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『依頼』と『頼み』

「父ちゃんが帰ってこないんだ! 父ちゃんを探してくれよ!」


 ミラセスカギルドのロビーで必死に声を張り上げる男の子。年は、先程会ったウィンという少年と同じくらい。おそらく七、八歳といったところだろう。所々が跳ねた焦げ茶色の髪に、勝気そうな若草色の瞳。南国らしい半袖短パンスタイルが実に似合っている。頬や膝の絆創膏は遊んだ時に付いた傷だろうか。ウィンが大人しい文学少年だとしたら、あの子はやんちゃで元気いっぱいの田舎の少年といった感じだ。


 そんな少年が、今は広いギルドのロビーで必死に助けを求めて叫んでいる。顔に浮かんでいるのは、焦り、怒り、悲しみといった負の感情ばかり。快活そうな少年が浮かべる悲痛な顔は、見ているこっちまで暗くなるほどに痛ましかった。


「ねぇ、あの子は……」


 たまたま近くを通りかかった男のギルド職員に声を掛ける。少年の叫びと、周囲の反応を見れば、状況は大体推測できる。ただこのまま放っておけば、ティアやジェイグが直接あの少年に声を掛けて話を聞きに行きそうだったので、その牽制の意味も兼ねている。ミリルとしては、詳しい事情も分からないまま面倒事に首を突っ込むのは避けたいのだ。


 ミリルの思惑通りティアもジェイグも、ロビーを彷徨う少年を気にしながらも、職員とミリルの話に耳を傾けていた。


「ああ、あの子はこの町の子で、名前はディーノ君。ここ毎日、ずっとギルドにやってきては、行方不明になったお父さんを探してほしいって冒険者に頼んで回っているんですよ」

「あの子の父親も冒険者なわけ?」

「いえ、この町の役所の職員さんですよ。確かミラセスカの灯台や街灯、下水道などのインフラ設備の管理部門の方だったと思います」

「市の職員が何で行方不明に?」

「さぁ……仕事に行ってそのまま帰らなかったとしか……」

「ギルドに依頼は来てないわけ?」

「市外に出たわけじゃないみたいですからね。市内で行方不明になれば、町の警察が動きます。ご家族が依頼してこない限り、ギルドに依頼は来ないです」

「あの子のお母さんは?」

「いますよ。でも市の職員といっても、それほど裕福なわけではないですから、冒険者を雇う余裕はないんじゃないですかね」


 確かに行方不明者の捜索は、不人気なうえ長期化することが多く、依頼も高額になりやすい。かといって報酬の安い新人冒険者を雇っても意味が無い。中級以上の冒険者に捜索依頼を出すのは、一般的な市民には難しいだろう。


 母親はそのことを分かっている。だからギルドに依頼にはせず、警察が見つけてくれるのを待っているのだろう。だがあのディーノという少年は、ただ待つことができず、こうして足繁くギルドに通っては、冒険者に頼んで回っているというわけだ。


「まぁ想像は着くけど、ギルドはあの子の依頼を受理しなかったわけね」

「ええ、残念ながら……あの子が持ってきた金額では、新人冒険者でさえ雇えないので」


 当然だろう。たかが子供のお小遣い程度で雇えるほど、冒険者の報酬は安くない。ギルドも仕事である以上、同情で依頼を受理することなどあり得ないのだから。


 必要な情報は得たので、引き留めてしまったギルド職員に「ありがと」と礼を告げると、ミリルは仲間達へと視線を向けた。


「と、いうわけよ。下手にこっちに目を付けられる前に帰るわよ」


 どうにかしてあげたい! と書かれた仲間達の顔に、ため息をグッと我慢してミリルは出口に向けて歩き出す。正直、お人好し三人に付き合って、ギルド内で面倒に巻き込まれるのは御免だった。


 お人好しな彼らだが、さすがにミリルの行動の意味も、ギルドの現実も理解はしている。色々後ろ髪引かれた顔をしながらも、ミリルのあとを黙ってついてきた。ギルドを離れてしまえば、あとはどうにでもなるだろう。面倒事は回避するに限る。


 だがどうやら本当の面倒事というのは、首を突っ込まなくても向こうから飛び込んでくるものらしい。


「………………」


 出口の扉に手を伸ばそうとしたミリルが、その姿勢のまま停止した。頬がヒクヒクと痙攣している。頭の中では「何でこうなるわけっ!?」とイラ立ちを叫んでいるが、表に出さないよう堪えている顔だ。


 そのままの状態で、視線だけをゆっくりと下へと向ける。そこには――


「………………」


 ――さっきまでロビーの中央にいたはずのディーノという名の少年が、ミリルの服の裾をギュッと掴んでいた。今にも泣きだしそうな若草色の瞳が、ジッとミリルの顔を見上げている。


 それを認識したミリルは、その少年の行動に対して心の中で盛大にツッコミを入れる。


(何であたしなわけ!? 普通、そこはティアに行くでしょ!? もしくはジェイグ! 少なくともあたしはないでしょ、あたしは!)


