表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/119

本当の笑顔

 エメネア王城。

 エメネア王国王都の中心にあり、深い堀と高い城壁に囲まれた城。


 王都外壁と異なり、城壁には北門と南門の二つしかない。


 防衛上の目的によりそのような構造になっているわけだが、ここ数十年は特に大きな戦もなく平和な日々を過ごしていた。そのため仕事で王城に通っている東西の街に住む貴族にとっては、その構造は大変不便なものとなっていた。


 その王城へ続く門は、現在どちらも物々しい雰囲気に包まれていた。警護にあたる騎士たちの眼は剣呑な光を宿しており、口数も少ない。普段は顔パスに近い貴族の馬車も一つ一つに入念なチェックが行われている。


 検査を受ける貴族の方も重苦しい表情を浮かべている。


 貴族である自分が疑われているような状況は面白くはないだろう。だが王都内で貴族が立て続けに二人も暗殺されている。下手人の目星すらまだついていないが、殺された貴族二人はどちらも軍務卿の派閥の人間だ。他の貴族の勢力争いの可能性を考慮し、王城の警備が厳重になるのは当然のことだった。


 また、護衛についていた騎士たちも、一緒に殺されている。しかもその中には隊長の一人も含まれているのだ。同じ騎士である警備の者たちの心中は推して知るべしだ。


「問題ありません。どうぞお通りください」

「ご苦労」


 門の警備にあたる金髪の騎士、オルウェに労いの言葉をかけて、貴族の馬車は城内へ入っていった。そして、それと入れ替わるように騎士が一人、城の方から駆けてくる。


「オルウェ、交代だ」

「ああ、わかった」


 事務的な会話。いつもなら無駄口の一つや二つ交わす程度の気安さはあるのだが、今はそれもない。殺伐とした騎士たちの姿を見れば、とてもではないが冗談を口にできるような雰囲気ではないのだ。


 交代を告げられたオルウェは、それ以上は何も言わずに城の方へと戻っていく。このあとは騎士の詰所で少し休憩をしたのち、城内の見回りを行うことになっている。


 騎士や兵士、城内の使用人などが出入りする通用口を通って、オルウェが城内へと入った。通用口の付近は厨房や、兵士と使用人用の食堂などがあり、騎士の詰所はもう少し奥の方にある。


 途中、何度かメイドや兵士とすれ違ったが、彼らはその度に立ち止り、オルウェに向かって深々と礼をしてきた。


 騎士は貴族出身がほとんどであるため、敬われるのはいつものことなのだろうが、頭を下げるメイドや兵士の顔に不安が見え隠れするのは、最近の暗殺騒動で騎士全体がピリピリしているのを知っているからだろう。


 もともと騎士の中にはその地位を笠に着て、身分が下の者に横暴な振舞いをする者も多い。そこへきてこの騒動だ。騎士の不興を買うような真似はしたくないのだろう。


 そんな重苦しい雰囲気の中をオルウェは足早に通り過ぎ、周囲に誰もいなくなったところで、小さく息を吐き、小声で不満を漏らす。


「皆ピリピリし過ぎニャ~。あんな可愛いメイドさんにまで怖がられたら、ファリンちゃんの心は大ダメージニャ」


 さっきすれ違ったメイドが聞いたら、お笑い芸人張りのズッコケを披露しそうなことを平然と呟き、「まぁこれも自業自得ってやつかニャー」と呑気に猫語を喋るのは、もちろんオルウェ……ではなく、オルウェに変身したファリンである。


 昨日の会議でリオンに言われた通り、王城の内部を調査に来ているのだ。

 

 ファリンはこれまでにも数回、内部の人間の姿を借りて王城への潜入を果たしている。その目的は最終作戦に向けて、王城内部の構造を把握するためである。特に騎士の詰所や、暗殺の最終目標である王室の場所などは最優先で知る必要があった。


 これまでは全て、王城内の使用人やメイドなどに化けていたが、今回は騎士であるオルウェに変身している。


 すでに王城内の構図は頭に入っているので、今回の潜入目的は警備につく騎士の動きを調査すること。そして最終作戦時に使う魔導具の設置である。その目的のためには実際に警備の任に就く騎士に化けるのが手っ取り早い。また、警備巡回中に魔導具の設置も済ませてしまえるというわけだ。


