空船団結成の誓い
「ティア……」
楽しげな表情でジェイグとミリルのやりとりを見ていたティアがリオンの方へと視線を向ける。一輪の花のような微笑を浮かべるティアの表情に思わず見惚れてしまうリオン。訊ねようと思っていた言葉が一つも出てこない。
そんなリオンの視線をどう捉えたのかはわからないが、ティアは小首を傾げ、少し困ったような表情を浮かべた。そんな仕草でさえも、リオンの胸をざわつかせるには十分な魅力を秘めている。
「なあに、リオン? まさか私一人置いていくなんて言わないわよね?」
穏やかだが有無を言わせぬ口調。やはり本気のようだが……
「治療院の仕事はどうするんだ?」
「ジェイグと同じよ。今日で辞めたわ」
ティアの態度からそう言われるのは予想していたが、こうもあっさり言われるとリオンとしても反応に困ってしまう。
「ティアなら絶対に引き止められただろう」
「初めからそういう契約で雇ってもらってたから。少しは残念そうな顔されたけど、特に何も言われなかったわ」
「初めからって……ティアがあの治療院に入ったのは、五年も前だろ?」
「ええ、そうね。でも、その時から私はリオンに付いて行くって決めてたから」
ジェイグに続いてまさかの告白。さすがにそこまでは予想していなかった。
驚きの連続で、冷静さが売りのはずのリオンも困惑を隠せなくなっている。
「そもそも治療院で働き始めた理由だって、冒険者の旅なら薬草とかケガの治療の知識が必要かなって思ったからだもの。私の実力はリオンも知ってるでしょうし、生属性の適性者は少ないんだからお役に立てると思うわ」
「いや、それはそうなんだが……」
「うふふ、こんな困惑した顔のリオン初めて見たわ。こんな貴重な顔が見られたのだし、私たちを置いていこうとしてた事実はこれで許してあげる」
いたずらっぽい微笑み。
いつもは天使のように見える笑顔が、今日だけはちょっと小悪魔に見える。
(この笑顔に弱いんだよなぁ、俺は……)
内心で自分の弱点に苦笑いを浮かべつつも、だがこれだけは聞いておかなければならない、とリオンは顔を上げる。そして、真剣な眼差しで、真っ直ぐにティアの透き通るような青い瞳を見つめて問う。
「危険な旅になるぞ?」
「もちろん、覚悟はできてるわ」
「死ぬ可能性もある」
「なら、なおさら行かないわけにはいかないわ。皆に死なれるのは嫌だもの」
「……人を殺すことだってあるかもしれない」
「そうならなければいいとは思うけど……それも覚悟の上よ」
リオンの視線を受けても、その穏やかな表情に一切の陰りは見られない。静かだが力強い覚悟が、その空色の瞳には確かに宿っていた。
「というか、どうして私にだけそれを聞いて、他の二人には聞かないのかしら?」
「うっ……いや、それは」
逆にティアに問い返されてしまい、リオンが視線を逸らすことになった。
ティアにだけこの質問をしたのは、もちろん理由はある。理由はあるのだが、それをこの場で話すのは尻込みしてしまう。いきなりで心の準備ができていないのだ。まさか勢いで話すわけにもいかないのだから。
あと、さっきからジェイグの顔がウザい。物凄いニヤニヤした顔でリオンを見ている。その顔はまるで「言っちゃえYO! YOU言っちゃいなYO!」とでも言っているようだ。思わず刀の錆にしてしまいたくなるが、今はそれどころではない。
「まぁいいわ。とにかく、私も一緒に行くから。これからもよろしくね」
「……本当にいいんだな?」
「もちろん。というか、リオンも昨日言ったじゃない」
「ん? 俺が何か言ったか?」
「言ったわよ。私を悲しませるようなことはしないって」
「あ……」
「リオンに置いて行かれたら私はとても悲しいわ。ショックで立ち直れないかも」
「うっ……」
「だからリオンは絶対にそんなことしないわよね?」
悲しいという言葉の割に、ティアの表情は実に楽しそうだ。大人びた表情で笑うティアを見て、リオンはすでに何度目かわからない言葉を心の中で呟くのだった。
(本当に、どうしようもないくらい、俺はティアには敵わないな……)
完全な敗北宣言。
だがまったく悪い気はしなかった。
「わかった。皆で行こう。これから何があっても、俺たちなら大丈夫だ。必ず魔空船を手に入れて、この空を自由に飛んでやろう」
「おうよ!」
「と~ぜん!」
「ふふ、楽しみね」
リオンの言葉に三人がそれぞれに反応を返す。
ずっとこの孤児院でともに過ごしてきた仲間たち。そしてこれからも同じ目標に向かって共に歩いていく最高の友と、全員がしっかりと見つめ合う。
きっと、この仲間となら夢を叶えられる。
自分の死さえも越えて、それでも諦めきれなかった夢を。
