リリシア先生と黒ふくろう
時間はリオン達が依頼を終え、ギルドを出る少し前に遡る。
「リオンもミリルもいなくなっちゃったね……」
黒ふくろうの家のリビングで、孤児院の子どもの一人がぽつりと呟く。昨日までは一緒に遊んでいた兄と姉の不在に寂寥感が込み上げてきたのだろう。
「アルとファリンもどっか行っちゃったし」
椅子に座った男の子が、つまらなそうに足をバタバタとさせている。朝から姿の見えない二人だが、リリシアには何となく行き先がわかっていたので、特に慌てたりはしなかった。多少の心配はあるが、リオン達ならきっと二人を無事に連れて帰ってきてくれると信じていた。
(帰ったら、た~っぷりとお説教だがな)
リリシアが内心でそう決意した瞬間と、アルとファリンがギルドで震え上がった瞬間が同時だったのは果たして偶然だろうか。
「ねえ先生、僕も大きくなったら、リオンやジェイグみたいに強くなれるかな?」
リリシアの隣に座る男の子が、その眼に憧れの光を宿してリリシアを見上げる。
「ああ、なれるさ。これからずっと訓練を続ければだがな」
男の子の頭を優しく撫でながら、リリシアは力強く頷く。
「リオン達も小さい頃からずっと訓練を続けてたの?」
「ああ、もちろんだ。特にリオンは三歳くらいの時からひたすらに訓練をしていたな」
男の子の眼に宿るリオンへの憧れが強くなった。気が付けば二人の話を聞いていた他の子ども達も興味津々といった顔で、リリシアの傍へと寄ってきている。
ちなみにリオンは〇歳の時から自主訓練をしている。三歳からというのは、人目につくところで、という前提条件付での話である。
「ねえ先生。リオンお兄ちゃん達の子どもの頃の話、もっと聞かせて」
リオン達はまだ子どもだけどな、とは思ったが、リリシアもさすがにこの場では言わない。立派に成長した子ども達が、下の子ども達の憧れになっているというのは、リリシアにとっても嬉しいことだった。
『今日の任務は気が進まないな~』
『それについては俺も同感だが、これも仕事だ。真面目にやらないなら隊長に言って、外してもらうか?』
「そうだな……まず何から話そうか……」
少し遠い目をしたリリシアが、懐かしそうな笑みを浮かべる。今も鮮明に思い出せる記憶、色々と大変なことも多かったが、何よりも輝いていた日々の思い出。大切にしまっていた宝物を一つ一つ丁寧に取り出すように、リリシアは子ども達に語りだす。
「まず、一番最初に孤児院に来たのは赤ん坊だったミリルだ。次に同じく赤ん坊のリオンが来たんだが、あの二人は、まぁなんというか本当に仲が良かったな。今のミリルを見ていると信じられないかもしれないが、幼い頃のミリルは甘えん坊でリオンにベッタリだったんだ」
え~! と子ども達が予想通りの反応を返してきたので、リリシアは笑いが込み上げてくる。
「リオンは小さなころからどこか大人びていたというか、少し不思議な子でな。そんなリオンがミリルの面倒をよく見るから、ミリルも完全にリオンに懐いていて、どこに行くにもリオンの傍を離れなかった。ミリルは幼い頃から魔導具に興味津々でな。オモチャの魔導具を壊して泣いてしまったミリルを、同い年で当時二歳のリオンがあやしていたのを見た時はさすがの私も驚いたよ」
あの光景はリリシアの孤児院生活の中でも、上位に入る驚きの光景だった。まぁその上位のほとんどがリオン関連の出来事というのは、なんともおかしな話だが。
「次に孤児院に来たのはジェイグだ。その時はリオンとミリルが三歳、ジェイグが五歳だったな。ジェイグはその頃から体が大きくて、よくミリルに怖がられていた。今の三人を見ていると嘘みたいな話だが、ジェイグに怯えるミリルはしょっちゅうリオンの後ろに隠れていたよ。ジェイグとリオンは男の子同士ということもあってか、すぐに仲良くなったがな」
再び、子ども達の驚愕の声。今朝のようにミリルがジェイグをぶっ飛ばす光景が日常な子達からすれば、今の話はとても信じられるようなものではないだろう。
