットさんの捜索は、この場にいる四人が中心になって行うので、その間、二人に工房を使わせていただきたいのです。あくまで工房の一部を借りるだけなので、もちろんお店は普通に営業して構いません。それが一つ目の条件です」


 戸惑いながらもリオンの条件に耳を傾けるエクトルに、リオンはさらに残り二つの条件を提示する。


「二つ目の条件は、二人の作業を店の職人にも手伝って頂くこと。もちろん店の仕事に支障をきたさない範囲で構いません。そして三つ目。店で使う以外に、仲間が必要とする魔石や鉱石の仕入れを代わりにお願いしたい。仕入れた魔石や鉱石の代金はちゃんとお支払いします」


 リオンからの条件は、エクトルだけでなく、シルヴェーヌからしても予想外だったのだろう。訝しむような視線をリオンへと向けてくる。


「そんな数の職人を使って、いったい何をするつもりなんだい?」

「こちらの目的まで答えるつもりはありません。報酬の使い道に関してまで、ギルドに報告する義務はないですよね?」


 リオンの言い分に反論の余地がないことは、シルヴェーヌには十分理解できたのだろう。こちらに鋭い視線を向けたままではあるが、無言でリオンに話を続けるよう促してくる。


「今の三つの報酬の支払期間は、俺達が目的を果たしてこの町を出るまで。おそらく数か月はかかるでしょう。ただし、依頼期間は受諾から二週間とします。今の条件で俺達を雇えるのは、せいぜいそれくらいが限度でしょう。ギルドへの手数料はあくまで金銭で支払わなければいけませんしね」


 手数料は報酬の一割程度。一日の相場が金貨三枚なら、手数料は銀貨三枚といったところだろう。二週間で金貨四枚と少し。それくらいなら、エクトルでも支払いは可能なはずだ。


「依頼期間中は俺達四人がアネットさんの捜索に専念します。この町とその周辺を捜索するだけなら、二週間もあれば十分でしょう。依頼期間が終われば、たとえアネットさんが見つからなくても捜索は打ち切ります。ただし、終了後もしばらくはこの町に留まって他の依頼を受けるので、その間はアネットさんの行方にもある程度気を配るつもりです。以上が、こちらが依頼を受ける条件です」


 全ての説明を終えたリオンが、シルヴェーヌと立ち合いのギルド職員に視線を向け、今の条件で問題がないかを確認する。シルヴェーヌは少しの間、険しい顔をしていたが、諦めたかのように小さくため息を吐いた。そして、立ち合いの職員に手数料の金額の算定をするように指示を出す。


「で、坊やは今の条件で良いのかい?」


 職員が金額の算定をしている間に、シルヴェーヌがエクトルに確認を取る。


「今、この場では決められません。親方に相談しませんと……」

「では明日の朝、残りの二人の仲間も連れて、直接お店の方に伺います。その場で依頼の最終交渉をしましょう。親方や他のお弟子さんからも情報を集めたいですし。それでよろしいですか?」

「は、はい! 親方には私の方から話をしておきます!」


 リオンからの提案に、エクトルが慌ただしく返事をする。無事に依頼を受けてもらえそうなことにホッとしたのだろう。その瞳から、再び涙が零れていた。


 なお、指名依頼の締結にはギルド職員も立ち会う必要がある。店で最終交渉をする場合は、必然的に職員を派遣してもらわなければならないが、どうやら書記役の職員が来てくれるらしい。


 その後、指名依頼を受諾した際の諸注意や明日の最終交渉の時間、エクトルの店の場所を教えてもらいその場は解散となった。


「依頼の報酬としては随分珍しい事例になったねぇ。最初からさっきの条件を持ち出すつもりだったのかい?」


 エクトルが退席したタイミングを見計らって、シルヴェーヌがリオンに声をかけてきた。交渉中の難しい顔はなりを潜め、呆れるような楽しむような笑みを浮かべている。


 シルヴェーヌが言った通り、リオンはエクトルが鍛冶師を名乗った瞬間から、さっきの条件を報酬とすることを決めていた。


 魔空船の改造のためには材料以外にも、作業を行うための工房が必要だ。このガルドラッドの町には工房は山ほどあるが、使わせてもらうには当然それ相応の対価が必要だ。使える工房を探して、値段の交渉を行うのはそれなりに時間がかかる。今回の報酬で工房を借りられれば、お金と時間の節約になるというわけだ。


 また、あれだけ巨大な魔空船を改造するには、ジェイグとミリルだけではどうしても時間がかかってしまう。リオン達の魔空船はエメネア王国から奪った物である以上、大っぴらに人を雇うわけにはいかない。だが、今回のように労働を指名依頼の報酬とすれば、依頼人と冒険者には守秘義務が発生する。身内の捜索を依頼している以上、下手にこちらの事情を探られたりもしないだろう。


