ミラセスカギルド
「こちらが現在判明している行方不明の可能性のある旅行者のリストです」
ミラセスカギルドの長、オラルドから手渡されたリストをミリルが受け取り、中身を確認する。
「多いわね……それに、よくこんなに短期間で調べたもんだわ。旅行者相手じゃ、確認も難しいのに」
ペラペラとリストをめくり、眉をひそめる。十枚ほどの紙にびっしりと旅行者の名前や出身地などの情報が記載されている。
そうしてリストを軽く確認した後で、隣に座るティアに渡した。リストは機密情報なので持ち出しができない。そのため一番記憶力に優れたティアに中身を覚えてもらうのだ。
一応、ジェイグやアルも中身に目を通すだろうが、こちらはあまり期待できない。まぁ基本的に行動は二人一組。同じ遠距離攻撃が得意なティアとミリルは別行動をすることが多いので、二人が覚えていれば問題はない。
「ええ、今はリストの故郷かそこに近いギルドの支部に連絡し、彼らの消息について情報が無いか調べてもらっています。進捗は芳しくありませんが……」
オラルドが眼鏡を中指で押し上げる。現況に対して思うところはあるのだろうが、表情はあまり変わらず涼しげなままだ。感情の読みにくい男だと、ミリルは改めてオラルドにそう評価を下した。
「まぁ一応こっちでも覚えておくわ」
「ええ、そうして頂けると。冒険者の行方不明や市民の失踪者も少数ながらいますので、そちらのリストもお渡ししておきます」
別のリストを新たに手渡してくるオラルド。枚数は先ほどのリストより少ないが、記載されている情報はこちらの方が多い。冒険者の情報はギルドで管理しているし、この都市に住む市民の情報なら入手は簡単だろう。
リストの中には、昨日オリヴァルドから依頼を受けた冒険者パーティー『四天の焔』の名前もあった。ギルドにはすでにシスト商会の方から依頼の件は話を通してある。事後承諾になったが、依頼料等の条件面に不備はなかったので、すんなり受理された。
先程と同じようにざっと目を通し、情報を頭に入れたあと、ティアにリストを渡す。
「今のところギルドが入手している行方不明者に関する情報は以上になります」
そう告げたオラルドが、すでに冷めてしまった花茶に口を付けた。一口飲み込んだ後で、穏やかな表情を崩すことなくミリル達へ視線を向ける。
「ですが、市民の行方不明者については、都市の治安維持職員達が捜索を行っていますので、こちらに依頼は入っていません。冒険者の方は現在あなた達が受諾中の件以外は他の冒険者が依頼を受諾しています。そもそも行方不明の冒険者のランクはあまり高くないので、あなた達みたいな高ランク冒険者に依頼を受けさせるわけにもいきません。できればあなた達には他の高ランク依頼を受けていただきたいところですね」
オラルドの言葉は、一見非情にも聞こえるが、ギルドのマスターとしては当然のものだ。ガルドラッドでアネットの捜索依頼を受けたときもそうだが、基本的に行方不明者の捜索というのは時間がかかる。依頼が長期に渡れば、冒険者に支払う報酬も増える。そしてミリル達のように高ランクの冒険者の場合、報酬も高額になる。行方不明の冒険者の捜索には、ギルドが直接依頼を出すこともあるが、そういう場合は期間を区切ったうえで、行方不明者のランクに合わせて人員を選定する。ミリル達に依頼の話が来ることはないだろう。
今回、シスト商会から受けた依頼も、行方不明者の捜索ではなく、ストームウルフの駆除と群れが出現した理由の調査。冒険者の捜索は条件に含まれていない。
シスト商会からすれば、冒険者が依頼に失敗し死亡したとしても自己責任であり、商会は無関係である。それよりも観光地の安全確保を優先するのは当然だろう。ストームウルフの駆除に三級冒険者パーティーは過剰戦力ではあるが、五級のパーティーが失敗した以上、黒の翼に依頼するというのもおかしなことではない。