 変身対象にこのオルウェを選んだのには、いくつか理由がある。


 一つはオルウェが地方の貧乏貴族の四男であり、王都にはオルウェに近しい親族が一人もいないことだ。


 ファリンは容姿も声もほとんどそっくりに真似ることができるが、完璧ではない。本当に親しい間柄の人物には、変身がバレてしまう危険性があるのだ。


 二つ目はオルウェの交友関係の中に獣人族がいないこと。


 もともと騎士の中に獣人族は多くはないのだが、それでも数人はいる。だがオルウェの部隊には幸運なことに獣人は一人もいなかった。


 変身魔術では匂いまでは模倣できない。ゆえに親しい人物の中に、匂いに敏感な獣人がいれば誤魔化しきれないのだ。

 

 そして、三つめ。


 オルウェは五年前の孤児院襲撃に関わっている。事前の調査で、騎士が王国の命で孤児院を襲撃したことはすでにわかっていた。その時はまだ、オルウェが直接手を下したかどうかまではわからなかったが、少なくとも何らかの関わりがあるのは間違いなかった。


 何故ならオルウェは、孤児院襲撃の二日前に孤児院を訪れた騎士の一人なのだから。


 あの時の二人の騎士の内、シューミットはすでに将軍の地位まで上り詰めているため容易に手は出せない。だがオルウェは貴族としての格が低いため、未だに騎士としての位は下級。貴族街に屋敷を構えるような人物でもないので、身辺調査も誘拐も簡単だった。


 そして一昨日の夜、リオンとミリルが仕事帰りのオルウェを捕らえることに成功。その後、二人が尋問した結果、オルウェも孤児院襲撃犯の一人だと分かった。


 孤児院襲撃の理由は、孤児院が国家反逆を企み、国の重要な情報を知ってしまったかららしい。おそらく本当の理由ではないだろう。一騎士に過ぎないオルウェには、真実は伏せられていたようだ。


 しかし、その理由を聞いたときは、さすがのファリンも腸が煮えくり返りそうになった。


 あまりにふざけた、根拠のない動機。そんな言い分を信じ、先生の、何の罪もない子ども達の命を奪った連中を許せるはずがなかった。


 当然、オルウェは全ての情報を聞き出した後にミリルが始末した。


(それにしても、やっぱり仇の姿に化けるっていうのは、あんまり気分の良いものじゃニャいニャ~)


 詰所での休憩を終え、城の廊下をオルウェらしい歩き方で進むファリンが内心で愚痴をこぼす。


 気配は探っているが、敵地の真ん中であまり素を曝け出すのも良くないので、気を緩めたのは最初の一瞬だけだ。さすがにオルウェの口から猫語が飛び出しているのを聞かれたら、おそらく一発でバレる。少なくとも、もう二日は潜入する必要があるのだから、不審な行動は厳禁なのだ。


(まぁこれも重要な役割ニャんだし、リオン達の為ニャ。ファリンちゃんは頑張るニャ!)


 人知れず自らを鼓舞するファリン。


 だが、ここで『仇討ち』や『死んでいった先生や子ども達』の為ではなく、『リオン達』の為と考えるところが、ファリンの心の内を如実に物語っていた。


 五年前のあの日、王国への復讐を誓った六人だが、その心の内はそれぞれ少し異なる。


 アルやミリル、それにジェイグは間違いなく復讐を望んでいただろう。


 ティアは多分、本心では復讐を望んでいないとファリンは思っている。それは復讐の是非とか人殺しへの忌避感ではなく、他の五人の身を案じてのことだろう。


 それでもティアが復讐に協力するのは、アルやミリルがもう止まらないことを理解しているから。そして愛するリオンの力になりたいという思いが、ティアの原動力になっているのだろう。


 リオンの本心はファリンでもよくわかっていない。


 五年前のあの日、ファリン達五人を復讐へと導いたのは間違いなくリオンだ。騎士やエメネア王国への憎しみも、仇討ちを望む心も、そして仲間を想う気持ちも、決して嘘ではないだろう。


 だけど、リオンの本当の願いはもっと別のところにあるのではないかと、ファリンは推測している。


 ファリンがそれに気づいたのは、ファリンが六人の中でも優れた洞察力を持っているから。


 そしてファリン自身も、復讐とは別の本当の願いを持っているからだった。


 黒ふくろうの家には多くの孤児がいた。


 孤児になった理由は様々だ。リオンやミリルのように赤ん坊の頃に孤児院に捨てられたり、預けられたりした者も多い。


 だが、その大半は物心がついてから孤児院に来ている。病気や事故などで親を失った者、魔物に親を殺された者、口減らしのために泣く泣く孤児院に預けられた者。六人の中では、リオンとミリル以外の四人がそうだった。


