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偽物《フェイク》

「あ? 何でお前らがここに?」

「何で二人がここにいるの?」


 ミリルが持っていた書類から顔を上げて、怪訝そうな顔をこちらへ向けている。青と緑のオッドアイに困惑の色が浮かんでいる。そのミリルの後ろから書類を覗き込んでいたジェイグも、しきりに首を傾げている


 対してこちらでこの状況に困惑しているのはアルだけだ。ティアも突然の再会に驚きはした。部屋の中に入る前から人がいる気配には気付いていたし、警戒もしていたが、それがミリル達だとは思ってもみなかったのだ。


 だがミリル達がディーノの父親が行方不明になった灯台に向かったことを考えれば、この状況も自ずと推察できる。


(灯台かその近辺にも、この施設に繋がる入口かそれに繋がる情報があったってことでしょうね)


 自分達が都市外からの出入口を発見したように、ミリル達も都市の内部からこの場所まで辿り着いたのだろう。魔導具やそれに類する仕掛けに詳しいミリルなら、隠された入り口を発見することもできるはずだ。


 一方、ミリル達からすれば、ティア達がここにいる事情はわからないだろう。なにせティアとアルは、ギルドや都市内で失踪者の目撃情報や不審な魔物の情報などを調査し、戻ってきたリオン達と合流しているはずなのだから。


 ましてやここは敵の本拠地とも言える場所。潜入するなら、変身魔術や闇魔法を使えるファリンがいないことはおかしい。リオン達の失踪を知らないミリル達からしてみれば、ティアとアルの二人だけで来ていることを不思議に思っても仕方ないだろう。


「ミリル達の詳しい報告も聞きたいところだけど、まずは私達の状況を説明するわね」


 そう言って、昨日ミリル達と別れてからの流れを説明する。話が進むにつれて、真剣な表情で聞いていた二人の顔に陰りが浮かんでくる。


「そう、あの二人が……それは心配ね」

「ああ、早く見つけて助け出してやらないとな」

(…………え?)


 心の底からリオンとファリンの身を案じる二人。仲間の行方が分からないとなれば、それは自然な反応だろう。


 だがそんな仲間の姿に、ティアは強烈な違和感を覚えていた。


(リオンのことで、ここまで二人が動揺するかしら?)


 言葉だけを見れば、二人とリオンの関係を疑っているようだが、実際は逆だ。


 心配性な自分と違って、二人のリオンへの信頼は篤い。それはリオンに限った話ではなく他のメンバーに対しても同様だが、それでもリオンに対するそれは特別だ。ビースピアでリオンが屈辱的な敗北をしたあとでも、その信頼が損なわれることは無かった。


 もちろんリオン達の行方不明を知れば、当然調査には乗り出すだろう。たった一日とはいえ、リオンが音信不通になれば、何らかのアクシデントに巻き込まれたことは疑いようがない。多少なりとも心配はするだろう。


 だがきっと二人ならば、ティアの話を聞いたとしても「ったく、どこほっつき歩いてるわけ、あの空バカは」とか「ま、どうせほっといてもそのうち戻ってくんだろ」とか「むしろファリンと一緒に潜入でもしてんじゃないの?」とか「もしかしたら、すでにここの連中をぶっ飛ばしたあとかもしんねぇな」などと言いそうだ。


 そんな二人があっさりと不安を口にするとは、ましてやリオンを“助けてやる”などと言うとは考えられなかった。


 それはどうやらアルも感じていたようで、目の前の二人を見ながら首を傾げている。


(まさか、二人は偽物? ……そういえば、最初に会った時の二人の態度や口調も、今思えば違和感だらけね)


 思えばティア達がここに現れた際、ミリル達はこちらを全く警戒していなかった。それもここが敵地のど真ん中であるにも関わらずにだ。ミリル達はこちらの気配に気付かないほど未熟ではないし、仮に気付かなかったにしても、扉を開いた瞬間に武器を構えるくらいはするだろう。気付かないふりをする理由も無い。


