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決闘

ついに彼との決闘です。

 それは本当に一瞬の出来事だった。


 殺気も、闘志も、何一つ察知することができぬまま、敵の接近を許したアル目掛けて無情な刃が振り下ろされようとしている。


「アル!」


 驚愕と焦燥が込み上げる中、自分の脚に可能な限りの魔力を注いで、リオンは謁見の間の床を蹴る。間に合え、という祈りを込めて……


 アルとの距離が一瞬して縮まる。


 だが、敵の接近の方がわずかに早い。


 まるでコマ送りされているかのような圧縮された時間の中で……


 敵の殺意がアルを斬り裂く――


「させねぇ!」


 その直前、リオンよりわずかに先を走り、敵の接近にわずかに早く気付いていたジェイグが、大剣を構えて敵の剣とアルの間に体を滑り込ませる。


「ジェイグ!」


 リオンの後方から、ティアの悲鳴のような叫びが聞こえる。


 だが、今のリオンにそれを気にしているだけの余裕はなかった。


 敵の振り下ろしたサーベルがジェイグの大剣と激突する。


「があっ!」


 ギャリィン! という硬質な金属音が広大な謁見の間に響き渡る。敵の強烈な一撃を受けたジェイグは、その衝撃を堪えることができず、後ろにいたアル諸共弾き飛ばされてしまった。


 謁見の間を斜めに弾き飛ばされた二人は、一度も床にバウンドすることなく謁見の間の壁へと衝突した。人がぶつかったとは思えないほどの衝撃音が響く。


「グウッ!」

「かはっ!」


 それぞれが苦悶の声を漏らしながら、ズルズルと力なく壁を伝って床に落ちる。声を出した以上、まだ息はあるようだが油断はできない。


「ティア! 二人を頼む!」


 二人を斬り飛ばした敵に冷たい殺気を放って牽制しながら、ティアに二人の介抱を頼む。


 突然の事態に衝撃を受けていたティアだったが、この五年間の訓練の成果か、すぐに気を持ち直すと敵の動向に注意しながらも、倒れる二人の傍へと駆け寄っていった。


 そんなティアの気配を背中に感じながらも、リオンは目の前に現れた敵に向かって静かに語りかける。


「まさか、ここであんたと戦うことになるとはな……シューミット将軍」


 まるで数年来の旧友に声をかけるような気軽さで、リオンはその名を呼ぶ。顔にはわずかな笑みを浮かべているが、それは放たれた声の軽さに似つかわしくないほどの攻撃的な笑みだ。


 リオンに名を呼ばれたシューミットが、深いしわの刻まれた眉間にさらにしわを寄せてリオンを睨む。リオン達は視界を遮らない程度にフードで顔を覆っているため、シューミットからは顔が見えないのだろう。リオンが放つ圧倒的な強者の空気と、その声から感じ取れる若さに違和感を覚えているのかもしれない。


「もう少し先で出てくるかとも思っていたんだが……とはいえ、また会えて嬉しいよ」


 再開を夢見ていた恋人に巡り合ったかのようなセリフを告げるリオン。もっとも、そこに込められた感情は、そんなロマンチックさとは程遠い、宿敵に対する氷のような殺意と闘志のみであったが。


「また、か……どこかで会ったことが――」


 リオンの正体を探るようにわずかに動いていた視線が、リオンの腰の刀を見つけて停止した。


「そうか……あの時の少年か……」


 リオンの正体に気付いたシューミットがポツリと呟く。その声には、はっきりとした哀情と諦念が込められており、それを感じ取ったリオンがわずかに眉を吊り上げる。


「ずいぶんと残念そうな顔をするな……俺の方はともかく、あんたにとってはたった一度すれ違っただけのガキにすぎないだろう?」


 あの時のシューミットは、リオンの刀に少し興味を示しはしたが、それ以外には特に何もしていないはずだ。孤児院襲撃の日にリオンがいないことには気付いていただろうが、冒険者になる話はしていたので、すでに旅に出たとでも思っていたのだろう。なので、シューミットがリオンを覚えているだけならまだしも、襲撃者がリオンだと気付いて悲しむ理由が思い当たらないのだが。


