灯台調査
「あれが例の灯台ね」
ミラセスカのギルドで出会った少年、ディーノから父親であるディーター・オルカ氏の捜索を頼まれた翌日未明。ミリルとジェイグは灯台のある観光都市ミラセスカ南西の岬の麓に立っていた。
レフィーニアの計らいでギルドを通した正式な指名依頼となったので、本来は関係者以外に立ち入ることのできない施設にも入ることができる。中央タワーの職員からは、灯台の設計図も借りることができた。
この都市の灯台は建造物であると同時に、巨大な一つの魔導具でもある。いかにミリルが優秀な魔導技師であろうと、設計図なども無しに巨大な灯台の中を調べるのは骨が折れる。そう言った意味でも、冒険者として大っぴらに動けるようになったのはありがたい。レフィーニアに感謝である。
「中央タワーほどじゃねぇが、灯台もでっけぇな」
「今は空路を利用した観光が主産業になっちゃったけど、ここは海洋都市でもあるからね。遠くの海に出る漁師にとっての命綱でもあるんだし、しっかりとしたものを作るのは当然ってわけよ」
ちなみにここ以外にも、ミラセスカにはいくつか灯台がある。一番遠いものは、都市の北側。陸から少し離れた位置にある小島に建立しているらしい。
「さ、時間も勿体ないし、とっととあそこへ向かうわよ」
そうして一時間程歩いたところで、灯台まで辿り着いた。岬の先端に立つ灯台までは、緩やかな坂を上っていくことになる。本来の二人の足なら十数分で着く程度の距離だが、行方不明者の二人が海に落ちた痕跡が無いかを確認しながら歩いたので時間がかかってしまった。
「周りには特におかしなところはないわね」
灯台の周りをグルリと一周してみたが、誰かが争った形跡や血痕、あるいは魔物がいた痕跡などは発見できなかった。子どものオモチャの残骸が見つかったが、今回の件とは無関係。おそらくミラセスカに住む子どもがたまに遊びに来るのだろう。
「やっぱここは関係ねぇのか?」
「まだわかんないわよ。誘拐犯の実力次第じゃ、ただの市の職員なんて痕跡一つ残さず連れ去ることは可能なわけだし」
「じゃあどうすんだ?」
手掛かりが見つからず、難しい顔で腕組みをしているジェイグだが、まったく気にした様子の無いミリルに首を傾げる。
「ここで見付けたいのは、誘拐された痕跡じゃなくてその理由よ」
「理由?」
そんなジェイグに、ミリルは灯台の外壁面に触れながら答える。
「今回の失踪が、これまでにこの都市で行方不明になったと思われる人達の件と同じ犯人だと仮定すると、妙な点がある」
「妙な点?」
「今回の被害者が、この都市の住人だってことよ」
これまでにあの実験のために攫われたと考えられる人達は、都市外からの観光客がほとんどだった。それは今後も被験者を継続的に確保するために、誘拐がバレにくい相手をターゲットにしていたからだと考えられる。
だが今回は行方不明になれば、すぐに捜査の手が伸びる都市の住人を標的にした。捜査が遅れているのは、ビースピアの件で敵の狙いがわかり、観光客の捜索を優先しているからであり、もしもそれがなければディーター達の捜索は今よりも本腰を入れて行われていただろう。
では自分達の犯罪が明るみに出るリスクを冒してまで、ディーター達を誘拐した目的は?
