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王都騒乱

 王都外壁、東門周辺。


 日が完全に落ちてからすでに五、六時間は経っている。王都の住人のほとんどが寝静まっており、街は静寂に包まれていた。


 外壁の近くは平民街であり、通りを照らす街灯も貴族街に比べて少ない。これで歓楽街の方にでも行けば、外壁門を封鎖されたため暇を持て余した冒険者なり行商人なりが、酒や女に溺れて騒ぐ声が聞こえてくるのだろう。


 しかし三日以上も前から封鎖されている門の周辺には見回りの兵士以外に人の姿はない。夜通し騒ぐ賑やかな声も、さすがにこんなところまで届きはしなかった。


 もっとも、こんな夜遅くまで人のほとんどいない場所を黙々と見回ることになる兵士たちにとっては、そんな浮かれた連中の笑い声など、張りつめた神経を逆撫でする不快な騒音にしかならないのだが。


「暇だなぁ……反乱軍なんて本当に来るのかねぇ」

「お偉い騎士様が言ってるんだから、そのうち来るんだろうさ」


 そんな夜の静寂の中を歩きながら、警邏の若い兵士二人が気の抜けた会話を繰り広げていた。周りに人がいないのをいいことに、退屈そうな態度を隠そうともしない。ここ数日で自国の要人が二人も暗殺されているというのに、何とも呑気なものだ。


 だが、それも仕方のないことなのかもしれない。


 二人とも王国兵全員に支給される軽鎧に身を包み、同じく王国兵用の小剣を腰に下げてはいるが、それらをまともに活用したことは未だにない。せいぜい街中で酔っ払いやごろつきどものケンカを仲裁する程度。彼らが兵士になってからは大きな戦も、王都の兵士が出張るほどの規模の魔物の出現もなかったのだ。完全な平和ボケである。


 それに王都を騒がす要人の暗殺もいまいち実感が湧かない。こんな辺鄙へんぴな場所の、しかも深夜の警備を押し付けられるような下っ端の二人からすれば、お偉い貴族様の暗殺など対岸の火事のような感覚なのだ。


「来るならさっさと来てくんねぇかなぁ……どうせ千人程度の反乱軍じゃ王都の外壁を越えたりできねぇんだし」


 すぐ傍に高々とそびえる外壁を見上げながら兵士の一人がぼやく。王都を守る兵士としては些か不謹慎とも取れる発言だが、一般兵の間では彼に同調するものは多い。


 王都外壁上部には、防衛のための兵器が数多く存在する。投石器、弩砲どほう、大砲。それらは外壁全体に配置され、特に東西南北の大門付近に密集している。反乱軍がどこから攻めてこようとも、一度姿を現せばそれらの兵器が反乱軍を蹂躙するだろう。千人程度の反乱軍では、外壁にたどり着くことさえできないはずだ。


 また、仮にたどり着いたとしても、王都への出入りは大門以外からは不可能である。現在その門は固く閉ざされており、大型の攻城兵器や大量の魔導具でもなければ王都への侵入は不可能である。そんな大それたものを、たかだか冒険者数人と平民だけの反乱軍が用意できるとは思えなかった。


 ゆえに、反乱軍など恐れるに足らず。さっさと壊滅させて、またいつもの退屈な日常に戻りたい。


 そう考える兵士はこの二人以外にも多く存在していた。


「けどよ、反乱軍の何人かは王都の中にすでに潜伏してるって話だ。そいつらが反乱軍を手引きするかもしれねえぜ?」

「そうだとしても、あの門を開けたり、壁の上の兵器を壊したりはできねえだろ。門の警備は特に厳重なんだ。壁の内側にいる数人だけでどうにかなるもんかよ」

「それもそうだな」

「だろ? まぁ門の警備の連中は多少ピリついてるみてえだけど、こんなところにいるのは、せいぜい女を無理やり連れ込んだスラムのゴロツキくらいだろ」


 街の治安維持という、本来の警備の目的さえ忘れるくらいにゆるみ切った同僚の態度に、相方の兵士も苦笑いである。もっとも笑っている方も、それを注意できるほど真面目な勤務態度ではなかったが。


