表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/119

異変

「まさか本当に盗賊に襲われて、しかも討伐しちゃうなんて……」


 今日一日何度もお世話になっている受付嬢が、驚き半分呆れ半分といった様子でリオン達を見つめてくる。


 あのあと、ギルドに戻ったリオン達が盗賊の一人を抱えてきたことで、一時ギルドは騒然となった。なにせギルドに登録したばかりの新人、しかもまだ全員が十代前半の子どものパーティーが盗賊を全滅させたというのだから、その反応も仕方のないことだろう。


 とりあえずリオン達が受けた三つの依頼の報告をさっさと済ませてしまい、その後、盗賊への尋問とリオン達への事情聴取が行われた。盗賊討伐の報告に最初は懐疑的だったギルド職員も、リオン達が持ち帰った盗賊の持ち物や連れ帰った盗賊の証言、さらには他の冒険者などから上がっていた盗賊の情報などと照らし合わせた結果、リオン達の盗賊討伐が認められ報酬が支払われることとなったのだ。


 報酬の他にも盗賊討伐のランクポイントが貰えるらしい。盗賊の討伐は緊急性が高かったり、護衛などの依頼の際に偶然遭遇することもあるため、依頼を受けずとも、ある程度の見返りがあるのだ。


 盗賊討伐はランクポイントの配布が少し特殊で、盗賊の人数によってポイントが決まる。これは魔物の討伐と違い不正ができないことや、盗賊の人数によって討伐の難易度が変わるためである。


 もっともあくまで討伐の報酬であり、依頼を受けて達成するよりは少ないポイントしかもらえないのだが。


 ゆえに今日一日で獲得したポイントは十ポイントになった。十級依頼で一、九級が二つで四、盗賊は三人討伐で一ポイントなので十五人で五ポイントである。


 九級への昇格に必要なポイントは二十なので、初期ポイントと合わせると昇格ラインに達している。ゆえに登録した当日にリオン達三人揃って九級に昇格することができたのだ。ジェイグは八級のままだが、あと数ポイントで七級に昇格できるくらいまでポイントが貯まったそうだ。


「盗賊討伐の依頼は本来、七級以上の冒険者が対象なんですけどね」

「あいつら程度なら、下級冒険者でも人数集めれば何とかなるんじゃない?」


 リオン達のギルドカード更新手続きを進めながらぼやく受付嬢に、ミリルが何でもないような調子で尋ねる。自分もその下級冒険者だという事実は、すでにミリルの頭からは消えているらしい。


「冒険者としての経験の浅い方には、殺人を恐れる方もいらっしゃいますから。ランクを上げるまでに覚悟を決めるか、先輩冒険者とパーティーを組んで少しずつ慣れていってもらうのが普通です。そういった意味だと、登録初日であっさり盗賊を全滅させるというのは、やはり驚くべきことだと思います」


 まぁ優秀な冒険者が増えることは喜ばしいことですけどね、と付け足して受付嬢は立ち上がると、カウンターの奥へと向かった。報酬の計算とか色々忙しいのに、リオン達の心配もしてくれる受付嬢に感謝の念が絶えない。


「言われてみれば、リオン達って人を殺すのって今日が初めてだったよな?」


 ジェイグが受付嬢の言葉でその事実を思い出したのか、リオン達三人を見て尋ねてくる。


 ちなみに事情聴取の関係で、この場にはアルとファリンもいるのだが、二人は結局盗賊を斬りはしたが殺しまではしていない。アルが斬った相手に止めを刺したのはリオンとミリルだし、ファリンが倒した相手はギルドに連れ帰った男だけだ。


「ジェイグは前に経験あるの?」

「ああ、前に鍛冶屋の仲間と魔石を取りに行ったときにな。その時は仲間がほとんど倒しちまったんで、俺が斬ったのは一人だけだったが、それでも結構応えたな。さすがに二、三日も経てば、ある程度の踏ん切りは着いたけどよ」


 ティアの問い掛けにジェイグが苦笑いを浮かべながら答える。リオンは以前にその話を聞いている。というか、実際にジェイグが凹んでいる姿を見てもいる。ゆえに冒険者になれば、人を殺すこともあるという事実を前もって実感できたわけだが。


「けど、お前らは思いの外平気そうだよな」


 リオン達三人の今の様子と、過去の自分を比べてばつが悪そうな顔をするジェイグ。自分より年下の三人がそれほど気にしていないのに、自分がそれなりにショックを受けたという事実がカッコ悪い、とでも思っているのだろう。


