決意
孤児院を離れた六人は、王都と孤児院からちょうど等距離にある河原で、その身を休めていた。ここまでの道は月明かりと、ティアの光魔法でどうにかなった。
すっかり夜も更けてしまっている。今から王都へ入ろうとしても、外壁の門は開かない。仮に入れたとしても、今、王都へ戻るのは危険な気がした。
(孤児院が襲撃された理由はわからない……だがあの場で俺達が襲われなかったことから、少なくともあの時にはすでに襲撃者はいなかった。もし、襲撃者が俺の想像通りなら……何の考えも無しに王都に戻るのは危険すぎる。最悪、王都に戻ったところを待ち伏せされている可能性もありえるか……)
外も魔物が出ることを考えれば安全とは言い難いが、そこはリオンが見張れば済む話だ。あまり王都から離れすぎると魔物も危険なのが増えるが、これくらいの距離なら大丈夫だ。今はまだ夏なので、寒さで凍え死ぬようなこともない。野宿も問題ないし、一晩くらいなら寝ずの番をしても大丈夫だろう。
野宿をするなら、本来は焚火でもするべきなのだろう。魔物や動物除けにもなるし、いくら夏とはいえ、やはり夜は少し肌寒い。服に付加された温度調節の魔術で少しは体温を保てるので、リオンとジェイグの上着はアルとファリンに貸している。野営の準備なんてしていなかったので、暖を取るための道具もなかった。
しかし、あんなことがあったあとに、今この場で火をおこす気にはとてもなれなかった。
皆、疲れているはずなのに、誰も眠りに就こうとはしない。ここに来るまでも、着いてからも、誰一人口を開くことはなかった。
眠れもせず、だからといって何かする気にもなれない。川のせせらぎとたまに聞こえる綺麗な虫の声も、この場を支配する重苦しい沈黙の中では耳障りなノイズにしかならなかった。
「なぁ、孤児院を襲ったのって誰なのかな?」
膝を抱えて座るアルの声が、六人の間に流れる静寂を破った。月明かりに照らされるアルの瞳には、どこまでも空虚な闇が漂っているような気がして、リオンは思わず息をのんだ。
「……それを知ってどうする気だ?」
何とか絞り出すようにリオンは声を出す。
「決まってるだろ? 死んでいった先生やチビ達の仇を取るんだ」
アルの言葉に、ティアが小さく息を飲むのが分かった。
(やっぱり、そうなるのか……)
眼を見れば、アルがどうする気なのかはすぐにわかった。それでも聞かずにいられなかったのは、それを望んでいるのがアルだけではないこともわかっていたからだ。
ミリルは間違いなくアルと同じ気持ちだろう。一度は落ち着いたはずの怒りが、瞳の奥にはっきりと燃え上がっているのがわかる。
「俺も先生たちの仇は取りてぇ……だけどよ、お前らに危ない真似をさせるのは……」
ジェイグは皆に危険なことをさせたくないと思っているようだ。それでもはっきりと反対しないのは自分もそれを望んでいるから。その顔には迷いの色が見える。
ティアとファリンは、怒りや憎しみより悲しみの感情の方が強いのかもしれない。仇討ちという言葉を聞いても、揺れる瞳に映るのは不安と悲しみだけだった
(どうする……もし襲撃者の目星がつけば、アルは一人でも仇を討ちに行くだろう。それがどんな相手であろうと……)
確証はないが、疑わしい連中なら確かにいる。だがそれを、今ここでアルに伝えるべきではないだろう。
そう結論したリオンだったが、返答に窮しているそのわずかの間に事態は動いた。
リオンと同じ疑念を持ち、リオンとは別の結論に達した者がいたからだ。
「あたしは王国騎士が犯人だと思う」
ミリルだ。確証が無い結論を、確信に満ちた口調で告げる。
「騎士が……そういえば、一昨日の夜に孤児院に来てたな。けど、あいつらがどうして?」
「理由なんて知らないわよ。ただあいつらが孤児院に来た理由は、やっぱり不自然だった。それに盗賊が出たことなんて今までにも何度かあったのに、孤児院に騎士が来たことなんて一度もなかった。なのに、それが襲撃の二日前にだけ来るなんて偶然なはずがないわ」
アルの疑問に、ミリルが淡々と、だがはっきりとわかる憎悪の宿した声で答える。
「それにあの先生を倒すなんて、そこら辺の盗賊や冒険者なんかには無理だもの。いくら子ども達を守りながらだとしてもね。けど、王国騎士ならそれができる。騎士の中の実力者が来たのか、複数で襲ったのかはわかんないけど」
ミリルの推理は全て状況証拠によって組み立てられたものだ。だが、その推理を否定できる材料はない。
それでも……先生に皆を託された以上、二人をこのまま行かせるという選択肢はリオンにはなかった。
「落ち着け、二人とも。仮に王国騎士が犯人だったとして、それをどうやって証明する? それに一口に王国騎士と言っても、その数は千を超える。その中からどうやって実行犯を見付けるつもりだ?」