 口調もそうだ。ジェイグは長い間鍛冶師の親方の下で修業してきたため、もっと乱暴な話し方をするし、ミリルの口調もどこか弱々しい印象を受ける。


 であれば、目の前の二人がミリルとジェイグの偽物であることは、まず間違いないだろう。


(可能性としては二つ。一つは、ファリンみたいに高度な変身魔術の使い手がいる可能性ね)


 リオンと共に行方不明のファリンは変身魔術の達人だ。これまでに何度もその手腕に助けられ、あるいはイタズラで使用されて手を焼かされてきた。


 だが本人のイメージが大きく結果を左右する変身魔術で、他者そっくりに化けることは酷く困難だ。それに変身魔術では、声までは変えられない。


 声や仕草までそっくりにできるのは、ファリンの優れた観察眼と演技力、そしてもはや神技とも言える声マネ技術があってこそのもの。目の前の偽物は、口調や仕草は穴だらけだが、声は確かに二人のものだ。ファリンのように声まで真似ることができる人間が、他に何人もいるとは思えない。


 それに臭いもそうだ。変身魔術はあくまで、姿のみを別人に見せるだけだ。その人特有の臭いまではどうしようもない。


 にもかかわらず、人より嗅覚の発達した狐獣人のアルが、二人に気付かないのはおかしい。


 他人が変身魔術を使っている線は無いと言ってもいいだろう。


(ならもう一つの可能性……“あの魔物”が擬態している)


 思い浮かぶ厄介で悪辣な可能性に、ティアは思わず歯噛みしそうになった。


 この世界には危険な魔物は数多くいる。その“危険”の種類も、魔物によって様々だ。


 純粋な強さを持つ魔物。人間の女を攫い、種の繁殖に利用する魔物。海に潜み、船を襲う魔物。毒液や毒ガスを撒き散らす魔物、あるいは体そのものが毒液、毒ガスでできた魔物もいる。ガルドラッドに現れ、他の魔物を操ったアルルーンカイゼリンこと“新緑の女帝”は、自身の戦闘能力こそ低いとはいえ、最上級に危険な魔物と言えるだろう。


 そしてそんな魔物の中には、一部の動植物のように“擬態”と呼ばれる方法で他種族を騙して襲う魔物もいる。普通の樹木に擬態する『トレント』や、岩に擬態する『ロックアルマジロ』、周囲の色に合わせて体色を変える『アサシンカメレオン』など。先程倒したリビングスタチューも、石像に擬態した魔物と言えるだろう。


 そんな擬態魔物の一つに、『フェイクスライム』という魔物がいる。


 このフェイクスライムは、人間に擬態する。『鏡面』と呼ばれる体器官に映し出した相手そっくりに身体を作り替えるのだ。その擬態能力は凄まじく、その相手が着ている服まで含めて一瞬で模倣する。臭いまで模倣してしまうというのだから驚きだ。そうやって人間に近づき、不意を突いて殺した後、体内に取り込んで捕食する。


 だがそんな擬態能力を持つフェイクスライムだが、ギルドが認定している危険度は、四級止まりだ。


 というのも、フェイクスライムは姿形や臭いなどの模倣は完璧だが、知能はさほど高くはない。人間のように言葉を話すこともできず、無言で近づいてくるだけだし、時には本人がすぐ傍にいるのに仲間の一人に擬態するという間抜けな行動を取ることもある。


 ゆえにしっかり知識を持って警戒していれば、そうそう恐れる必要のない魔物なのだ。


 だが今目の前にいる偽物は、ミリル達の声を使い、拙いなりにも彼女らのフリをしている。ただのフェイクスライムには考えられない行動だ。


 しかしティアには、その答えがすでにある。


(魔物の合成……より知性の高い魔物と合成したか、あるいは……)


 ――人間と合成したか。


 その可能性を思い、ティアは背筋がゾクリと寒くなるのを感じた。


 今回は敵の模倣の拙さに助けられたし、仮にどんな天才役者が真似をしようと、家族の偽物ならばすぐに見抜ける自信がある。


 だがもし例えばここにいたのが顔しか知らないディーノの父親だったとしたら……あるいは顔見知りの冒険者だったとしたら……彼らが偽物だと見抜くことは難しかっただろう。


 もちろんそう簡単に不意打ちを許したりはしないが……


 またこの実験が表に出れば、どんな悪事に利用されるか考えるのも恐ろしい。やはり魔物との人間の合成実験は、決して世に解き放ってはいけない厄災だと同じだと考えていいだろう。