「おそらく、奴らが知られたくない何かを知ったか、あるいは見たか」
「口封じってことか……でも、それならもう殺されてる可能性もあるんじゃねぇか?」
「もちろんその可能性もあるわ。でもどうせ殺すなら、彼らも実験に使った方が効率は良いでしょ。ただの市の職員二人なら、殺さずに捕まえるくらい簡単なわけだし」
もちろんその場合でも、すでに実験に利用されている可能性は十分にある。だがそれはジェイグもわかっているはずなので、あえて口にはしない。悪い未来を想定して動くのは冒険者としては当然の心構えだが、それをわざわざ言葉にしても気分が落ち込むだけだ。信じて待っているディーノとアキノにも悪い。
「パッと思いつく可能性は、灯台の上から誘拐現場を目撃したってところね。あとは誘拐犯が灯台の中に何かを隠していて、それを見つけてしまったか。だからまずは灯台の中を探索。そのあとは灯台から数日周囲を見張ることになるわ。その間は携帯食で我慢することになるけど文句言うんじゃないわよ」
ミリルの軽口に「あいよ」と苦笑いで応えるジェイグ。冒険者として五年半以上やってきている。その程度のことで不満を口にするようなことはない。
もっとも携帯食暮らしをする可能性は、灯台の中を探索してすぐに消えることになるが。
「へぇ……技術的にはなかなかなもんね。あそこで魔力の循環効率を上げてるわけか。魔力炉に使ってる魔術も、独自に改良を加えてるみたいだし……」
「お~い、脱線してんぞ~」
灯台に入ってすぐ、目に入った動力部に興味津々のミリルに、ジェイグが呆れた様子でツッコミを入れる。
灯台の高さは約六十メートル。海面からだと百メートル近い。内部は中央部が吹き抜けになっており、地上に置かれた魔力炉から頂上まで回路が伸びている。壁に沿って螺旋階段があり、奥には昇降機。階段を昇れば高さ五メートルごとくらいに橋がかかっており、動力部の修理ができるようになっていた。
「手掛かりを探すついでよ。ちゃんと周囲は観察してるから問題ないわ」
「ホントかよ……ま、いいけど」
ジェイグが若干疑わしそうにしているが、どこに手掛かりがあるかわからないのだ。探せるところは全て隈なく探す必要がある。
決してあまりお目にかかれない魔導具の構造に気を取られているわけではない。
「――ん?」
やがて三時間程が経った頃、動力部にある小さな隙間に何かが落ちているのをミリルが発見した。
「これ、中身はわかんないけど、どう見てもプレゼントよね」
「だろうな」
拾い上げたそれを光にかざしてみる。
横に長い小さな箱。何か強い衝撃が加えられたのか形は若干ひしゃげているが、大きさとしては小さめの煉瓦ブロックくらいだろうか。黄色と青の縞模様の包装紙でラッピングされ、金色のリボンが巻かれている。
そしてリボンの結び目の部分には、小さなカードが挟まっていた。プレゼントの相手に向けたメッセージカードか何かだろう。
(やっぱこれって……)
それを見つけた時から感じていた予感――いや確信をもって、カードに書かれた文字をゆっくりと読み上げる。
「7歳の誕生日おめでとう。最愛の息子、ディーノへ……」
わかってはいたが、いざ目にするとやはり胸が痛くなるものだ。ジェイグも顔を悲しげに歪めている。
「やっぱガキんちょの父親は、この灯台で行方不明になったと見て間違いないってわけね」
「ああ。でも何で前に捜索に来た連中はこれに気付かなかったんだろうな?」
「単純に見落としてただけでしょ」
プレゼントがあった位置は、装置が陰になっていた。角度を変えてよく観察しない限り見つかることは無かっただろう。動力部の動作にも支障は無いようだし、行方不明者の捜索で灯台の装置までじっくり観察することは無いだろう。ミリル達よりも前に訪れた連中が気付かなくても無理はない。
「でも何でこんな場所で……やっぱ誘拐か?」
「でしょうね。ほらこのプレゼント、かなり凹んでるでしょ。何かで殴られたみたいに。つまりガキんちょの父親は、この辺りで何者かに襲撃されて連れ去られた。その際の攻撃の弾みで、このプレゼントがここに落ちたってわけね」
凹んだプレゼントの箱を指して、ミリルがそう推理する。同時にジェイグが周囲への警戒心を一気に引き上げらる。
もちろんここに来るまでも、二人は周囲への警戒を怠ってはいない。だが闇に潜む何者かの存在が浮き彫りになったことで、危機感が高まるのは当然だろう。
