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エメネアの闇

 エメネア王城内の一室。十名近くが座れそうな豪奢な円卓を囲むように、国王を含むエメネア国内の重要人物が一堂に会していた。


 手すりや背もたれのなどにまで細かい芸術的な細工の施された椅子に各自が座る中、ただ一人シューミットだけが入り口を背に立ったまま、その場の全員の視線を集めていた。


「報告を聞こうか、シューミット隊長」


 ヴァイロン軍務卿の厳格な声に促されたシューミットは、少しの逡巡ののち、おもむろにその事実を口にした。


「結論から申し上げますと、孤児院の経営者は間違いなくアスティア族です。腕の刺青も確認しました」


 シューミットの言葉に、部屋の中から息を飲む複数の男の声が聞こえた。


「あの戦場から生き延びた者がいたのか……」


 重いため息とともに吐き出されたヴァイロンの言葉に、シューミットが否定の言葉を返す。


「いえ、あの者はどうやら我らがアスティアの集落に攻め入るよりもかなり前、まだ幼い頃に集落を出ていたようです。家出、ということでしょう。それ以来一度も集落に戻ったことはないそうです。自分の故郷がすでに滅んでいることも知らないでしょう」


 それは事前の諜報部の調査と、自分が直接赴いて探りを入れた結果わかった事実である。


「我が国への復讐を企て、嘘の情報を流している可能性は?」

「自分の出自を隠している素振りは一切ありません。もし、よからぬことを企んでいるならば、我々の前に腕の刺青が見えるような格好で現れるはずがありません」


 先日、盗賊への注意喚起という名目で孤児院を訪れた際の彼女の姿をシューミットははっきりと覚えている。夕飯の準備の最中だったのか、袖を捲り上げ、腕の刺青を隠そうともしなかった。あれで復讐を企んでいるとしたら、あまりに間抜けが過ぎる。


「しかもその刺青について尋ねたところ、あっさりと自分の故郷の風習だと教えてくれました。一族の復讐という線はまずないでしょう」

「例のアーティファクトについて、その女は何か知っているのか?」


 アーティファクト。それは神の遺物、神秘の秘宝などと呼ばれる、この世界に残存する古代の魔導具。


 主に遺跡や洞窟などから発見されることが多く、現在発見されているアーティファクトの数は十五ほど。しかもその多くは解析が難航しており、いまだに効果や使用方法がわからないものが多い。というのも、アーティファクトのほとんどが未知の魔術文字や魔術陣を施されているため、下手に発動させて取り返しのつかない事態になることを防ぐためである。過去に、それで小さな町一つが壊滅するという事件があったくらいだ。研究には細心の注意が必要なのだ。


 また、解析が済んだアーティファクトがもたらす利益というのも莫大なものとなる。その最たる例といえば、やはり魔空船の核となる重力軽減の魔術陣の発見だ。これにより人類は、それまで未踏の大地であった浮遊島へと足を踏み入れることができるようになった。遠く離れた国々への移動も容易になり、人や物の交流も盛んに行われている。まさに世紀の大発見である。


 そんなアーティファクトの一つがアスティア族の集落にあるとわかったのは、本当に運が良かったと言うほかない。アスティア族は閉鎖的な民族で、森の外にでることはなく、掟によりよそ者が集落の近くで発見された場合は問答無用で処刑される。そのため数百年の間、深い森の奥で外に知られることなく守られていたというわけだ。


 件のアーティファクトは数年おきに原因不明の発光を繰り返していた。その発光周期に、偶然エメネアの魔空船が上空を通過したのは、まさに神の思し召しとでも言うべき幸運だった。


 もっともアスティア族にとっては、一族最大の不幸であったのだろうが。


 発見後、アーティファクトを秘密裏に奪い、独占するための軍が組織された。

 表向きは野蛮な北方の異民族討伐という名目だったが、その軍の数はおよそ五百。アスティア族は事前の調査で二百人弱であることが分かっていた。


 人数比は倍以上。

 アスティア族掃討作戦はエメネア軍の圧勝で終わるかに思われた。


 しかし、アスティア族は地の利を活かして、数で勝るエメネア軍を相手に善戦した。さすがに数的な不利を覆すことはできなかったが、蓋を開けてみれば、たった二百人にも満たない部族の掃討に、エメネア王国軍は三〇〇名近い死者を出す事態となった。