 そんなゆるいやり取りを交わしながら、二人は警備を続ける。


 警戒心や危機感はゼロ。反乱軍に対して、自分たちの勝利は揺るがない。自分たちが危ない目に合うことなどあり得ない。


 そう考えていた。


 何の疑いもなく信じていた。


 そんな油断が、慢心が、自分達二人だけでなく、エメネア王国そのものを滅ぼすことになるとも知らずに……


 それは二人が東門と南門のちょうど中ほどのあたりに着いた時だった。


 ドオォン! という大きな爆発音が夜の静寂を飲み込んだ。


 それも一発ではない。一度目の爆発を合図にしたかのように、次々と爆音が轟く。


「な、何だ! 何が起こった!?」

「反乱軍が来たのか!?」


 突然降り注いだ轟音に竦み上がりながら、二人の兵士が辺りを見回しながら大声で叫ぶ。


 その音が外壁の上から聞こえたものなら、姿を現した反乱軍へ攻撃を加えたとでも思えたかもしれない。二人がいる場所の反対側なら、自分たちはまだ安全と思えたかもしれない。


 だが、そんな二人の淡い願いを嘲笑うように、王都外壁の東門と南門の辺りから赤々と燃える炎と大量の煙が立ち昇る。


「嘘だろ……」

「何だよアレ……」


 そんな光景を愕然としたまま見つめる兵士二人。長いこと平和を享受してきた若い二人にとって今の状況は、まるでどこか別の世界を見ているように現実感のない光景だった。


 それから数分の間、半ば魂が抜け落ちたような状態で立ち尽くしていた二人だったが、火の手の上がる門の辺りから再び起こった爆発でようやく意識を取り戻した。


 気が付けば二人の周囲からも、ざわざわと動揺した声が聞こえる。王都の住人が突如鳴り響いた大きな音で目を覚まし、家の外へと出てきたのだろう。


「くそ! とにかく一度東門へ向かうぞ!」


 兵士の片割れが、より近い方の門へと向かって走り出そうとする。


「はぁ!? あんな爆発しまくってるところに行くってのか!? 冗談じゃないぞ!」


 しかしもう一人の兵士のあげた金切声に、思わず踏み出した足が止まる。


 確かにさっきまでのような断続的なものではないが、未だに爆発は続いていた。その度に舞い上がる炎はその勢いを増し、夜の王都は炎によって赤々と照らされている。


 弱い魔物との戦いは何度か経験していても、命を賭けるほどの危機に遭遇したことはほとんどない二人だ。いくら戦うのが仕事の兵士とはいえ、恐怖の方が勝り、自ら危険な場所に飛び込むことにはやはり躊躇いを覚えるのだろう。


 それでも……と、一度は止めた足を動かし、自分を呼び止めた同僚を叱咤しようと振り向いたところで、その兵士は思い知らされることになる。


 すでにこの王都には、確実に安全な場所など無かったということに……


 振り向いた兵士の目に飛び込んできたのは、夜の闇を全て掻き消すような閃光。そしてこれまでと比べ物にならないほどの爆発と破壊の音が、爆風と共に押し寄せた。


 不意に襲い掛かってきた衝撃に、彼の体はまるで嵐に巻き込まれた草木のような勢いで吹き飛ばされる。石造りの民家の壁に背中から激突し、肺に残っていた空気が声にならない声とともに口から吐き出された。


 壁を背にズルズルと崩れ落ちる兵士。閃光によるダメージと爆発の衝撃により視界はぼんやりとしているが、まだ意識はかすかに残っていた。


 霞む自分の目に移ったのは、ぽっかりと大きな穴の開いた外壁。煙と粉塵の中から次々と姿を現す人影。


 そして自分と同じように爆発に巻き込まれ倒れ伏す、同僚の姿だった。


 同僚は自分とは随分離れた場所に飛ばされている。霞んだ視力では生死は確認できない。


 だが、それで良かったのかもしれない。


 何故なら同僚は爆心地のすぐ傍にいた。そのため爆炎と爆風、それに吹き飛んだ瓦礫を全身に浴びた同僚の体は見るも無残な状態で、すでに息はなかったのだ。


 薄れゆく意識の中で、兵士は同僚の名を呼ぶ。


 だがその声は、壁に開いた穴から吹き込む風に掻き消された。そしてその声を最後に、彼の意識も闇へと沈んでいった。







「馬鹿な! たかだか千にも満たない反乱軍が、これだけの戦力を持っているなどありえん!」


 王都の南。外壁の上部にある見張り台で、中年の兵士が眼下に広がる惨状を見下ろし、悲鳴のような怒鳴り声をあげた。目は驚愕に大きく見開かれ、深いしわの刻まれた口元は小さく震えている。