「ねぇ――ねぇ、どうしたの? 急に怖い顔して」


 ふと、ミリルの顔をした何者かに声を掛けられ、ティアは思考の海から意識を戻す。


「……いえ、何でもないわ。ちょっと考え事をしてただけ」

「心配しなくても、二人なら大丈夫よ。元気出して」

「………………ええ、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」


 そう言って朗らかに笑うミリルの偽物に、心がざわつくのを感じる。


 一見すると仲間を優しく気遣っているように見えるが、その裏に潜むのは間違いなく悪意だ。


 だいたい、あのミリルがこんな素直なわけがない。本物のミリルならば「心配し過ぎよ。ホント、旦那のことになるとすぐこれだわ」と少し呆れたように肩を竦めるだろうし、お礼を言われれば絶対に素直には受け取らない。「べ、別にお礼を言われるようなことしてないしっ」とでも言って顔を逸らすか、「お礼なんていいわ」と肩を竦めるに決まっている。


(やっぱり不愉快ね……得体の知れない誰かに、家族のフリをされるなんて)


 これが同じ家族であるファリンのイタズラなら笑って許せる。まぁ自分の姿でリオンを誘惑された時には、さすがに本気で怒ったが……


 悪意を持った誰かが、大切な家族の姿で笑っている。いつも自分を愛してくれる家族の顔を、こんなに不快に思う日が来るとは思ってもいなかった。


 本当なら今すぐ目の前の二人を斬り捨ててしまいたい。


 だがそれをすぐに実行するのは躊躇われた。


 もう二人が偽物だということはほぼ確信している。万が一本物だったとしても、あの二人ならティアの攻撃を避けるなり防ぐなりすることは容易いだろう。


 ティアの懸念は別なところにある。


 一つは、本物のミリル達の所在だ。


 敵がミリル達の姿に化けるためには、本人の姿を『鏡面』に映さなければならない。つまり本物の二人が、この施設内にいる可能性が高いのだ。二人が敵に捕まった可能性は低いと思うが、万が一もある。


 そしてもう一つの懸念。それは――


(もしも彼らが人間だったら……)


 彼らがフェイクスライムの合成体であるとして、その合成元が知能の高い他の魔物か、それとも人間なのかが判断できない。


 もし前者ならば何も問題が無い。


 だがもし後者なら……それも合成元の人間が、連れ去られただけの一般人だったとしたら……誰かに操られたり、無理やり従わされているだけだとしたら……


 そしてそれが、ディーノの父親だったとしたら……


 あのちょっと小生意気だけど家族思いの心優しい少年の笑顔が、ミリル達が父親の捜索を引き受けた時のあの涙が、そして不安に苛まれながらも子どもの前で気丈に振る舞うアキノの姿が、ティアの決断を躊躇わせる。


 いっそのこと相手の正体を暴露し、敵の狙いを直接問い質そうかとも考えた。だがすでにこっちの情報がある程度漏れているということは、今もどこかで監視されている可能性がある。ひとまずは気付かないフリをして敵の狙いを探りながら、何とかして本物の二人に合流するのが一番だろう。


「……とりあえず先へ進みましょう。ミリル達は――」

「あたし達も一緒に行くわ」

「ここはあらかた調べ終わったしな。それに一緒に行動した方が安全だろ?」

「……ええ、そうね……じゃあ一緒に行きましょうか」


 結果、ひとまず判断を保留して様子を見るという結論となった。二人に同行していれば、自ずと狙いはわかるだろう。


「私達が来た道は、他に調べる場所は無かったけど、そっちはどうだったの?」

「まだ調べてない道があるわ」

「じゃああなた達が先導して。私達は後ろを付いていくわ」

「なら先導をそいつが、殿をあたしが――」

「罠の探知はあなた達の方が得意でしょ? こういった場所の探索ではいつもそうしていたじゃない」

「…………わかったわ。じゃあそれでいきましょ」


 こちらの動きを監視したかったようだが、敵に背中を見せるのはこちらも避けたい。“いつも”という言葉を使えば、ミリル達のフリをしている偽物達は反論できないだろう。どのみち誘導されるのは変わらないなら、二人とも前に置いておくのが良い。