 子供の目からして、ここにいる四人の中で誰に声を掛けるかといったら、見るからに優しそうなティアだろう。強そうな冒険者という基準で選べば、体格も大きく、見るからに強そうな大剣を背負ったジェイグになるはず。アルとミリルなら微妙なところだが、少なくともその二人を差し置いて自分を選ぶ意味が解らない。


 あまり面白くない話だが、ミリルは同年代の女性と比べてもかなり背が小さい。顔も童顔だ。すでに成人し、もうすぐ十八にもなるのに、いまだに未成年と――というよりも、子供と間違われることもある。一応、ホルスターの魔銃を見れば、ただの子供ではないことはわかると思うが、本当の子供が助けを求める対象としては弱いだろう。


 なのにこのガキんちょは、真後ろにいるティアやジェイグやアルを追い越して、何を血迷ったか自分を選んだらしい。


(あ~もう、これだからガキは苦手なのよ! 全然論理的じゃない!)


 いっそ気付かなかったふりして逃げ出したいところだが、残念ながらこの面倒の種は、そう簡単にミリルを放してはくれないだろう。かといって小さな子供を力尽くで振り払うほど、ミリルも鬼畜ではない。


 一瞬、ティアやジェイグに助けを求めようかとも考えたが、二人ではこの子に同情して話がこじれる可能性がある。アルも二人寄りの考えだろうし、そもそも人見知りなので、こういう時には頼りにならない。


 結局、それはもう盛大なため息を吐いたミリルは、仕方なく目の前の少年に声を掛けることにした。


「……何か用?」


 思ったよりも低い声が出た。少年を見下ろす自分の視線は、ずいぶんと鋭くなっているだろう。面倒くささを隠すことのない態度に、仲間三人が困った人を見るような目でこちらを見ているが、無視して少年の返事を待つ。


 ミリルから声をかけられた瞬間、ディーノと言う名の少年はビクリと体を震わせた。だがすぐに勝気そうな瞳にキッと力を込めると、ミリルのオッドアイを真っ直ぐに見上げてくる。


「姉ちゃん、ちっこいけど冒険者なんだろ?」

「……あんたに小さいとか言われたくないわね」


 悪気の無い失礼発言に、ミリルの額に青筋が浮かぶ。だが七歳前後の子供相手にムキになるのは大人げないと気を落ち着ける。


 そんなミリルの内心に気付かないまま、幼いディーノ少年はさらなる悪意無き発言を繰り出してくる。


「もうこの際姉ちゃんでもいいや。俺の父ちゃん探すの手伝ってくれよ!」

「……それが人にモノを頼む態度なわけ?」

「別に弱くても良いんだ! 灯台にさえ入れれば、俺が父ちゃんを見つけてやるから!」

「このガキ……誰に向かってそんな口を利いてるわけ――」

「なぁ頼むよ! 強そうな冒険者はみんな話を聞いてくれないんだよ! 警察のやつらは忙しいからって本気で探してくれないし、俺一人じゃ灯台に入れないし……でも冒険者ならギルドから許可がもらえるって。だから弱くてもとりあえず依頼を受けてくれるだけで――」


 こちらの話など耳に入っていないように、矢継ぎ早に失礼な発言をまくし立ててくるクソガキ(ディーノ)


 しかしその言葉は、最後まで言い切られることはなかった。


「……ふんっ」

ゴッ!

「あでっ!」


 我慢の限界に達したミリルが、右拳を少年の脳天に振り下ろした。鈍い音が響き、少年が頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 小さな子供相手に容赦なく拳骨を食らわせた妹に、ティアお姉さんがディーノに駆け寄りつつミリルに抗議する。


「ちょっと、ミリル!」

「……生意気なガキに礼儀ってものを教えてあげたわけよ」

「もう……怒る気持ちはわかるけど、こんな小さな子相手にやり過ぎよ」

「銃を使わなかっただけマシでしょ」


 ミリルが怒った場合、口や拳よりも先に銃弾が出る。そういう意味では、これでもかなり自制した方だ。


 全く反省の色の無いミリルに、「もう……」と小さく息を吐くティア。だがこれ以上言っても無駄だと判断したのか、未だに頭を押さえて蹲っているディーノに視線を向けた。


「ボク、大丈夫?」


 しゃがみ込み、ディーノの肩に手を置いたティアが、蹲ったままの顔を覗き込む。


「だ、だいじょう……ぶ……」


 その優しい声に顔を上げたディーノだったが、鼻先にあるティアの顔を目にした瞬間、その動きを完全に停止させた。


「? どうしたの? まだ痛い? 気持ち悪かったりしない?」


 自分の顔を見つめたまま硬直する少年に、ティアが心配そうな表情で顔を近づける。


 その瞬間。


 ポッ!


