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登録試験 ~ミリルと魔銃~

 ティアとギルディスの模擬戦はギルディスに軍配が上がった。


 負けたティアはやはり少し悔しそうではあるが、相手が元上級の冒険者ということを考えればこの結果は至極当然のもの。特にショックを受けたような様子は見られなかった。


 ティア自身は当然勝つつもりで戦ってはいたのだろうが、彼我の実力の差を見抜けないような愚か者ではないのだ。


「驚いたぜ嬢ちゃん。その年で魔法矢の同時射出ができるなんてよ」

「いえ、まだ連発はできないので……まだまだです」

「さすがに連発で撃たれてたら、俺もちょっと厳しかったかもな」


 ギルディスが手放しでティアの健闘を讃えている。あくまでこれは試験なのでギルディスも本気ではなかったのだろうが、それでもティアが善戦したのは紛れもない事実だ。立ち合いの職員や、修練場にいた他の冒険者も感心したような表情をティアに向けている。


 ただ、若い男の冒険者が別の意味でティアに熱のこもった視線を向けているのが、リオンとしては少し気にかかる。下手にアプローチをかけてこない限りは放っておくが。


「お疲れ」

「ありがとう。でも負けちゃったわ」


 戻ってきたティアにリオンが声をかける。浮かんだ笑みはいつもの穏やかなものだが、やはり悔しさの色が見て取れた。


「元とはいえ、相手は三級の冒険者。そう簡単に勝てたら苦労しないさ」

「それはそうだけど……リオンでも勝てなさそう?」

「やってみないとわからないな」


 三級冒険者相手にこの発言は自信過剰と取られなくもない。だが、聞いていたのは身内だけなので、とくに問題はないだろう。


 それに他の三人もリオンの発言に対しては何も言わない。それどころか、ちょっと期待しているような思惑さえ感じられる。リオンならもしかしたら……とでも思っているのかもしれない。


 ちなみにその三級冒険者は、何故か他のギルド職員に注意を受けていた。少し聞こえてくる声を聞く限り、実力を見るための模擬戦で熱くなり過ぎです、ということらしい。


「じゃあ次はあたしの番ね」


 自分の出番に備えてリオンの隣で屈伸運動をしていたミリルが、今から戦うとは思えないほど軽い調子で進み出る。


「頑張ってね、ミリル」

「まっかせて~」


 ティアの激励にヒラヒラと軽く手を振りながら、ミリルがギルディスの方へとトコトコと歩いて行った。


「お、次は魔銃使いの嬢ちゃんか」

「よろしく」


 ミリルが素っ気なく礼をする。年上、おまけに先輩冒険者への態度としては褒められたものではないが、ギルディスにとくに気にした様子はない。むしろ楽しそうに目を細めている。


「威勢の良い奴は嫌いじゃねえぜ。それに実力が伴っていればの話だがな」

「すぐに見せてあげるわよ」


 そう言ってミリルは腰のホルスターからお手製の魔銃を抜く。両手に銃を持つ、いわゆる二丁拳銃のスタイルだ。


 この世界には大きく分けて二種類の銃がある。


 火薬に似た性質を持つ火石ひせきと呼ばれる鉱石を用いて弾丸を放つ通常の銃。この世界では『火銃ひじゅう』と呼ばれているが、これは前世にもあった銃とほとんど違いはない。


 そしてもう一つが『魔銃まじゅう』。火石ではなく魔法の力で弾丸を放つ銃だ。


 鉛の弾や、ゴム弾などの非殺傷系の弾などを放てるのは火銃と同じ。しかし魔銃は魔弓と同じく、アウラを魔弾として直接撃ち出すことも可能だ。魔石によって、自分の適性属性以外の魔法弾を放てるところも魔弓との共通点だ。


 では、魔弓と魔銃の違いとは何か。


 まず一つは、両手が必要な魔弓と違い、魔銃は片手で扱えること。ゆえにミリルのような二丁拳銃スタイルも可能となる。


 次に連射力だ。発射までの動作の少ない魔銃の方が、当然連射力が上である。


 さらに魔弾ならばアウラを込めるだけなので、シリンダーにわざわざ弾を込める必要はない。ゆえに実際の戦闘でリロードに手間を取られる心配も無いということだ。連発すればその分アウラの消費も激しいが。