 そして、仕入れを報酬にしたのは、材料費節約とジェイグとミリルの二人が作業に専念するためだ。職人たちは独自の仕入れルートを持っているため、一般の市場で購入するよりは安く仕入れることができる。また、ミスリルやオリハルコンなどの高価な鉱石は一般の市場に出回ることは少ないため、それらを探す手間を省くことができるのだ。


「まぁこっちにも色々事情があるので。工房の貸出、職人八名の無償労働、魔石や鉱石の仕入れ値での提供。俺達を雇う報酬としては悪くない条件だと思いますが?」


 軽く肩をすくめて、リオンが不敵な笑みを浮かべる。こっちの事情を話すつもりはないというリオンの意思がはっきりと伝わったのだろう。シルヴェーヌが耳にかかった銀髪を妖艶に払うと、同じように不敵な笑みを返してくる。


「ギルドとしては、あんた達には高ランクの依頼を受けてもらいたいところなんだけどね」

「そんなに高ランクの依頼が多いんですか?」

「一か月くらい前に酷い大雨があってね。その時に西の方の川が氾濫したり、山沿いに大きな土砂崩れがあったりで、魔物生息図が狂っちまったんだよ。幸い、ガルドラッドからはそれなりに距離があるんで、今のところ町に影響はないが、その調査やら魔物の討伐やらで人出は不足している。だから本当はあんた達にもそっちの手伝いをしてもらうつもりだったんだよ」


 当てが外れたと嘆いてみせてはいるが、おそらく半分はただの演技だろう。もし本当に事態がひっ迫しているのなら、リオン達にロビーで声をかけたときに、すぐにでも依頼の話を持ち掛けてきたはずだし、どうしてもリオン達が必要なら緊急依頼にでもしていたはずだ。そうすれば、ギルドに所属している以上、リオン達はそちらを優先せざるをえず、エクトルの依頼を受けることはできなかったのだから。それに、そもそも先ほどロビーでリオン達に直接依頼するほどの依頼は無いと言っていた。まぁ放っておけば、勝手にそれらの依頼をこなしてもらえるとでも思っていたのかもしれないが。


「今回の依頼期間が終わったら考えますよ」

「そうかい。まぁあたしとしても、あの坊やの婚約者が無事に見つかることを祈ってるよ」


 軽い調子でそう告げると、シルヴェーヌは立ち上がって会議室の出口へと向かう。ギルドマスターという忙しい身の上でありながら、平民との指名依頼の交渉という場にわざわざ同席したのは、リオン達が安価で依頼を受けるのを阻止するためでもあったのだろうが、同時にリオン達の動向を確認するためでもあったのだろう。おそらく、先ほどギルドロビーに現れたのも同じ理由だ。


(こういうところでも高ランクになった弊害があるのか……必要なことだったとはいえ、少々面倒だな……あとで全員に警戒を促しておくか……)


 シルヴェーヌの背中を見送りながら、リオンは誰にも悟られないように内心で警戒感を強める。


「そういえば……」


 会議室のドアに手をかけたところで、シルヴェーヌがふと思い出したとでも言うように呟いた。シルヴェーヌへの対応について考えていたリオンは、内心の焦りを顔に出さないように注意しながら、シルヴェーヌへと意識を向ける。


「あんた達だけで全部話を進めたら、他の仲間に文句言われるんじゃないかい?」


 顔だけを振り返らせて、シルヴェーヌが訪ねてくる。特に警戒すべき問いではないことにホッとしつつも、リオンは先ほどと同じように軽く肩をすくめて笑みを浮かべる。


「今回の報酬はあいつらにしてみれば願ってもない好条件だ。あいつらなら絶対に賛成してくれますよ」

「だが、今回の依頼は冒険者の間で敬遠されることも多い行方不明者の捜索だ。条件が良くても、文句の一つくらいは出てくるんじゃないかい?」

「だからですよ」


 リオンの曖昧な返事に、シルヴェーヌがわずかに首を傾げる。


 だが、リオンはあの二人がリオンの判断を責めることは無いと確信していた。


 そして、それはティア達三人も同意見だろう。


 何故なら――


 大切な誰かを失う悲しみを誰よりも知っているのだから――


ネット小説大賞、一次通過ならず……

処女作で結果が出せるとは思っていませんでしたが、やはり落ちると凹みますね……

まぁ序盤の設定の羅列とかテンポの悪さとか、直すべき部分は山ほどあると自覚しているのですが。

時間があれば、そこら辺を直したいなぁと思ってます。

そうなった場合、大幅に変更することになると思うので、今まで投稿したものを改稿するというより、再編集版として別に投稿する形にするつもりです。

もちろんこちらを削除するつもりはありませんし、大筋の展開を変えるつもりもありませんが。

とりあえずこの結果にやさぐれることなく執筆を続けていくつもりなので、温かい目で見守っていただければ幸いです。


5/1追加

後半のリオンのセリフ

「そんなに高ランクの依頼が多いんですか?」から、

「今回の依頼期間が終わったら考えますよ」の前までを新たに追加しました。


感想、ご意見、誤字脱字の報告等お待ちしております。

厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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