 そんな音が聞こえるほど劇的に、ディーノ少年の顔が真っ赤に茹で上がった。タコよりも赤い茹で上がり具合だ。


「大変、顔が真っ赤だわ……どこか変な所でも打ったのかしら」

「にゃにゃにゃ、にゃんでもねぇにょ!」


 真っ赤になった顔にそっと手を添えるティアから、全力で後ずさりながら、噛み噛みの言葉を叫ぶディーノ少年、改め恋に落ちた少年。


 実に初々しい反応を見せる少年と、それに全然気づいた様子もなく首を傾げるティア。


(……なんかこんな光景、つい最近見たわね)


 そんな二人を前に、ミリルは激しい既視感に襲われていた。


 というのもその光景、つい先日にティアの旦那がレフィーニア相手に繰り広げたものとそっくりだったからだ。「こんなところでまで妙な一体感を見せてんじゃないわよ、このラブラブ天然たらしカップルが!」と、心の中でツッコミを入れる。


「…………(ポ~)」

「そしていつまでも呆けてんじゃないわよ、このマセガキが」

「アイテッ」


 このままではいつまで経っても話が進まないと判断したので、未だに夢現な状態だったディーノの頭を叩き、強制的に現実へ引き戻す。ティアから非難の視線が向けられるが、今回は軽く叩いただけなので、たいしたダメージは無いはずだ。


「何すんだよ! このあばずれ女!」

「あら、ずいぶん難しい言葉知ってるじゃない。マセガキのくせに」

「誰がマセガキだ!」

「ちょっと優しくしてくれた年上の女の人にあっさり惚れといて、マセガキじゃなかったらなんなわけよ」

「べ、別にそんなんじゃ……」

「ちなみにその子、恋人いるわよ。しかも超が付くくらいラブラブの」

「え……」


 残酷な真実に、少年の顔が悲哀に染まった。ディーノ少年の恋は、始まってわずか一分で儚く散ってしまったのだ。


 小さな子供を前に恋人との関係を暴露されたティアが、さっきまでとは違う理由で抗議の視線を向けてくるが、それも無視した。そして思いの外落ち込んでしまったディーノ少年に、さすがにちょっと大人げないことをしたと思いつつも、それを誤魔化すように話を元に戻す。


「で? 結局、あんたは何がしたかったわけ?」

「あ、そうだ、父ちゃん……」


 肉体にも精神にも衝撃的な展開の連続に、本題が頭から飛んでいたらしい。


 そうして通行の邪魔にならないところに場所を移して話を聞いたが、やはりディーノの用件は、先程ギルド職員から聞いた内容と変わらなかった。


 ある日、仕事から帰らなった父親を捜すため、貯めていたお小遣いを持ってギルドに依頼に来たこと。お金が足りず依頼が請け負ってもらえなかったこと。それならばと、直接冒険者に頼んでみたが、誰にも相手にしてもらえなかったこと。それでも諦めきれず、こうして何日もギルドに通い続けていることなど。


 ちなみにミリルに目を付けたのは、ベテランやランクの高い冒険者がダメでも、若くてランクの低い冒険者ならば、安い報酬でも話を聞いてもらえると思ったからだという。まぁ確かに、ミリルの見た目ならば、そう判断されても全く不思議ではない。腹立たしいことだが。


「父ちゃんがいなくなってから、もう五日になるんだよ……母ちゃんは心配しなくてもすぐに戻ってくるって言うけど、ホントはオレがいないところで、不安そうな顔してるの知ってるんだ……だから……」


 だんだんと小さくなっていく声。行方不明の父親だけでなく、一緒に帰りを待つ母親をも気遣うディーノは、口は悪いがとても優しい子なのだろう。


 聞けば、父親が帰ってこなかった日は、ディーノの七歳の誕生日だったという。母が作ってくれたご馳走を前に、プレゼントを持って帰ってくる父親をずっと待っていたはずだ。そして家族三人で幸せな夜を過ごす。


 だがそんなささやかな幸せが、彼に訪れることは無かった。その寂しさや切なさを思えば、ついこの場で手を差し伸べてしまいそうになる。


 しかし――


「ま、話はわかったわ」

「じゃあ――」

「でも残念ながら、あたし達があんたの依頼を受けることはできないわ」

「っ!?」


 ミリルの反応に期待を滲ませたディーノを、しかし続いた言葉があっさりと切り捨てる。なんの感情も感じさせないミリルの冷たい態度に、ジェイグが口を開きかけるが、ミリルが目線で黙らせる。


 一見冷徹に見えるミリルだが、彼女にも人並みの感情はある。ディーノの境遇には同情するし、家族を失う悲しみは自分でも痛いほどにわかっている。


 だがここで感情に流され、少年の小さな手を取るわけにはいかない。冒険者は依頼を受け、その依頼に見合った報酬を受け取ることで生計を立てている。もしミリル達が彼の依頼を受けてしまえば、高いお金を払って依頼をしにくる人達がバカを見ることになる。他の冒険者達が、安く見られることにもなりかねない。ギルドが依頼を仲介することで、仲介料という収入を得ている以上、ギルドから反感を買うことにもなるだろう。ミリル達は冒険者であり、ギルドという組織に所属している以上、彼らに表立って敵対するわけにはいかないのだ。


