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求める強さ

「ハアッ!」


 疾風一閃。

 右手に握ったアルのショートソードがジェイグの左肩を狙う。


 斜めに振り下ろされた刃は、ジェイグが両手で構えた大剣によって難なく受け止められた。甲高い硬質な音を響かせながら、二つの剣が激しい火花を散らす。


 年齢の割に小柄なアルと、恵まれた体格に鍛え抜かれた筋肉を誇るジェイグでは一撃の重さには歴然とした差がある。力で押し切るのは不可能。


 だが受け止めたジェイグも、安易にアルの剣を弾き返すことはしてこない。

 なぜならアルの得物は一本ではないのだから。


「でやぁっ!」


 左手の剣を先ほどの剣戟とは真逆の方向から、切り上げられる。


 右の剣へ相手の意識を集中させてからの逆方向からの一撃。


 しかしジェイグは受け止めていたアルの剣を巻き込むような形で、握った大剣を扇を広げるように大きく回転させた。アルのバランスを崩すと同時に、続くアルの剣戟を下から掬い上げるようにかち上げる。


 二撃目も防がれバランスも崩された以上、アルは一度距離を取るべきだろう。今の状態で無理に攻撃を放っても、力で勝るジェイグに攻撃を弾かれればアルでは堪え切れない。力ではなく、手数の多さと、身軽さを活かしたフットワークで相手を翻弄するのがアルが最も得意とする戦い方だ。


 だが――


「クソッ!」


 アルは体勢を崩したまま、弾かれた右手の剣をがむしゃらに切り払う。


 当然そんな苦し紛れの一撃がジェイグに通じるはずもなく、あっさりとその手を掴まれた。その腕をジェイグの膂力りょりょくで引かれ、アルは抵抗することもできずに引き摺り倒される。


「ウグゥッ!」


 固い地面に背中から倒れたアルが、苦悶の声を上げる。


 どうにか痛みに耐えて起き上がろうとするも、ジェイグは一度できた大きな隙を見逃すような男ではなかった。鈍く光る大剣が眼前に突き付けられ、敗北を悟ったアルが悔しそうに顔を歪めた。


「クソッ」


 アルが感情に任せて地面を乱暴に叩く。起こしかけていた体が力なく倒れ、その拍子に土埃が少しだけ舞い上がった。


「なぁアル……お前少し焦り過ぎなんじゃねぇか?」


 相棒である大剣を背中に納めながら、ジェイグが気づかわしげな視線でアルを見下ろしている。


 そんなジェイグの言葉を受けたアルは、ジェイグの目から逃げるようにそっぽを向いてしまった。


「別に焦ってなんか――」

「いつものお前だったら、あんな無理な攻撃しねぇだろ。一度距離を取って体勢を立て直すはずだ」

「……」


 ジェイグの指摘に、アルは何も言うことができなかった。固い地面に横を向いて倒れたままである。


「まぁ最終作戦前で気が逸るのもわかるけどな。だからって焦って判断を誤るんじゃマズいだろ」

「……わかってるよ」


 拗ねたような口調で呟くアルに、ジェイグが呆れた様子で手を差し出す。


「だったらもう少し冷静になれよ。戦いの場では冷静に状況を判断するのが大事ってのは、リオンを見てたらわかるだろ? そりゃリオンみたいにとまでは言わねぇけど――」

「わかってるって言ってるだろ!」


 ジェイグの言葉を拒むように声を荒げたアルは、ジェイグの手を掴むことなく跳ね起きると、大きく地を蹴ってその場から飛び退る。そうしてジェイグと距離を取ると、再戦を求めるように双剣を構えた。