「確かに君とは一度すれ違っただけ……交わした言葉もわずかだったが、それでも君のことはよく覚えている。あの時よりも前から、君のことは知っていたしな」


 あれだけ用意周到な襲撃をしたのだ。事前に入念な調査を行っていただろうことは考えるまでもなく分かっていた。


 だが、五年前の時点で、リオンがシューミットの関心を引くようなことなどあっただろうか。


「十二歳の時点で、すでに並の中級冒険者を凌駕する実力を持ち、自身もまた冒険者を目指す少年。実際にその姿を目にして、私は確信したよ。君は間違いなく十年に一人、あるいはそれ以上の逸材だと……」

「ずいぶんと評価してくれてたみたいだな。勇猛と名高きあのシューミット将軍にそこまで言ってもらえるなんて光栄だよ」


 皮肉をたっぷりと込めた笑みを浮かべて、リオンは肩を竦める。


 そんなリオンの態度を特に気にした風もなく、シューミットは先ほどと同じ哀情と諦念を込めて呟く。


「だからこそ……こんなところで、その才能を無駄にしてしまうことが悔しくてならない」

「……その元凶の一人であるあんたが言うことじゃないだろう?」


 笑みを消したリオンが、冷ややかな怒りを込めてシューミットを睨み付ける。


「やはり、目的は孤児院の復讐か……」

「それ以外に何がある?」

「どうして我々の仕業だと気付いた? あの一件は公式にはただの事故となっているはずだが……」

「あの日、炎の中で先生や子ども達の姿を見た。全員が剣で襲われたことくらいすぐにわかるさ。そして襲撃の前々日に突然現れたあんたたちに、疑いの目を向けたというわけだ」

「そうか……」


 少しホッとしたような顔をしたシューミットだったが、すぐに無念さを滲ませて小さく息を吐く。シューミットの様子を慎重に探っていたリオンだったが、一瞬だけ浮かんだそのホッとしたような顔の理由だけはよくわからなかった。


 そんな会話を続けていた二人の耳に、ティアのよく通る澄んだ声が届いた。


「リオン! 二人の回復が終わったわ! もう大丈夫よ!」


 ティアのどこかホッとしたような声。そしてシューミットの剣を受けた二人の無事な気配を感じて、リオンも胸を撫で下ろす。もっとも、視線も注意もシューミットから逸らしたりはしないが。


 あまり時間のない状況で、悠長にシューミットと会話を続けていたのは、当然、ティアの回復の時間を稼ぐためである。怪我を負った二人と、その回復を行うティアを守りながら戦うには、シューミットという敵はあまりに強大すぎる。そのための苦肉の策だったというわけだ。


 また、シューミットからしてみれば、たとえ敵に回復されたとしても、援軍の到着する時間を稼ぐ方を優先したというところだろうか。それとも会話をしながら、リオンの隙を伺っていたのかもしれない。


「心配かけたな! もう大丈夫だ!」


 ジェイグの元気そうな声が謁見の間に響く。アルの声はないが、気配はするので問題ないだろう。


「加勢するぜ、リオン!」


 ジェイグがリオンの後ろから、シューミットに向けて殺気を放つ。殺気が一つではないのは、アルも臨戦態勢に入ったということだろう。


 だが――


「いや、こいつの相手は俺一人でやる」


 リオンはそんな二人を制止するように告げて、腰の刀に手をかける。


「何でだよ、リオン!?」

「リオン?」


 リオンの背中に三人分の視線が刺さる。何かティアが泣きそうな顔をしているような気がするが、リオンは今の発言を撤回するつもりはない。


 何故なら……


「下の方から、こっちに向かってくる気配がする。おそらく敵の増援だろう。数はそれほどでもなさそうだが、囲まれると厄介だ。そっちの相手を頼む」


 リオンのその言葉に、後ろの三人が同時にその気配を探る。そしてリオンの言葉が真実であることに気付いたようだ。


「問答している暇はねぇみてぇだな……」


 名残惜しそうに、ジェイグが一瞬だけシューミットに殺気を向けるも、すぐにリオンの指示を受け入れて気持ちを切り替える。


 ティアもかなり迷ったようだが、最終的にはリオンを信じることに決めたようだ。


 だが……


「リオン……」


 アルが申し訳なさそうな、消え入りそうな声でリオンの名を呼ぶ。


 そんなアルに背を向けながらも、リオンは穏やかに声をかける。


「焦るな、アル」

「リオン?」

「お前がずっと抱えていた焦りや不安に、気付いてやれなくて悪かった。だけどな、アル。お前はお前が考えているよりも強い。今までだって、間違いなく俺達の力になっているよ」