「盗賊なんてゴブリンみたいな人型の魔物と一緒でしょ? 人に害しか与えないんだから。だったら、気にするだけ無駄じゃない」


 平然と言ってのけるミリル。


 それは盗賊を相手にする冒険者が至る考え方の一つなのだろうが、わずか十二歳でそれを口だけでなく行動で示すのだから驚きだ。合理的なミリルらしいとも言えるのだろうが。


「私も覚悟はしていたから……それに……治療院の仕事で人の死には慣れているもの」


 ティアが表情を曇らせて呟く。


 治療院は前世にあった病院のようなものだ。当然、運び込まれる患者の中にはすでに手遅れだった者も大勢いただろう。時には、より確実に助けられる人を助けるために、言い方は悪いが重傷者を見捨てるといった決断が必要な場面もあったと聞く。そんな場所で働き続けるには、それ相応の覚悟や合理的な考え方を身に着ける必要があったのだろう。


「まぁ何も感じていないわけではないが、ずっと前から覚悟はしてたからな」


 もともと前世で自衛隊を目指したときから万が一の時の覚悟はしていた。居合を本格的に始めた理由もそうだった。


 自分の夢の為なら殺人さえも覚悟する、なんて考えは、平和な日本で生まれ育った人間の感覚としては、やはり異常だろう。そんな自覚は前世で空野翔太だった時からすでにあった。もちろんそんな覚悟を周りの人間に教えたことはない。たった一人の家族である父にさえ言わなかった。言えば叱られるか、心配されるか……最悪、忌避されて孤立する可能性さえあっただろう。


 だが、それでも叶えたい夢があった。結局、空野翔太の、リオンの根幹は変わらない。ただひたすらに、空を自由に飛ぶという夢を追い求めている。


(それに……もう、あんな思いするのは御免だからな……)


 本来であればあり得るはずもない”死”という経験。ずっと追いかけていた夢に手が届かなかった悔しさ。それをもう一度味わうくらいなら、人を殺す苦悩さえ乗り越えてみせる。自分の死という壮絶な現実さえも越えてなおも持ち続けた覚悟だ。それが今更揺らぐはずもなかった。


 それに……あの時はアルやファリンを守る必要があった。それを人殺しの言い訳にするつもりはないが、肝心な時に迷っているようじゃこの世界で冒険者として生きるのは難しいだろう。


「まぁショックを受けたり、忌避感を覚えるのも人としては普通の反応だ。別にそれで人の心の弱さが決まるわけでもないさ」


 ただ人にはそれぞれの事情や考え方の違いがあるだけ。ジェイグはそういった考えになるきっかけや、覚悟を抱くタイミングが少しリオン達より遅かっただけなのだ。


「報酬の準備と、カードの更新が終わりました。お確かめください」


 奥から戻ってきた受付嬢の声で、暗い話を終わらせたリオン達。


 受け取った冒険者カードを見てみると、ちゃんと冒険者ランクは九に上がっていた。


 また、報酬は三つの依頼達成報酬に、魔物の素材の換金、さらには盗賊の討伐報酬も合わさってそれなりの金額になっていた。


 ちなみに換金した魔物素材の中には、アルとファリンが倒した魔物の分も含まれていた。冒険者に登録しないと、ギルドでの換金はできないのでリオン達の分と一緒に提出したのだ。もちろんその分のお金は本人達に渡している。これに味を占めてしまわないように、よーく言い聞かせた後でだが。


「さてと、それじゃアルとファリンを孤児院まで送るとしますか」

「そうね、もうすっかり遅くなっちゃったから、きっと先生も心配してるわ」


 アルとファリンの頭を手でグシグシと撫で回しながらジェイグがニィッと笑う。窓から外を見たティアも穏やかな笑みを浮かべてそれに同意した。


 反対にアルとファリンは顔を真っ青にして震えている。外は日も落ちて真っ暗になっていた。すでに孤児院の門限を完全にぶっちぎっている。二人が先生に怒られるのは確定なのだが、自業自得なのも事実だ。二人には潔く先生の雷を受けてもらおう。


 先生の怖さを身に染みてわかっている年長組四人は同情的な視線を二人に向けつつも、フォローはしない。先生がやり過ぎる、ということはないと思うので、事情はある程度説明するが、それ以外で特に口を出す必要もないだろう。