 それらの理由の幸、不幸を比べることなどしない。それぞれに心に傷を抱えているのは誰もが同じはずなのだから。


 それでもファリンの境遇は少し特殊と言えた。


 何故ならファリンが孤児院に来たのは、子どもにとって最愛の人物であるはずの親の、明確な悪意の末のことだったからだ。


 ファリンは親に捨てられたのだ。


 それも三歳という物心ついてすぐの頃に、人里離れた森の奥に置き去りにされるという最悪の手段によって。


 ファリンの両親がどういう経緯で、ファリンを捨てたのかはわからない。だが、幼い子どもを森に置き去りにするということが、どういう結果になるのか普通の大人がわからないはずがないだろう。


 つまり、それは「死んでしまえ」と言われたも同然。直接手を下すことをしなかったのが、親の悪意なのか、せめてもの善意なのか、それすらもどうでもよくなるくらいの明確な殺意だった。


 そうして幼いファリンは薄暗い森の奥で独りぼっちにされた。

 

 そして、それが三歳の子どもの心をどれだけ苦しめるかは容易に想像ができるだろう。


 周囲の暗がりから聞こえる得体のしれない鳴き声。


 道らしい道もない森の中をひたすらに歩き続けた。


 泣きながら母を呼び続けても、答える声はない。


 圧倒的な不安、恐怖、孤独。


 その果てにファリンは、自分が大好きな両親に捨てられたことに気付いてしまった。


 ――どうして?

 ――私が何か悪いことをしたの?

 ――だからお母さんもお父さんも、私を嫌いになったの?


 そんな悲しい疑問が、次から次へとファリンの頭に浮かび、ファリンの心を蝕んでいった。


 それからどれくらい歩き続けたかはわからない。


 もう全てを諦めてしまおうと思い始めた頃に、ファリンの目の前に救いの手が差し伸べられたのだ。


 その手はファリンより少し年上の子ども達のもの。当時はまだ七歳前後のリオン、ミリル、ティア、ジェイグの四人だった。


 どうやらその日はたまたまリリシア先生に狩りの仕方を教わるために、森の少し奥の方まで来ていたらしい。そこでミリルが狼の獣人としての嗅覚で、人間の臭いを感知し、ファリンの居場所を探り当てたそうだ。


 それは奇跡のような偶然。


 だが、確かにファリンの命はそこで救われたのだ。


 そうして衰弱したファリンは孤児院に運ばれ、そこで事情を訊かれた。両親の居場所はわからなかったし、何より幼い子どもを森に置き去りにするような親の下に、幼いファリンを連れていくような真似をリリシア先生がするはずもない。


 また、両親に捨てられたことを理解していたファリンも、親の下に戻ることを望まなかった。もし両親に会っても自分は拒絶される、また捨てられると考えると、帰ることができなかったのだ。


 こうして黒ふくろうの家で生活するようになったファリンだったが、やはり心の傷は深く、簡単に癒えるものではなかった。


 孤児院に来てすぐの子どもというのは、親を失ったショックから塞ぎ込むことが多い。泣き続ける者、癇癪を起して暴れる者、茫然自失になってしまう者など様々だ。


 だが、ファリンは違った。


 孤児院で暮らすことを決めた次の日から、ファリンは笑った。


 怒られた時以外は、何があってもファリンが笑顔を絶やすことはなかったのだ。


 そして、ファリンは常に周りの人間の顔色を窺っていた。


 先生やリオン達年上の言うことには何でも笑顔で従い、何か自分が粗相をしたり誰かの不興を買えば、まるで何かに取りつかれたように「ごめんなさいごめんなさい」と繰り返した。たとえ自分に非のないことがらであっても、それは変わらなかった。