 一つ一つの言葉を語り聞かせるように、リオンは言葉を紡いでいく。


「それにな……今はまだ俺やジェイグには及ばなくても、いつか必ず俺達を越えてくれるって信じてる。だから今は焦るな」

「リオン……オレ……」


 アルの声が震えている。ずっと自分の力を不安に感じていたこと。自分は皆の役に立っていないんじゃないかと感じていたこと。今更ながらにそれを見せつけられて、リオンは内心で自嘲する。


(あいつの兄として、もっとしっかりしないとな、俺も……)


 リオンが兄としての決意を新たにしていると、そこにジェイグの元気な声と、バシンッと子気味良い音が響いた。


「ほれ、アル! めそめそしてねぇで、リオンの期待にしっかり応えるぞ!」

「……ああ!」


 おそらくジェイグの背中を叩かれて喝を入れられたであろうアルが、元気に気勢を上げる。ジェイグもティアもついているし、アルはもう大丈夫だろう。先ほど入ってきた大扉に向かって駆けていく軽快な気配に、リオンは小さく安堵の表情を浮かべる。


「リオン、気をつけてね」


 そのアルの後を追うようにティアも走り出した。チラチラとリオンを振り返る視線は感じるが、戦いが始まればしっかりと迷いを断ち切って、敵を迎え撃ってくれるだろう。


「あんまり時間がねえんだ。さっさとそんな奴ぶっ飛ばしてくれよ!」


 最後にジェイグが、リオンの背中に檄を飛ばして走り去ろうとする。


 そんなジェイグの背中に、リオンは一瞬だけ視線を向け、告げる。


「ジェイグ!」


 いつもの軽い口調で、いつものように誰よりも深い信頼を込めて……


「俺の背中と、二人は任せたからな! 相棒!」


 それはリオンにとっては、何気ない一言。


 時には冗談だったり、時には本気で、いつも言っていた言葉。


 だが、そんな言葉を聞いたジェイグは、まるでその言葉を心待ちにしていたかのように噛み締めると、だがいつものような口調で元気に声を上げる。


「任せろ、相棒!」


 いつもより軽快な足音を響かせながら、ジェイグはアルとティアのあとを追って謁見の間を出ていった。


(なんだ、あいつ?)


 そんなジェイグの様子に、心の中でクエスチョンマークを浮かべるリオン。


 リオンの中で、ジェイグは誰よりもずっと信頼できる兄であり、相棒であることは当たり前のことなので、まさかジェイグがリオンの背中を遠く感じていたなど夢にも思っていなかったのだ。それだけリオンにとって、ジェイグという存在は身近であり、大切な存在ということだ。


 実は自分の意識していないところで、ジェイグの不安を払拭していることには一切気付かないまま、リオンはようやく宿敵と一対一で対峙する。


「今生の別れは済んだかね?」

「ずいぶんと余裕だな? 俺達の会話を見続けたことも、あいつらを見逃すことも……」

「よく言うな……彼らと会話を続けながらも、意識は私の挙動から逸らしてはいなかっただろうに」


 シューミットの言う通り、リオンはジェイグ達との会話を続けながらも、意識の一部は常にシューミットの一挙手一投足を警戒していた。隙だと勘違いして襲い掛かってくれていれば、容赦なく迎撃していたのだが。


「それに、四対一で戦うよりは、一対一で戦うことを選ぶのは当然だろう。幸い、相手がそのように動いてくれるのだからな」

「一対一なら勝てるとでも?」

「負けはしないさ。この剣と、騎士の誇りにかけて」


 剣を正眼に構えたシューミットから、さっきまでとは桁違いの殺気と闘気が溢れ出す。物理的な圧力を伴っているような空気に触れて、リオンの肌がピリピリと痛みを発する。


 だが、そんなもので今のリオンは怯まない。


 左手で刀の鞘を握り、右手は刀の柄に添える。シューミットの相手を圧するような気合と異なり、リオンの発する殺気はどこまでも冷徹で鋭い。それはまるで近づくものを容赦なく切り裂く、研ぎ澄まされた氷の刃のよう。溢れ出す闘気も、並の相手ならば身動き一つできずに凍り付くほどの冷たさを纏っている。


