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炎の中で……

初めに言っておきます。

この回は前々から言っていた重い展開、鬱展開です。

苦手な方はご注意を……

 信じられなかった。


 信じたくなかった。


 これまでに何度も通った道を走り抜けながら、何度も「違う」と呟き続けた。


 そう思っていれば、何かが変わるかもしれない。


 この道を抜ければ、孤児院以外の別のどこかが燃えている光景があって、子ども達を避難させた先生がその火を消そうとしている。リオン達がそれに合流して、消火すれば終わり。またいつもの孤児院の日常が続く。


 そんな願いを抱き続けた。


 込み上げて来る不安を必死に押し込めて……


 そうやって走り抜けた先でリオン達が目にしたもの。


 それは真っ赤な炎に包まれる黒ふくろうの家。


 月以外の明かりのない闇夜で煌々と燃え上がるその業火は、その圧倒的な存在感に反してどこか別の世界にあるように現実感がなくて――


 だけどその熱さも、いつもの面影がまだわずかに残る孤児院も、全てが現実で――


 この全てが夢であればいいというリオン達の思いを嘲笑うように、炎が高々と燃え上がっていた。


「ウソ……どうして……」

「くそっ、何がどうなってやがる!?」

「黒ふくろうの家が……オレたちの家が!」

「燃えてる……全部、燃えてる……」


 リオンに追い付いたティア達が呆然と炎に包まれた孤児院を見つめていた。


 リオンも辿り着いた瞬間は、他の五人と同じように呆然としていた。だが、今は我に返り、視覚や聴覚を魔法で強化して周囲の様子を懸命に探っている。


(先生は? 周りにチビ達の姿は……)


 もしもリリシア先生が全員無事なら、どこか近くにいるはずである。仮に全員の避難が完了していないとしても、何人かは逃げ出しているはず。火が燃え広がる危険性のある林の方に逃がすはずはない。先生が子ども達を逃がしたなら、リオン達のいる正面側にいるか、王都から真っ直ぐに向かってきたリオン達とどこかで鉢合わせているはずなのだ。


 だが……


「ねぇ先生は? 先生がいないわ! チビ達の姿も!」


 リオンの次にその事実に気付いたミリルが、辺りを見回して泣きそうな声を上げる。


 その声で我に返った他の四人も、ミリルと同様にわずかな望みに縋るように、周囲に人の姿を探す。


「まさか、まだあの中に……」


 ティアが震える声を漏らしながら、燃え盛る孤児院を見つめる。その顔は青褪めているのか、それとも血の気が引いて真っ白になっているのか。赤く燃え上がる猛火に照らされて顔色はわからない。だが、その顔が深い絶望に染まっているのは誰の眼から見ても明らかだった。


「そ、そんなはずないニャ。きっと皆、逃げ出してどこかに隠れてるニャ。大声で呼んだら、きっと皆出てくるのニャ」


 いつもの猫言葉でファリンが明るい声を出す。そうして、燃え盛る炎の音に負けないくらいの大声で皆の名前を呼ぶ。だがその言葉と態度とは裏腹に、その声ははっきりと震えていた。頭の中にあるその可能性を受け入れてしまえば、それがそのまま事実になってしまうとでも思っているのかもしれない。