 だが、どんなに否定の言葉を叫んでも、目の前の現実は変わらない。あちこちが崩れ落ち穴が開いた外壁も、そこから雪崩れ込んでくる反乱軍も、門の周辺に今尚燃え広がる真っ赤な炎も。


「これだけの数の反乱軍の接近に気付かないとは……見張りはいったい何をしていたのだ!?」


 中年の兵士は、おそらく一般兵の中でもそれなりに階級が上なのだろう。隣で同じように王都を見下ろしていた部下と思わしき若い兵士にキーキーとヒステリックな声で怒鳴りつける。


「そ、それが……門の周辺以外は最低限の人員しか配置しておりません……それに、見張りのための灯りでは遠くまで見通すことはできませんので、闇に紛れて近づく反乱軍を発見することは難しいかと……」


 オドオドとしながら原因を推測する部下の兵士。自分が失態を犯したわけではないのに血走った眼を向けられる姿は実に哀れだった。


 まぁだからといって見張りの兵士を責めるのも現実的ではない。そもそも外壁をぶっ壊して王都に侵入してくること自体がおかしいのだ。数は千人に満たず、そのほとんどが貧しい平民ばかりの反乱軍が、あれだけの破壊力を持った魔導具をいくつも用意するなど、金銭的にも技術的にも本来は不可能だ。


 どこぞのエセ武器商人が炸裂魔導技師の力作を、利益度外視の値段で大量に売りつけでもしない限りは。


「だが、大門も攻撃を受けてるではないか!?」

「確かにそうなのですが……一番初めの爆発の時も、今現在も、門の付近に怪しい人影は見当たらないと……」

「ではあの爆発は何なのだ! まさか門が勝手に爆発したとでも言うのか!?」

「そ、それは……私にも何が何だか……」


 そんなこと私に聞かれてもなぁ……とでも言いたげな部下の様子に、上官のまなじりが吊り上がる。魔導技師でもなく、魔導具の商人でもなく、ましてや反乱軍でもない部下が、大門爆破の原因を特定できるはずもないのだが。


 もっとも大門の爆発については、実は反乱軍も知らなかったりする。


 現在、反乱軍はいくつかの隊に分かれ、外壁のあちこちから王都へと侵入している。反乱軍の九割以上の連中は、各隊のリーダーの指示に従っているだけで、作戦も大まかな内容しか教えられていない。ゆえに大門の爆発も、先に王都に潜入していた仲間か、別の隊の仕業としか思っていないのだ。


 まさか、どこぞの変身猫耳娘の手によって設置された魔導爆弾を、そのお仲間が一斉に起爆しているとは夢にも思っていない。そして、自分たちの作戦に無い爆発に、リーダー連中が「は?」ってなっていたことも。


 もっとも、今更作戦は止められない。それに予想外の事態とはいえ、結果としては自分たちの作戦に支障はない。むしろ自分達にとっては追い風とばかりに、リーダー連中は仲間を鼓舞し、反乱軍の士気の向上を図ったが。


 ちなみにこの世界の技術では、リモコンによる遠隔起爆や、時限爆弾のようなものは作れない。なので起爆は、爆弾に繋がれた極細の魔力糸に魔力を通すことで行っている。導火線ならぬ、導魔線どうませんとでもいうべきものだ。当然、兵士に見つからないよう、糸を通す場所もしっかり計算されている。


「くそっ! 兵たちは何をしている!? 早く反乱軍の制圧へ向かわんか!」

「現在、門周辺の兵や騎士のほとんどは、門の消火に追われているか、爆発による怪我、あるいは負傷兵の救助で動けません」

「他の兵は!?」

「王都の見回りをしていた者達は反乱軍の制圧に向かっているはずです。しかし、爆発に気付いた王都の民が、外の様子をうかがうために家の外に出てしまって……そのため道が人で溢れかえり、現場へ向かうのが遅れています」