 そんな異なる殺気と闘気をぶつけあいながら、今、二人の圧倒的な強者の戦いが始まる。


 ドンッ! という、地を割るような音と振動が謁見の間の床に響く。


 それはシューミットが地を蹴る足音。


 まるで大砲のような音を打ち鳴らして、シューミットが砲弾のような勢いでリオンに迫る。


 常人ならその圧だけで吹き飛ばされそうな速度で接近するシューミット。その勢いに乗ったまま稲妻のような速度でその剣を振り下ろす。


 対するリオンは眉一つ動かさない。視認することさえ困難な一撃を、冷静に見極め、迎え撃つ。


 鞘走りの音さえも置き去りにして、リオンの刀が閃く。


 瞬間、金属同士がぶつかったとは思えないほどの、轟音を響かせて、リオンの刀とシューミットの剣が激突した。衝撃が謁見の間の壁を、床を、空気を震わせて伝播する。


 圧倒的な速度と膂力を持って振るわれたシューミットの剣は、リオンの神速の居合によって弾かれ、その軌道が大きく逸れる。


 だが、リオンの攻撃は一撃では終わらない。


 返す刀でそのまま一閃。必殺の速度で放たれる二の太刀が、シューミットの左胴を狙う。


「おおおおお!」


 しかし、シューミットはその一撃にさえ反応した。振り下ろした剣を、まるでリオンの狙いを読んでいたかのように正確にリオンの刀の軌道に合わせ、渾身の二の太刀を防いでみせたのだ。


 とはいえ、その威力を完全に殺しきることは難しかったようで、シューミットは横合いからの衝撃に任せてリオンから大きく距離を取る。


 ざざざぁ、と地を滑り、十メートルほど離れたところでシューミットは止まった。


 お互いがお互いの渾身の技を防がれたことで、二人の顔にわずかに驚愕と悔しさと、そして相手への称賛が浮かぶ。


「見事な技だ……まさか剣を納めた状態から、あのような速度の一撃を放つとはな……」

「こっちも、まさか初見でこの技を完璧に受け止められるとはな……」


 五年前は、こちらの世界で刀を使い始めて一年ほどであったため、技の完成度はお世辞にも高いとは言えなかった。それでも、ギルド登録試験でギルディスを唸らせるほどの威力だったわけだが。そして、今はこの五年の修行によって、リオンの技の速度も威力も格段に上がっている。その技をもってしても、傷一つ付けられないとは、さすがのリオンも思っていなかったのだ。


 ましてや、シューミットは将軍とはいえ、すでに初老と呼ばれる年齢を越えた、いわば老兵とも言えるような相手。いまだに衰えを感じさせない男だが、これでもし彼が全盛期の頃に相対していたら、今の攻防で討ち負けていたのは間違いなくリオンの方だっただろう。


「それほどの力と技を、復讐などという目的に使い、あろうことか反乱軍に組するとは……嘆かわしいことだ」

「……勘違いしているようだが、別に俺達は反乱軍に入ったわけじゃないぞ。計画を利用させてもらっただけだ」

「何?」


 特に悪びれた様子もなく、「まぁ反乱軍に魔導具や武器を横流ししていたのは確かだがな」と淡々と告げるリオンに、初めてシューミットの顔に怒りの色が浮かんだ。


「貴様は、この反乱でどれだけ多くの国民の命が失われると思っている!?」


 底知れない怒りと殺気を宿しながら、シューミットが再び地を蹴った。怒りに任せた剣ならば御しやすいのだが、残念ながら怒りを纏いながらも、シューミットは冷静さを失ったりはしていないようだ。


(まぁ、こんなことで我を忘れるようなら、一国の将軍なんて任されるはずはないか)


 刀を抜いたままのリオンだが、別にリオンの強さは居合のみに固執したものではない。シューミットの雷のような斬り下ろしを、わずかに右斜め前方にステップすることで回避する。すれ違いざまにシューミットの背中を狙うも、素早く反応したシューミットの剣がリオンの一撃を体ごと弾き飛ばす。