 だから、必死に否定する。


 頭では理解している事実を、心が拒絶する。


 だがそんな心を打ち砕くように、残酷な現実が牙を剥いた。


「――にげ……ろ……」


 それは本当に小さな声だった。


 轟々と燃え上がる業火の音に掻き消されそうになりながらも、それでもはっきりとした音として、リオン達の耳に届いた。


 燃え盛る孤児院の中から……


「先生!?」


 その声が届いた瞬間、ミリルが弾かれるように走り出した。


「ミリル!? くそっあのバカ!」


 血相を変えて跳びだしたミリルを、リオンとジェイグが追いかける。


 今にも崩れ落ちそうな孤児院に入っていくなんて自殺行為だ。先生のことも心配だったが、今はなんとしてもミリルを連れ戻さなければならない。


 そんなリオン達の焦りに気付かないまま、ミリルは孤児院の玄関扉があった場所から中へと跳び込んでいく。


「ジェイグ! あのバカを無理やりでも引きずり出すぞ!」

「わかってる! ああくそっ! 普段は頭良いくせに、こんなときにあっさりと暴走しやがって!」


 手のかかる妹に悪態をつきながらも、リオンとジェイグも後を追って孤児院へと跳び込んでいく。


 そして、二人は同時にそれを目にした。


「……先生?」

「……ウソだろ?」


 そこは無慈悲に焼け爛れた、見慣れたはず孤児院の玄関。その少し奥には、炎の中で膝をついて泣き叫ぶミリルが。そしてそのミリルの目の前には――


――胸から血を流し、下半身を瓦礫に潰されたリリシア先生の姿があった。


「っ、ミリル! 先生!」

「先生!? 先生!」

「イヤァ! そんなのイヤだよぉ!」


 ティアとアル、それにファリンも後を追って孤児院に入ってきた。それぞれが悲痛な声を上げて、立ち尽くすリオンとジェイグを追い越し、ミリルと先生の傍へと走っていく。


 驚くべきことにリリシア先生はまだ意識があった。瓦礫に潰された下半身や、胸についた傷からは夥しいほどの血液が流れているはずだが、確かに意識があったのだ。


 冒険者として培った魔力と体力のお陰だろうか。それとも燃え盛る炎が、前世の医療道具のように傷口を焼くことで血が止まったのか。医学にそれほど詳しくないリオンにはその理由はわからない。


 だが、リリシア先生はゆっくりと目を開けた。


 弱々しいが確かに光の宿った目で自分の許へ集まった子ども達を優しく見つめている。


 それが、幸運なことかどうかはわからないが……


「お前、達……無事、だったんだな……良かった……」

「喋らないで先生! ティア! 早く回復魔法を!」

「わかってる!」


 今にも消えてしまいそうな声で皆の無事を喜ぶリリシア先生。ミリルがその声を遮るように叫び、ティアに助けを求める。


 ティアはミリルの隣に膝をつき、先生の胸に両手を伸ばした。白く淡い光がティアの両手から放たれ、先生の胸へと吸い込まれるように消えていく。


 これが、回復魔法。生属性を持つ者だけが使える癒しの力。


 ティアの魔力を全開にして治癒を施せば、大抵の傷は治る。それはリオンも幼い頃に経験しているし、あの時よりもティアの魔力も技術も格段に上がっている。


 だがそんな回復魔法でも治せない傷はある。


 致命傷。


 どんなに治癒を施しても、間に合わないだけの傷。


 胸元の傷はかなり深い。下半身は瓦礫に埋もれて傷の状態はわからないが、瓦礫の量を見る限り、おそらく瓦礫の下の体は見るも無残な状態になっているだろう。


 すでに手遅れ。


 先生はもう……


 ティアもそれはわかっているはずだ。この中で誰よりも医学に詳しく、何人もの患者の傷を治療してきたのだから。


 それでもティアは、自分の知識や経験を否定するように、必死に治癒を続けていた。


 ミリルは先生の手を握り続けている。アルとファリンも先生の体に縋りついて、その名を呼んでいた。ジェイグは先生に圧し掛かる瓦礫を、大剣を使ってどうにか持ち上げようとしている


 そんな風に誰もが取り乱し、泣き続ける中、リオンだけはその現実を冷静に受け止め、自分たちが置かれている状況を整理していた。


(とりあえず、風の属性魔法で火と煙は防いでいるが……マナの量にも限界がある。長くはもたないだろう。いや、それより先に孤児院自体が崩れるのが先か?)


 状況を分析するも、打開策は見えない。


 焦燥が胸の奥から次々と込み上げてくるが、それでもリオンは思考を止めない。


「……子ども達は? ……向こうに……いた……子ども達は……無事、か?」


 リリシア先生が孤児院のリビングに繋がる扉へ視線を向けて訊ねてきた。


 その声で我に返ったリオンが、横たわる先生の傍を離れ、リビングへと足を踏み入れる。


 そして……


(っ!)