 まぁこの四人での隊列に関しては、決して嘘ではないのだが。罠探知が得意なミリルが先頭を切ることも、近距離戦が得意なジェイグがそのサポートに回ることも。そして同じく近距離戦特化のアルを、ティアが後方でサポートする。本物のミリルならそう判断するだろう。


 そうして歩き出した偽物二人の後ろを、少し距離を置いて付いていく。


 ふとコートの袖がわずかに引かれるのを感じて振り向くと、アルが喉に小骨が引っ掛かったようなしかめっ面で前を歩く二人を見ていた。


「なぁあの二人……」


 二人に聞こえないよう、小声でそう囁くアル。ティア程の確信はないようだが、アルも目の前の二人に違和感を覚えているようだ。


「リオン達なら大丈夫よ。いつも“ファリンにイタズラされてる”あなたなら、二人の強さもわかるでしょ?」


 ティアは一瞬だけ鋭く前の二人へ睨んだあと、いつもの笑みを浮かべてアルにそう言った。どこに監視の目や耳があるかわからない以上、不用意な発言はできない。


 だがティアが決して家族に向けるはずがない視線を見れば、アルなら前の二人が敵だとわかる。加えて言うなら、ティアが殺気を放った時点で本物ならば即座に戦闘態勢を取る。あの二人が敵地で油断などするはずがない。


 そこへ二人に違和感を抱いている現状で、“ファリンのイタズラ”と言えば、いつも変身魔術に騙されている黒の翼のメンバーなら誰でも状況を察することができる。それが何かわからない連中にとっては、行方不明の二人を心配している仲間を励ましているようにしか聞こえないという訳だ。


 そしてティアがそのことを黙っている以上、アルが不用意に先走ることは無いだろう。


(それにしてもこの施設、随分と広いわね……いったい誰がこんな場所にこんな施設を)


 偽物の先導で歩くこと数分。これまでに結構な距離を歩いて来たし、部屋数もかなりのものがあった。人の気配は感じられなかったことを考えると、まだまだ先はあるのだろう。


 そんな大施設が、観光都市として名高いミラセスカの地下にあるなど誰が考えただろうか。仮に元々あった遺跡などを流用したにしても、材質や壁の真新しさから考えて、施設内の設備自体は最近のものだ。これだけの施設を建造、あるいは全て修繕したとなると、かなりの費用と人手が必要だろう。


 おまけに入り口の場所は都市の公共施設である下水処理場。そんな場所にこれだけの地下施設を準備できる人物など、そう多くは無いはず。


(もしかしたら、この先にその人物が待ち受けている可能性も……)


 どこかへと自分達を誘導するミリル達の偽物を見据えながら、ティアはまだ見ぬこの事件の黒幕の姿を推し量るのだった。


「こっちよ」


 そうして偽物二人に誘導されること数分。いくつかの角を曲がり、さらに地下に続く階段を下りたところで、ミリルの偽物が一つの扉を指し示した。扉の造り自体は、これまでに見た物と違いは無い。


「それじゃあ中を調べましょう。くれぐれも注意してね」

「……え、ええ。それじゃあ先に入るわね」


 ティア達が先に入るようにドアの前を開けていたミリル(偽)だったが、こちらが警戒を呼びかけると共に先を促せば、少し視線を彷徨わせた後、観念したように中へと入っていく。


(少しは中を警戒する素振りを見せればいいのに……)