(身の軽さと剣速は俺の方がわずかに上……力と読みの早さでは向こうの方が上か……)


 冷静に彼我の実力を分析しながら、リオンは再びシューミットと距離を取る。


「別に俺達が何もしなくても、反乱が起こることは必然だった。なら、その片方に多少肩入れしようが、大した問題でもないだろ」

「問題に決まっている! この国の騎士や兵士たち、それにその家族がどれだけ涙を流すことになると――」

「それは反乱軍の家族も同じ事だろう。まぁあんたにとっては、反乱軍は守るべき国民ではなく、ただの倒すべき敵でしかないんだろうがな」


 今度はこっちの番、とばかりにリオンがシューミットに迫る。地を這うような体勢で接敵し、体ごと跳び上がるような切り上げの一撃を放つ。


 リオンよりも体格の大きいシューミットは、視界範囲外である地を抉るようなリオンの剣に、反応が一瞬遅れ、自身の剣で防ぐの精一杯だったようだ。


 リオンの強靭な脚力によって勢いを増した一撃は、シューミットの体を宙へと押し上げる。


 空中で身動きの取れなくなったシューミットの胴を目掛けて、リオンが蹴りを放った。リオンの右足がシューミットの左のわき腹へとめり込む。


 だが、その攻撃は完全には決まらなかった。


 空中で防御ができないと悟ったシューミットは、リオンの蹴りを防ぐのを諦め、即座にリオンの攻撃とは逆側の脚で同じように蹴りを放ったのだ。攻撃によって相手の攻撃のダメージを減らす。口で言うのは簡単だが、自分がダメージを受けることを覚悟するのは簡単ではない。その決断を瞬時に下せる判断力は見事というほかないだろう。


 リオンとシューミットがお互いの一撃の威力によって、左右にはじけ飛ぶ。


 お互いの蹴りは完全には決まらなかったので、ダメージはそれほどでもないが、それでもすぐに動き出せるほど軽いものではなかった。お互いが顔を見合わせ、油断なく相手を睨む。


「……反乱軍もエメネアの愛する民であることに変わりはない。だがそれでも、王国に牙を剥くというならば、私はより多くの民を守るために戦わなければならん! そしてその民の命を脅かそうとする貴様を、断じて許すわけにはいかん!」

「許してもらわなくて結構だ。こっちもあんたを許すつもりは毛頭ない」


 リオンが瞬時に作り出した十本の氷の矢を放つ。


 銃弾のような速度で一斉に迫る凍てつく殺意を、シューミットの燃え上がるような怒りを宿した炎が、その全てを一瞬で消し去ってしまった。


「だが、何故だ!? 確かに大切なものを奪われた怒りはわかる! 私やこの国を憎む気持ちも! しかし、貴様には何よりも大事な夢があったのではないのか!?」


 そんなシューミットの叫びに、一瞬だけリオンが目を丸くする。


「そんなことまで調べていたのか……」


 リオンの才能を評価していたのは先ほど聞いたが、そんなことまで覚えているほど、シューミットがリオンを気にかけていたということに、驚きを隠せなかった。


「その夢を諦め、多くの無関係の人間を巻き込み、仲間の命さえ危険に晒して、それでもなお貴様は復讐を果たさなければならなかったのか!?」


 ままならない怒りと嘆きを宿した業火が、道を踏み外したリオンを罰するように轟々と迫る。


「皆を殺したあんたが……それを言うな!」


 小さな竜巻のように渦巻く風をぶつけることで、その業火を相殺するリオン。その炎が完全に散る前に、その中を強引に突っ切る。


 吹き散らされた炎の中から飛び出してきたリオンを、落ち着いた様子で迎撃するシューミット。甲高い金属音と火花を散らしながら、リオンとシューミットの怒りが交差する。


「あんたが全部奪ったんだろ! 俺達の大切な家族も! 仲間の笑顔も! いつか帰る場所も全部! そんなあんたが、俺達の戦いを否定するな!」


 拮抗する激しい打ち合い。


 速度で勝るリオンの剣を、シューミットが力で弾く。軽い身のこなしを利用した死角からの一撃さえも、シューミットの経験による読みが全て捌ききる。一向に決着のつかないせめぎ合いに、どちらともなく再び距離をとる二人。


