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もう一つの誓い

 結局あのあと、盗賊の死体はジェイグが土魔法で掘った穴に入れ、火魔法で燃やしたのちに埋めた。


 また、生き残っていた盗賊に仲間の有無などを訊問した結果、他に仲間はいないことが分かった。どうやら冒険者の探索を逃れるために今までのアジトを放棄し、新しいねぐらを探している最中にリオン達を見つけたらしい。王都の近郊で盗賊が不用意に動き回ると、警備兵や今回のように冒険者に遭遇することも多いのだが、そういうことは思いつかなかったようだ。まぁ盗賊の実力からしたら、討伐されるのはどのみち時間の問題だっただろうが。


 それらの情報を提供してくれた盗賊は、身動きができないように拘束したのち、死なない程度にポーション(ティアから貰ったものではない)で回復させた。今は林の近くに転がしている。


 盗賊を討伐する際のルールとしては基本的に生死問わず。一応、生かして連れ帰ると報酬が少し上がるが、連れ帰る労力に見合うだけの金額ではない。殺さないように倒すのは骨が折れるので、殺してしまうことがほとんどだ。


 リオン達が盗賊の一人を生かしたのは、一人くらいなら連れ帰るのに大した手間にはならないことと、下手に死体漁りしなくても、盗賊の一人が証言してくれれば討伐の証明ができると考えたからだ。


 ゆえに盗賊達の持っていた物品で金になりそうな物だけを回収し、その他の物は死体と一緒に始末した。


 盗賊の死体の始末を終えて、ティア達の許に集まったリオンとジェイグ。そこには後始末の間中、ティアとミリルのお説教を受け続けたアルとファリンが、憔悴しきった様子で力なく項垂れていた。


「お疲れ様、リオン、ジェイグ」


 リオン達が戻ってきたことに気付いたティアが、お説教を中断し、笑みを浮かべて労いの言葉をかけてくる。吹き荒れていたブリザードが一瞬にして消える光景は、ちょっとした怪奇現象のようだった。


「そっちはどうだ?」


 リオンがアルとファリンに視線だけを向けて、ティアに尋ねる。二人が凹みまくっているのはわかるので、お説教の首尾ではなく、アルとファリンがこんなところにいた理由などを訪ねたのだ。


「変装してギルドに潜り込んでいたみたいね。それで私達が受けた依頼を聞いて、ここまで来ちゃったみたい」

「マジかよ……どいつだ?」


 二人がギルドにいたと聞いたジェイグが、あの時ギルドにいた冒険者の顔を思い出して当りをつけようとする。もっともファリンの変身魔術はかなりのものだし、冒険者の顔に心当たりなどないのでわかるはずもないのだが。


「というか、ミリルは匂いで気付かなかったのか?」

「無理ね。香水で匂いは誤魔化してたみたいだし、ギルドは色んな臭いが充満してたし」


 確かに冒険者ギルドは様々な臭いがした。冒険者の汗、討伐された多種多様な魔物の臭い。併設されている酒場から漂う料理と酒の臭いなんかもしていた。おまけに前日までずっと一緒の家で育ったリオンとミリルには、多少二人の匂いが移っている。狼の獣人といっても犬の嗅覚を完璧に持っているわけではないので、仮に二人の匂いが少しくらいしても、よっぽど注意していない限り気付かないだろう。


「それで、ここまで付いてきてお前達はどうしたかったんだ?」


 正座をしている二人の視線に合わせるように、リオンは片膝をついて二人に尋ねる。


 すでに散々叱られて反省しているだろうから、リオンもこれ以上叱るつもりはない。だがそれでも、しっかり理由を確認して二人にわからせないと、またこんな危ないことをしでかさないとも限らないのだ。


 アルとファリンは一度お互い顔を見合わせたあと、恐る恐るその口を開いた。


「リオン達が受けた依頼を先にこなせば、リオン達に付いて行くのを認めてもらえると思ったんだ」

「ファリン達もリオン達と一緒に旅がしたいのニャ……」


(まぁやっぱりそんなところだよな……)


 聞く前から予想は付いていたので、二人の言に特に驚くようなことはない。他の三人も同じようで、それぞれに呆れたような困ったような表情を浮かべて二人を見つめていた。


(さて、どうしたもんかな……)


 頭ごなしにダメだと言っても二人は納得しないだろう。リオン達がこの街にいる間に何度もこんなことをされても困る。それにファリンの変身魔術の実力を考えたら、最悪、魔空船に密航しかねない。そうなる前に二人にはどうにか納得してもらわなければならないのだが。


「お前たちの気持ちはわかる。俺も十二歳になるまで待ちきれなくて、旅に出る衝動を抑えるのに苦労したしな」


 リオンの言葉に、二人がハッと顔を上げる。わずかに期待の籠った目。この中での最年長はジェイグだが、他の三人が冒険者として旅を始めるきっかけはリオンだ。なので、リオンの許可が出れば他の三人も納得すると考えているのだろう。