「次こそ絶対に勝ってやる!」


 興奮した様子で声を張り上げるアルに、ジェイグもどう声をかけていいかわからないのか、複雑そうな表情を浮かべている。しかし、結局かける言葉がみつからなかったようだ。

仕方ない、といった顔でジェイグも再び大剣を構える。


 それからしばらくの間、広々とした草原に剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響いていた。


 二人の訓練は苛烈を極めたものだったが、結局このあともアルがジェイグに一太刀を浴びせることはできなかった。




 強さ、力。

 それは男の子の憧れ。

 時には女性が強さや力を求めることだってある。


 力を求めるその気持ちの強さは人それぞれだが、小さな男の子がより強い人物に憧れを抱くというのは、どこの世界でもそう珍しいことではないだろう。


 その対象となる人物も人によって様々だろう。


 物語の中の登場人物。

 実在する英雄。

 あるいは身近な誰かということもあるだろう。


 強さを求める理由も人によって大きく違う。


 リオンやジェイグ、それにミリルが自分の夢の為に強くなろうとしたように。

 ティアやファリンが、大切な誰かと共に歩むために戦う力を求めたように。


 そして、五年前のあの日、六人が復讐のために強くなることを誓ったように……


 しかし、アルが強さを望んだのはあの時が初めてではない。

 孤児院にいた頃から、アルは強くなるための努力を欠かしたことはなかった。


 その理由を語るには、やはりアルこと、アルノートという少年の生い立ちを語る必要がある。


 アルは、エメネア王都から離れた場所にある、小さな村で生まれ育った。


 家族は両親の他に、姉が一人。


 アルの両親は商人で、王都や近くの町で仕入れた商品を村人に売り、村で育てた作物を王都で売ることで生計を立てていた。特別裕福というわけではないが、衣食住に困るようなことはない。夫婦仲や親子の仲も良好。たった一人の姉もアルにはとても優しく、アルもそんな姉のことが大好きだった。


 そんなどこにでもある普通の家庭。


 ただそんなアルの家族にも、一つだけ問題があった。


 子どもの頃から元気いっぱいだったアルと違い、アルの姉は生まれつき体が弱かったのだ。決して寝たきりとか、外も歩けないという程ではなかったが、ちょっと無理をすればすぐに体調を崩すくらいには病弱だった。


 アルがいたような小さな村では、子どもも立派な労働力である。五歳になれば、すぐに家業の手伝いをさせられるという家がほとんどだ。


 だが、体の弱い姉では普通の子どもの様に働くことさえできない。仕方のないことととはいえ、そんな姉の村での立場は決して良好なものとはいえなかった。


 両親は、そんな娘に辛く当たるようなことは絶対にしなかった。アルにするのと同じように、惜しみない愛情を注いでいたと、アル自身も理解している。


 だが、そんな姉に対して、村人の態度は酷く冷たいものだった。


 他の家の子どもが働き始めるような年になってからも、働きもせずに家で休んだり、両親の仕事を眺めているだけの姉は、周囲からは『役立たず』だとか『穀潰ごくつぶし』と蔑まれた。家の外に出れば、同じくらいの年の子どもに囲まれていじめられることもあったという。


 そこにはきっと少なからぬ嫉妬や羨望があったのだろう。


 商人であったアルの家とは異なり、農家である村人の家では働けない子どもを養う余裕がない者も多かった。そういった家では口減らしのために泣く泣く子どもを孤児院に預けたり、ごく稀に村に訪れる外国の奴隷商に子どもを売ることもあったので、体が弱くても普通に育てられているアルの姉が認められなかったのだろう。


 もちろんアルの姉や両親に非があったわけではないので、それはただの八つ当たりでしかないのだが……


 そんな境遇の姉を、子どもの頃から正義感の強かったアルが放っておくはずもなかった。姉の分まで家の手伝いを率先してやったし、姉がいじめられていれば駆けつけてその身を挺して姉を守った。姉をいじめる村の子どもと戦うために、アルは必至で強くなろうとした。「お姉ちゃんは僕が守る」がその頃のアルの口癖だったくらいだ。


 そうして年上のいじめっ子にも果敢に立ち向かい、時に返り討ちにされながらも戦い続けたアルは、同年代の子どもの中では一番の強さを手に入れた。


 これでお姉ちゃんを守れる。


 いじめっ子を撃退したアルはそう確信した。それはアルが五歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。


 だが、そんなアルの自信はそれからすぐに粉々に打ち砕かれることになる。


 とある日の夜更けのこと。


 何の前触れもなく現れた魔物の群れに、アルの村は蹂躙された。

 村には警護のための兵士もおり、最終的には魔物の群れは撃退されたのだが、その被害は村の三分の二に及んだ。


 そしてその中にはアルの家も含まれていた。


 魔物に襲われたアルの両親はアルと娘を守るために魔物に立ち向かい、そのまま帰らぬ人となった。アルは姉の手を引いて必死で逃げたのだが、病弱で体力のない姉がずっと走り続けられるはずもなく、二人は魔物に追い付かれた。


 逃げ道のなくなったアルは、それでも姉を守ろうと魔物に立ち向かったが、たかが五歳の男の子が魔物を相手に闘えるはずもない。


 小剣を持ったコボルトにあっさりと弾き飛ばされ、追い詰められたアル。


 倒れたアルに容赦なく振り下ろされるコボルトの剣。


 アルはその時、確かに自分の死を覚悟した。


 だが、その凶刃がアルの体に届くことはなかった。


 アルの小さな体に覆いかぶさるようにアルの姉が飛び込んできたからだ。


 ――やっとお姉ちゃんらしいことができた


 震える手で弟の体を抱きしめながら呟いた、その言葉が姉の最後の言葉だった。


 その後、駆け付けた警備兵に助け出されたアルだったが、最愛の姉を守り切れなかったという現実と、その仇すら討てなかった自分の弱さに打ちひしがれることになる。


 五年前のあの日、誰よりも仇討ちを強く望んだのは、そんな過去の傷が強く影響してのことだったのだろう。姉の最後の笑顔はアルの心に消えない傷となって残っていたのだ。


 そうして一人生き残ったアルは、保護してもらった警備兵の判断で黒ふくろうの家に預けられることになる。そして姉を守り切れなかった悔しさから、ひたすらに強さを求めるようになった。


