魔術と魔法
翔太がこの世界に転生してから、もうすぐ十二年の歳月が経とうとしていた。転生した翔太は赤ん坊の状態で、とある孤児院の前に置き去りにされていたらしい。
そんな翔太を拾って保護してくれたのが、孤児院の経営者であり、子ども達の先生をしている女性だった。
孤児院は親を亡くした子ども達を保護し、一人前に育てるために先生が建てたものだった。親を亡くした理由は病気や事故、戦争とさまざまだったが、そういった子どもが孤児院には何人もいた。
しかし中には親に捨てられた子ども多くおり、翔太のように孤児院の前に置き去りにされた子どもを拾うこともそう珍しいことではないらしい。実際、翔太のあとにも同じような境遇の子どもが何人か、孤児院で保護されている。
そうして孤児院『黒ふくろうの家』で生活することになった翔太は、新たに『リオン』という名を貰い、ジェイグを含む孤児院の仲間たちと新たな人生を歩むこととなった。
「それにしてもよ……」
「ん?」
いつものじゃれ合いを終えたリオンとジェイグは、新たな獲物を求めて森の中を歩いていた。そうして新たに見つけた獲物『ホロ鳥』を、リオンが風の魔法であっさり仕留めたところでジェイグが声をかけてきた。
「さっきの身体強化といい、今の属性魔法といい、本当にお前の魔法の腕前はやっぱスゲェよな」
「そうか?」
「そうだって。ガキの頃から一緒にいるけどよ、お前の魔法の腕には驚かされてばっかりだよ」
「まぁ、授業は真面目に受けてたし、鍛錬も欠かさなかったからな」
「それでもだよ。てゆーかお前、初めての魔力検査の時から凄かったじゃねぇか」
「ああ、まぁ……」
ジェイグの賛辞に、リオンは珍しく言葉を濁す。
地に落ちたホロ鳥の解体を進めながら、リオンは今の話に出てきた『魔力検査』のことを思い出していた。
あれはリオンの五歳の誕生日のことだ。
孤児院でささやかなパーティーが開かれ、仲間たちから祝福を受ける中、先生がプレゼントと一緒にハンドボールくらいの大きさの水晶玉を持ってきた。そしていつものような凛々しい笑みを浮かべて「魔力と魔法属性を調べる」と宣言した。
事前にジェイグたちから話を聞いてはいたが、いざその時が来ればリオンは心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
この世界には前世のゲームやアニメに出てきた異世界と同じように『魔術』と、そして『魔法』が存在していた。
『魔術』と『魔法』の大まかな違いは、魔力以外の媒介を必要とするかしないか。
魔術に必要な媒介には、主に『魔術陣』や『魔術文字』、『魔石』などがある。
『魔法』には、『身体強化魔法』と『属性魔法』があり、それぞれ主とする魔力が異なる。
『身体強化魔法』は、読んで字のごとく。自身の身体能力を強化する魔法であり、個々人が持つ魔力『アウラ』のみを用いる。強化できるのは運動能力だけでなく、視力や聴力、さらには思考速度も含まれる。
一方、『属性魔法』は、自然界に存在する『マナ』と呼ばれる魔力に、アウラで干渉することによって『八属性』と呼ばれる属性に該当する力を行使することができる。
『八属性』には『火』・『水』・『土』・『風』・『雷』・『光』・『闇』・『生』がある。どれも前世にあったRPGを思い浮かべれば、何となくイメージが湧くと思う。『生』だけ少々わかりにくいが、これも他の属性と同じくRPGでお馴染みの回復魔法だと思えばいい。植物とかの成長を促進する効果もあったりするが。
そして、この属性魔法だが、生物が持つアウラには生まれつき属性との相性が存在し、その属性以外の魔法は使えない。
精緻な思考を持たない魔物などは、ほとんどの場合、属性適性は一種だけだ。それに対して人間やエルフ、獣人などの生物は例外なく二種類の適性属性を持つ。