 しかしそんな事情を、まだ七歳の子供が理解できるわけもない。


「なんでだよ!? なんでオレの依頼は受けてくれないんだよ!」

「理由は簡単。あたし達を雇うには報酬が全然足りないわけよ」

「お金なら持ってきたよ! ほら、これだけある」


 そう言って、ポケットから小汚い袋を取り出して口を広げてみせるディーノ。その中には数枚の銅貨、あとは石貨と鉄貨が袋いっぱいに入っている。全部合わせれば、銅貨七、八枚分くらいにはなるだろうか。七歳の子供が貯めたお小遣いとしては十分な額だろう。


 残念ながらミリル達を雇うには全く足りないが……。


「悪いけど、これじゃ一日分にもならないわ」

「っ!? なんだよ、新人冒険者のくせに、そんなにお金とるのかよ!」


 ミリルの言い分に納得できず、食って掛かるディーノに、ミリルが呆れた様に息を吐く。


「あんたはガキだからわかんないだろうけど、人を雇うっていうのはそういうことよ。あそこに座ってる受付嬢だって、一日銀貨一枚くらいのお金は貰ってるわ。ましてや冒険者は新人が受ける依頼にだって死の危険が伴う。そんな相手を、子供のお小遣い程度のお金で雇えるわけないでしょ」


 今の時代、冒険者の仕事のほとんどは町の外で行うものがほとんどになっている。昔はちょっとした雑用なんかの依頼もあったが、魔導技術の発展により、生活の水準や仕事の能率が格段に上昇したため、そういった依頼は激減した。


 そのため、冒険者に回る仕事は、魔物退治や狩猟、護衛や警護、秘境探査や採取など、危険が伴うものになっている。だからこそ、ギルドは冒険者の登録や昇級に基準を設け、冒険者の死のリスクを軽減するように努めている。


 ギルドが報酬に対してシビアになるのも、冒険者の立場を保護するためのものでもあるのだ。決して営利的な理由だけで、依頼を選定しているわけではない。


「それと、勘違いしているようだから言っておくけど、あたし達は新人なんかじゃないわ。ここにいる全員、四級以上の上級冒険者。特にそこのティアなんかは、一流と言われる二級の冒険者よ。今のあんたじゃどうやったって雇えるようなランクじゃないってわけ」


 そう言って自身のギルドカードを掲げてみせるミリル。


 そこには当然、ギルドが認定したミリルの冒険者ランクが。ちなみにビースピア発見の功績は、現在査定中のためランクへは反映されていない。それが反映されれば、ミリルとジェイグの二人も間違いなく二級へランクアップするだろう。特に転移魔術に関しては、完全に解析が終われば世紀の大発見となる。現在二級のリオンとティアへは、そのうち一級昇格の打診がくるはずだ。


 そんな事実に若草色の目を丸くするディーノ。さらにはパーティー名や称号の部分にも反応を示していたので、黒の翼の噂は彼も知っていたらしい。


 実はとんでもない高ランク冒険者相手に声を掛けていたと知ったディーノは、目に見えて消沈していく。小さな子供が落ち込む姿は周囲の庇護欲を誘う。現にティアが慰めようと手を伸ばしかけるが、それに気付いたミリルが視線でそれを制止した。ここで下手な希望を与えるのは、却ってこの子を傷付けるだけだ。


「さ、もうわかったでしょ。ここはあんたのような金の無いガキが来るところじゃないわけ。大人しく帰って、お母さんと一緒にいてあげなさい」

「……なんだよ、金、金って……あんたらは、人の命よりもそんなに金が大事なのかよ」


 あえて冷たくそう言い放つミリルに、俯き方を震わせるディーノが絞り出すような声でそう言った。


 それは子供だから口にできるキレイごとだ。自分も親が汗水垂らして稼いだお金で生きているという自覚も無い、世界の過酷さも現実の厳しさも何も知らない、無垢な子供の戯言。そんな言葉で心動かされる大人など、まずいるはずもない。


「当たり前でしょ。そりゃ、実際に目の前にいて、ちょっとの手間で助けられるってならともかく、もしかしたらケガや命の危険があるかもしれない状況で、何の見返りも無く自分の時間や労力を使う奴なんて、よっぽどのお人好しかおとぎ話の英雄くらいなものよ」


 ゆえに切って捨てる。何の容赦も情けも無く、バッサリと。


 冷たい言い方ではあるが、これもミリルなりにディーノのためを思って口にしたものだ。これまでは大丈夫だったが、やはり荒くれ者の多い冒険者ギルド。小さな子供がうろちょろして、何か問題が起こってからでは後悔しても遅い。


「だからここでどんなに騒いでも、あんたの依頼を受けてくれる冒険者は絶対に現れない。むしろ目障りでしかないわけよ。だからもうここには来ないで。次にあたし達が来た時にまたロビーで騒いでたら……今度は力尽くで追い出すから」