何より、ギルドはあくまで冒険者への依頼斡旋が仕事であり、町の治安維持はその町が担うものだ。もちろんそういった依頼があれば話は別だが。
「まぁシスト商会と専属契約を結ぶのであれば、こちらからは特に何も言うことはありません。今回の件については、情報が出そろい次第、いずれあなた達の方に指名依頼すると思いますので、それまではあまり大々的に動かないようにお願いします」
「わかってるわよ」
市民にも行方不明者が出ているため、別に黒の翼が関わらなくても、ギルドかミラセスカの治安部隊――警察がこの事件を解決させる可能性はある。あの実験場の第一発見者として、この事件の結末を見届けたいという思いはあるが、絶対というわけでもない。ある程度の情報収集はするし、商会と契約を結ぶ以上、ある程度の手助けはするが、それ以外では過度に事件に首を突っ込むつもりもなかった。
それなら結構です、と穏やかに告げて、オラルドは花茶を飲み干した。これで話は終わりだろう。ミリル達も挨拶だけを告げて、部屋を後にした。
「で、このあとどうすんだ?」
オラルドの部屋を少し離れた所で、ジェイグがミリルに問いかけた。元黒の翼のリーダーだったジェイグだが、基本的に行動方針などはリオンやミリルが判断していた。二人がいなければティアが。ティアもいなければようやくジェイグが出てくるといった感じだ。
「今はこれ以上の調査はできないわね。ギルドにも商会にも、これ以上の情報は無いでしょうし。依頼を受けてるわけでもない以上、あたし達にできることは無いわね」
ギルドやシスト商会が集めた情報は全て教えてもらった。行方不明者一人一人を手当たり次第に調べていくことは可能だが、それはギルドがやっている。人手も足りない中、わざわざミリル達が動く必要は無い。土地勘も無い以上、今すぐに調査に乗り出す理由は無かった。
「ま、とりあえず良さそうな依頼でもなければ、物資の補給なりなんなりを済ませばいいんじゃない? あんたも材料の調達したいでしょ?」
ビースピアでビースト達に武器や生活用品を作ってあげたため、船の金属等の在庫が減っている。メンバーの武器は希少金属で作られており、簡単に調整するだけで問題はないが、万が一を考えて調達しておくべきだろう。
それに、買い物などで動き回っていれば、ミラセスカの色々な情報も集められるだろう。そうすればギルドから依頼があった後も動きやすくなるはずだ。
他の三人も、ミリルの行動指針に特に問題は無いようだ。なので、ロビーで依頼を軽く確認して、特に目ぼしいものが無ければ、町で買い物をしていくことにする。
そんな話をしつつ、ギルドの階段降り、ロビーに向かおうと廊下の角を曲がる――
「ん」
――直前に先頭を歩いていたミリルが角の向こうの人の気配に気付き、足を止める。他のメンバーも同様に足を止めたのだが、相手はこちらに気付くこともなくこちらに向かって角を曲がってきた。
「おっと、失礼」
ぶつかる直前に足を止めた相手が、軽く手を上げて謝罪の言葉を口にする。
別にぶつかったわけでもないので、気にしないでと言うようにミリルが無言で右手を軽く振るい道を譲る。後ろの三人もそれに続いた。
廊下はそれなりの広さはある。わざわざ全員が壁に寄らなくても、数人がすれ違うくらいは容易だ。
だが今回は相手が特殊だった。というのも――
(車椅子型の魔導具? あの魔術は重量軽減と衝撃緩和、それに物体浮遊も組み込まれてるわね。材質もミスリルみたいだし、かなりお金かかってそう)
ぶつかりそうになった相手は車椅子に乗った小さな子供だった。父親と思われる男が、後から椅子を押している。こちらに謝罪したのは父親の方だ。
親子ともにパッと見でもわかるほど、かなり上等な装いをしている。車椅子の構造や材質といい、二人の家が相応に裕福であることは間違いないだろう。
父親は藍色の瞳に、きっちり七三分けにした白髪交じりの栗色の髪。年は三十半ばといったところか。顔立ちは整っているが、少し疲れを感じさせる顔には苦労の色が滲んでいた。