またその二種類の属性もそれぞれで強さが異なり、より適性の高い方を『第一属性』もう一方を『第二属性』と呼ぶ。
余談だが、他の属性に比べて生属性を持つ者の比率は極端に少なかったりする。これは、生属性だけが他と違い、マナではなく、植物や他生物のアウラに干渉するという性質を持つことが原因と言われている。生属性に適性のある者が生まれる割合は、およそ三百人に一人である。
人型の生物は量に個人差こそあるが、必ず体内にアウラを持っており、魔法も魔術も使うことができる。
と、ここまでが五歳の誕生日までにリオンが受けた説明なのだが……それを聞いたリオンは自分の適性属性を期待すると同時に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。
かつて自分が前世で見た異世界転生ものの物語には、そういった誰もが魔力や適性属性を持つ世界で魔力が無い、あるいは極端に少ないという事例が数多く存在したからだ。
物語の中では、そういった境遇の主人公たちは現代地球の兵器を異世界で再現したり、異世界では知るはずのない知識を用いた裏技を用いてヒャッハーしたりする。
しかし、残念ながらそれらの裏技も、とある理由によりこの世界では使用することはできない。
また、逆に魔力が強すぎたり、全属性に適性があるなどの、いわゆるチートと呼ばれる主人公もいた。そういう時も強過ぎる力の弊害で苦労したりするものだが、正直、それならまだ自分の加減次第でどうにかなるかもしれない。
だが、前者のパターンだった場合、空野翔太の第二の人生がわずか四年で詰んでしまう。
なにせこの世界では料理用の火をおこすコンロから、照明などの日常生活で使う道具ですら、ある程度のアウラを必要とする。
さらにはこの世界の職業の多くは適性属性によって、向き不向きが存在する。
たとえば、怪我の治療ができる『生』属性を持つ者が医療関係の職に就きやすかったり。
たとえば、火や鉱物を扱う鍛冶職には『火』や『土』の属性が向いていたり。
たとえば、漁師のおよそ八割が『水』属性を持っていたり。
つまりアウラがなければ、日本国憲法で定められているような健康で文化的な最低限度の生活さえ送ることはできなくなるのだ。
ここが人生の分岐点どころか終点になるかもしれない。リオンはそんな不安を感じながら鈍く光る水晶玉へと手を伸ばす。
その手が水晶玉に触れた瞬間、水晶玉は眩いほどの青と緑の閃光を順番に発した。それはリオンにアウラと適性属性が存在する確かな証。
第一属性は青の閃光で水属性。
第二属性は緑の閃光で風属性。
その結果にホッと胸を撫で下ろすリオンだったが、それも束の間のこと。直後に起きた出来事によって、場の空気もろとも凍り付くことになってしまう。
冷え切った氷の塊にお湯をかけた時みたいな嫌な音を発して、水晶玉の中から亀裂が走り、そのまま二つに割れてしまったからだ。
リオンも先生も孤児院の仲間も、皆一様に「は?」という感じの表情で、さっきまで水晶玉だったものを見つめていた。
自分の誕生会だというのに、何とも気まずい沈黙が流れる。
その場の空気に耐えられなかったリオンが、「えーと……す、水晶玉が古かったのかな~なんて……」といつになく軽い調子で呟いたのも仕方ないことだろう。
その声でようやく我に返った先生が割れた水晶玉を調べた。その結果わかったのだが、どうやらリオンのアウラはその水晶玉で検知できる量を超えていたらしい。
先生の説明を聞いたリオンは「あぁ、もしかしてチートパターンかなぁ」と内心で呟き、苦笑いするしかなかった。アウラがあったことはホッとしたが、正直嬉しさと困惑が半々といった感じだ。
だが結論から言うと、リオンのアウラは別にチートというほどのものではなかった。