 六人揃ってギルドを出て、暗くなった王都の大通りを歩き出す。


「まさか旅立った当日に帰宅することになるとはな」

「まぁチビどもは喜ぶんじゃねえか?」

「時間も遅いし、また今日も孤児院に泊まることになるかしら」

「また王都まで戻ってくるのも面倒だしね」

「リオン達が泊まってくれないと、誰が先生の怒りを止めるんだよ……」

「皆が帰ったら、ファリンは雷で焦げて黒猫になっちゃうニャ」


 いつも通りの六人の会話。だが、今までとは少し違って、前よりもずっと温かな空気が六人の間に流れている。


 思わぬトラブルの結果ではあったが、他の五人の想いを聞き、共に歩んでいくことを誓ったことで今までよりも確かな絆みたいなものが生まれた気がした。


 アルとファリンとは少しの間離れ離れになることに、やはり寂しさは感じる。だが三年後、二人を迎えに来た時には、アルもファリンももっと大きく成長しているだろう。そんな楽しみもリオン達四人の胸には間違いなく存在していた。


「そういえばさ……」


 少し歩いたところで、隣を歩いていたミリルがふと思い出したようにリオンに声をかけてくる。


「あいつら、弱かったわよね?」

「……まぁな」


 ミリルの問いにリオンが顔を曇らせる。ミリルの問いの裏にある本当の疑問にリオンが気付いたからだ。


「騎士が動いてたって割に、人数も実力も全然大したことなかったし。何であんな盗賊如きのために、わざわざ騎士が動く必要があったのかしらね」

「さあな……騎士が入手した情報にかなり尾鰭おひれがついていたのか……それともあの盗賊達に強さ以外の秘密があったのか……」


 腕を組み、顎に手を添えて、リオンがいくつかの可能性を提示する。


「というよりも、そもそも盗賊討伐に騎士が動いていたって情報自体が怪しくない? 本当に騎士が数日前から動いていたんなら、あんな連中が今日まで生き残っていられるとは思えないけど」


 ミリルの言うことはもっともだ。街道や人里の警備を担当するような一般兵ならともかく、軍のエリートである騎士達が討伐にのりだせば、あんな連中はあっという間に捕縛されていただろう。


「だが孤児院には確かに騎士が来て、盗賊への警戒を促していたのは事実だ。あの二人は間違いなくエメネア王国騎士だった。もしその情報自体がウソなら、あの二人は別の目的で孤児院を訪れ、それを隠していたということになる。あの孤児院に騎士の目を引くようなものがあると思うか?」

「……ないわね。せいぜいチビどもが悪さして、警備兵とかに怒られるくらいね」


 十年近く暮らしているが、あの平和な孤児院に騎士が探りを入れるような何かがあるとは思えなかった。ミリルもそれは同じだろう。記憶を探るように視線を上向けるが、すぐに首を横に振った。


 ちなみに、ミリルが今言ったような事例は過去に何度かあった。その筆頭はアルだったりするが。


「正直、騎士の動きに不審な点はあるが、俺達ではその真意を調べるのは無理だ。騎士には騎士の事情があると納得するほかないだろう」

「……それもそうね」


 まだ完全に納得はしていないようだが、それでもこれ以上話していてもどうしようもないというのは理解したのだろう。王都の壁外へと通じる門に着いたということもあり、ミリルはどうにもスッキリしないといった表情で王都の外出手続きへと向かっていった。


 他の仲間も手続きを終える中、リオンも門の警備兵の許で手続きを済ませる。


「よし、問題ない。通っていいぞ」

「ありがとうございます」


 警備兵に礼を言い、リオンは門を潜り抜けたところで、先に手続きを終えて待っていた五人に合流した。


 その直後のことだった。


 ドオンッ! という夜の闇さえも吹き飛ばすような轟音が上がる。


 いや、実際に闇が吹き飛ばされたのだ。


 リオン達が向かう先、孤児院のある方角から高々と舞い上がる炎によって……


「お、おい、何だよアレ?」

「火事!?」

「あっちって孤児院の方角……まさか!?」


 その言葉は誰の口から漏れたものだったのか。


 それらが耳に届く前に、すでにリオンはその場を走り出していた。


「リオン!」


 他の五人も慌ててそれに続く。


 それぞれの脚力の差から、徐々にペースにバラつきが出てくるがそんなことに構ってはいられない。


 今は一刻も早く孤児院へ……


 あの炎が孤児院から上がったものではないことを願いながら、リオン達は炎が照らす夜の道を全力で駆け抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