まぁ子ども達がリリシアの話を信じないなずはないのだが。
『いや、仕事だしちゃんとやるよ? やるけど、やっぱ小さな子どもを殺すってのは……』
『それについては隊長から説明を受けただろう?』
「ティアもジェイグの少しあとに孤児院に来た。これが一番信じられないかもしれないが、実はこの頃のリオンとティアは物凄く仲が悪かったんだ。仲が悪かったというよりも、ティアが一方的にリオンを敵視していたという方が正しいか」
本日、最大の驚きが子ども達の口から発せられた。さすがにまだ恋だの愛だのはわからないだろうが、それでもティアがリオンに好意を寄せているのは、子どもの目から見ても丸分かりだったのだろう。
孤児院に来た当時のティアはとてもプライドが高かった。何でも自分が一番優れていないと気が済まず、何でも卒なくこなすリオンを目の敵にしていた。特に酷かったのが、リオンが魔力の検査をしてからだ。五歳では考えられないほどの魔力量を持ち、魔法の才能も並外れていたリオンに、プライドの高いティアが嫉妬するのは当然の流れだった。
「じゃあ二人はいつからあんなに仲良くなったの?」
この中では一番年上の女の子が興奮した様子で話しかけてくる。多分、この子は少しは恋愛について理解があるのだろう。年頃の女の子らしく、そういった話には興味が尽きないようだ。
「ある日、突然ティアが孤児院からいなくなってな。真面目で言うことをよく聞く子だったから、自分から孤児院のルールを破って遠くに行くとは思えない。何か良くない事態に巻き込まれているのではと思って、この時はかなり肝を冷やしたものだ……」
五歳のリオンが空に浮かんでいたのを発見した事件の次くらいに焦った出来事だったな……と、またもリリシアの頭の中でリオンの起こした事件が引き合いに出されていた。
「しばらく辺りを捜索した結果、ティアは無事発見したんだがな……孤児院に戻ってきたティアは、何故か血まみれで気を失ったリオンを抱えていたんだ」
子ども達が息を飲むのが分かった。子ども達にとって憧れの存在であるリオンが大怪我をするような事態だ。事の深刻さが嫌でも理解できたのだろう。
『国の機密情報を握っている可能性のある孤児院の経営者を秘密裏に消す、っていうのはわかってるし、仕方ないってのも理解はしてるけどな。やっぱり気が重くなるのも、仕方ないだろ』
『これも国の為だ。お前達も辛いと思うが、堪えて欲しい』
『『隊長!?』』
「どうやらティアの魔法で、血が止まる程度には回復されていたが、それでもかなりの大ケガだった。私はすぐにリオンを王都の治療院に担ぎこんだよ。幸い、命に別状はなかったものの、数日の入院を余儀なくされた」
今度はホッと胸を撫で下ろしたようだ。これは過去の話で、リオンは今も生きてピンピンしているのはわかっているというのに、真剣な表情でリリシアの話に耳を傾ける子ども達の姿は実に微笑ましい。
「パニック状態だったティアを落ち着かせて事情を訊くと、どうやら一人で森に入ったティアが野生の狼に襲われそうになっていたのをリオンが庇った、というのが今回の事件の真相らしい。そしてこの事件を境にティアの態度が軟化していったというわけだ」
同世代の男の子に命がけで守ってもらったのだ。リリシアも同じ女として、ティアの気持ちの変化はとても理解できる。
そして今ではティアは完全にリオンにベッタリだ。本当に変われば変わるものである。
ちなみに、それからしばらく経った頃にも、ティアの態度が急激に変化したことがあった。それまでは容姿は大人びていても、中身はまだまだ子どもだったのだが、ある日を境に雰囲気や言葉遣いまで少しずつ大人になっていったのだ。
ちょうど孤児院で飼っていた猫が亡くなった時期だったので、それが影響したのかもしれないが、本当のところはリリシアにも未だわからない。だが、特に悪い変化ではないので気にしないことにしたのだ。
恋する乙女には色々と事情があるのだろう。
『申し訳ありません、シューミット隊長! 大事な任務の前だというのに、このような口を――』