 思わず声が漏れそうになるのを、寸でのところで抑えつける。


(くそっ……誰が……誰がこんなことを!)


 リビングに入ったリオンの姿は、廊下にいる先生たちには見えない。


 だからこそ、リオンはこのリビングを出るまでに心を落ち着けなければならなかった。


(落ち着け! 心を落ち着けるためのトレーニングはいつもやっていただろ! 今は急いで先生の所へ戻らないと……)


 煙や熱気を吸い込まないように風と水の魔法を使って、リオンは一度深呼吸をする。わずかに落ち着きを取り戻したリオンは、リビングの惨状を誰にも悟られないように、表情を取り繕ってリビングを後にした。


「リ、オン?」


 リビングの様子をずっと窺っていたのだろう。あの気丈な先生が、初めて見る不安そうな表情でリオンの言葉を待っていた。


 その視線を受け止めたリオンは、わずかに笑みを浮かべてリリシア先生の瞳を見つめ返す。


「向こうに子ども達の姿はありません。部屋も見ましたが、そこにもいませんでした。おそらく全員外へ逃げたんでしょう。林の方に逃げたのかもしれないので、あとで必ず見つけて保護します。安心してください」


 ゆっくりと、用意しておいた言葉を全て言い切った。


(声は震えていない……誰にも気づかれてはいないはず……)


「そう、か……良かった……」


 先生が安心したように笑みを浮かべて、大きく息を吐く。


 そんな先生の姿を見ても、リオンは決して気を抜かない。


(絶対に、最後まで気付かせるわけにはいかない……)


 外で聞こえた先生の「逃げろ」という声は、孤児院にいた子ども達に向けられたもの。リオン達が来た時の先生の状態を見る限り、朦朧とする意識で「逃げろ」とひたすらに繰り返していたのだろう。自分がこんな状態になっているのに、助けを求めるでもなく、痛みに呻くのでもなく、ただ一心に子ども達の無事を願い続けていたのだ。


 そんな先生に……その最後の瞬間に……残酷な真実を知らせるわけにはいかない。


「お前、達も……早く、逃げろ……」


 今度はこの場にいる六人に向けて発せられた言葉。


 逃げろ、とはすなわちリリシア先生置いて行けということだ。


 先生もとっくにわかっているのだろう。


 自分がもう、絶対に助からないということを……


「イヤよ! 逃げるなら先生も一緒に――」

「頭の良い、ミリルなら……もう、わかってる、はずだ……私は、もう……助からない」

「そんなことない! 絶対……絶対に助けるから!」


 そう叫んだミリルは、先生の手を離して立ち上がると、瓦礫に挑み続けるジェイグの助勢に入る。


 リリシア先生の言葉を否定するように、ティアの放つ魔法の光が強さを増す。すでに最大限の魔力を放っているはずなのだが、それを意思の力で無理やり強めているのだろう。


 だが、それでもなお先生の傷は治らない。


 ジェイグも必死で瓦礫を動かそうとしているが、複雑に重なり合った瓦礫は、下手に動かせば更なる崩壊を招きかねない。ゆえに慎重にならざるを得ず、その作業はほとんど成果が見られなかった。


 アルとファリンは相変わらず先生の傍を離れようとはしない。他の三人に比べてまだ幼い二人が、こんな場面で冷静になれるはずもなかった。


(どうする……せめて瓦礫をどかして先生の体を引き出せれば、少なくとも全員が外に出ることはできる。だが、あの瓦礫が動かせるとは思えない。万一動かせたとしても、その拍子に他のところが崩れないとも限らない……)


 必死に頭を回転させ、打開策を探すリオン。


 だが、その中でふと視線を感じて、その視線を辿る。


(先生……)


 床に倒れたままの先生が、何かを訴えるような視線でリオンをじっと見つめていた。


 リリシア先生はリオン達のことを誰よりも知っている。だから気付いていたのだろう。


 ただ一人、リオンだけが冷静にこの状況を理解し、それを打開しようとしていることに……


 だからこそ、先生はこう言っているのだ。


 「自分を見捨てろ。そして全員を力づくでも連れ出せ」と。


(本当に……先生はこんなときまで皆の先生なんですね……)


 そんな先生の……愛する母であり、誰よりも尊敬する恩師の最後の願いを――


(叶えられなきゃ、俺はもう二度と先生を先生とは呼べない!)