 冷たい視線と共に、一瞬だけ威圧を放つ。手加減はしているが、それでも近くを歩いていた冒険者が固まるほどだ。七歳の子供が受け流せるものではない。「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたディーノは、逃げるようにギルドから飛び出していった。


「……ちょっとやり過ぎじゃねぇか? あんな小せぇガキ相手によぉ……」


 少し言いにくそうな様子でジェイグがミリルに苦言を呈する。先程までのミリルの言い分は理解できたのだろう。だからこそミリルの好きにさせていたが、さすがに最後の脅しは少し文句があるらしい。


「あれくらいでいいのよ。怪我したりするよりは、脅しで済んだだけマシでしょ」


 冒険者が正当な理由も無く一般人に危害を加えれば、ギルドから厳しいペナルティがある。とはいえ、やはり戦いを生業にする職業だ。あんな小さな子供が騒ぎまわり、冒険者に絡んで回れば何が起こるかわからない。冒険者の武器に触れたり、払い除けられたりした拍子に大怪我をするかもしれないのだ。


「それに、あんまりあの子の話を長々と聞いてると、どっかの誰かさんが情に絆されちゃいそうだしね」


 肩を竦めてそう指摘すれば、ジェイグがぬぐぅ……と変なうめき声を上げた。やはり身に覚えがあるらしい。


 そんなお人好し過ぎるジェイグを、ミリルが呆れたように睨みつける。


「まさかこんなギルドの中で、あの子の依頼を受けたいなんて言わないわよね?」

「うぐ……それは、その、指名依頼とかで報酬をどうにか――」

「馬鹿ジェイグ。あの子がそんな報酬払えると思うわけ?」

「で、でもよ、ガルドラッド――」

「あれはリオンが機転を利かせたから。そうじゃなきゃ、一般人があたし達に指名依頼なんて、そうそうできるわけないでしょ」

「おめぇはあの子が――」

「あんた、子供が可哀想、なんて理由でギルドにケンカ売るつもりなわけ?」


 普段はあまり使わない頭を回転させて出す案を、言い切る前に全てミリルに封殺されるジェイグ。そもそも本気を出したミリルに理屈で勝てるのは、黒の翼ではリオンだけだ。まぁリオンとミリルは考え方が似ているので、言い争いになることも少ないが。


「とにかく、これ以上この場にいてもどうしようもないわ。さっさと帰るわよ」

「あ、おい、ミリル!」


 それでもまだ何か言いたげな顔をしていたジェイグを無視すると、ミリルはさっさとギルドを出ていってしまった。









 観光都市ミラセスカのとある路地。


 昼下がりの路地は、ほぼ真上から眩しい陽光に照らされ、敷き詰められた石畳が熱を放っている。観光地として、街の景観を保つために市民の住宅もある程度整備されており、見る者の目を楽しませる南国情緒あふれる街並みとなっている。


 今の時間帯は、子供達も海や広場へ遊びに出ているので、路地にはそれほど人通りは多くない。たまに散歩をする老人や、買い物に向かう主婦とすれ違う程度だ。それでもこの場所は人通りの多い大通りからもそれほど離れていないため、時折届く観光客や、客を呼び込む商人達の声で明るい雰囲気が作り出されていた。


 道の両側に立ち並ぶ家の窓は、どこも開け放たれており、中には洗濯物を吊るしている家もある。時折通り抜ける潮風が、そんな色とりどりの衣服達を揺らしていた。


 そんな爽やかな街並みの中を、一人とぼとぼと歩く小さな影が。少し前に、ギルドから追い出されたディーノだ。大きく肩を落とし、顔を俯かせながら歩く姿は、深い哀愁を漂わせている。まるで彼だけが一人、遠い異世界から迷い込んだかのように、そこだけが暗い影を落としていた。


「……父ちゃん」


 ポツリと力なく呟くディーノ。ギルドでは依頼を断られ、冒険者には話すら聞いてもらえず、やっと聞いてくれた人は雲の上のような人だった。


 黒の翼。


 ディーノの親友が最近お気に入りだという冒険者パーティーだ。全員がまだ十代という若さでパーティーランク三級にまでなった、新進気鋭の冒険者達。リーダーは確か獅子帝とか呼ばれていると親友が言っていた。きっとあの赤毛の大きい人がそうなのだろう。獅子と言われるだけあって、確かにとても強そうだった。


 あの人達の事を知った瞬間、そんなに凄い人ならもしかしたらと思ったりもした。親友の話では、黒の翼の人達はとても優しくて強い、英雄みたいな人らしいから。


 だがそんな淡い期待は、ずいぶんと背の小さい獣人の女の子によって打ち砕かれた。結局は、彼らも他の冒険者達と同じ。お金が無い人には見向きもしてくれないのだ。


 ――何の見返りも無く自分の時間や労力を使う奴なんて、よっぽどのお人好しかおとぎ話の英雄くらいなものよ。


 あの小さい犬(?)獣人の女が言っていた言葉。


 実際その通りなのだろう。この世界はおとぎ話の中じゃない。必死に助けを求めても、その手を差し伸べてくれる英雄なんていない。


 ……いや、本当はそんな英雄は一人だけいた(・・)