子供の方は年相応に可愛らしい顔立ちをしており、将来は父親似の美男子になると思われる。目はずっと閉じられたままなので、瞳の色はわからない。元々細身の体型のようだが、車椅子の生活が常態化しているからか、脚はさらに細い。とても歩行ができるとは思えない状態だった。
(目が見えないのか、足が悪いのか……もしかしたら両方かもしれないわね)
見ていることに気付かれない程度に視線を向けつつ、ミリルがそう予測を立てる。魔導車椅子についてはかなり興味をそそられるが、さすがにただの通りすがりでそんなことを訊くのは失礼だろう。それくらいの分別はミリルにもある。
なのでこのまますれ違おうと思ったのだが、父親の方がこちらに興味深そうな目を向けてきた。
「貴方達は……ずいぶんとお若いですが、貴方方も冒険者なのなのですか?」
「え、ええ、そうですけど……」
突然話しかけられたティアが、少々驚きつつも返事をする。こういう時、たいていミリルはめんどくさがるので、対応は社交的なティアがすることが多い。
面識のない男性に突然話しかけられ、こちらが困惑していることに気付いたのだろう。父親の方が申し訳なさそうに笑い、自身の名を名乗る。
「ああ、申し訳ない。私はウェスタ―・シェッツダード。ミラセスカで建築関係の仕事をしています。この子は私の息子のウィンです」
「冒険者パーティー、黒の翼、二級冒険者のティアリアです」
丁寧に頭を下げて名乗られた以上、こちらも名乗らないのは失礼なため、ティアが代表して簡単な自己紹介をする。
だがティアの告げた内容に、ウェスタ―と名乗った男はその優しそうな藍色の瞳を大きく見開いた。
「驚いた……黒の翼の噂は聞いておりましたが、本当に皆、お若い方ばかりなのですね。ではもしや、あなたが『流星の女神』殿ですかな?」
「………………ええ、まぁ」
ギルドに勝手に命名された仰々しい称号を、ティアが長い逡巡の後に恥ずかし気に肯定した。
自分もそうだが、やはりこの称号と言うシステムはいつまで経っても慣れる気がしない。リオンやティアも、称号で呼ばれるたびに渋い顔をしている。気に入っているのはアルとファリンくらいだ。
ちなみにリオンは『獅子帝』、ミリルが『爆裂姫』、アルとファリンにはそれぞれ『若獅子』と『黒影』の二つ名が付けられている。
正直、ティアとしてはその二つ名で呼ぶのは勘弁して欲しいのだろうが、残念ながら初対面のウェスタ―にその想いが通じるわけも無く、「あの有名な『流星の女神』殿にお会いできるとは」などと感慨深そうに呟いていた。
そしてその反応は父親だけに留まらなかった。
「もしかして、『獅子帝』さんもいるんですか!?」
車椅子に座ったまま、身を乗り出したウィンが、大好きな有名人に会ったファンのように興奮した様子でそう尋ねてきた。興奮のあまり閉じたままだった目が開かれ、父親と同じ藍色の瞳が覗いている。
だがその瞳にやや淀んでいて光は無く、焦点はどこにも合っていない。彼の目が見えないのは間違いないだろう。
「ごめんなさい。彼は別の仕事していて、ここにはいないの」
ウィンの顔の高さに合わせるように膝を折り、ティアが謝罪の言葉を口にする。
そんなティアの返事を聞いたウェスタ―が、少し驚いたような表情でティアとその後ろにいるジェイグの顔を見比べている。
「おや、そちらの赤い髪の方が獅子帝殿ではないのですね。噂通り、あなたととてもお似合いだと――」
「いえ、全っ然っ違います」
「……悪気はないんだろうけどよぉ……そこまで力いっぱい否定しなくてもいいんじゃねぇかなぁ……」
最愛の恋人を勘違いされたティアが、ウェスタ―の発言に被せるように否定の言葉を告げる。
リオンのことが大好きすぎるティアの気持ちはわかってはいるが、真顔で全力の否定をされたジェイグが悲哀の表情で視線を明後日の方向へ向けた。見れば目尻に光る雫が溜まっている。