 リオンは先生の眼を真っ直ぐに見つめて、力強く頷いた。


 それを確認した先生は確かに微笑んでいたような気がするが、すでにその時にはリオンは顔を上げて、次の行動に移っていた。


「ジェイグ、最初に話した通りだ。ミリルを力づくでも外に連れ出せ!」


 おそらくこの中で一番激しく抵抗しそうなのはミリルだ。ならば、この中で一番力が強く、体格の大きいジェイグがミリルを連れ出すには適任だった。


「リオン!? あんた何言って――」


 リオンの突然の言葉に、ミリルが信じられないものを見るような表情で口を開く。だが、そんな言い争いをしている余裕はないとばかりに、リオンはミリルを無視すると、今尚回復魔法を使い続けるティアの肩に手を置いて告げる。


「ティア、もういい。これ以上は無駄だ」

「っ! でも!」

「今もかなり無理をしているはずだ……お前はよくやった。だからもう無理はするな」


 リオンの言葉に、ティアがギリッと音がしそうなくらいに強く、その唇を噛み締める。ティアの可憐な唇から血が滴り落ちたが、それでもリオンの言葉は的を射ていたのだろう。絶え間なく放たれていた治癒の光が、寿命の切れた蛍光灯のように力なく点滅し、音もなく消えていった。


「ティア!? 何してるの!? 先生の怪我はまだ――」

「ティアは先に脱出しろ。アルとファリンは俺が連れていく」


 ミリルの言葉を遮るように、リオンがティアに指示を出す。アウラが枯渇寸前のティアに、他の者を連れていくだけの余裕はない。リオン一人でアルとファリンの二人を連れ出すのは大変だが、最悪の場合は二人を気絶させてでも連れ出すつもりだ。


「ジェイグ、何をしている!? 早くミリルを――」

「リオン、あんたまさか、先生を見捨てるつもりなわけ!?」


 再びジェイグに指示を出すリオンに、ミリルが憤怒の形相で詰め寄り胸倉を掴み上げる。


 ミリルの後ろでは、ジェイグがどうしたらいいかわからないといった様子で立ち尽くしていた。瓦礫を動かすために使っていた大剣は既にその背に戻している。リオンの指示の意味や、今の状況を理解はしているのだろう。だが、先生への思いとミリルの必死の様子に、自分の行動を決めかねているようだ。


「ジェイグ!」


 眼前に迫るミリルの肩越しに、リオンはジェイグに指示を出す。


 今のミリルにはきっと何を言っても無駄だ。頭ではわかっているはずなのに、感情がその事実を処理しきれていないのだろう。


「リオン! あんたは! あんただって今までずっと先生に育ててもらってたはずでしょ!? なのにどうして!? 何でそんなに簡単に先生を見捨てたりできるわけ!?」

「……」

「……何で……何でよ!? あんたにとって先生は、そんな風に見捨ててもいいような存在だったとでも――」

「やめてミリル!」


 身を切るような叫びをあげて、ティアがミリルの体を押さえつけるように抱きしめる。アウラが切れかかってすでにフラフラな状態のはずなのに、それでもミリルを抱きしめるその細い腕には、この場の誰よりも強い力が籠っていた。