 ディーノの父、ディーターだ。


 もちろん本の中の英雄のように、巨大な龍と戦ったり、魔物の群れから国を救ったりはできない。戦っているところは見たことないが、多分、魔物を相手に戦えるほど強くはないだろう。


 それでも幼いディーノにとって、父はまさに英雄だった。


 木に登って下りられなくなった時も、海で溺れかけた時も、大きな犬に追いかけられた時も、いつも颯爽と現れて助けてくれた。時には叱られて、ケンカしたこともあったけど、誰よりも優しい父が大好きだった。誰になんて言われようと、父は自分の英雄だ。


 だがそんな父は五日前の夜から、ディーノの元に帰ってくることは無かった。次の日、父の仕事場に連絡を入れた母が、父の上司である男の人と一緒に警察に行ったが、他の仕事で忙しいらしく、父の捜索は簡単な確認程度で済まされてしまったらしい。


 それならば自分が探してやると、勇んで家を飛び出してはみたが、やはり子供の力では限界がある。父がいなくなったらしい灯台には、入れてさえもらえなかった。


 そして最後の頼みの綱とばかりに冒険者ギルドに行ってみれば、この結果。もはや自分にはどうすることもできないのだろうか。ディーノの心が絶望に染まりかけ、若草色の瞳からはじわりと涙が浮かぶ。


 ――そんな時だった。


 ヒュッ ポコンッ


「あいてっ」


 風を切る乾いた音が聞こえたと思ったら、後頭部に軽い衝撃。威力は大したことなく、それほど痛くもなかったのだが、思わぬ衝撃に声が出る。


「なんだよ、いったい……」


 何が起こったのかわからず、後頭部を擦りながら、文句を言うディーノ。そうしてその正体を探すべく後ろを振り返ると――


「…………水毬?」


 色鮮やかなメロンサイズのボールが、地面をテンテンと跳ねていた。


 それはディーノが呟いた通り、この町では珍しくもない水毬だ。水面や砂の上でもよく弾むそのオモチャは、この町に住む子供達や観光客の間で評判になっている。商業区やビーチの売店なんかでも売っており、子供のお小遣いでも手に入るありふれたものだ。


 別にこの辺りで見かけても特におかしいものではない。誰かが投げた水毬が偶然ディーノに当たったということは十分に考えらえれる。


「誰だよまったく……」


 まだ小さく跳ねている水毬を拾い上げながら、小さく悪態を吐くディーノ。まるで落ち込む自分に追い打ちをかけているかのような出来事にイラ立ちが募る。


 そうして水毬を胸に抱いて、辺りを見回してみれば――


「やっぱわっかんないわね~。こんなもん投げ合って何が楽しいわけ?」


 つい半刻程前、ギルドからディーノを追い出した犬獣人の女が相変わらずの冷たい表情でこちらを見ていた。


 予期せぬ人物の登場に、ディーノの顔が驚きと困惑に染まる。おぼつかない思考でどうにか女の言葉を飲み込めば、この水毬を投げたのはこの女だという。


 しかし理由がわからない。本当に、ギルドから逃げ出した自分に追い打ちをかけに来たのだろうか


「な、なんだよ!? 何しに来たんだよ、オマエ!?」


 先程の一件を思い出し、やや逃げ腰になりながらもそう声を張り上げる。まるで大きな犬に睨まれた子犬のようだ。


 まだ七歳の子供に『オマエ』呼ばわりされた女は、少しイラッとしたように左右色違いの目を細める。


 ディーノの身体がビクリと跳ねた。


 そんなディーノの様子に、女は心底面倒だというようにため息を吐いて頭を掻いたあと、その手を伸ばし、ディーノの胸元を指差して言った。


「ほら、それ、とっとと投げ返してきなさい」

「は?」


 脈絡のない女の発言に、ディーノの口から戸惑いの声を漏れる。いったいこの女は何を言っているのか?


「ほら早く投げる!」


 どうすればいいかわからずディーノがまごついていると、じれったそうに女が急かしてくる。さっきのギルドでの威圧を思い出したディーノは慌てて水毬を投げ返した。


 だが焦って投げたボールは手元が狂い、犬女のいる場所を逸れて見当違いの方へと飛んでいく。


「ちょっと、どこ投げてんのよ」


 顔だけを動かして水毬の行方を追う女。ボールが飛んでいったというのに追いかける気配は無い。本当に何がしたいのか、この女は?