『構わんさ。多かれ少なかれ、皆、今回の任務には思うところはあるだろう。だが、今も言った通り、これはエメネア王国の為の任務だ。皆には心を鬼にして、この任務に臨んでもらいたい』
『……それは、孤児院にいる人間は子どもであろうと一人残さず殺せ……ということですね』
「やっぱりリオンお兄ちゃんはカッコいいね! 絵本に出てくる王子様みたい!」
先ほどの女の子がキラキラとした瞳ではしゃいでいる。どうやらリオンがティアを助けた、というのが彼女の琴線に触れたのだろう。女の子なら誰もが憧れるシチュエーションだから、その反応も当然か。
(リオンが聞いたら、絶対に嫌そうな顔をするだろうな)
いつも冷静で、あまり感情を表に出さない子だったが、長いこと一緒にいれば表情のわずかな変化もわかるようになる。
おそらくいつもの不愛想な顔で、ルビーのような赤い眼を少し細め、頬をわずかにヒクつかせる。視線は絶対に少し上向きだ。子どもの前で完全に嫌そうな顔は出さないから、その結果、苦笑い苦味九割みたいな微妙な笑いになるだろう。
その表情がはっきりと思い浮かんで、リリシアは思わず吹き出してしまった。子ども達が不思議そうな顔をしているので、すぐに「何でもない」といって持ち直した。もっとも笑みを完全に抑えるのは難しかったが。
(リオンか……思えば、あいつは不思議な子だったなぁ)
まだ赤ん坊だったリオンを孤児院の前で見つけた時は、正直、「またか……」と思った。
この世界では、生活を苦にして子どもを捨てる親というのはそれほど珍しいものではない。孤児院の経営を始めてから今まで、親に捨てられた子どもを引き取った回数は両手で数えきれないほどだ。
なので、リオンを見つけた時もそれほど驚きもしなかったのだが……リオンを拾ったあとの生活はそれまでとは比べ物にならないくらい驚きに溢れたものとなった。
赤ん坊なのに一切泣かないとか、子どもには難しい本の内容をあっさりと理解したりとか、魔力と魔法習得の速度がやたら早かったりだとか、その事例は枚挙に暇がない。あまりに大人びていたため、この子は本当に子どもなのだろうか、とリリシアはこれまでに何度も思ったものだ。
そんなリオンだが、唯一自分の夢の話をするときだけは、子どもらしい顔を見せてくれた。その姿にリリシアが内心ほっとしていたのはここだけの話。
そして、いつも何かとクールなリオンが、空を飛ぶという夢のために懸命な努力を続ける姿は周りにも様々な影響を与えた。仲の良かった三人や、リオンに一番懐いていたアルとファリンはその影響を一番に受けている。その結果が今日のことに繋がっているのだろう。
(そんなあの子らも孤児院を出る日が来るとは……時が経つのも早いものだな)
それが嬉しくもあり、寂しくもある。
だが、泣きはしない。笑って送り出した。
これまでもそうだったのだから。
それに今生の別れというわけでもない。孤児院を出てからも、巣立った子達が遊びに来ることはある。その時を楽しみに待つとしよう。
『そうだ。現時点で孤児院にいる者は、誰一人逃がしてはならん。全員を殺し、孤児院にも火を放つ。それで全て終わりだ』
『……承知しました。私も栄えある王国騎士の一人。エメネアのためならどんな任務も忠実に確実にこなしてみせましょう』
『右に同じ』
「しかし、『黒の翼』とはな……」
それは出発前に教えてもらった四人のパーティー名。魔空船を手に入れればそのまま空船団の名前となる。おそらくこの孤児院の名前にある『黒ふくろう』からイメージしたのだろう。
「それ、リオン達のパーティー名だよね!」
「カッコいいよなー! 俺も冒険者になったら、絶対リオン達みたいなカッコいい名前付けるんだ!」
男の子たちがピョンピョンと飛び跳ねながら、冒険者になった自分たちの未来を思い描いている。リオン達のせいで、子ども達の大半が冒険者を志すようになってしまった。危険な仕事だということをしっかり教えなければと、リリシアは決意を新たにする。