「お願い……もうやめて……」


 涙を流し、懇願するように同じ言葉を繰り返すティア。


 そんなティアを振り払うこともできず、しかしまだ納得することもできないのだろう。ミリルの強く握りしめた手が、力を振るう場所を失って宙を泳いでいた。


 誰も、何も言えないまま、燃え盛る炎の音だけがその場を満たしている。


 それはほんのわずかな時間だっただろう。きっと三秒に届くかどうかの短い静寂。


 だが、確かに訪れたその一瞬にリオンはその声を聞いてしまった。その姿を見てしまった。


 先生が……気丈で、弱音を吐いたところなど一度も見せたことがないあのリリシア先生が、痛みに呻く声を……


 そして苦しみに悶えるその表情を……


 その瞬間、リオンの脳裏に、ある記憶が蘇った。


 それはリオンの記憶の中で最も鮮烈で、決して忘れることのできない記憶。


 前世で空野翔太という名前だったころの最後の記憶。


 自分が死ぬ、その瞬間の記憶だった。


 原因はありふれた交通事故だった。居眠り運転の車が交差点に突っ込んできて、偶然そこにいた翔太をはねた。一トンを超える重量の物体が、時速数十キロの速さで衝突したのだ。その衝撃は物凄かっただろう。だが、その瞬間だけは記憶から抜け落ちている。それほどのショックだったということか。


 いっそ、そのまま意識のない状態で死んでいたらどんなに良かっただろう。


 しかし、残念ながら、翔太はすぐに意識を取り戻した。


 最初に襲ってきたのは、声も出せないほどの激痛だった。体中が燃えているのではないかと思うほどの熱さを伴う痛み。全身の骨がバラバラになったような感覚。体の至る所から血が噴き出しているのがわかった。サスペンスドラマでしか見たことがない吐血を、まさか自分がすることになるとは思わなかった。


 全身の血が抜けていくと、次に来るのはさっきまでとは真逆の猛烈な寒気。普段の貧血の何倍も辛い不快感。


 だが、そんな寒気も痛みも徐々に薄れていく。


 全身の感覚が無くなった頃には、自分の死を自覚できるようになっていた。


 そしてそこからは、次々に込み上げてくる暗い感情の渦に苦しむことになる。


 迫りくる死への恐怖。誰も助けてくれないことへの怒りや、周りに大勢の人がいるのにたった一人で死んでいく孤独。自分を男手一つで育ててくれた父より先に逝くことへの未練。そして、追いかけていた夢への妄執と、それを叶えられなかった悔恨の念など、挙げればキリがないほどの感情が心を溶かす毒となって翔太の精神を蝕んでいった。


 それはきっと、数えれば五分にも満たない時間だったのかもしれない。だが、それは永遠とも思えるくらいの長い拷問のような時間。そんな苦痛と苦悩の果てに、ようやく翔太の命は終わったのだ。


 今の先生の姿が、そんなかつての自分の姿と重なった。


 このまま先生を置き去りにすれば、死が訪れるまでの残された時間を、先生はこの地獄のような世界でたった一人で耐えなければならない。


 その孤独はどれほどのものだろう。


 その恐怖はどれほどのものだろう。


 自分は事故死だったので、炎に焼かれる苦しみはわからない。だけど、それは間違いなく先生の心と体を苦しめるだろう。自分が味わった以上の、地獄のような苦しみかもしれない。


 そんな孤独を、恐怖を、苦しみを―― 


(俺は大好きな先生に味あわせるのか?)


 そんな考えが頭を過った瞬間――


 リオンの右手は腰の刀を抜いていた。


「リオン、お前何を……」


 リオンの思いつめたような雰囲気と、不可解な行動を見ていたジェイグが呆けた表情でリオンに声をかけてくる。


「……ジェイグ、アルとファリンを押さえててくれ。今からここで何があっても、絶対に二人を離すな」

「あ、ああ」


 さっきまでと違うリオンの指示や、その行動の真意がジェイグにはわからなかったはずだ。それでもリオンの真剣な眼を見たジェイグは、リオンを信じてその指示に従ってくれた。


「ティアはミリルを頼む」

「え、ええ、わかったわ」

「それと……できればこれから少しの間だけ、目を瞑っててほしい……」

「え?」

「頼む……ティアにだけは、見られたくない」

「リオン……あなた、まさか……」


 リオンの言葉でティアはリオンがこれからしようとしていることに気付いたようだ。それでもリオンを止めないのは、その理由も覚悟も全て理解してくれているからかもしれない。