 水毬は家の外壁に当たって跳ね返ったあと、女の後方へと落ちる。地面でも何度かバウンドを繰り返しながら、道の奥へと弾んでいき――


「っと……ったく、おめぇ、取る気ゼロだろ」


 赤毛の大男がそれをキャッチした。身体の小さなディーノからすれば結構な大きさの水毬を、片手であっさり掴み、そのまま手の中で弄んでいる。さっきギルドにもいた獅子帝と思われる赤毛の男だ。犬獣人女と一緒にいたので、女の仲間で間違いないはず。今も気安い感じで犬獣人女に呆れた視線を向けているし。


「あのガキんちょが変なところに投げるのが悪い」

「それでも追っかけてボールを掴まえるのが玉投げだろうが。てか、おめぇならちょっと跳ぶだけで簡単に受け止められただろ」

「めんどい」

「おめぇってやつは……」


 自分の言葉をすげなく切り捨てる女に、赤毛の男は肩を竦める。何となくその仕草が似ている二人だが、こんな冷たくあしらわれても苦笑いで済ますところを見るに、二人にとってはいつものやり取りなのだろう。


 よく見ると赤毛男の後ろには、さっきギルドにもいたキレイなお姉さんと狐獣人っぽいチビな男もいた。二人も赤毛男達の仲間なのだろう。


 二人は何を言うこともなく、黙って赤毛の男と犬獣人の女を見ている。お姉さんはギルドであった時より表情が明るい。思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべている。狐獣人のチビは両手を頭の後ろで組んで、どこか呆れたような顔だ。


「まぁいいや。ほれ!」


 後ろの二人を見ていると、男が弄んでいた水毬を掛け声とともに軽く放り投げてきた。緩やかな放物線を描いたボールは、寸分の狂いなくディーノの手元へ向かってくる。


 飛んできた水毬を両手で抱きかかえるように受け止める。相変わらず相手の意図は読めなかったが、さすがに正面から緩やかに投げられたボールを受け止めそこなったりはしない。


 再び自分の元に戻ってきた水毬から視線を上げると、赤毛の男がニカッっと屈託のない笑みを浮かべた。身体は父ちゃんよりも大きいのに、まるで子供みたいだと思った。


「よっしゃ、今度はしっかり投げろよ」


 パシッと右拳で左手の平を打ち合わせた後、男が少し腰を落として右手を構えた。どうやらそこへ投げて来いってことらしい。


 犬獣人女の方は、そんな仲間の男の楽しげな様子を見て小さく息を吐くと、自分は壁際に下がってしまった。壁に背をつけて腕を組んでいる以上、もうこのよくわからない玉投げ遊びに参加する気は無いらしい。


「ほれどうした? おもっきり投げてこい!」


 ほれほれ、と手招きをする男に、少しイラッとした。自分はこんなことして遊んでいる場合じゃないのに。


 それでもこの男は引き下がりそうになかったし、今は自分が彼らの水毬を持っている以上、投げ返さないわけにはいかないだろう。


「なんなんだよ、この!」


 イラ立ちをぶつけるように投げたボールは、構えていた男の手元――ではなく顔目掛けて一直線に向かって飛んで行った。速さもかなりのもの。我ながら会心の一投だと思う。


「お、良い球だ。なかなかやるじゃねぇか」


 だがそんな会心の一投は、赤毛の男にとっては全然大したことはなかったらしい。男の大きな右手一本で軽々とキャッチされてしまった。褒められたが、全然嬉しくない。むしろ悔しい。


「なにがしたいんだよ、あんたらは!」


 攻撃をあっさり受け止められた悔しさをぶつけるように叫ぶディーノ。こんなことをしている間にも、父を探すための方法を探しに行きたいというのに。


 だがそんなディーノの怒りも全く意に介さず、女は涼しい顔で突っ立っているし、男の方はまた水毬をこっちに放り投げてきた。仕方なくこっちも受け止める。


「何って、そりゃあおめぇ球投げだよ。この町じゃ、遊びの定番だろ?」


 見りゃわかるだろ? とでも言うように笑う男に、さらに怒りが込み上げてくる。


「ふざっけんなよ! オレは父ちゃんを探さなきゃいけないんだよ! オマエらと遊んでるヒマなんかないんだよ!」

「あ? 知ってるよ、んなこと。さっき話聞いてたんだからよ」

「だったらジャマすんなよ! 依頼も受けてくれないくせに! なんでオレのジャマすんだよ!?」 


 感情のままに水毬を石畳に叩きつける。


 だってこんな風に声を掛けられたら、期待してしまうから。やっぱり気が変わって、自分の依頼を受けに来てくれたのではないかと。何もできない自分に代わって、父を見つけてくれるんじゃないかと。


 でもその可能性は、他でもない目の前の犬獣人の女に切り捨てられた。それならば今更何事もなかったように話しかけてくるなんて、そんな残酷なことをしないでほしい。


 そんな憤る思いを叩きつけたボールは、勢いよく跳ねて数回バウンドした後、コロコロと男の足下まで転がっていった。


「どうせオレの依頼は受けてくれないんだろ! だったらほっといてくれよ! 父ちゃんを探してくれもしないくせに、わけわかんないことすんなよ!」


 いつの間にか零れていた涙をグシグシと乱暴に拭う。これ以上涙が零れないように、目に力を入れる。気を抜けばまた泣いてしまいそうだったが、こんな奴らにこれ以上情けない姿を見せるのは嫌だった。