「そのことについては言い訳のしようもない……ただ、それでも……私は心底残念でならないのだよ……あの時、純粋で真っ直ぐに自分の夢を追いかけていたはずの少年が、復讐のために夢を諦めてしまったことが……できることなら、孤児院のことを知らないまま、夢を追って旅に出ていて欲しいと何度願ったことか……」


 そのシューミットの言葉は紛れもない本心だろう。襲撃者の正体がリオンだと気付いたその時からずっと、シューミットの言葉の端々にそんな悲痛が感じられた。


 だからこそ、リオンは心の底からの呆れを込めて、リオンはその言葉を口にする。


「あんた、馬鹿だろ?」


 シューミットが、どうしてリオンにそこまで肩入れしていたのかはわからない。だが、そんなシューミットの言葉を、リオンは受け入れるわけにはいかなかった。


 何故なら――


「いつ、俺が夢を諦めたと言った? 復讐に失敗したていで話を進めるな」

「……復讐を終えて、また夢を追いかけるとでも?」

「少し違うな。俺は今も夢に向かって進んでいる最中だ」


 淡々と事実だけを述べるような口調。そんなリオンの言葉に、シューミットが真意を問う。


「復讐が夢のためだと?」

「ああ、その通りだ。俺は夢を諦めてもいないし、何一つ遠回りもしていない」

「……理解できんな。何故、復讐が空を飛ぶことに繋がる」


 わずかに俯いて小さく首を振るシューミットを真っ直ぐに見つめながら、リオンがその想いをぶつける。


「もう空を飛ぶだけじゃダメなんだよ」


 その言葉を聞いて顔を上げたシューミットが、まるで吸い寄せられるようにリオンの赤い瞳を見つめる。


「ただ空を飛ぶだけじゃ、俺はもう満足できそうにない。俺の夢はもう俺一人のものじゃないんだ。六人全員が揃って初めて、俺は夢を叶えられるんだよ」


 五年前、ジェイグとティアとミリルの想いを知ったあの日。そして、アルとファリンが追いかけてきて、六人で空を飛ぶ未来を思い描いたあの日から、リオンの夢は形を変えた。ずっと一人で追いかけていた夢に、仲間の夢が重なったのだ。


 だから……


「誰一人欠けずに空を飛ぶために、俺は、俺達は復讐を望んだ。確かにあんたたちが余計なことをしなければ、俺達はただ真っ直ぐに空を目指していられた。そういった点を考えれば、確かに少し遠回りと言えなくもないが、それでも夢に向かって真っすぐに進んでいるさ」

「……復讐を諦めるという選択肢はなかったのか?」

「ないな。俺はともかく仲間は無理だ」


 あの日、リオンが道を示さなければ、アルとミリルは確実に暴走していただろう。そうなれば六人一緒にという夢は叶えられない。それに、アルとミリルが死ねば、ティアやファリンの心だってどうなっていたかわからないのだから。


「それでも怒りや悲しみは、時間と共に癒えていく。五年も経って冷静になれば、復讐以外の道を探すこともできたのではないか?」

「確かに、今の俺達があの時ほどの怒りや悲しみを抱えているかと言われれば、そうでもないかもしれない。仲間の存在が、傷を癒してくれたのも間違いないだろう」

「なら――」

「だが、ここで復讐を諦めたら、確実に未練が残る。いつか必ず、復讐を諦めたことを後悔する日が来るだろう」

「それでも夢を追うことはできるはずだ。たとえ心に未練を抱えていても――」

「だから、あんたは馬鹿なんだ」


 何もわかっていないとばかりに、今度はリオンが小さく首を振る。

 