というのも、検査に使われた水晶玉が実は魔力の少ない小さな子ども用のものであり、リオンのアウラはあくまで五歳の子どもにしてはかなり多い程度のものでしかなかったからだ。
それでも十分大したものらしいのだが。
ちなみに使われている水晶の大きさによって、検知できるアウラの量も異なるらしい。水晶も決してタダではなく、大きさによって当然値段も変わるので、必要に応じてサイズを選ぶ必要があるそうだ。
実に合理的かつ現実的な説明内容に「ファンタジーっぽくない」と内心でツッコミをいれたのは内緒だ。
そして数日後、先生が新しく買ってきた水晶玉で再度測定をした。結果、リオンは五歳の時点で、すでに魔法騎士学校に入学できるだけのアウラを持っていることが判明した。
この国の教育課程は、初等学校には六歳から入学が可能で、初等・中等・高等とそれぞれ三年間通うことができる。初等及び中等学校では文字や算術などの他に、簡単なアウラの使い方などを習う。しかし義務教育ではないので、金銭不足などの理由で通えない子どもの方が多い。そういった子供でも最低限の魔力運用くらいは親に習うが。
孤児院には残念ながら子ども達を学校に通わせるほどの金銭的余裕はなかったが、その呼び名の通り、先生が最低でも初等学校卒業程度の勉強は教えてくれた。
特に魔力運用や魔法に関しては、元一流冒険者の先生直々に指導してくれるため、その授業の質は結構高い。
ちなみに高等学校からはその適性に合わせて、魔法騎士、魔術、政経など、それぞれの分野の学校へと進む。魔法騎士学校に通うには、規定以上のアウラの量と魔法の実力という二つの条件が必要なのだが、リオンはその条件の片方をこの時点で既にクリアしていたことになるのだ。
なお、リオンの才能を喜んだ先生のテンションが上がった結果、リオンが参加してからの魔力操作の授業時間と宿題が増えた。そのせいでしばらくリオンは、同世代の連中から涙まじりの非難の視線を浴びるはめになった。
「そんなこともあったなぁ」
ジェイグが懐かしそうな表情で、そう呟く。ジェイグはリオンと年が近いため、先生の魔法授業と宿題がフィーバーした被害を被った人物の一人なのだ。
「そういえば……」
「あん?」
その頃のことを考えていてふと、リオンはとある事実を思い出した。
「たしか宿題が増えた腹いせに、お前にヘッドロックと絞め技かけられたよな」
「うぐっ、よ、余計なことまで思い出しやがって」
苦虫を噛み潰したような表情で、ジェイグが小さく呻く。どうやらリオンに八つ当たりしたことに、少なからず罪悪感を覚えていたようだ。
もっとも、今、この時のリオンにとっては、ジェイグの罪悪感とかそんなことはどうでもいいのだが。
「いやぁあれは実に痛かったなぁ」
「おい、昔を懐かしむような顔と口調で、何故俺の肩を掴む?」
「せっかくだからな。昔から世話になった兄貴分に、俺の成長したヘッドロックを味わって貰おうかと思ってな」
「待て待て待て待て! あれは幼い子どものちょっとしたおふざけで――」
「ヘーッドローック」
「あぎゃああああああああ! ちょっ、マジでミシミシいってるから! 頭から聞こえちゃいけない音がしてるからあああああああ!」
「見てくれ、兄さん。これが弟の成長の証だ」
「あがあああっ! イタイイタイっ! おい、身体強化はマジでシャレになんねぇって!」
「安心しろ、俺の力はまだまだこんなもんじゃない」
「それ安心どころかただの死刑宣告だろ! って、ぐああっ割れる割れる割れるうっ! 俺の頭があの時の水晶玉みたいに割れちゃううううううううう!」
昼下がりの森の中に、ジェイグの悲痛な叫び声が木霊する。
その声を聞いた野生動物たちが怯えて巣に隠れてしまったため、このあとの狩りが非常に困難を極めるものとなったのだった。