また新たな発見を得たことで、ミリルの脳内にはいくつか新たな疑問が発生している
(誰が、何故誘拐したのか。そして何故この場所だったのか……)
はっきりとしたことはわからないが、犯人に一つ心当たりはある。
ミラセスカに来る前にいた浮遊島、ビースピアで見つけた人間と動物の合成を行う人体実験場。そこの主が、このミラセスカで実験に使う被験者を集めているという疑いがあったからだ。もしかしたら今は動物ではなく、人間と魔物との合成にまで手を染めている可能性があり、ミリル達もその足取りを追ってミラセスカへと来たのだ。
先程もミリルが口にした通り、被害者と思われる人物のほとんどは観光客。市の職員である二人の誘拐が同一犯によるものなら、彼らを狙った理由は犯人にとってもイレギュラーなものである可能性は高い。
というのも、行方不明なった二人の職員がその日、この灯台に来たのは偶然。失踪の当日に灯台の光が弱まっているという連絡を受けて、急遽借り出されただけだ。
つまり現状では、この場所で彼らが誘拐される必然性がない。
これでプレゼントが落ちていたのが灯台の周囲や天辺なら、狙われた理由が灯台の外にあったと推測できる。だが灯台の内部に落ちていた以上、原因はこの中にあると考えて間違いないだろう。
(灯台の魔導具には特に不審な点は無い……なら、原因は他にある。例えば、ここが誘拐犯のアジト、あるいは誘拐経路として使われていたとしたら……)
周囲への警戒とは別に、ミリルは周囲へ隈なく目を走らせる。行方不明になった二人がここで連れ去られたのなら、その原因となる“何か”がここにあるかもしれない。もちろんすでにその“何か”は消されている可能性もあるが――
「――見つけた」
付近の壁の傍にしゃがみ込み、床に接した部分に手を這わせたミリルがニヤリと笑みを浮かべる。一見すると何の変哲もない壁だが、魔導技師であるミリルが見れば、ほんのわずかな歪みから仕掛けを発見することは造作もない。
「何があったんだ?」
「まぁ見てなさい」
頭上から覗き込むように手元を見下ろしてくるジェイグに、自信満々に答えたミリルが壁の一部を押す。
するとその部分が四角く切り取られたように壁に押し込まれた。そして仕掛けが作動する無機質な音とともに、床の一部が壁に吸い込まれるようにスライドし、下へと続く階段が現れた。
「隠し通路か」
「そ~ゆ~こと」
自身の予想通りのものが発見できたミリルが、ニヤリと笑う。
誘拐犯がここを利用していたと仮定した場合、真っ先に可能性として浮かんだのが隠し通路の存在だった。
誘拐した観光客をどこかの研究施設へ運ぶのに、船を使うのは目立ち過ぎる。ここは毎日のように漁に出かける漁師たちの船が行きかう海洋都市でもある。見慣れない船があれば、漁師達にすぐに見つかってしまう。それが何度も続けば、ギルドやシスト商会の情報網にすぐに引っかかってしまうだろう。
また陸路での輸送はもっと困難だ。外と繋がる外壁の門の出入りには厳重なチェックが入る。外の魔物を警戒するため、見張りも大勢いる。人の出入りも多い。それらの目を掻い潜って被害者を外へ運び出すのは困難だろう。
だが人目の付かないこの場所なら、抜け道を隠すにはもってこいだ。誘拐した人達を運び込むのも簡単だっただろう。
もちろん、役所でもらった設計図には、このような仕掛けも抜け道も記載されていなかった。よからぬ目的で作られたものなのは間違いない。
そしてディーターは、この入り口を見つけてしまったために口封じされたというわけだ。
「どうする? 一度戻ってギルドに報告するか?」
「いや、進むわよ。行方不明の原因が“コレ”なら、おそらく何らかの形でこの仕掛けは監視されている。もしあたし達が報告に戻れば、この先にある何かは逃げるか消されるかするわよ」
これが古代遺跡などの仕掛けなら、二人だけで侵入などせず、一度戻ってギルドへ報告するのが定石だ。何があるかわからない以上、戦力は多い方が良いし、万が一のことがあってもギルドがすぐに捜索を行ってくれる。
だが今回はディーター達が灯台から逃げ出すこともできずに口封じされている以上、この仕掛けは何らかの方法で見張られている可能性が高い。ビースピアの実験場でも同様に逃げられた以上、今回も悠長なことをしていたら再び逃亡を許してしまう。そうなれば今度こそ奴らへの手掛かりが無くなってしまうことになる。