騎士犯人説を否定はできない。ならば復讐自体を止めるしか、二人を思い止まらせる方法はなかった。
「孤児院に来た騎士の顔は覚えてるわ」
「あの二人が実行犯とは限らないぞ」
「孤児院に来ている以上、二人のうちのどちらかは確実に襲撃に関わっている。直接、間接の違いはあるかもしれないけど。なら、あいつらを捕まえて直接聞けば――」
「返り討ちにされるだけだ」
ミリルの言葉を遮るように、リオンが断言する。
リオンもあの時の二人の騎士のことはよく覚えている。特に年配の方の印象は鮮明だ。
鍛え抜かれた肉体。ただ歩いただけでも、その姿からその戦いの歴史をまざまざと感じさせられた。そして強者だけが放つ濃密で重厚なオーラ。
今のリオンでさえあの男には敵わないだろう。そんな相手にミリルが、ましてやまだ幼いアルが敵うはずもなかった。
「それに一人でも騎士に手を出せば、エメネア王国そのものが敵になる。そうなれば復讐どころか、逃げることさえできない。死にに行くようなものだ」
それに、騎士が犯人であれば、当然この事件にはエメネア王国の上層部も関与している。国という強大な敵を相手にするには、今のリオン達ではあまりに弱く小さい。大した力もない子ども六人が、何の策もなく挑んでどうこうできるような敵ではなかった。
ミリルもそれがわからないほど、冷静さを欠いているわけではないようだった。リオンの言に、苦虫を噛み潰したよう顔で押し黙っている。
「先生を殺した連中が許せないのは皆同じだ。だが、怒りに任せて動いてもただ犬死するだけ――」
「それでもオレはやるよ」
リオンの説得に噛みつくように、アルが宣言した。
「アル……お前……」
「オレはやる。先生やあいつらの仇を取るんだ」
「無理だ。俺達六人で挑んだって無理なものを、お前一人で何ができる?」
「そんなのやってみなきゃわかんないだろ!?」
興奮した様子で捲し立てるアル。その眼は深い憎しみと怒りの炎で虚ろに揺れている。
「わかるさ。先日の騎士のどちらを相手にしても、お前では絶対に勝てない。捕まるか、殺されるだけだ」
「それでも……それでもオレは、何もせずにジッとしてなんていられない!」
「……死ぬと分かっていてもか?」
「死んだって構うもんか! たとえ刺し違えてでも、あいつらを――」
噛みつくように叫ぶアルの言葉は、最後まで放たれることはなかった。
言い切るよりも前に、それを遮った者がいたからだ。
パシンッと乾いた音を響かせて、ティアがアルの頬を叩いた。
「ティア姉……?」
「バカなこと言わないで!」
ティアにしては珍しい、激しい興奮した口調。だが、その声とは裏腹に、その青い瞳は悲しい色を映して揺れていた。
ティアのそんな様子には激昂していたアルもさすがに驚いたのか、叩かれた頬を押さえて呆然としていた。
「死んでも構わないなんて言わないで! そんなこと先生やあの子達が喜ぶわけないでしょ!?」
「でも……でも、オレは……」
「私達だって同じよ! もう誰にも死んで欲しくない! もうこんな悲しい思いしたくない!」
ティアの白い頬を伝って、涙が零れ落ちる。まるでアルやミリルの憎しみの炎を消し去ろうとするように。
「あなたは……あなたはこれ以上私達に、家族を失う苦しみを味わえって言うの?」
「ティア姉……」
ティアがアルの小さな体を抱きしめる。
どこにも行かないで。
そう伝えるように。
強く、強く……
「お願い……皆がいなくなったら、私、もう耐えられないの……だから……」
抱きしめられた腕の中で、アルの体が震えているのが分かる。
「でも、オレ……オレは……」
アルが嗚咽をもらしながら、ポツリポツリとその胸を苛む苦しみを吐露する。
「……オレも耐えられないんだよ……先生を、あいつらを殺されて……悔しくて、悲しくて……皆を殺した奴らが憎くて堪らないんだ。このままジッとしてたら、オレは……オレは……」
ティアの願いを聞いて、涙を見て、それでも消えない憎しみの炎。
仇の全てを燃やし尽くさない限り、それは地獄の業火のようにアルの心を焦がし、焼き尽くしてしまうかもしれない。アルが壊れてしまうかもしれない。
そして、それはミリルやジェイグも同じ……今は落ち着いていても、心の内に押し込んだ憎悪や憤怒は、いずれ二人を復讐に駆り立てるだろう。
どちらかの願いを聞き入れれば、どちらかの心が壊れる。
まるで天秤の両側に皆の心を乗せているように、どちらかが沈む方を決めなければならないのだろうか。
(そんなことがあってたまるか。先生に皆を頼まれたんだ。そんなふざけた結末を認めるわけにはいかない!)