「それに、お前たち二人の実力もわかっている。戦闘の実力だけなら、今のお前達でも冒険者としてやっていけるだろう」


 ますます二人の目が光を増す。そのことに若干の罪悪感を覚えるが、二人を連れていけない理由を理路整然と説明するには必要な過程なのだ。


「だが、さっき盗賊に二人で向かっていったのは、あまりに短絡的な行動だ。一対一ならともかく、複数を相手にするにはお前たちではまだ荷が重い。特に遠距離からの攻撃手段を持っている人間を放っておくなんてのは愚か過ぎる。戦っている最中に横から狙われれば、お前達では対処できないことくらいわかるはずだが?」

「それは……」


 一つ一つの理由を言い聞かせるようにゆっくりと告げる。リオンに危ないところを助けられたアルは言い返すことができないため、悔しそうに俯いてしまった。


「アルは自分がなぜ追い込まれたのかわかっているか?」

「目の前の相手に集中し過ぎて、周囲への配慮を怠ったから……」

「それもある。だが、お前に背後から襲い掛かった奴はお前が最初に斬り伏せた男だ。つまりお前は相手を完全に行動不能にする前に、次の敵に向かったということ。それが集団戦ではどれだけ危険な行動かはわかっただろう?」


 アルが歯を食いしばって頷く。


「全体的に状況判断が甘い。自分達の実力に自信を持つのはいいが、それが油断につながるようでは話にならない。冒険者への登録が十二歳からなのは、実力云々よりそういった精神的な未熟さが命取りになるからでもある。だから、今のお前達を連れていくわけにはいかない」


 二人の目を見てキッパリと言い切るリオン。容赦ない現実を叩きつけた以上、ある意味ティア達のお説教以上に二人には辛い結果となったかもしれない。だが、二人の身の安全を考えれば、仕方のないことだと割り切るしかないのだ。


 それに、リオン達にとっても二人と別れるのは辛い。孤児院にいる年下の子達の中でも、この二人は特にリオン達に懐いていた。一緒に遊んだり、訓練をしたり、時にはケンカもしたり。仲が良かった分だけ、別れの悲しみは重く、深く心に圧し掛かってくる。


 だからこそ、甘い言葉など言わず、冷たいと思われてでも伝えるべきことは伝える。それは二人のためでもあり、自分達のためでもあるのだから。


「だから今は――」

「ヤダ……」


 だがリオンの言葉を遮るように、俯いたファリンの口からポツリと拒絶の言葉が零れた。


 言葉だけではない。


 瞳から零れた涙が、滴となってポタポタと落ちる。


「ファリン……」

「ヤダよ…………ヤダヤダヤダァ!」


 何も聞きたくないと言うように首を振るファリン。空色の髪が悲しげに揺れる。


「ファリンは……ファリンはずっと皆と一緒にいたい……一人ぼっちになるのはイヤ……もう置いて行かれるのはイヤだ……ヤダよぉ……」


 大粒の涙を零しながら、置いて行かれたくないと繰り返すファリン。その姿は思わず手を差し伸べてしまいたくなるほどに弱々しい。いつも無邪気で明るいファリンのそんな姿は、どんな鋭利な刃物よりも深く、鋭く、リオン達の心を切りつけた。


 ファリンの泣きじゃくる声だけが、静かな湖畔に響く。


「ファリン……」


 ティアが優しくファリンの肩に手を置く。しかしその青い瞳は悲しげに揺れていた。


 本当は泣きじゃくるファリンを抱きしめ、慰めてやりたいのだろう。だが、それがその場しのぎにしかならないこともティアはわかっているのだ。そして、それは他の二人も同じなのだろう。ただ胸を締め付けるその泣き声に耳を傾けていた。


(馬鹿か、俺は……)


 内心で自身の浅はかさを自嘲しながら、リオンは空を見上げる。


(こんな涙を流させて、何が二人のためだよ……)


 ティアの時もそうだ。ティアの気持ちに気付いているつもりで、その思いがどれだけ強いか、どれだけの覚悟だったかまではまるでわかっていなかった。わからないまま、ティアのためなんて浅い考えで、ずっとティアを不安にさせていたのだ。


 今回も一件も同じだ。自分達と一緒にいたいという思いの強さをわかろうともせずに、二人のためという理由で二人を言い包めようとした。それを愚かと言わないで何と言うのか。


 もちろん今の二人を旅に同行させるのが危険という言い分が間違っているとは思わない。だが、そんな理屈よりも先に、もっと伝えるべきことがあるはずだ。


 だから……


「ファリン」


 リオンがファリンの肩に手を置いて声をかける。


 ビクリとファリンの小さな体が震えた。わずかに顔を上げたファリンの目を、リオンはしっかりと見据える。涙は少し収まったが、泣き腫らした目がリオンの心を射抜く。それでもリオンは目を逸らさずにファリンの目を真っ直ぐに見つめ返し、そして告げる。