 では魔銃の方が魔弓に比べて便利かと言われれば、実はそうでもない。


 魔弓と違って、魔銃には弾に込められる魔力量に一定の制限がかかる。それは銃身の内部にアウラを込めるという性質上の問題である。銃身に使われる金属や銃身の大きさによって多少の上下があるものの、上限があるというのは同じだ。許容量以上のアウラを込めれば、最悪、銃が暴発する危険性もあるのだ。ゆえに破壊力の上限は魔弓の方が高い。弾に回転を加えるという銃の性質上、貫通力は高いのだが。


 また、先ほどティアがやったような同時射出は魔銃ではできない。銃口は一つしかないので当然だ。実弾ならば散弾でも作れるだろうが、魔弾ではそれも無理だ。


 ちなみに魔弓でもそうだが、使用者は通常の矢や弾丸も使う。アウラの干渉範囲の問題で、実は魔弓の魔法矢も、魔銃の魔弾も一定以上の距離には届かないのだ。ゆえに長距離からの狙撃などを行う場合には、どうしても実弾を使う必要がある。


 余談だが、リオンは銃の知識はほとんどない。辛うじてミリルの銃がリボルバーと呼ばれるタイプの銃だというのが分かるくらいである。これがリオンがファンタジー世界で近代兵器を開発してヒャッハーすることができない一番の理由である。自衛隊を目指してはいたが、別にミリオタでも何でもないただの高校生が銃の細かい構造なんてわかるはずもないのだ。


 ミリルとギルディスが十メートルほどの距離で向かい合い、戦いの開始を待つ。西部劇にあるような決闘とは違うので、お互いに武器を抜いた状態だ。


 緊迫した空気の中、立ち合いのギルド職員がゆっくりと右手を上げる。


「模擬戦開始!」


 高らかに響いた声。

 それと同時に二人が動く。


 ミリルは両手の銃を即座に発砲。修練場に連続した銃声が轟く。


 貫通力を落とした魔弾だが速度は十分。当たりどころによっては痛いでは済まない。


 連射性の高い魔銃での攻撃。秒速にすると二、三百メートルはあるだろう弾丸が、剣を構えて立つギルディスへと殺到する。


 さすがのギルディスも襲い来る銃弾を真正面から全て回避、あるいは迎撃するのは難しいだろう。先ほどのティアとの戦いとは違い、一直線に向かっていくのではなく、ジグザグと不規則な横移動を絶えず繰り返すことで、銃の射線を回避する。


「さすが元上級冒険者。そう簡単には当たってくれないってわけね」


 接近されないようにミリルも走り出す。


 後ろではなく横へ。地面に大きな円を描くように、ミリルが修練場を駆ける。


 正面からの銃撃は避けられる。自ら動かなければ、ギルディスに簡単に接近を許してしまう。ゆえにミリルも動くしかないのだが、かといって後ろに下がって距離を取っても、すぐに追い詰められるだけだ。この世界では身体強化魔法により動体視力や反射速度が圧倒的に上がるため、ただ銃を乱射するだけでは勝てない。攻撃を当てるためには絶えず動き回り、隙を作るしかないのだ。


 ギルディスはミリルの射線を常に意識しつつ、接近を続ける。


「剣士が遠距離攻撃できないとは思うなよ!」


 ギルディスが吼えた。それと同時に、地面からいくつもの石が浮かび上がった。宙に浮かんだ石は、まるで巣を突かれた蜂のように一斉にミリルに襲い掛かる。


「くっ!」


 散弾のように広がって飛んでくる大量の石礫。


 やはり上級冒険者。わずかな溜めで、あれだけの数の石礫を作り出す干渉速度はさすがである。


 飛んでくる石の雨を、走りながら全てを回避するのは困難だ。ゆえにミリルは足を止め、迎撃を選択する。


 ダダダダッ! と、両手に握られたミリルの魔銃が、まるでマシンガンのような速度で銃声を響かせる。放たれた銃弾は襲い来る石の散弾を次々と正確に撃ち抜いていく。


 だがミリルの正確無比な射撃スキルを持ってしても、全てを撃ち落とすことはできない。迎撃しきれなかった石礫がミリルの小さな体に降り注ぐ。


「このくらいなら!」


 防ぎきれないのも想定の内、とばかりにミリルが吼える。


 自身に迫る石礫に対し、ミリルの迎撃は一見闇雲に乱射しているようにも見えただろう。だが、実際は全てを撃ち落とせないことを理解していたミリルは、大量の石礫の中からより回避が難しいものだけを的確に射抜いていたのだ。