「それにここであたし達に万が一のことがあっても、あのお嬢様が事情を知っている。この都市の地下で三級冒険者二人が消息不明になるような事態になれば、ギルドも本腰を入れて捜索に乗り出すだろうし、当然リオン達も探しに来るわ。そしてリオンやファリンなら、間違いなくこの仕掛けに気付く。この隠し通路を知らせに行くメリットは無いわ」
もちろん一度戻ってティアやアルに連絡し、調査に同行してもらうという手もある。自分達のリスクを減らすならばそうすべきだろう。
だが時間をかけた分だけ、誘拐されたと思われる人々が――ディーノの父親が非道な実験に使われるリスクは高まる。既に手遅れの可能性もあるが、ディーノのために全力を尽くすと決めた以上、出来る限りのことはしたい。
「何より、これ以上頭のおかしな実験に巻き込まれる犠牲者を増やすわけにはいかないわ。危険を承知でも先に進むわよ」
「……おかしな実験に巻き込まれてる犠牲者は、ここにもいるんだけどな」
チャキ
「何か言った?」
「さぁさっさと先に進もうぜ!」
ミリルの魔導具実験に一番付き合わされることの多いジェイグがボソリと愚痴を溢していたが、肩越しに銃口を向けられて強引に話を誤魔化した。
そうして注意深く隠し通路の奥を確認する。灯りになるものは無く、通路の奥を見通すことはできない。どこまで続いているかはわからないが、こちらには携帯魔導灯があるので先に進むことは可能だ。
ミリル、ジェイグの順で緩やかな階段を慎重に降りていく。階段途中にも灯りは無く、魔導灯の灯りだけを頼りに先へ進むが、数分歩いても罠の類は見当たらない。
やがて道の先に光が見え、二人は何事も無く階段の下まで辿り着いた。
だが道はここで終わりではない。今度は平坦で真っ直ぐな通路が、遥か先へと伸びている。
通路の幅は約十メートル、高さは約四メートルといったところか。ここまでの階段と違い、等間隔に魔導灯が設置してある。だが光量は足りず、通路の端や道の途中など、所々に暗がりがある。
地面はしっかりと人の手が入ったコンクリート製。地下ということもあって足元は少し湿っていた。
「長ぇな……全然先が見えねぇ」
「あっちは東だし、もしかしたらこの都市の外まで繋がってるのかも……」
間違いなくこの通路を作ったのは、失踪事件の犯人だ。きっとここから攫った人達を町の外に運んでいる。あるいはそのまま実験場へ繋がっている可能性もあるだろう。どちらにしろ、先に進まなければ相手の手掛かりを掴むことなどできない。
(でもいったい誰がこんなものを作ったってわけ? 都市の公共施設に隠し通路を作れるってことは、ミラセスカの行政に深く関わってる可能性も……)
この世界の土木工事技術は高い。というのも、土魔法という極めて効率の高い掘削方法があるからだ。さらに魔導具によって、物資の運搬などの作業にもそれほど多くの人員を必要としなくなっている。
だがこれだけ巨大な地下通路を掘るとなると、やはり費用の方もバカにならないだろう。効率が良いとはいえ、開通までにはそれなりに時間もかかる。どこまで伸びているかは不明だが、仮にこの通路が都市の外まで繋がっているとしたら、数カ月単位での作業が必要だろう。
そもそもあの隠し通路の仕掛けを施すだけでも数日はかかる。この公共施設で誰にも気づかれず、それらの作業をすべて行うのは、一般人には難しい。
しかしそれもこの都市の行政に深い関わりを持つ者ならば、可能となるだろう。灯台の点検だの改築だのと理由を付けてしまえば、いくらでもごまかしは可能なのだから。
そうなるとこの事件の黒幕は、この都市の行政を動かすだけの権限を持ち、かつ潤沢な資金源を持つ者となるが……
(オリヴァルドなら……いや、まさかね……)
脳裏に浮かんだ人物が一人だけいたが、すぐにその可能性を否定した。
確かに彼なら条件にも一致している。世界でも有数の商会の会長であり、この都市の行政のトップである市長の息子なのだから。
だがそれでは黒の翼を人体実験の犯人調査に関わらせている理由がわからなくなる。それは自分で自分を追いつめているようなものだ。まさか彼ほどの人物が、高ランクの冒険者パーティーの実力を見誤るとは思えない。
(……これ以上考えてもどうしようもないわね。この先へ行けばわかることだろうし)