リオンはこの時、そう確信したのだ。
そして誓った。
この仲間の想いを無駄にしない。絶対に夢を叶えてみせると。
「じゃあよ、せっかくだし誓いの儀式をしようぜ」
「「「誓いの儀式?」」」
突然のジェイグの提案に、三人の頭に同時にハテナが浮かぶ。
「おう、誓いの儀式だ。と言っても、別に大したことするわけじゃねえけどな。こうやって全員で手を合わせて、チーム結成の誓いを立てるんだよ。冒険者ならパーティーだけど、いずれ魔空船を手に入れるなら空船団ってところだな」
そう説明して、ジェイグは右手を四人がいる丁度中心くらいの位置に伸ばす。
どうやら前世でスポーツの試合の前とかにやるような円陣をやろうってことのようだ。これが、この世界の誓いの方法だとは、リオンも初めて知った。
「なんか昔見た冒険者の自伝で見たんだけどよ、パーティーを組むときにやってたらしいんだよ。で、それがかっこ良かったから、せっかくだし俺らもやってみよう」
「珍しいな、ジェイグが本を読むなんて」
「俺だってたまには本くらい読むわ! てか、そういうことじゃねえんだよ。な? こうして四人の気持ちが一つになったわけだし、やっておこうぜ、な?」
ジェイグがここまで頑なに提案してくるとは珍しい。リオンの軽口を流してしまうくらい、やりたくて仕方ないのだろう。よほどその冒険者に憧れているのかもしれない。
「まぁ別に構わないが……」
「まったく、男くさいというか……しょうがないからやってあげるわよ」
「ふふ、なんだかおもしろそうね」
ワクワク顔のジェイグの手に、リオンはやれやれといった顔で、ミリルは文句を言いながらも満更でもなさそうな顔で、ティアはいつもの穏やかな顔で、それぞれの手を重ねていく。
「じゃあ、やるか」
「……ところで、誓いの儀式って何を言うんだ?」
全員が手を重ね終えてから、肝心なことを聞いていなかったことを思い出したリオン。ジェイグの声に待ったをかけて、その内容を問う。
「そりゃあ、パーティーの名前を言って、力を合わせて共に戦うことを誓うんだよ」
「……名前は?」
「……あ」
ジェイグに三人からの冷たい視線が突き刺さる。
どうやら完全に気合が空回りしていたようだ。
「そんな肝心なこと決めてないんじゃできるわけないじゃない!」
「うっせえミリル! じゃあお前が考えれよ!」
「はぁ!? 何であたしが考えなきゃなんないわけ? 言いだしっぺが考えなさいよ」
「ええと……じゃあ! 『スーパージェイグ団』」
「「却下」」
ジェイグのセンスゼロのチーム名を、リオンとミリルが間髪を入れずに否定する。
「さすがにそれはちょっと……」
「うぐっ、ティアにまで否定されるとは……」
優しいティアにまでやんわり否定されて、ジェイグが涙目になる。
「むしろ否定されないと思った、お前の感性を疑う」
「なにおう! そんなに言うならリオン、お前が考えろよ」
「……俺が?」
まさかの矛先がリオンへと向かった。
「そうね、そもそもの発端はあんたなわけだし」
「私もそれが良いと思うわ」
ミリルとティアもそれに同意する。どうやらリオンの意見を全面的に賛成してくれるらしい。これは責任重大だ。
しばしの間、リオンは自分たちに相応しいパーティー名を思い浮かべる。
(さすがに自分たちの名前とかカッコ悪くて使えないし……なら、俺たちの共通点とか? けど属性は皆バラバラだし、武器もバラバラ。というか、性格も好みも全然違うから、共通点なんて、それこそこの孤児院くらい……)
そこまで考えた瞬間、リオンはまるで天啓を受けたかのように、一つの名前が頭に浮かんできた。
「……黒の翼、とかどうだ?」
それはこの孤児院、『黒ふくろうの家』の名前から連想した言葉。
黒ふくろうとは、先生の故郷の言い伝えに出てくる鳥のことらしい。言い伝えの内容は覚えていないが、リリシア先生がその言い伝えからこの孤児院の名前を付けたと聞いたことがある。
黒いふくろう。
つまり、黒の翼を持つ鳥ということ。
この孤児院の仲間とともに結成する空船団に、これ以上相応しい名前はないだろう。リオンは自分で考えたことながら、そう確信していた。
「黒の翼か……いいんじゃねぇか。この孤児院出身の俺たちにピッタリだ」
「そうね、悪くないわ。リオンのくせに、なかなか良い名前だと思うわ」
「ふふ、じゃあそれで決まりね」
三人の評価も良好だ。その反応を受けたリオンが不敵に笑う。
「じゃあ、今日から俺たちは空船団『黒の翼』だ。これからそれぞれの夢や目標のために、共に力を合わせて戦うことをここに誓おう」
「おう!」「もちろん!」「ええ!」「よっしゃあ!」「ニャー!」
こうしてリオンたち六人はここに誓いを……
(ん? 六人?)