 敵の演技力に呆れつつも、次に入ったジェイグの後ろを警戒しながら付いていく。


 そこは何の変哲もない部屋だった。広さは五十メートル四方くらいはあるだろうか。明るく照らされた室内には、物は何もなく、ただ真っ白な空間が広がっているだけだ。


 一見すると、使われていないただの空き部屋に思える。だが敵に誘導された場所である以上、何らかの罠があると考えていいだろう。


 そう警戒しているティアの耳に――


「初めまして、冒険者諸君」


 ――怪しげな男の声が響いた。


「誰!?」


 即座に魔弓を構えて辺りを見回すが、行動を共にしていた三人以外の姿は無い。


「ふふ、私はここだよ。お嬢さん」


 そんな言葉と共に、正面の壁の上部が明るさを増した。


 その部分だけはガラス張りになっていて、奥の部屋が透けて見える。部屋の高さから見て、おそらくあの部屋は一つ上の階にあるのだろう。


 そこに白衣を着た男が立っているのが、小さく見える。あれが今の声の主だろう。奥にも何人か動いている人がいるようだが、話しているのはあの男で間違いないはず。


「あなたは?」

「私はワドル。ただのしがない魔科学者さ」


 入り口近くで話すティアの声も聞こえているらしく、ワドルと名乗る人物から答えが返ってきた。どこか人を小馬鹿にしたような声色に不快感が込み上げてくる。


「あなたがこの施設の主なの?」

「いやいや、私はただの雇われ研究者だ。ここの所長は他にいる」


 この事件の首謀者かと思い、問いかけたティアだったが、ワドルはそれをあっさりと否定した。この場面で奴が嘘を吐く理由も無いので、おそらくは今の答えは嘘ではないだろう。黒幕は別にいる。


「君達のことはある程度知っているよ。赤い羽根とかいう有名な冒険者パーティーらしいじゃないか」

「……黒の翼よ」


 そんな募金でも集めそうなパーティー名は知らない。


「ああ、そうだったか。いやいや、すまんね。何せこの数十年研究ばかりして生きてきたのでね。どうでもいいことはすぐに忘れてしまのだよ」


 どうでもいいなら最初からパーティー名の話なんてしなければいいのに。そんなツッコミの言葉を飲み込み、ティアは本題へと話を進める。


「それで、その魔科学者さんが私達に何の用? こんなお粗末な偽物で私達をここへ連れてきて、あなたはいったい何がしたいのかしら?」

「おや、そこのお仲間が偽物だということには気付いていたようだね。やはり数分観察した程度の演技で身内を欺くのは無理があったか」


 ティアの言葉に、偽物二人が目に見えて慌てだしたが、ワドルの方は特に驚いた様子も無く、ブツブツと「実用の方向性を検討する必要があるな……」などと呟いている。


「こちらの質問に答えてくれないかしら」

「ん? おお、すまないね。職業柄、一つのことを考え出すと、つい周りが見えなくなってしまうんだよ」


 悪びれた様子も無くそう言うワドルに、ティアは自分の顔が険しくなっていくのを自覚していた。


「君達をここへ招いたのは、我々の研究に協力してもらおうと思ってね」

「お断りするわ」

「……せっかちだね。まだ我々の研究の説明さえしていない――」

「人と魔物の合成、でしょう?」


 相手の言葉を遮るようにティアが研究内容を指摘すると、軽薄そうにペラペラと話していたワドルが驚いたように押し黙る。


「……おや、知っていたのかい? 君達が来たルートに研究の内容がわかる証拠はなかったはずなんだが……もしかして君達は、あの浮遊島の研究所に来た冒険者かい?」


 “あの浮遊島”という言葉を聞いて、ティアは内心で笑みを浮かべる。これでここがビースピアと繋がりがあることが完全に証明されたと言っていいだろう。そしてあのワドルという男は、その口ぶりとこの状況から見て、この研究施設の重要人物の一人と見て間違いない。


 ならばあとはあの男を捕らえて、全ての情報を洗いざらい吐き出させるだけだ。


「さぁどうかしら……そこから降りてくるなら教えても良いわ」

「つれないね。こちらは君達の質問に答えたというのに」

「答えたのはそちらの都合よ。こちらが答える義務はないわ」


 今のところ、偽物二人が襲い掛かってくる素振りは無い。だがここであの男が待ち構えていた以上、安心はできないだろう。


 入り口の扉は開け放ったままだし、入口までの距離も離れていない。今すぐここを出て、あの男を探しに行くことは可能だろう。仮にあの扉を閉じようとしても、そうなる前に脱出できるので問題ない。