わずかな間に巡らせていた思考を断ち切り、ミリルが通路の先へと意識を向ける。
「さぁ手遅れになる前にさっさと先へ――っ!」
だが十メートルほど進んだところで、気配に気付いたミリルが足を止めた。ジェイグも同時に気付いたのだろう。自身の息子でもあり相棒でもある大剣――名前は長いので忘れた――を構え、前方の暗闇を睨んでいる。
「おや、気付かれてしまったみたいデスね~」
男にしては妙に甲高い声が、闇に包まれた地下道に反響した。語尾の独特なイントネーションが、こちらの神経を不快に刺激する。こっちが気付いたからか、もはや気配を隠すことなく足音を立てて近づいて来ているらしい。姿は見えないのに、ドロドロとした殺気が湿った空気を伝って全身に纏わりついてくるような気さえしてくる。
やがて二人の持つ魔導灯の灯りに浮かび上がった姿は、なんとも奇妙なものだった。
背はミリルよりは大きいが、男としてはかなり低い方だろう。声の雰囲気からもどことなく幼さが感じられるが、醸し出す空気は熟練した暗殺者のもの。年齢もおそらくミリル達より上だろう。
パッと見の印象は奇怪なピエロだ。白塗りされた顔。左右の目元には黒いハートと星のマークが描かれている。暗赤色のルージュが塗られた口元には、歪んだ笑みが形作られていた。ここがサーカスのテントや、大道芸人で賑わう大通りなら、さほどの違和感はなかっただろう。子どもに人気が出るかは話が別だが。
だがそんな道化の雰囲気を、その身に纏う漆黒の衣と、背に見える身の丈を超える黒塗りの大鎌が不吉に塗り潰している。薄暗いこの空間では、白塗りされた顔だけが宙に浮かんでいるようで酷く不気味だ。その姿はまるで死神のよう。『死神ピエロ』とでも言うべきだろうか。
「なるほど……魔術的な通報の仕掛けは無かったから予想はしてたけど、あんたがここの見張りってわけね」
「その通りなのデスね~。で、アナタ達もこの都市の職員デスか~?」
「そんなわけないでしょ。ただの冒険者よ」
一言ごとに首をカクカクと左右に振る死神ピエロ。人間らしい感情の見えないその様子はあまりに不気味で、まるで呪われた人形のようだ。
「あなた達“も”ってことは、やっぱり行方不明になった職員二人は、あんたの仕業ってわけね」
「あ~、やっぱり探しに来たのデスね~。まぁいつかはこうなると思っていたのデスよ~」
「ずいぶん余裕ね。逃げなくて良かったわけ?」
「ボクは雇われただけデスからね~。貰ったお金の分はちゃんと働くのデスよ~。ボクは真面目な勤労者なのデスよ~」
誘拐を指摘されても、それを隠す様子はない。ミリル達二人を相手にしても勝てる自信があるのか、それとも単に能天気なだけか。相手の表情を探っても、ピエロメイクの裏の感情は読みにくい。
「雇われた、ね……その雇い主ってのは誰? 攫った人達をどうしているわけ?」
「ノンノンデスね~。真面目なボクは、雇用者の情報を簡単に漏らしたりはしないんデスね~」
「痛い目見る前に洗いざらい喋っちまった方が楽だぜ?」
「脅しデスか~? そんなものに屈するボクではないのデスよ~」
大剣の切っ先を向けて威圧するジェイグ。しょうもない言動も多いが、実力は紛れもなく一流だ。その殺気と闘気は、並みの冒険者ならば竦んで動けなくなるだろう。
だがやはり、目の前のピエロには通じていないようだが。
「う~ん、でも困ってしまうのデスよ~。二人とも強そうデスし~。ボク一人では負けてしまうかもしれないんデスよ~」
言葉とは裏腹に、カクカクと何度も首を左右に振る死神ピエロに焦る様子はない。ミリルとジェイグも、仲間の存在や何かの仕掛けを疑い、ピエロの挙動や周囲へ細心の注意を向ける。
そして――
「デスので~、彼にも協力してもらうのデスよ~」
直後、ミリル達の頭上から何かが落ちてきた。大質量のそれは、ミリルとジェイグの二人を飲み込むように広がっている。
「ぅおっ!?」
気配探知に引っかからなかったとはいえ、この程度の奇襲でやられる程二人は未熟ではない。左右に大きく跳ぶことで、敵の攻撃範囲からは逃れている。
どうやら今の攻撃は、真っ黒な水で形作られた巨大な二対の腕だったらしい。それらはミリルとジェイグが先程まで経っていた地面を大きな掌で叩くと、その衝撃で弾け飛び、ドロリとした液体となって地面を広がった。どうやら魔法によって作られたもののようだ。先程の死神ピエロの発言から、この場所にはもう一人、奴の仲間が身を潜めていたらしい。