「ねえ先生? この孤児院って何で黒ふくろうの家って名前なの?」
リオン達のパーティー名が、この孤児院の名前からきたものなのは子ども達もわかっている。だからそこから孤児院の名前の由来に興味が移ったのだろう。
「ん? お前達には話したことなかったか?」
首を傾げて尋ねるリリシアに子ども達が首を縦に振る。そういえばリオン達に話しただけだったかもしれない。自分の話になるので少し気恥ずかしいが、子ども達も自分たちの育った場所のことくらい知っておきたいだろう。
そう考えたリリシアは孤児院の名前にある『黒ふくろう』について語りだす。
「黒ふくろうはな、人間以上の大きさを持つ漆黒のふくろうのことで、私の故郷の森に住むと言われていた。言われていた、というのは、そのふくろうが人間の前にめったに姿を現さないため、誰もその姿を見たことがないからだ。伝え聞いた話だけが残るお話の中の鳥。私も子どもの頃はその存在を本気で信じてはいなかった」
『もうそろそろ時間だ。他の連中も全員配置についている。各自持ち場につけ。私を含む先行部隊の突入を合図に、作戦を開始する』
『『はっ!』』
「黒ふくろうは頭が良く、心優しい鳥で『森の賢者』とも呼ばれている。子どもには特に優しく、森で迷った子どもを見つけると、その子を森の出口へと導いてくれる。お腹を空かせていれば、木の実を与え、寒さに震えていれば寄り添って温めてくれるんだ」
「へえ~、素敵な鳥だね。先生はその黒ふくろうにあったことないの?」
「いや、一度だけあるよ。あれは私が十二歳、生まれた家を捨て、故郷を飛び出したときのことだ。私が生まれた場所は深い森に囲まれた集落だった。閉鎖的で陰気な場所で、私はその故郷の空気が嫌で嫌で仕方なかったんだ」
故郷を飛び出してからすでに三十年くらい経つが、リリシアは一度も故郷へ帰ったことはない。帰りたいとも思わないし、そもそも勝手に集落を飛び出したリリシアが許されるとも思えなかった。
「しかし、腕にそれなりの自信があったとはいえ、たかが十二歳の子どもが入り組んだ森を抜けるのは簡単なことではなかった。私は暗い森の中を三日三晩歩き続けた。そして、四日目の夜……飢えと渇きに苦しむ私のもとに、その黒ふくろうが現れたのだ」
その時の光景は今でもはっきりと思い出せる。見た目はちょっと怖い大きなふくろうが、まるで神の使いのように思えた。
「黒ふくろうは集落の話で聞いた通り、アプルの実やクコの実などをくれた。疲れて眠る私の傍で、一晩中寄り添ってくれた。そして、次の日、黒ふくろうの導かれて、私は念願だった森の外にたどり着くことができたんだ」
「すごーい! じゃあそのふくろうは先生の命の恩人なんだね!」
「まぁそういうことになるかな」
恩人、というか恩鳥になるのかもしれないが。
「じゃあ、この孤児院の名前はそのふくろうさんへの感謝の気持ちなの?」
「ん? まぁそれもある……な」
わずかに言葉を濁すリリシア。
本当はその理由は少し違う。黒ふくろうへの感謝の気持ちが無かったわけではもちろんないが、本当の理由はそれとは別のところにある。
この孤児院を作ると決めた時、不思議とあの時の光景が浮かんできた。
自分を外の世界へと連れ出してくれたあの黒ふくろうのように、自分も子ども達を導き、食べ物を与え、その心に寄り添う。
それが、その願いが、この孤児院に『黒ふくろうの家』と名付けた理由だった。
(あの時の黒ふくろうのように、私は子ども達を導くことができているだろうか……)
今朝、旅立った四人の姿を思い出す。
あの四人は、子どもの頃からそれぞれに自分たちの夢なり目標なりを持っていた。リオンは言わずもがなだが、ミリルは魔導具を作る魔導技師に、ジェイグは鍛冶師に、ティアは治癒師とリオンのパートナーに。
自分にその夢を手助けすることはできたのだろうか。あの四人なら自分達の力だけでもどうにかやっていけたような気もする。
(ふっ、私もあの四人がいなくなって、思いの外気持ちが沈んでいるのかもしれないな)