 その笑顔の裏に見えたのは、隠しようない恐怖。


 ――何か悪いことをすれば、また捨てられるかもしれない。

 ――嫌われれば、あの暗くて恐ろしい森の中に置いて行かれるかもしれない。

 ――もう置いて行かれるのはイヤ

 ――ひとりぼっちはイヤ。


 そんな暗い感情を隠した、酷く悲しい笑顔


 だが、そんな歪な笑顔を浮かべるわずか三歳の女の子を、あのリリシア先生が、リオンやティア達が放っておくはずもない。


 リリシア先生が、時に厳しく、だけどそれ以上の惜しみない愛情と温かな優しさで包み込んでくれた。


 ティアは、ファリンとよく一緒に寝てくれた。ファリンが夢でうなされた時には、一晩中ファリンを抱きしめて、頭を撫でてくれた。


 ジェイグとアルは、よくイタズラや悪巧みにファリンを巻き込んだ。その度に先生やティアに怒られるので、ファリンは内心でビクビクしていたが、きっとジェイグは「こんなことで誰もお前を嫌いになったりしねえって」と言いたかったのだろう。気の遣い方が下手糞なのは昔から変わらないのだ。


 ミリルはぶっきら棒で最初はちょっと怖かったが、ファリンの好きなおかずをこっそり分けてくれたり、孤児院のお手伝いの仕方を丁寧に教えてくれる優しいお姉ちゃんだとすぐにわかった。


 リオンは、ファリンが何か失敗した時にはいつもフォローをしてくれた。ファリンが何か悪いことをしたときには、ファリンの眼を見て優しく叱ってくれた。そして、その後には必ずファリンの頭を優しく撫でてくれるのだ。


 両親に撫でられた記憶がなかったファリンにとって、その手からは本当の父以上に愛情を感じられた。お父さんみたい、と密かに思っていたのはリオンには内緒だが。


 そうして皆の優しさと笑顔に包まれて、ファリンの心は救われた。


 ファリンはリオンやティア達皆のことが大好きになった。


 だからこそリオン達が旅に出ることになって、また置いて行かれることが怖くて堪らなかった。たとえどんなことをしてでも付いて行こうと思ったのだ。


 そしてその願いは聞き届けられた。条件付きではあるが、リオン達と、大好きな人達とずっと一緒にいられる。そう思っていたのだ。


 先生が死んで、孤児院もなくなったあの日、ファリンの心の中にあったのは身を貫くような深い悲しみだけだった。騎士やエメネア王国が犯人だとわかっても、ファリンの心には憎しみも怒りも湧いては来なかった。


 だから、ファリンは別に仇討ちなど望んでいない。


 今のファリンが本当に望んでいることは、ただ一つ。


 ちっぽけで、ありふれていて、だけど何にも代えられない大事な願い。


 大好きな人達と、ずっと一緒に、心の底から笑い合いたい。

 

 ただそれだけだった。


 あの日からもう五年の歳月が流れている。事件の直後は暗い顔ばかりだった六人も、ようやく昔のようなやり取りができるようになってきた。少しずつ笑顔も見られるようになった。


 それでも、それは皆の本当の笑顔じゃない。


 傷ついたファリンの心を救ってくれた、あの大好きな笑顔じゃないのだ。


 ファリンにはわかる。


 だって、ずっとその笑顔に救われてきたのだから。


 ファリンは皆の本当の笑顔が大好きだ。


 ティアの穏やかで優しい笑顔が大好き。


 アルの無邪気で純粋な笑顔が大好き。


 ミリルのちょっと素直じゃないけど、本当はあったかい笑顔が大好き。


 ジェイグの豪快な笑顔が大好き。


 リオンの普段のちょっとクールな笑顔も、夢を語る時の笑顔も大好き。


 あの笑顔がもう一度見たい。


 そのためならファリンは何だってする。


(さってと~、それでは早速、ミリルお手製の魔導具の設置をはっじめっるニャ~)


 お道化た口調の裏に悲壮な決意を抱えて、ファリンは誰もいない王城の廊下の陰に魔導具を隠す。


 たとえ今度の作戦によって、何人の命が失われようとも。

 

 大好きな仲間の、本当の笑顔に出会える日を夢見て……


ファリンの決意編でした。

ファリンはメイン六人の中で一番空気が読める子です。

というより、今回描いた生い立ちのせいで、そういうのに敏感になっちゃったんですね。

ちなみに、ファリンが猫語を使うようになった明確な理由もちゃんとあったりします。

ただのキャラ付のためだけに使ってるわけじゃないんですよ~ww

まぁその話を描ける日が来るのはいつになるやら……


次回は魔導具大好きな狼少女のお話です。

狼少女って書くと嘘つきみたいに感じるのは自分だけでしょうか……

あ、別にあの子は嘘つきではありませんよww


感想、ご意見、誤字脱字の報告等頂けると幸いです。

批判なども真摯に受け止めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