 だが――


「ではこちらも、こちらの都合を優先させてもらおう」


 こちらが退路を窺っていたのに気付いていたのか、ワドルは声に愉悦の色を交えてそう告げると、パチンと指を鳴らした。


 直後、ティア達の正面、ワドルの足下の壁が、両側にスライドするように開いた。


「グルルルァ!」


 現れたのは鉄格子に囲まれた大きな檻。


 そしてその中には、巨大な二足歩行の魔狼が。


 一見するとウェアウルフと呼ばれる魔物のようだが、不自然な点がいくつかある。


 人間のように二足歩行するとはいえ、ウェアウルフの武器は自身の爪と牙だ。だが前方に見える魔狼は、その手にサーベルと金属製のラウンドシールドを装備している。身体の所々には固い鱗のようなものが見えるし、何より尻尾が狼のものではなく大きなトカゲのものだ。


 まるでウェアウルフとリザードマンを掛け合わせたような。


「合成モンスター……」

「その通り。彼は私の実験結果の一つだ。といってもまだまだ完成には程遠い出来だがね。君達には彼の戦闘データを取る実験に協力してもらおうと思う」

「私達が大人しく従うとでも?」

「別に拒否しても構わないとも。……ただ、これを見ても気が変わらないのならね」


 再びワドルが指を鳴らす。


 すると今度は部屋の中央の床が左右に開いた。そして魔導具か何かの駆動音が響く。


 どうやらそれは床を昇降させる音らしい。ゆっくりと中央の穴から何かがせり上がってきて――


「――っ! 卑劣な……」


 部屋の中に現れたそれを目にした瞬間、即座にその意図を察したティアが、怒りの声を漏らす。


 そこには魔力封じの首輪を付けられ、全身を拘束された一人の女性が倒れていた。どうやら意識はあるらしい。檻の中で牙を剥き出し、唸り声を上げる魔獣を目にした彼女の悲鳴が聞こえた。猿ぐつわを噛まされているのか、くぐもった声ではあったが。


「さてそれは十日ほど前に、ミラセスカを訪れた観光客だ。もしも君達が逃げ出せば、彼女は実験導具からただのエサになるわけだが……さてどうするかね?」

「…………私達がアレと戦えば良いのね?」


 ギリッと音がするほどに魔弓を握りしめたティアが、心を落ち着かせた後でそう確認する。


「ああ、そうだ。実験に協力してくれるなら、彼女は好きにしたまえ。ただし、戦わずに彼女を連れて逃げ出さないよう、後の扉は閉めさせてもらうがね」

「……好きにするといいわ。アルもそれでいいわね?」

「ああ! 絶対あの人助けて、あの野郎もぶっ飛ばしてやる!」


 アルもあの男の所業に、怒り心頭といった様子だ。あの魔獣に負けないくらい、犬歯を剥き出して唸り声を上げている。


「では、フェイカー03、フェイカー04。その部屋を出てこちらへ戻って来い。扉はこちらでロックする」


 ワドルがそう言うと、ミリル達の偽物はそそくさと部屋を出ていった。


 ティア達はそんな二人に構うことなく、中央で縛られたままの女性の元へと走って行く。あの檻が開かれる前に、人質の安全を確保したい。


「アルはあいつの相手をお願い! 私はあの人を!」

「了解! あんなの速攻ぶっ倒してやるよ!」


 人質が女性ということもあり、ティアが救助に向かい、アルに敵の相手を頼む。アルの実力は、ガルドラッドでの戦い以来ますます成長しているので、未知の合成モンスターとはいえそう簡単に後れを取ったりはしないだろう。それに魔弓による遠距離攻撃が得意なティアなら、人質を背に守りながらでもアルの援護が可能だ。


 ただあの合成魔獣自身が、元は人間の可能性があることはアルには伏せていた。下手に教えてしまえば、心優しいアルのことだ、相手を斬ることに躊躇いが生まれる可能性が高い。ズルいとは思うが、ティアも見ず知らずの誰かよりは家族の命を優先する。


 ただ……


(願わくば……あの魔獣がディーノ君の父親ではありませんように……)


 避けられない戦いに臨みながらも、ティアはそう願わずにはいられなかった。

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