 幸いなことに、黒ふくろうの家には元冒険者のリリシア先生がいた。ただ強さのみを求めることは、時に人間性を歪めてしまうこともあるが、先生やリオン達のお陰でアルは決して道を踏み外すことなく、真っ直ぐな少年に育ってくれた。

 

 そんな先生の指導によってアルは確かな強さを身に着けていくのだが……残念なことに、アル自身がそれを自覚することは少なかった。


 何故なら、孤児院にはリオン達年長者四人がいたからだ。


 彼ら四人は時にはアルの師となり、時に越えられない壁としてアルの前に立ち塞がった。


 特にリオンは、年がアルと二つしか違わないのに、圧倒的な実力の差をアルに見せつけた。リリシア先生もその才能を認め、何かあれば率先して孤児院の仲間を守ろうとするその姿は、まさにアルが追い求める理想そのもの。アルにとってリオンは、誰よりも尊敬する兄であり、自分が追い求める強さの象徴でもあったのだ。


 リオン達に付いて行こうとした理由も、自分の目標であるリオンの背中を追いかけたゆえのこと。五年前のあの日、刺し違えてでもと望んだ復讐を一度は思い止まったのも、リオンの言葉があったから。


 そんなリオンが指し示してくれた道をアルは真っ直ぐに歩き続けた。復讐のための訓練に死ぬ気で食らいつき、計画の資金集めの為に依頼も誰よりも率先してこなした。


 だがそれが、却ってリオン達四人との実力の差をまざまざと突き付けられる結果となってしまった。


 高い目標は時に自身の立ち位置さえも見誤らせる。アル自身はすでに一般の王国騎士の実力を凌駕しているのだが、それすらもアルにとっては何の慰めにもならなかった。


 そんなアルの劣等感は復讐計画が佳境に入るにつれて、より深さを増していくことになる。


 エメネアという一つの国を相手取るのに、正攻法は使えない。いくらリオン達が騎士を上回る力を手に入れたとはいえ、数で勝る王国騎士の全てを相手に戦えるほどではない。


 ゆえにリオン達は、エメネアに反意を抱いている集団、今では反乱軍となった連中を利用することにしたのだ。


 反乱軍にジェイグの作った武器や、ミリルの魔導具を安価で売りつけることでその勢力に力を貸す。そして、そいつらが決起する日に合わせて王城に乗り込み、王国騎士の目が反乱軍に向いている間に、孤児院襲撃を指示した国王を含む上層部の連中を暗殺する。


 それが最終作戦の大まかな内容だ。


 そのための役割は先日の会議でリオンが言った通り。リオンとティアが反乱軍との交渉と情報収集。ジェイグとミリルが武器や魔導具の製造。ファリンが王城内部の情報収集と魔導具の設置、最終作戦時に全員が王城へ忍び込む手助け。


 そんな中、アルはジェイグとミリルの手伝いをするだけ。特別な役割もないまま、雑用みたいな仕事をこなしていた。


 もちろんそれも重要な役割の一つなのだが、当然、アル個人の感情として納得のいくものではない。


 特に、唯一自分よりも実力の低いファリンが、危険な役割を忠実にこなし立派な成果を上げていることが、アルの焦りを深める一番の要因になっていた。


 最終作戦の日は近い。


 アルの焦燥は、日に日に強くなる一方だった。 


というわけで、アルこと、アルノート少年の生い立ちと心情でした。

アルはメインキャラ六人の中でただ一人、特殊な技術や才能のないキャラです。

まぁ他の五人のスペックが高過ぎるだけなんですが……

なので、それゆえの劣等感や葛藤をこれからも描いていけたらなぁと思っています。


次回はメインヒロインの話です。

いかにして彼女の恋愛メーターが振り切れたのか……とか、そんな話です。

ある意味、リオンの回でもあるのかも……


投稿は明日の22時過ぎを予定しています。

ただ、明日の執筆の進み具合によっては、二話くらい投稿するかもです。


感想、ご意見、誤字脱字の報告等頂けると幸いです。

厳しいご意見も真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

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