ガルドラッドの町
申し訳ないのですが、今回も短めです。
あと、二人は今回も若干イチャついてますww
鉱山と鍛冶の町、『ガルドラッド』。
エメネア王国から北西。隣国である『ラナーシュ』の西部に位置する町である。
町があるのは連なる山々に囲まれた盆地だ。周囲の山の多くは鉱山資源が豊富で、鉄や銅などの通常の金属だけでなく、魔鉄やミスリルなどの魔金属も採掘できる。
豊富なのは金属だけではない。良質な天然の魔石の鉱山もあり、ガルドラッドはそれらの豊富な資源を売ることで発展を遂げてきた。
現在では、ラナーシュに流通している魔金属や魔石の六から七割はガルドラッドのものとなっている。また、ガルドラッドの資源はラナーシュだけでなく、エメネアなど友好関係にある隣国にも流通している。
鉱山資源が豊富ということは、当然、それらの加工を生業とした職人も多い。ガルドラッドで作られるのは武器や防具だけでなく、家具や農具などの生活用品、果てはアクセサリーなどにまで及ぶ。それら加工品の中には、魔石を使った魔導具も多い。
ガルドラッドの加工品は質が良いため、世間での評判は高い。ラナーシュだけでなく、周辺諸国の商人までもが、わざわざガルドラッドまで足を運ぶほどだ。特に魔空船が開発され、ガルドラッドまで定期便が飛ぶようになってからは、貴族などの富裕層が買い物目的に訪れることも多くなり、ガルドラッドはますますの発展を遂げていた。
「うニャ~、人がいっぱいだニャ~」
すれ違う人波をスルスルと交わしながら、うんざりした様子でファリンがぼやく。女の子としては平均的な身長のファリンは、先ほどから人の影に隠れがちだ。リオンの近くを歩いているというのに、ちょっと気を抜けばすぐに見失ってしまいそうである。
「ファリン、アル。迷子にならないでね」
「子ども扱いするなよ、ティア姉」
六人の中で年少の二人を心配するティアに、アルが拗ねたような口調で文句を言う。もっとも、文句を言っている最中に人影に隠れてしまったので、最後の方は聞き取りづらかったが。
アルは男だが、身長はファリンとそれほど変わらないので、一歩間違えれば迷子一直線である。
ちなみにティアは、リオンのコートの袖を掴んでいるので、はぐれる心配はない。本当は手を繋ぎたいのかもしれないが、さすがに朝の一件のあとに仲間の前で手を繋ぐ気にはリオンもティアもなれなかった。
「ジェイグがいれば、はぐれずに済んだかしらね」
アルとファリンの気配を見失わないように注意しながら、ティアが小さくぼやく。
確かに、平均よりもかなり背が大きく、おまけに赤い髪のジェイグがいればいい目印になっただろう。
しかし、残念ながらジェイグとミリルは、現在別行動中だ。
魔空船で留守番している、というわけではない。今の時間が午後四時を過ぎているということもあり、二人には先に今晩の宿の手配に行ってもらっている。ついでに、現在の金属や魔石の市場調査なども頼んだ。
先ほども述べたように、このガルドラッドがあるラナーシュという国は、古くからエメネアと友好関係にあり、貿易が盛に行われていた。このガルドラッドの鉱山資源や加工品は、エメネアにも流通していた。
しかしつい先日、エメネア王国はリオン達の手によって滅んでいる。リオン達がエメネアを脱出した後のことはわからないが、仮に反乱軍が政権を奪ったとしても、国内情勢が安定するまでには時間がかかるだろう。今はまだ、この町までその情報は届いていないが、そうなると貿易もしばらくはストップするはずだ。
エメネアという鉱山資源の流通先がなくなるということは、この国の市場で鉱山資源の供給が過剰になるということ。おそらく金属や魔石の値段も下がるだろう。なので、二人にはこれからもこまめに市場の調査を頼むことになる。
なお、貿易や人の行き来が多いエメネアとラナーシュでは、貨幣の価値は同じになっている。それぞれの貨幣は国が発行するが、大きな町ではそれらの貨幣の交換も可能だ。
リオン達の手持ちのお金は、それほど多くない。だがエメネア崩壊の情報が届く前に、貨幣の交換をする必要もあるので、そちらもジェイグ達に任せていた。
「まぁ目的地は同じなんだ。はぐれてもどうにかなるだろ」
「そうだとは思うけど……」
心配性の母親みたいになっているティアに、リオンが苦笑いを浮かべる
リオン達は今、ガルドラッドの町の大通りを歩いている。目的地は町の中央部にある冒険者ギルド。それなりに大きな建物でわかりやすいうえ、そもそもリオン達六人はガルドラッドを訪れるのは初めてというわけではない。別行動中の二人との合流場所も時間も決めているので、仮に誰かが迷子になっても特に問題はないだろう。
「そんなに心配しなくても、あいつらももう立派な冒険者なんだ。こんな街中ではぐれたって、自力でどうにかするさ」
「……そうね、二人ももう子供じゃないものね」