もっとも、そんなジェイグを励ますものは、残念ながらこの場には一人もいなかった。グスンと鼻をすする音が、ギルドの廊下に虚しく響いた。
「……そうですか。残念です」
リオンがこの場にいないと聞いたウィン少年は、それまでの興奮した様子が嘘のように肩を落としてしまった。こちらには何の非もないのだが、少し罪悪感を覚えてしまうほどの落ち込みようだ。
「すいません。息子は冒険者の方のお話を聞くのが大好きで……最近は黒の翼の、特に獅子帝殿に強く憧れているようでして……」
ティアの申し訳なさそうな表情に、父親であるウェスタ―も同様の表情で謝罪する。
だがそんな父親の発言に、反応したのは息子のウィンだ。軽く頭を下げあう二人の様子に気付くことも無く、顔を父親の方へ向けると、嬉々とした様子で口を開く。
「だって、獅子帝さんって凄いんだよ! 雪獅子、ダイナドランの単独討伐! たった四人で銀獅子を討伐したのも、獅子帝さんが仲間を指揮したからだって噂だし! それにガルドラッドでは、ギルドを上げての深緑の女帝討伐作戦で、最も重要な女帝討伐を任されたんだよ! それに、十七歳で二級昇格して、もう少しでギルドの催促昇格記録を塗り替えるくらいだったんだから! 容姿はずっと謎に包まれてたけど、噂では女性のように美しくも、おとぎ話の英雄のように凛々しいお姿だったって言うし! それにそれに、とっても仲間想いで、仲間の元へ駆け付けるために、危険な夜の森を矢のような速度で駆け抜けたんだって! そんな強くて優しくてカッコいい英雄なんだよ、獅子帝さんは!」
興奮した様子でリオンへの賛美を捲し立てるウィン少年。純粋無垢なその表情を見れば、彼が本当に黒の翼の獅子帝ことリオンを尊敬していることがわかる。
思いもかけぬ仲間への賛辞に、仲間達三人は誇らしげに、だが少しくすぐったそうに笑みを浮かべている。
ミリルは、とりあえずこの場に本人がいなくて良かったと思った。本人がどう思っているかはともかく、リオンもなんだかんだで子供には甘い。こんな純粋な憧憬の念を向けてくる少年を相手には、文句を言うこともできない。もしリオンがこの話を聞いたら、羞恥心や何やらで身悶えするハメになっただろう。
それはそれで見ていて面白いのだが、同じくギルドから爆裂姫なるこっ恥ずかしい二つ名を頂き、ガルドラッドではおかしなファンに囲まれた自分としては、やはり同情を禁じ得ない。なにより同じ立場である以上、このネタでからかえば、自分にも同じだけ返ってくるので、触れずにいるのが一番だろう。
そんなことを考えていると、ウィンが顔を背後の父親から正面にいるティアの方へ向けた。
「あの、お姉さんが、流星の女神さんなんですよね?」
「……ええ、そうよ」
目が見えないため、恐る恐る確認を取るウィン。先程の父との会話と声で判断できたのだろうが、憧れの冒険者パーティーを前に少し緊張しているのだろう。
ティアもリオンやミリルと同様、仰々しい称号という名の二つ名には拒否感を持っている。とはいえ、まだ幼い少年に憧れを多分に含んだ声で呼ばれれば、苦言を呈するわけにもいかず、恥ずかしそうに肯定した。
流星の女神ことティアに会えたと認識した少年は、再び閉じていた瞳を見開いた。心なしか光のないはずの瞳が輝いて見える。
「すごい! 本物だ! あの! 流星の女神さんは獅子帝さんの恋人さんなんですよね?」
「え、ええ、そうよ」
ウィンの勢いに若干たじろぎながらも、今度は素直に頷くティア。リオンとの関係を指摘されて、頬が薄っすら染まっているが。
「あの、一つ質問してもいいですか?」
「ええ、良いわよ。何が聞きたいのかな?」
先程までの勢いが若干陰り、どこか躊躇いがちにそう訊ねてくるウィン。父親であるウェスタ―が息子を諫めようと口を開きかけるが、それをティアが微笑みで制止し、優しい声色でウィンに話の続きを促した。