 シューミットはその時の生き残りであり、アスティア族を直にその目で確認した数少ない王国騎士の一人であった。


 だからこそ、今回の件でシューミットが責任者となった。

 そして孤児院の女がアスティア族かどうかの最終確認も、シューミットが直接行ったというわけだ。


「いえ、それは確認できませんでしたが、知っている可能性はまずないと思われます」

「ほう……その理由は?」

「あのアーティファクトの存在はアスティア族内でも秘匿されており、それを知るのは長を含むごく一部の大人のみであったことが確認されています。幼い頃に集落を出ている以上、アーティファクトについては何も知らないかと」

「だが、集落の居場所を知っていることには違いあるまい。もしも集落の場所が周りに漏れ、誰かにそこを嗅ぎ付けられれば、アーティファクトの存在も知られてしまうのではないか?」

「……」


 その問いに、シューミットは重い沈黙で答える。


 発見されたアーティファクトは、集落から少し離れた遺跡に固定されており、持ち帰ることができなかった。そのため、現在はその集落に研究所が設けられている。場所を含む研究所の情報が絶対に外に漏れないよう、全ての情報は王国によって徹底的に管理されている。生き残った兵士のほとんどは研究所の警備に回され、王都に残っているのは、シューミットのような信頼のおける一部の人間のみとなっている。


 ゆえに、万が一孤児院の女から集落の居場所が漏れれば、それはアーティファクトの存在や、エメネアがそれを独占しているという情報が他国に漏れる可能性があるということだ。


 それはこの国の立場を危うくし、近隣諸国がエメネアに攻め入る口実を与えるということに繋がる。この国の騎士として、見過ごすわけにはいかない。


「ならば……やはり殺すしかあるまいな。それも、王国の関与を悟られぬよう、秘密裏に」


 やはり、そうなるか。予想通りとはいえ、自分の報告によって奪われる命を思って、シューミットは気づかれぬように小さく歯噛みした。


「やるならば、子ども達諸共だな。子供とはいえ、下手に手心を加えて王国騎士の関与が表沙汰になっては元も子もない」

「孤児院内に集落の存在を知られるような物があっても困る。殺した後は孤児院に火を放ち、表向きは孤児院の火事ということにするのが最善かと」

「情報操作も必要だ。孤児院にシューミット達が向かったのは数人の市民に目撃されておる。盗賊への警戒を理由にした以上、実際に騎士の何人かを盗賊対策に派遣すればいいだろう。その他に、孤児院襲撃の際に人が集まらないように、対策を練る必要がある」


 やりきれない思いを抱えたシューミットを置き去りにして、国王を含む上層部の人間による暗殺の計画の話が粛々と進められる。すでに彼らの中では、彼女の死も孤児院の粛清も決定事項となっているようだ。


「すでに孤児院を出ている子ども達はどうしますか?」


 そんな中、一人の男の口から出た発言がシューミットの心を激しく揺さぶった。


「やはり殺すしかないのでは?」

「集落の場所を女から聞いているかもしれない」

「情報を隠すなら、そうするのが得策かと……」


 話が着々と最悪な方向へと進んでいく中、シューミットは先日孤児院の前ですれ違った少年の顔を思い出していた。


 十二歳という年齢に似合わぬ実力の片鱗。


 晴れ渡る空を思わせるような澄んだ眼。


 あのあとで確認した事前の調査結果によれば、少年の名は確かリオン。魔空船に強い興味を示し、その入手のために一途に冒険者を目指している少年。


 あの年でバウンドラビットに速さで追いつくらしい。実に卓越した身体能力だ。


 冒険者への登録を済ませたあとには、エメネアを出るというところまでシューミットは確認している。


 きっと将来は一流の冒険者となるであろう逸材。


 それをこんな大人たちの汚い企みで、その芽を摘み取っていいのだろうか。


「……孤児院を出た者にまで手を出す必要はないかと思われます」


 気が付けば、シューミットはそう口を開いていた。


 会議を続けていた男たちの目が一斉にシューミットへと向けられる。


「何故そう思う?」

「……かの者が孤児院を始めたのは、二十年近く前のこと。すでに何人もの子どもが孤児院を巣立っており、その中には現在は外国に住んでいる者も大勢おります。それら全てを暗殺して回ることはできません」