「本気で、心の底から笑えなければ、夢を叶えたとは言えないだろ」


 悲しみや怒りは時間と共に癒えていく。だが、未練は時間と共に心を蝕むものだ。そんな未練を残したまま、リオンが、アルが、ミリルが、本気で笑えるとは思えなかった。


「未練は心を縛る鎖だ。そんなものに縛られたままじゃ、自由に空を飛ぶことなんてできはしない」

「……その復讐の末に、数えきれない命を奪ったとしても、それでも本気で笑うことができると?」

「できるさ。俺達ならな」


 たとえ罪悪感を感じることがあっても、それは六人全員で背負うことができる。苦しみを分かち合うことも、傷ついた心を癒すことも。


「だからこそ今日ここで、この復讐を終わらせる。俺達を縛る全ての鎖を断ち切って、全員で笑って、あの空を目指す」


 その決意を示すように、リオンは刀を鞘に納めて構える。最初に見せた居合は、迎撃用の技。空手でいう後の先の技だった。それを防がれた今、今度はこっちから攻める。


 リオンが次の一手で決着をつけようとしていることが分かったのだろう。シューミットがわずかに気圧されたようにたじろぐが、すぐにさっきまでのような気合を漲らせて、リオンを迎え撃つ構えを取る。


「来い!」


 シューミットが吼える。


 それを合図にしたかのように、リオンの周囲を風が吹き荒れる。


 その威力に警戒を強めるシューミットだったが、すぐに違和感に気付いて、不審そうに眼を細めた。


 風属性の者が、自身に風を纏って攻撃してくることは割とよくある。また、風によって自身の移動の補助を行うことも多い。


 だが、リオンが巻き起こす風は、リオン自身に向かって吹いている。これでは身に纏って攻撃することも、自身の突進速度を上げることもできない。むしろ邪魔にしかならないだろう。


 だからこそ、シューミットは逡巡する。警戒する。


「いったい何を狙っている?」


 わずかに漏れた戸惑いから紡がれた言葉。その問いさえも掻き消すように、リオンの巻き起こす風は勢いを増していく。


 もし、シューミットがリオンの様子を細かに観察できていれば、リオンの脚に膨大な魔力が注がれていることも、リオンの脚の筋肉に込められた負荷が、解放の時を今か今かと待ちわびていることにも気づけたかもしれない。しかし、嵐のように巻き起こる風がシューミットの注意を逸らし、視界を遮っている。


 ゆえに、シューミットはリオンが動くのをただ待つことしかできなかった。もちろんシューミットの方から仕掛けることもできただろうが、リオンの放つ殺気が、風が、シューミットの動きを押し留める。


 そうして今日一番の風が巻き起こった瞬間に、事態は動いた。


 地を蹴る足音さえも置き去りにするような速度で、リオンの体が跳ぶ。十メートル程の距離を一瞬でゼロにして、シューミットに迫る。


 これがリオンの奥の手。


 自身に向かって風を起こすことで自身の体を押し留め、力を溜める。その風によって集めた空気は自身の背後に圧縮して集める。そして溜めた力と、圧縮した空気を解放することによって、爆発的な加速をみせるのだ。


 まぁ簡単に言うとデコピンとペットボトルロケットの原理の応用なのだが……それだと何となくカッコ悪いのと、リオンの中にまだわずかに残る中二心の誘惑に任せて、この技に名前を付けることにした。


 『刹那せつな』と――


 当然、そんな速度で突進すれば相手の前で止まることなどできない。ゆえに、すれ違いざまに抜刀。全身全霊を持って、刀を振りぬく。


 シューミットが、リオンの驚異的な速さに狼狽えつつも、それでもなお一撃に合わせるように剣を振ることができたのは、いくつもの戦いを潜り抜けてきた経験ゆえのことであろう。


 激突。


全てを破壊するような轟音が鳴り響いた。今日一番の衝撃が、謁見の間どころか、王城全体へと伝わっていく。


 そして、数瞬後、その衝撃が収まり、静まり返った謁見の間にチャリンと小さな音が響いた。


 それはリオンの刀の折れた先が、謁見の間の床に落ちる音。


二度三度と金属質な音を響かせたあとで、折れた刀身が床に転がった。


そして、謁見の間は静寂に包まれたのだった。


バトル回なのですが、会話多めです。

剣と魔法の戦いなのは間違いないのですが、

それと同時にお互いの想いのぶつけあいでもあります。

まぁ決着は次回に持ち越しですがww


あと、この小説で初めて技名を出してしまいました……

名前のセンスはともかく、やっぱりバトル物なら技の一つはないとね!


そして、次回は戦いの決着です。

投稿時間は22時過ぎを予定。


感想、ご意見、誤字脱字の報告等お待ちしております。

厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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