二人を信頼するリオンの言葉にティアも安心したのか、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。そして、ずっと掴んでいたリオンのコートの袖を離し、リオンの左手を握ってきた。アルとファリンの二人の姿が見えなくなったので、少し甘えたくなったのだろう。もっとも二人の気配までは見失っていないが。
そんなティアのいじらしい姿に、リオンもティアの手をギュッと握り返す。
ティアの可憐な微笑みは、リオン以外の男にも効果は抜群のようだ。先ほどから、すれ違う男どもが惚けたような間抜けな表情でティアに視線を向けている。
その中には、ティアと仲睦まじく歩くリオンに嫉妬と殺気をぶつけてくる者もいるが、リオンは全く気にしない。こういったことはティアと恋人同士になる前からあったのだから。こうして堂々とティアと二人で歩けるのならば、これくらいの視線、喜んで受け入れる。
そうしてガルドラッドの大通りでラブラブなオーラを発散し、鉱山の町の男どもに妬みと怒りの感情を巻き起こしていた二人だったが、ふとティアの視線が通り沿いのお店のショーウインドウに引き寄せられた。
それに気づいたリオンも、ティアの視線を辿る。
その先にあったのは、オシャレな看板を設えたアクセサリーショップ。ショーウインドウには、赤く輝く魔石の付いたネックレスや、宝石を散りばめたイヤリングなどが整然と並べられている。
そんな中、ティアが見ていたのは、ミスリルの指輪だった。小さな光の魔石がはめ込まれたシンプルなデザイン。光属性の魔石は、その輝きによって純度の高さが分かり、それによって値段も上がっていく。そういったことに疎いリオンだが、その指輪に付いた魔石の純度の高さは一目瞭然だった。
(まぁ女の子がこういった物が好きなのは、異世界でも変わらないか……)
もっともこれがミリルだったら、魔石付きのアクセサリーよりも、魔石の原石の方が喜びそうな気がするが。
「あまり長居はできないが、大通り沿いの店を少し覗くくらいはしてもいいんだぞ」
ティアは十八歳。この五年間は復讐のために生きてきたが、本来であれば普通の女の子としてショッピングを楽しんだり、綺麗なアクセサリーを身に着けたりしていたはずなのだ。冒険者として旅をしているといっても、それくらいの余裕はある。
それに恋人同士になった以上、リオンは絶対にティアを幸せにすると決めている。自分の夢に付き合わせることにはなってしまうが、だからこそ、こういった時にはティアに我慢なんてしてほしくなかった。
声をかけられたティアは少し驚いた顔でリオンを見つめてくる。どうやら指輪を見ていたのは半ば無意識だったようだ。
「ううん、ちょっとアクセサリーが綺麗だなぁって思っただけだから」
リオンの足を止めてしまったことや、気を遣わせてしまったことを気にしているのだろう。ティアが少し申し訳なさそうな顔で、小さく首を振る。
リオンとしては、ティアが気になるのだったらいくらでも付き合うつもりだったのだが。
「それに、このお店ってお金持ち向けだから、ちょっと入り辛いもの」
横目でアクセサリーショップの看板を見つめながら、ティアが残念そうに眉尻を下げる。
ガルドラッドは職人の町であるため、こういったアクセサリーショップは多い。他の町に比べて、平均的に質は高いとはいえ、当然、店によってその値段は変わってくる。リオンはあまりそういった物には興味がないが、この町で最も大きな通り沿いに店を構えている以上、この店の格式が高いことは容易に想像がついた。
「でも、その指輪が気になるんだろ?」
自分が何を見ていたのかをリオンが気づいていたことに、ティアがはにかんだように微笑む。
「本当に、ちょっと見てただけだから。それに、これから船の改造のために、お金がたくさん必要でしょ? 贅沢は言ってられないわ」
「それはそうだが……」
この町に来た目的は魔空船改造の材料と燃料の魔石であるが、まずはそれを買うための元手が当然必要となる。孤児院を出て、復讐を終えるまでの五年間で稼いだ金のほとんどは、復讐計画のための魔導具の費用に消えた。
反乱軍への武器や魔導具の提供は、一応商売の形をとってはいたが、あくまで形だけだ。本来の価値に比べると、ほとんどタダ同然の値段で売っていたので、利益などあるはずもない。多少の手持ちは残っているが、あのバカでかい魔空船の改造ができるほどの資金は残ってはいなかった。
「それに、アルとファリンを待たせるのも悪いわ。早くギルドに向かいましょう?」
これ以上の問答は不要とばかりに笑みを浮かべたティアが、リオンの手を引く。これ以上は何を言っても無駄だろうと、リオンも促されるままにギルドへと歩き出すのだった。
前書きにも書いたのですが、今回の話は短めになってしまいました。
時間が欲しい……
本当はギルド到着してからの話まで執筆進んではいるのですが、そこでの話の区切りまでは進めなかったので、ギルド到着前で一度話を区切ることにしました。
次の土日は予定があるので、何とかその前にもう一話書き終えて、投稿予約をしておくつもりです。
次回は冒険者ギルドでのお話。
異世界転生ファンタジーのお約束と、この五年間のリオン君達の努力の一端が分かります。