おかしい……自分たちは四人しかいなかったはずなのに、なぜか重なった手が六本もあった。あと、掛け声も二人分多かった気がする。
ほぼ同時にそのことに気付いたリオンたち四人は、増えた手の主へと一斉に視線を向ける。
「へへ」「ニャー」
いつからそこにいたのか、さっきまでキッチンでリリシア先生と片付けの手伝いをしていたはずのアルとファリンが、さも当然といった顔で右手を伸ばしていた。
「当然、オレも仲間に入れてくれるよな?」
「ニャー、このファリンちゃんを仲間外れにしようったってそうはいかにゃいニャ」
左手で鼻の下を擦りながら、「へへん」と笑うアルに、いたずらが成功した時のように八重歯を出して無邪気に笑うファリン。
セリフも表情も違うが、どちらも言いたいことは同じだ。
すなわち、「自分も連れて行け」である。
それを理解したリオンたち四人は同時に視線を合わせて頷く。
空船団結成からわずか一分。
今、四人の心は完全に一つになった。
「さぁ、良い子はおねむの時間だ」
「ちょっ、離せよジェイグ!」
「ニャー! 猫みたいな持ち方はやめるニャー!」
ジェイグが素早く二人の後ろに回り込み、服の後襟を持ち上げる。
その姿はまさに狩人に捕らえられた獲物。アルとファリンの獣耳と尻尾が、余計にそのイメージを掻き立てる。
「アルとファリンには、お姉ちゃんが子守唄を歌ってあげるわ」
「わーい、ってその手には乗らないニャ!」
「ティア姉、オレはそんな子どもじゃない!」
ティアがお姉さんオーラ全開のスマイルで二人を宥めにかかる。
さすがにこの年の子どもに子守唄はどうかとリオンは思うが……一瞬引っかかりかけたファリンちゃん(九歳)の将来が心配だ。
ちなみにアルは、ティアとミリルのことをそれぞれティア姉とミリル姉と呼ぶ。
「言うことを聞かない悪い子にはお仕置きしないとなぁ」
「ひ、卑怯だぞ、リオン」
「ニャー! 暴力反対ニャー!」
ポキポキと二人の恐怖を煽るように指を鳴らして近づくリオン。その表情は二人を震え上がらせるには十分なほどに、好戦的で嗜虐的な笑み。
サディストの気質を前面に押し出して、魂を奪う悪魔のごとく二人の反抗心をそぎ落としていく。
「もうめんどいから、いっそこのミリル特性睡眠弾で――」
「「「「「それはやめろ(て)(なさい)(るニャ)!」」」」
リオン以上の悪魔がいた。
全員から総ツッコミを受けるほどの、壮絶なボケ(本人は本気)をかましたミリルは、実につまらなそうな顔で引き下がっていった。
多分、ミリルは新作の実験をしたかっただけだろう。
結局、このあとしばらく二人を宥める作業が続いた。だが一向に言うことを聞かない二人に、リオン達が埒が明かないと思いかけたところで、リリシア先生の「うるさい! いつまで騒いでるんだ!」という怒号とともに放たれた雷撃により、お子様二人は撃沈。朝までぐっすりと、気絶という名の睡眠を取ることになった。
やっぱり、この家ではリリシア先生が最強だった。