 そんなディーノの姿へ、赤毛の男は何故か懐かしいモノを見るような、でもどこか悲しげな目を向けていた。理由はわからない。だがその目に、ディーノの心がざわついたのはわかった。


 同時に、もしかしたらこの男なら、自分を助けてくれるんじゃないかという期待がこみあげてくる。


 傷つくだけだとわかっているのに……


「あぁ、おめぇの言う通り、俺達はおめぇの依頼を受けることはできねぇ」


 案の定、赤毛の男は、助けを求めるディーノの目を真っ直ぐに見返して、犬獣人の女と同じ結論を口にした。やっぱりな、という諦念と、期待をへし折られた悲しみが胸をかき乱す。頑張って涙を堪えているのに、気持ちとは裏腹に視界が滲んでいく。


「でもよ……」


 だがそんなぼんやりとした視界の中で、男が笑ったのがわかった。そして優しげだが、どこかいたずらに成功した子供のような声がディーノの耳に届く。


「『依頼』は受けれなくても、一緒に遊んだダチの『頼み』なら聞いてやれるだろ?」


 最初は、その言葉の意味が理解できなかった。


 ただ男の声に満ちた優しさと、真剣さに、こちらも真剣にその意味を理解しないといけないと感じたのだ。


 そうして赤毛男と犬獣人女が自分を追いかけてきたこと。水毬を投げ合う理由。男の“頼み”という言葉。


「あ……」


 その意味を理解した時、ディーノの顔に驚愕の色が浮かんだ。


 信じられないと思った。信じてもいいのかと疑った。信じたいと願った。


 正直、子供の自分では、この二人がどうしてこのような回りくどいやり方をしたのかわからない。冒険者にも色々と事情があるのかもしれないが、それを理解するには自分は幼すぎる。


 だが……


 赤毛の男の優しい眼差しが、自分の言葉を待っているような気がした。犬獣人の女もめんどくさそうな顔をしながらも、自分をしっかりと見ているのがわかった。


 だから……


「……お願いだよ……俺の、父ちゃんを、探して……」


 溢れる涙で言葉が詰まる。それでもどうにか紡ぎだした言葉は男達に届いたとは思えないほど小さくなってしまった。


 しかし男は、そんなディーノに歩み寄ると、その大きな手をディーノの頭に乱暴に乗せて笑う。


「ま、ダチの頼みじゃ断れねぇよな」


 そう言ってディーノの髪をぐしゃぐしゃにかき回す。頭がグラグラと揺れて目が回るが、その手は父のように温かかった。ディーノの若草色の瞳からさらなる雫があふれ出す。


「ホント、お人よしすぎんのよ、あんたは」


 犬獣人女が呆れたような表情で肩を竦めている。どうやら女の方は、仲間の男に付き合って仕方なく……


「よく言うぜ。この方法を言い出したのはミリルじゃねぇか」

「ばっ、ちょっ、何でそれを言っちゃうわけ!?」

「ギルドの中じゃこんな話できないからって、冷たい言い方でこの子を追い返したり、さっさと一人で水毬買ってきたり、ホント素直じゃ――ごへぇっ!」

「うっさいバカ! ペラペラと余計な事言ってんじゃないわよ!」


 顔を真っ赤にした女が、物凄い剣幕で男の脇腹に抉りこむような一撃をぶち込んだ。


 殴られた男が腹を押さえてうずくまる。痛そうに呻いているが、口の端がわずかに笑っているように見えるのは、きっとディーノの気のせいではないのだろう。


「とりあえず! まずはあんたの家に案内しなさい! 詳しい話聞かないといけないし、こんなところで話してたら他の冒険者に聞かれるかもしれないんだから!」


 先程の男の言葉を誤魔化すように、犬獣人の女が矢継ぎ早にそう言ってディーノを睨む。さっきまでは怖かったはずのその眼光も、恥ずかしさを堪えるように真っ赤な顔では少しも迫力がなかった。


「よっぽどのお人好しか英雄ね……ま、ミリル姉もお人好しって点では、人のこと言えないよな。素直じゃないけど」

「あら、そこがミリルの可愛いところじゃない」

「ちょっとそこ! 聞こえてるわよ!」


 後ろで様子を見ていた仲間の二人の会話に、犬獣人の女が大声を上げれば、狐獣人のチビがキレイなお姉さんの後ろに隠れた。お姉さんを盾にされ犬獣人の女が「ぬぐぅ」と唸る。どうやらお姉さんには強く出れないらしい。


「ほら、ぼーっとしない! さっさと案内する!」

「あ、うん」


 顔を真っ赤にした犬獣人の女に急かされ、ディーノは四人の冒険者を家に連れ帰るのだった。


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[気になる点] ~今の時代、冒険者の仕事のほとんどは町の外で行うものがほとんどになっている。 「ほとんど」の重複。 今の時代、冒険者の仕事は町の外で行うものがほとんどになっている。 今の時代、冒険者の…
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