「俺も、いや俺達もファリンやアルとずっと一緒にいたい。一緒に旅をしたい。その気持ちは同じだ」

「なら……」

「でも、今はダメだ。二人はまだ幼い。冒険者の仕事も、旅も、お前達にはまだ早い」


 リオンの言葉を聞いたファリンの目から涙が溢れる。フルフルと駄々を捏ねる子供のように首を振り、縋りつくような目でリオンを見上げてくる。


「俺の答えは変わらない。今はまだ、お前達を連れていくわけにはいかない」


 リオンの心は変わらない。その事実にファリンの瞳がより深い悲しみに染まっていく。


 だけど、ファリンの心が染まりきるその前に……リオンは告げる。


 約束の言葉を。


「だけど、必ず迎えに行く」


 リオンの力強い声に、ファリンが小さく反応する。


「ファリンが十二歳になるその時に、必ず二人を迎えに行くから……だからそれまでは孤児院で待っててくれないか?」

「……本当?」

「ああ、必ずだ」

「ファリン達を置いて行ったりしない?」

「ああ。ただし訓練を怠ったりしてなければ、だけどな」


 ファリンの潤んだ瞳がリオンの目をじっと見つめる。その視線にリオンは笑みを返す。


 安心させるように。


 今の言葉がウソではないと証明するように。


 リオンの真意が伝わったのか、ファリンはティア達三人の顔に視線を向ける。当然、三人もリオンと同じ気持ちだ。優しく、力強く、それぞれに笑みを浮かべて頷く。


 全員の顔を見たファリンは少し寂しそうな顔をしたが、それでもリオン達の決意に応えるように真剣な表情で口を開く。


「……わかった、ちゃんと待ってる」


 涙を堪えながらも、その眼に決意の光を宿してファリンが頷いた。


「ファリン……」


 ティアが感極まった様子でファリンを抱きしめる。多分ずっと我慢していたのだろう。ファリンが涙を堪えているというのに、ティアの方は完全に涙腺が決壊していた。「絶対に迎えに行くからね!」とファリンの頭をその胸に抱きしめる姿は仲の良い姉妹にしか見えない。ただ、ファリンがティアの豊かな胸に埋もれて少し苦しそうなので、頃合いを見計らって助けてあげることにしよう。


 ちなみに他の三人の様子だが、ミリルは「全く、世話が焼けるわ」と愚痴っている。やれやれみたいな雰囲気を出してはいるが、こちらに背を向けて目元をグシグシ擦っているので、まったく意味はない。むしろ却って微笑ましい。


 ジェイグは年長者の貫録でも出したいのか、腕を組んで偉そうに云々と頷いている。最年長のくせに、二人の説得もお説教も全て他の三人に任せていたので、今更そんな威厳を出そうとしたところで意味はない。まぁジェイグは考えるより先に行動といったタイプで、説得とかには向かないから別に構わないのだが。


 そして、ファリンと同じ居残り組のアルだが……


「なぁリオン」

「なんだアル?」

「オレの方がファリンより一個上だから、ファリンよりも早く十二歳になるんだけど……」


 リオンの約束には頷いていたが、細かいところで文句を言ってくる。こういうところがまだまだ子どもなのだ。


「お前までいなくなったらファリンが可哀想だろ? 誕生日の関係で数か月待つだけなんだから、それくらいファリンに合わせてやれ」

「……まぁしょうがないか」


 渋々ながらもアルは納得してくれたようだ。


 とりあえずこれで二人の問題は一応解決した。この二人のことだから、十二歳になるころにはもしかしたら今のジェイグやミリルを超えるくらい強くなっているだろう。


 二人を待たせることがないように旅の日程は調整しなければいけないが、二人と一緒に旅ができる喜びに比べれば、それくらいの遠回りは何の苦にもならない。


 空を見上げる。


 ずっと憧れていた空。今は小さな雲が風に乗って東へと流れている。


 一人の夢だったはずが、四人のものになり、今では六人に増えた。いつかこの六人で空を飛ぶ光景を思い浮かべてリオンの頬が緩む。同時に、絶対に叶えてみせると空に向かって新たな誓いを立てた。


 心に込み上げてくる温かな想いに満たされながら、リオンはしばらくそうして空を眺めていた。


 ちなみにこのあと、ティアの胸で溺れかけていたファリンをリオンが助けたり、息も絶え絶えのファリンが「ティアの胸はミリルの魔導具よりも危険ニャ」と呟いたり、その発言を受けたアルがティアとミリルの胸を見比べて銃弾で沈んだり、ジェイグが「俺もティアの胸で溺れてえ……」という命知らずな発言をしてリオンとミリルにボコボコにされたりしたが、とりあえずいつも通りの六人に戻った。


 予定よりはすっかり遅くなってしまったが、こうしてリオン達は初めての依頼を終え、王都への帰路へついたのだった。


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