 そんなティアに背を向けて、リオンはリリシア先生の傍へと向かっていく。


 すでにアルとファリンは、指示通りジェイグが先生から引き離してくれている。ミリルはティアが抱き止めているので、リリシア先生の傍には誰もいない。


 だから、この瞬間は先生であり師匠であり、そして母であったリリシアとリオンの二人だけの時間。


 まったく親子らしくはなかった二人の最後の時間だ。


 リオンの眼を見つめる先生の瞳が「いいのか?」と問いかけてくる。先生はリオンの真意を何も言わずとも理解してくれているようだ。


 その問いにリオンは小さく頷いて、安心させるように笑みを浮かべる。


(笑顔はあまり得意じゃないから……ちゃんと笑えているといいが)


 そんなリオンの笑みを目にした先生は、少し目を丸くしたあとに、いつもの凛々しい笑みを返してくれた。


「リオンは……優しい、子だな……」

「いえ、俺は優しくなんてありませんよ。ただ許せないだけです」


 リオンの言葉の真意を、先生が視線で訊ねてくる。そんな先生の目を真っ直ぐに見つめてリオンは答える。


「だって、先生に孤独なんて似合わないですから」


 先生の周りにはいつも誰かがいた。


 先生が愛し、先生を愛した子ども達。


 リオンはそんなたくさんの子ども達に囲まれて笑う先生が好きだったから。


 だから……


「先生が見る最後の景色が、こんな炎と瓦礫だけの寂しいもので終わるなんて許せない。先生の最後の瞬間が、孤独と苦しみだけで埋め尽くされるなんて、俺は絶対に認めない。先生……あなたに孤独は似合いません。だから……俺達が見送ります」

「……ありがとう」


 笑みを浮かべる先生の瞳から涙が零れる。


 それは先生が初めて見せる涙。


 こんな涙もすぐに蒸発してしまうような場所ではなくて、もっと違う形でその涙を見せて欲しかった。こんな悲しい涙でなく、温かい嬉し涙が見たかった。


 胸を締め付ける悲しみを今は捨てて、リオンはその刀を振り上げる。


「リオン、やめて! 先生を、お母さんを殺さないで!」


 ティアに抱き止められたミリルが、必死な形相でその手を伸ばす。


 ティアはリオンの願い通り、その眼を閉じてくれていた。


 ジェイグもどうやらリオンが何をしようとしているのか気付いたようだ。リオンの決意を見届けようとしているのか、目を見開いて、悲痛な表情で歯を食いしばっている。


 アルとファリンは、ジェイグに頭を抱えるように抱きしめられているので、リオンの姿は見えていないようだ。ジェイグもまだ幼い二人に、こんな光景は見せたくないのだろう。


 先生はそんな子ども達一人一人の姿を目に焼き付けるように見つめていく。全員を見つめ、最後に刀を振りかぶったリオンを見て、そして優しく微笑んだ。


「皆を、頼む……」

「もちろんです……母さん」


 最後に一度だけ、リオンはその名でリリシアを呼んだ。


 リリシア先生は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに心の底から、本当に嬉しそうな笑みを返してくれた。


 その笑顔をしっかりと胸に焼き付けて……


 リオンは刀を持つ手に力を込めた。


「やめてええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 ミリルの悲鳴のような叫び声をその背に浴びながら――


 リオンはその刃を振り下ろした……


この展開については、批判されたりするかなぁと不安に思いながら書きました。


こういう鬱展開が『小説家になろう』では忌避されているのは承知しています。

正直、自分も書いててかなり落ち込みました。

ですが、リオン君達を挫折も喪失も経験しないまま、

ただ手に入れた強さを振りまわすような人間にしたくはありません。

拙作をほんの少しでも気に入って読んでいただいている方には、

悲しみを乗り越えて強くなっていくリオン君達を見守っていただければと思います。


次回からは、少し暗い話が続きます。


ただ、ここからは多少ネタバレにはなりますが……


今回リオンはこういった行動をしました。

ですがそれによって六人が憎しみ合ってドロドロ……みたいな展開にはしません。

あと、これからずっと暗いまま……にも絶対にしません。

それと僕は後味の悪い結末は大嫌いです!

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