リオンは脳裏を過った最悪の未来を否定するように、力任せに拳を握りしめる。
全員の心を救うためには何をすればいいのか。
誰も失わず、誰の心も壊れない結末。
それがいかに難しいかは理解している。
それでも絶対に諦めるわけにはいかないのだから。
「ねぇリオン……あんたはどうしたいの?」
どれくらいの時間が経ったのか。
リオンの顔色を窺うようなミリルの声に、リオンは思考を中断し、ミリルの視線を受け止める。
「さっきから色々言ってるけどさ……肝心のあんた自身の気持ちをまだ聞いてないわ」
(俺の、気持ち……?)
ミリルの問い掛けは、リオンにとっても想定外のものだった。
(俺はどうしたいのか、か……)
思えば先生の願いや、皆の願いを考えはしても、自分のことについては何も考えていなかった。その事実に気付かされ、今更ながらリオンは自分の内面に向き合う。
(俺はどうなんだろう……確かに犯人を憎む気持ちはある。殺せるというなら、確実にこの手で殺しているだろう。だが、こいつらに死んで欲しくないというのはティアと同じだ。自分や皆の命を賭けてまで、復讐を願っているわけではない)
これでは先ほどまでと変わらない。
結論の出ない堂々巡り。
(なら、俺の願い、望みは何だ。俺はこれからどうしたい?)
先ほどのミリルの問いを、心の中で繰り返す。
そうして半ば無意識に、リオンは空を見上げていた。
それは自分の内面と向き合う時のリオンの癖。
答えを空に求めるように、広い空を眺める。
そこにはいつも見上げていた満点の星空。地球と似ているようで、だけど星の配置や月の周期などが異なる夜空。昨夜もジェイグと二人でこの空を眺めていた。
だが昨日も見たはずの夜空は、今は何もかもが違って見えた。
たった一日……たった一日でリオンを取り巻く状況は変わってしまったのだ。
それでも……
それでも変わらないものは、確かにある。
(俺の、願い……望みは……)
永い沈黙。
誰もがリオンの答えを静かに待っている。
そうしてゆっくりと顔を下したリオンが口にした答えは――
「仇を……討とう」
アル達と同じ復讐を望むものだった。
その答えに全員が驚きの視線を向けてくる。
もっとも、その内に感じた思いはそれぞれ違っているだろうが。
「あんたはそれでいいの?」
「ああ」
短い返答。だが、それでリオンの覚悟は伝わったようだ。
「リオン……」
アルを抱きしめたまま、ティアが縋るような視線を向けてきた。そして嫌々をするように、首を振る。リオンに思い止まるように、訴えてくる。
そんなティアに、リオンは心配いらない、と言うように小さく笑みを返した。
「けど、それは今じゃない」
「……どういうことよ?」
リオンの真意を計りかねた様子でミリルが怪訝な表情を浮かべる。
「今のままの俺達じゃ、仇を討つどころか簡単に返り討ちにされるだけだ。俺達は弱い。望みを叶えるだけの力も策もない。だから今は堪えて、強くなるために時間を使おう。奴らを倒して、全員が生き延びる。そんな策を考えるんだ」
一人一人の眼を見て、リオンは自分の想いをぶつける。
「時間はかかるかもしれない。だけど俺達は一人じゃない。六人がそれぞれ自分にしかできない特技を持っている。そんな俺達なら絶対に仇を討つ手があるはずだ。だから……」
そこで、リオンは言葉を区切った。全員の顔をぐるりと眺めて、もう一度リオンの答えを口にする。
「仇を討とう。そして、全員で生き残るんだ」
リオンの言葉に、少しの間五人は、それぞれが何かを考えるような表情を浮かべた。
そして数秒の沈黙ののち、全員が覚悟を決めた視線を返してくる。
こうして六人の思いは重なった。
全員が生きて、復讐を終える。
その願いを叶えるために……
と、いうわけで、復讐という血塗られた道を歩くことを決めたリオン君達ですが、
このサイトでたまにある復讐ものみたいに、ドロドログチャグチャな、
ねちっこい復讐をするつもりはありません。
それにこの小説の主題は復讐では、絶対にありません。
あくまで第一章の戦いが復讐なだけです。
なので、サクッと、とまではいきませんが、六人の心情を中心に、
割とライトな感じでリオン君達の戦いを描いていくつもりです。
あと、なろうコンもあるので、せめて一章くらいは終わらせたい。
それに、気が早いですが第二章の構想もできてるので、
早く一章終わらせて、また六人の明るいドタバタも書きたいんです!
次は異世界転生ものらしく、六人に無双させたいんです!
というわけで、その勢いのまま明日は二話投稿します。
次回の話は五年後。リオン君達の復讐劇の始まりです。