 そんな部下の報告に、上官の兵士は悔しそうに地団駄を踏む。自分の予想を上回る事態、思う通りに動かない兵士たちを前にいら立ちが募る。


 実は王都の見回りに出ていた一般兵たちが、反乱軍が使用する高威力の破壊魔導具にビビり、現場に向かうのに尻込みしているとわかったら発狂するかもしれない。


 そして、そんな破壊魔導具の全てを作ったのが、まだ十七歳の美少女で、自分の自信作の成果に満足して頬を緩めていると知ったら、口からエクトプラズマーが放出されるかもしれない。


「騎士は!? 待機している騎士団は何をしている?」


 最後の頼みの綱とばかりに、エメネア王国が誇る精鋭部隊の動きを訪ねる上官兵士。自分が動く前に、自分よりも立場が上のはずの騎士が動くのを待つあたり、この上官の愚鈍さがよくわかる。


「それが……騎士団の宿舎には伝令が行っているはずなのですが、騎士が反乱軍の鎮圧に動いているという情報はほとんど確認できません。また、騎士の多くは貴族の護衛や城門の警備に回されているため、すぐに動くのは難しいかと……」


 顔を真っ赤にさせて怒りを表す上官兵士。あまりの怒りに言葉も出ない様子で、口をパクパクさせる様は顔の赤さと相まってまるで金魚のよう。


 もっともこの国に金魚などいない(そもそも観賞用に魚を飼う文化が無い)ため、その顔を見て金魚を思い浮かべるのは、大門の爆破を終え、意気揚々と王城を目指して疾走中の黒髪赤眼の青年くらいだろうが。


 ちなみに宿舎にいる騎士団が未だに動きを見せないのは、宿舎での夕食に含まれていた遅行性の下剤により、騎士団のお腹とお尻が大惨事になっているためである。


 宿舎に忍び込み、下剤を仕込んだのは当然変身猫耳娘。下剤の調達は黒の翼の慈愛の女神であり、愛情メーターの振り切れた恋する乙女である。


「くそっ、くそっ、くそっ! こんな危ないところにこれ以上いられるか! 儂は故郷くにに帰るぞ!」

「は? え? ちょっ、待っ――」


 事態が逼迫していると知るや、国を守るという兵士の最重要職務をあっさり放棄し、我が身可愛さに逃げ出そうとする上官兵士。どこぞの死亡フラグみたいなことを叫びながら、階段の方へと足を向ける。


 そして、まさかの逃亡宣言に、部下も咄嗟に制止の言葉が出てこない。半ば呆然としながら、上官が足早に立ち去るのを見送っていた。


 だが、そんな何気ない行動が、上官と部下の生死を分けることになるとは、誰がわかっただろうか。


 ドオオオン! という爆発音が見張り台の真下から鳴り響いた。


 それはたった今、上官兵士が逃げ出そうと踏み出した階段の下あたり。


 そしてそんな壮絶な爆音と同時に、立っていることさえ困難なほどの激しい振動が城壁を襲う。


「なっ!?」


 不意の衝撃にバランスを崩す上官兵士。咄嗟に手を動かし何かを掴もうとするが、兵士しか使わない階段には、残念ながら手すりなどない。抵抗も空しく、ゴロゴロと斜面を転がる雪玉のごとく階段を転げ落ちていく。


「のわあああああ!」


 兵士という、戦いに身を置くものとは思えないほどの情けない声を響かせながら転がる上官兵士。しかも先ほどの爆発で運悪く階段の壁が崩落し、その勢いのまま壁外へと放り出されてしまった。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 上官の悲鳴が外の闇に消え、小さくなっていく。


 だが、それを悲しむ者は、この王都のどこにもいなかった。


ついに動き出した反乱軍。混乱するエメネア軍。

そして、その陰には暗躍する復讐者達の姿が……

って感じの回でしたww

前半は重く暗い雰囲気で、後半はちょっと軽い感じで、王都の混乱を描いてみました。

まぁ反乱軍の方はともかく、リオン君達の活躍は派手さと爽快感を出したかったというのが理由です。


そして、次回は作戦開始前のリオン君達の姿です。

ジェイグの心情もようやく出てきますが、ちょっと少なめです。

彼の生い立ちはもちろん考えていますが、今回の事件とは直接結びつかないので、ここではスルーです。

それに全員分の過去を出し尽くしちゃったら、第二章以降が不安……いえ、嘘です、何でもないです。

次回の投稿は、明日の22時過ぎです。


感想、ご意見、誤字脱字の報告等お待ちしております。

厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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