そんな父親とティアの無言のやり取りを知らない少年は、ティアに輝くような笑みを向けた。
「恋人の流星の女神さんから見て、獅子帝さんってどんな人ですか?」
純粋無垢な笑顔で、普通の人には答えにくい質問を投げかけるウィン少年。恋人の印象など、真面目に語って聞かせるのは恥ずかしいだろう。当り障りのない言葉で誤魔化すのが一般的な回答だと思う。
しかしそこはリオンへの愛情が天元突破している、恋する乙女代表ティア。ストレートな質問に空色の瞳を丸くした後、まるで極上のスイーツを食べたような蕩ける笑みを浮かべて口を開く。
「そうね……彼はとっても強くて優しい人よ。けどちょっと不器用なところもあったり、人並みに弱い部分もあるわね。でもどんな辛いときでも、いつもその背中で、言葉で私達を導いてくれるの。それに昔から空が大好きでね。ずっと真っ直ぐに空を飛ぶ夢を追いかけ続けてる……ちょっと子供っぽいところもあるけど、夢を語る時の笑顔が私は本当に大好きで……だから私にとって彼は、世界で一番素敵な男の人なの」
何の躊躇いも無く幼い子供の前で盛大に惚気話を聞かせるティアに、周りにいた全員が砂糖よりも数百倍甘い何かを口いっぱいに詰め込んだような表情になった。本人達のラブラブっぷりを知っているミリル達ですらそうなのだ。初対面のウェスタ―など、もはや完全に苦笑いである。
「すごい! やっぱり獅子帝さんは英雄みたいに素敵な人なんですね!」
「ええ、それにね――」
「あ~、ティア? そろそろあたし達も行かないと……色々とやることもあるわけだし」
「ウィン、黒の翼の方達は忙しいようだ。あまり長々とお引き留めしてはいけないよ」
まだまだ語り足りなそうにしているティアだが、これ以上話を聞いたら、全員が胸やけを起こす。なおも話を聞きたがるウィン少年は父親が、バカップルの片割れはミリルが止めに入った。
二人とも少々残念そうな顔をしていたが、互いの止め役の言うことには納得したのか、渋々従う姿勢を見せた。
「すいません、みなさんは忙しいのに……ボク、お話できてうれしくて……」
「気にしないで。私達もお話できて楽しかったわ」
申し訳なさそうに下げられた頭をティアが優しく撫でる。少々面食らった部分はあるが、あれだけ真っ直ぐな憧憬の念を向けられれば、こちらとしても気恥ずかしさはあるが嬉しくないはずがない。見ればジェイグやアルも、優し気な笑みを浮かべている。
「あの……もしまた会えたら、いろいろお話聞かせてもらえますか?」
頭を撫でるティアの手の感触に頬を染めてくすぐったそうにしながらも、ウィンがおずおずと遠慮がちにそう言った。初めて口を開いたときから思っていたが、小さいのにずいぶんと礼儀正しい子だ。
そんな小さな子供にそうおねだりをされれば、当然こちらも、特に子供好きでお人好しのティアとジェイグは無下にすることもできないわけで――
「ええ、機会があれば必ず」
「次はリオン――獅子帝も一緒に連れてきてやるよ」
そう言って小さなファンの少年に笑みを向けるティアとジェイグ。
そんな二人を横目に、ミリルは「あいつは絶対嫌がりそうね。ご愁傷さま」と、恋人と、ファンの少年の二人に悶死させられるかもしれない弟に向けて、心の中で合掌した。
リオンも子供は好きだし、面倒見は良いが、自身ではあまり子供受けしない性格だと思い込んでいる節がある。周りから見れば、何を馬鹿なことをと言いたいところだが。
確かに、見るからに優しさオーラ満天のティアや、明るく元気なジェイグやファリンに比べれば、表情の変化が少なくクールなリオンはとっつきづらいかもしれない。
だが一度でもその優しさに触れれば、その強さと端麗な容姿を以て、瞬く間に人気者に早変わりする。リオンの旅立ちの前夜、黒フクロウの家でチビ達にあんなに泣かれたのは、それだけリオンの存在が彼らにとって大きかったからに他ならない。