 ミリルは小柄で柔軟な身体を活かして、それらの全てを躱しきる。


 だが、足を止めたのは失敗だった。


 意識が石礫に向いていた僅かな隙に、ミリルの背後に回り込んだギルディス。


 その剣がミリルの背中へと吸い込まれるように振り下ろされる。


 勝負あった……ミリルのことを知らない観客の誰もがそう思っただろう。


 だが――


 ガギィンッ


 耳を劈くような硬質な音が響く。


 続いて轟く爆音。それはミリルに向かって振り下ろされたはずのギルディスの剣が、修練場の地面を叩いた音だった。


 観客のほとんどは何が起こったのかわからず、呆然としている。


 だが戦っている二人、そしてリオン達三人ははっきりとわかっていた。


 剣が振り下ろされた瞬間、躱しきれないと判断したミリルが後ろ手に銃を発砲。ギルディスを狙ったのではない。自分の背中に迫る剣の真横から銃撃を加え、剣の軌道をずらしたのだ。


 口で説明するのは簡単だが、これはかなりの高等技術だ。コンマ数秒でもタイミングを外せば、放たれた弾は虚空へと消え、ギルディスの剣はミリルの小さな背中を容赦なく斬りつけていただろう。


 ミリルにとっても、今のは決して簡単な技ではない。当然、ミリルの腕があっての成功ではあるが、実際、かなり追い込まれたうえでの一か八かの手段だった。


 そんなギリギリの大博打を成功させたはずのミリルだったが、その表情からはそんな素振りは一切見られない。ギルディスの剣を回避したミリルは、さも当然とばかりに不敵に笑って告げる。


「銃使いが接近戦ができないなんて思ってたわけ?」


 先ほどのギルディスの言葉を引用した皮肉。


 そんなミリルの言葉にギルディスは口の端を吊り上げる。


 渾身の一撃を外したはずのギルディスだが、その顔に滲んでいるのは悔しさではなく歓喜。ミリルが見せた高度な技術とその闘志に、自然と笑みが零れたのだろう。


 そんなやりとりも一瞬のこと。すぐに二人は体勢を立て直す。


 だが、敵に背を向けている状態のミリルよりも、ギルディスの攻撃の方がわずかに早かった。


 地にめり込んでいた剣を一閃。斜めに切り上げる。


 ミリルが振り向きざまに右手を振るう。今度は銃弾ではなく銃身で弾くことで軌道を逸らし、もう一方の銃をギルディスに向ける。


 剣での防御は無理と判断したギルディスは、左手を剣から離し、その甲でミリルの銃を弾いた。放たれた銃弾はギルディスの服の袖を引き裂いて、後方へと消えていく。


 今度はこっちの番だ、とばかりにギルディスの反撃。鋼のように鍛え上げられたギルディスの右足がミリルのわき腹を狙う。ミリルは獣人特有の柔軟なバネを活かした跳躍でそれを回避。同時にギルディスの顎を目掛けて膝蹴りを入れるが、ギルディスは上体をわずかに逸らすことでギリギリ躱す。


 至近距離から放たれる攻撃を弾き、躱し、受け止める。身体能力を活かしたインファイト。新人の登録試験とは思えないほどの、激しい攻防が続いた。


 いつまでも続くかに思われた攻防だが、徐々に形勢が傾いていく。


 いくら接近戦もできるとはいえ、それはミリルの得意スタイルではない。ミリルの持ち味は俊敏な動きと、精密な銃撃で相手を攪乱するヒットアンドアウェー。このような超至近距離での攻防ではやはりギルディスに分があった。


 さらにミリルとギルディスでは圧倒的な体格差がある。ミリルは元々が女の子としてもやや小柄な体格なうえ、今はまだ十二歳。大人で、鍛え抜かれた強靭な肉体を持つギルディスの猛攻を受け続けるのは、筋力的にも体力的にも限界があった。