その仲間は、最初の奇襲が躱されたことを見て取ると、天井から水の手が落ちた地面へと降りてきた。設置された魔導灯から降り注ぐ光に照らされて、その姿が浮かび上がり――
「何だ、こいつ……」
――目の前に現れた敵の姿に、ジェイグが薄気味悪そうな声を漏らした。
無理もないだろう。何せ目の前に現れたソレは、五年以上も冒険者を続けてきた二人にとっても不快で異様な姿をしていたのだから。
そこにいたのはリオンとファリンが別行動を取った原因でもあるストームウルフ。だがその姿はあまりに異様。やや不格好ながらも、人間のように後足二本のみで地に立つ姿。本来は前足と呼ぶべき部分は、片方だけがカマキリの腕のように鋭利な刃物になっている。鎌以外の三本の足は、狼の毛ではなく不気味な光沢を放つ鱗に覆われていた。
背中から伸びているのは、グネグネと蠢く十本の長大なイカの足。威嚇するような唸り声を上げる口には犬歯が無く、びっしりとサメのような鋭い牙が並ぶ。そして額から伸びた一本の角。記憶に間違いが無ければ、あれはホーンシャークと呼ばれる魔物のもの。
それはまるで別々の魔物や動物の身体を繋ぎ合わせたような……
そうして思い出すのは、初めて訪れた浮遊島――ビースピアで出会ったビースト達。彼らも複数の動物の身体を繋ぎ合わせたような姿をしていた。
のちに彼らは、過去に行われていた動物と人間の合成実験によって作られた者達であることがわかったが……
「まさか……魔物の合成?」
合成実験の次の目標は、『人と魔物』だった。そして目の前の頭のおかしなピエロは、この怪物を“彼”と呼んだ。
つまり、目の前に現れたこの異形の怪物は、その実験の産物なのではないか?
「おや~? アナタは知ってるんデスね~? どこから情報が漏れたんデショ~。不思議デスね~」
そんな悍ましい予感を伴ったミリルの呟きに気付いたのか、死神ピエロがキョトンとした顔で首を大きく傾ける。
事の重大さに、歪さに、悍ましさに、気付いた素振りも無い目の前の男に、ミリルが怒りを抑えるようにギリッと歯を噛みしめる。
「……答えなさい。こいつはいったい――」
「ボクは雇い主から預けられただけなんデスよ~。ボクの言うことを聞いてくれるので、とても助かってるんデスね~」
脅すように銃口を向けても、死神ピエロは相変わらずの不気味な仕草で、ミリルの問いかけをのらりくらりと躱す。やはり徹底的に痛めつけでもしない限り、奴が情報を吐くことは無いだろう。
だが敵の行動からでもわかることはある。
魔物と動物の一番の違いは、体内魔力の有無だ。体内に魔力を保有しているため、身体能力は動物よりも魔物の方が高い。魔法を使える魔物も多い。
だがその魔物の習性については、種によって様々である。動物でも人間に危害を加えるものがいるのとは逆に、大人しくて基本無害な魔物もいる。
だが基本的に、魔物が人間に懐くことはほとんどない。例外としては、より力の強いものに従うという習性を持った魔物か、ある程度知能が高くて狂暴性の低い魔物を、赤ん坊の頃から人間に服従するように育てた場合くらいだ。
狼の頭部から見て、おそらく合成獣の基本はストームウルフだろう。やつらは風魔法を操れはするが、基本的にその知能や習性は普通の狼と変わらない。人間の命令を聞かせるには、相応の訓練期間が必要となるだろう。
もちろんこの死神ピエロの雇い主が、調教したストームウルフを実験体に利用した可能性もある。だがピエロの態度や、合成獣が水魔法で“人の手”を形作ったこと。細かい命令に従う知性。目の前の合成獣が、元は一人の人間であった可能性は高い。
しかし……
「グルルルルル」
(……ダメね、もうこっちの言葉は通じないみたい)
合成獣がこちらに向ける眼を見て、話し合いの余地が無いことを理解した。ピエロの命令を聞き、実行するだけの知性はあるようだが、人間としての理性の色は無く、完全にただの魔獣でしかない。ただの魔物のみの合成体なのか、人間を使った実験が失敗したのか、コントロールしやすいように理性を奪ったのか。原因は不明だが、今は戦うしかないようだ。
「大丈夫だと思うけど、この間の狂戦士の例もある。油断するんじゃないわよ」
「おう、任せろ!」
ジェイグの闘志溢れる返事を合図に、
爽やかな観光都市の裏側に潜む者達との戦いの幕が切って落とされた。