まぁそういった自身の魅力に無自覚だから、レフィーニアみたいなことが起きるのだろうが。
「ありがとうございます。ちなみに私の会社は、この町の中央タワーの傍にあります。建築などが主ですので、冒険者の方達にはあまり縁が無いかもしれませんが、何かあればいつでもお越しください。自宅も社の近くにありますので、お時間があればぜひこの子にも会いに来てお話を聞かせてやってください」
「ええ、いずれ機会があれば。私達はしばらくこの町にいますから、もし町で見かけたら声を掛けてください」
最後に当り障りのない社交辞令を交わして、ウェスタ―親子とはそこで別れた。
「ガルドラッドの一件からまだ半年も経ってないのに、もうずいぶんと名前が知れ渡っているのね」
「多分、ギルドが宣伝のためってことで色々と広めてるんでしょ。そのためにあんなこっ恥ずかしい称号なんてもん付けたわけなんだし」
「いいじゃんか、あんなカッコ良いんだからさ」
「……俺だけ仲間外れ……ぐすん……」
ギルドの廊下を歩きながら、ティアが自分達の噂が広まる速さに苦笑いすれば、ミリルが理由を推測し、アルが嬉しそうに笑い、一人だけ称号の無いジェイグが寂しそうに肩を落とした。
まぁ名前が知れ渡ったことで色々と面倒な事にもなりそうだが、違う見方をすれば、これまで復讐のために陰に潜むように生きてきた自分達が、闇の道を出て明るい世界を歩けるようになったということだ。諸手を挙げてとはいかないが、歓迎すべきことなのかもしれない。
(まぁあまり目立つのは好きじゃないけど……こいつらも喜んでるし、ま、いっか)
視線の先には、称号の件でからかわれるジェイグと、その仕返しに頭をもみくちゃにされるアル、そしてそんな二人を穏やかに見守るティアが。窓から差し込む陽光が照らす廊下を歩くそんな三人の姿を前に、ミリルは肩を竦めてそう納得した。
そうして歩いていると、すぐにギルドのロビーが見え、冒険者や依頼人達の喧騒が聞こえ始める。時刻はもうすぐ昼になる頃なので、朝に比べて人の数は少ないが、やはり大都市ということもあって、未だに賑わいを保っている。
また面倒なのに声を掛けられなきゃいいけど……と、この中で一番その可能性の高いティアに視線を向けようとしたところで――
「なんでオレの依頼は受けてくれないんだよ!」
――そんな甲高い怒鳴り声が聞こえて、ミリル達は顔を見合わせる。
ギルドでは、もめ事など日常茶飯事だ。もめ事の原因は冒険者というのが多いが、意外と依頼人側にも面倒なのが多い。危険な依頼をできるだけ安くしようとごねたり、持ってきた依頼品に難癖をつけたり、訳の分からない依頼を持ってきたり。なので、聞こえてきた声の“内容”については、取り立てて気になるようなものではない。
だがその叫び声の“質”は、荒くれ者の多い冒険者ギルドではあまり聞くことのないものだった。
それぞれに困惑や怪訝そうな色を表情に宿しながら、ギルドのロビーを覗き込む。
そこには――
「父ちゃんが帰ってこないんだ! すぐに探しに行ってくれよぉ!」
先程会ったウィン少年と同い年くらいの男の子が、ロビーにいる冒険者達の足に、必死に縋りついている姿があった。
(……今日はやけに面倒そうな子供が目に付くわね。まさか、うちの子供好きツートップが呼びこんでるんじゃないでしょうね)
見知らぬ少年の悲痛な叫びと、さっそく目の前で母性と父性が滲みだし始めたティアとジェイグの表情を前に、ミリルはこっそりと小さなため息を零すのだった。
前話で100話だったことに、今更気付いてしまいました。
100投稿するまでに随分と時間がかかってしまいましたが、
感慨深いものがありますね。
のんびりとしたペースではありますが、今後も執筆は続けていくつもりです。
ここまで拙作にお付き合いいただいた方々に心より感謝を。
そして今後とも、リオン君達の物語を楽しんでいただければ幸いです。