 ミリルも当然そのことは理解している。だが何とか距離を取ろうと思っても、ギルディスがそれ以上の速度で間合いを詰めてくるのだ。


 ティアがやったように、銃で剣を受けることで跳ぶ方法もギルディスが警戒しているため使えない。ギルディスが時折放つ横薙ぎの一撃は、間違いなくそれを誘っている。おそらく、距離を取ろうと跳んだところへギルディスが魔法で壁を作ればおしまいだ。ティアが負けたのと同じ道を辿ることになるだろう。


 ギルディスの剣に徐々に押され始めるミリル。


 だがこのままでは終わらない。


 バチィッ! と空気の爆ぜる音。


 ギルディスの剣戟に圧され、僅かに後ろに下がった瞬間、ミリルが属性魔法で雷撃を放ったのだ。黄金色の雷が空気を焦がして走る。


 至近距離から放たれた雷撃。


 さすがのギルディスも躱しきれないだろう。溜めも無しで咄嗟に放ったため威力はあまり高くないが、一瞬でも動きを止められれば再び距離を取れる……はずだった。


 だが、ギルディスは避けなかった。雷撃を恐れることなくミリルへと向かっていく。


 決して当たっても大丈夫だと思ったのではない。当たらないことが分かっていたのだ。


 轟く爆音。


 だがギルディスは止まらない。


 ミリルの適性属性はわからなくても魔法を使うことは読んでいたギルディスが、その射線上に直径十センチほどの岩を魔法で生成。それを盾にすることで雷撃を防いだのだ。その読みの正確さは、まさにベテランならではだ。


 間合いは変わらず、接近戦。


 さすがのミリルも、これ以上ギルディスの剛剣を捌ききることは難しかった。


「おおおおっ!」


 ギルディスの咆哮とともに放たれた一撃をミリルは完全に捌ききれない。わずかに軌道がずれた剣が、勢いそのままにミリルの肩を掠める。


 わずかに掠っただけとはいえ、それはギルディスの膂力をもって繰り出された一撃だ。予想以上の威力にミリルの小柄な身体がわずかにバランスを崩す。


「終わりだ!」


 跳ね上がるように切り返された剣がミリルの空いたわき腹に迫る。


 ミリルも何とか銃で受け止めようとするが、ミリルの小さな身体では重いバスタードソードによる一撃を受けきることはできなかった。


「ぐぅっ!」


 銃での防御はギリギリ間に合ったものの、衝撃は殺しきれずミリルの顔が苦痛に歪む。そのまま十メートル程弾き飛ばされたミリルは、空中でどうにか体勢を立て直し、何とか倒れることなく足で着地した。


 しかしそのダメージは大きかったようだ。


 げほっげほっと激しく咳込み、苦しげに脇腹を押さえて蹲ってしまった。


「そこまで!」


 立会人の終了の合図が修練場に響いた。


 その声でギルディスも剣を下す。ミリルとの戦いが楽しかったのか、その顔には満足気な笑みが浮かんでいた。


「ま、まだやれるわよ」


 痛みに顔を歪めながらも、ミリルは試合の継続を訴え立ち上がろうとする。ミリルの目にはまだ燃えるような闘志が残っているのだ。


 だが、これ以上戦いを続けるのは難しいだろう。無理して立ったところで、傷ついた体ではギルディスに敵うはずもない。


「お二人とも忘れてるかもしれませんが、これはあくまで試験のための模擬戦です。あなたの強さは十分わかりましたので、無理に続ける必要はありません」


 なおも反論しようとするミリルだったが、結局、立会人が終了を宣言してしまったので、これ以上模擬戦を続けることはできなかった。


 第二戦もこちら側の敗北。その事実にミリルが悔しそうにうめき声を上げた。


 ティアやミリルの戦いぶりを見ていると忘れてしまいそうになるが、元上級冒険者に善戦できる新人などまずいない。実は相当凄いことをしているはずなのだが、そんなことは何の慰めにもならないだろう。


 痛む脇腹を抑えるミリルの顔を見る限り、しばらく機嫌が直ることはないだろう。リオンが頭を撫でればご機嫌のティアと違って、ミリルは頭を撫でると間違いなく怒る。


 しかし次はリオンの番だ。なので、不機嫌なミリルにはティアに慰めてもらうか、ジェイグを殴って気晴らしでもしてもらうとしよう。悔しそうなミリルの顔を眺めながら、リオンはそう心に決めるのだった。


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