「うむ……」


 シューミットの弁に、ヴァイロン内務卿を含むエメネアの重鎮たちが思案気に唸る。そこに畳みかけるように説得を続ける。


「今、王都に居る者も同じです。かの孤児院の出身者が次々に死んでいけば、何者かの関与に気づく者は孤児院の人間以外にも出てくるでしょう。集落の存在を隠すためならば、孤児院のみを狙い、ただの事故として隠ぺいするのが最善かと思われます」

「では、孤児院の人間が反乱を企てているということにするのは?」


 円卓に座る重鎮の一人が一つの案を提示してくる。


「さすがにそれは無理があるかと。それでは今度は国外の孤児院出身者が、国に疑いの目を向けることになります。あらぬ嫌疑の理由が、経営者の出自にあると気付く者は少なからず出てくるでしょう。やはり、孤児院に残る者のみに標的を絞ることこそが最善。下手に藪を突いては、蛇に咬まれるだけです」


 半ば強引ともいえる理屈ではあるが、一応の筋は通っているはず。戦うのが仕事の一騎士風情の言を、国の重鎮たちがどこまで聞き入れてくれるかわからないが、後悔はせぬよう出来得る限り抗うつもりだ。


 シューミットは内心の焦りを必死に隠し、重鎮たちの次の言葉を、固唾を飲んで待ち続けた。


「……シューミットの言葉も一理ある」


 永遠とも思えるような沈黙を破ったのは、この国のトップ。現国王であるフェルディナンド・ヴィル・エメネアその人であった。


「孤児院ができてからすでに二十年近く経つというのなら、それはつまり事態を完全に収拾する機会をすでに逸しているということ。下手に手を広げても、無為に傷を広げるだけ。隠そうと思えばこそ、逆に手を出さぬというのもありだろう」


 そこで一度言葉を区切ると、国王はゆっくりと顔を上げ、シューミットの方へと視線を向ける。


「それにアスティア族討伐の最大の功労者であり、次期将軍候補の筆頭とも言われる男の忠告だ。信の置ける人物であり、今回の件の責任者でもある。その言を無下にするわけにもいくまい」


 国王の言葉に思わず、安堵の表情を浮かべそうになるのを寸でのところで堪えたシューミット。それに気付いたのかどうかはわからないが、国王は「ただし」と前置きをしたうえで、その目を細め、シューミットの眼を射抜くように見据えた


「その女が故郷へ戻る可能性だけは確実に潰さねばならん。ゆえに女の暗殺と孤児院の隠滅は決定事項だ。シューミットには最後までその責任を全うしてもらわねばならん。それはわかっているな」

「……承知しております」

「ならばよい。幼い子どもの命を奪うという役目は、お前にとっても辛かろうが、この国のためだ。失敗は許されんぞ」

「御意」


 深々と一礼して、シューミットは部屋を後にした。

 やれるだけのことはやった。


(あとは……あの少年がすでに孤児院を出ていてくれるといいのだが)


 そう願いながらも、シューミットは予感していた。

 

 あの少年といずれ剣を交えることになる、と。


 それが明日になるのか、それともまだ先のことになるのかはわからない。


 だが、その時には自分も覚悟を決めよう。


 自分はこの国の騎士なのだから。


 シューミットはそのことを誓いながら、薄暗い城の廊下を早足で歩く。

 

 静寂が支配する廊下にコツコツと大理石の床を打つ規則正しい足音が響く。それはきっと、これから起こる悲劇へのカウントダウン。


 リオン達の運命を変える夜は、すぐそこまで近づいていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ~研究には最新の注意が必要なのだ。 最新→細心 でしょうか。 ~数で勝るエメネア軍を善戦した。 数で勝るエメネア軍に善戦した。 もしくは 数で勝るエメネア軍を相手に善戦した。 でしょ…
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