子ども達の先生としてこのままではいけないと、子ども達に気付かれないように自分で自分に喝を入れる。
(私も、立派になったあの子達に恥じぬ生き方をしなければな)
「さあ、もう夜も遅い。アルとファリンは心配しなくても大丈夫だから、そろそろ寝る準備を始めろ」
「「「「「はーい」」」」」
話は終わりとばかりに、パンパンと手を叩いてリリシアが合図をする。遊んでいた子ども達も、そろそろ眠いのか素直にリリシアの言うことを聞いて、おもちゃを片づけたり、歯を磨きに行ったりしている。
(本当に素直な良い子達だ。この子達の先生として、私ももっと精進しなければな)
『作戦を開始する。突入部隊は私に続け!』
コンコンッと、小さく扉を叩く音が聞こえて、リリシアも子ども達もその動きを止める。
「玄関からだ」
「アルとファリンかな?」
子ども達が、ここにはいない二人の帰宅だと当りをつけ、迎えに行こうと走り出す。
すでに夜も遅いため、玄関には鍵をかけていた。なので、リオン達がアルとファリンを連れてきたならば、玄関をノックして帰宅を告げることになる。
「待ちなさい。お前達の言う通り、アルとファリンが帰ってきたのだろうが、万が一ということもある。私が出るから、お前たちはここで待っていなさい」
先日、孤児院を訪れた騎士の言っていた盗賊という可能性もあるのだ。念のため、子ども達に見えないよう、玄関横に隠してある冒険者時代の愛剣を取り出す。
「アルとファリンか? それともリオンか?」
扉から少し離れたところから、外に向かって声をかける。玄関の扉はそれほど分厚くはないので、これくらいの声でも外には聞こえるはずだ。
だが、返事はない。
不審に思ったリリシアが、剣を構えようした、その瞬間――
黒衣を纏った男がけたたましい音とともに扉を突き破り、孤児院の中へと飛び込んできた。
「なっ!?」
凄まじい衝撃によりふき飛ばされた扉の破片を、咄嗟に構えた剣で叩き落とす。
だが、それによって生まれた僅かな隙をついて、黒衣の男がサーベルを手に距離を詰めてきた。
ギリギリのところで男の剣を受け止めるリリシア。鍔迫り合いの形になったが、相手の男の方が体格も力も上回っている。孤児院の中ではなく外へと出られれば、リリシアの得意な素早い動きを活かした戦い方ができるのだが。
(奴の後ろにも気配を感じる。中に子ども達がいる以上、外に誘き出すことはできないか。それに外にも数人いるな……気配の消し方といい、この男の太刀筋といい、ただの盗賊ではない。こいつらは一体?)
力で押し込まれる前に、リリシアは右足を男の腹を目掛けて振り上げる。
男はその攻撃を読んでいたのか、力で優位に立っていた状況をあっさりと捨て、再び距離を取る。
(こいつ、やはり只者ではない。くそっ、こいつ一人ならば、今すぐにでも子ども達に外へ逃げるように伝えることもできるのに……何とかこいつを倒して、子ども達を逃がさないと――)
だが、その目論見が甘すぎたことをリリシアは痛感することになる。
「何っ!」
孤児院全体を揺るがすような爆音。
そして、その中で確かに聞こえた声。
それは助けを求める子ども達の声で……
「くそっ、お前達逃げろっ!」
何が起こったかはわからない。だが、すでにこの孤児院の中にすら安全な場所などないとはっきりとわかってしまった。
だから、リリシアは子ども達に向かって叫ぶ。
一人でも多くの子を助けるために。
たった今まで向かい合っていた敵に背を向けて……
それは実力の拮抗した相手に見せてはいけない致命的な隙。
そしてリリシアがそのことに気づいた時には、全てが終わっていた……
今回はちょっと書き方を工夫してみました。
騎士達が少しずつ近づいてきている様子を表現してみたのですが、
もしかしたら見辛いと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
もし何かご意見、ご批判があれば遠慮なくおっしゃってください。
そして、次回は……