プロローグ
ほのぼの、ギャグ、シリアス、感動などをバランスよく配合できればと思ってます。
暗い話も出てくる予定ですので、苦手な方は……
それでも読んでいただけると幸いです。
基本は明るく、楽しい話で行こうと思います。
目を開くと、そこにはどこまでも青く、高い空が広がっていた。
透き通るような青空。
いつも見上げていた夢の世界。
手を伸ばせば、あの空に届くのではないか。
あのゆっくりと流れていく雲を手に掴めるのでないか。
そんなはずはないとわかっていながら、それでもいつものように手を伸ばす。
すでに感覚が失われつつある手を……
いつものようにゆっくりと……
視界の端から現れた手は自分の血と泥で汚れ、力なく震えている。
骨も折れているのかもしれないが、痛みはもう無い。
感じることができない。
さっきまでは、集まった野次馬達が騒いでいる声がうるさかったが、それももう耳には届かない。
周りの音はおろか、自分の呼吸の音さえもうほとんど聞こえはしなかった。
自分を轢いた車の運転手がずっと何か言っていたが、はたしてそれは謝罪の言葉だろうか。それとも人を轢いてしまった自分の未来を嘆いているのか。
自分の周りにはうるさいくらいに人がいたはずなのに、誰も自分に近寄ろうともしない。
自分の最後の瞬間が、こんなに孤独だなんて思わなかった。
……まぁそれももうどうでもいいことだ。
自分はもう死ぬのだから。
だから、最後の瞬間まで空を見ていようと思った。
ずっと憧れていた、あの空を。
幼い頃から、空を飛ぶことを夢見ていた。それを実現するための努力もしてきた。航空自衛隊の学校への入学も決まり、あと少しであの空に手が届くはずだったのに。
諦めたくなんてない。
死にたくない。
夢を叶えた末に死ぬのならそれもいい。だけど、こんなところでたった一人で死んでいくなんてあんまりだ。
そんな想いがあとからあとから込み上げてくる。
十年以上願い続けた夢への渇望と叶えられなかった悔しさが、死への恐怖とともに心を黒く塗りつぶして、この胸をきつくきつく絞めつける。
(空、飛びたかったなぁ……)
視界が滲んでぼやけているのは、命の炎が燃え尽きようとしているからか。それとも悔しさが涙となって溢れているのか。
もうそれさえわからなくて。
夢へと伸ばした手から最後の力が抜け落ちる。
遮るものの無くなった視界に憧れた世界を焼き付けて、空野翔太は十八年の生涯を終えた。
目を開くと、そこにはどこまでも青く高い空が広がっていた。
透き通るような青。
いつも見上げていた夢の世界。
翔太は無意識に、いつものようにあの空へと手を伸ばして――
(……って、あれ?)
と、そこでようやく違和感に気付いた。
(手が、小さい……それに腕も短い……)
視界の端から現れた手は、誰がどう見ても十八歳の男の手ではなかった。
ぷっくらとやわらかそうな肉付き。つやのある肌は血色のいい肌色。手の甲にあったはずの体毛が影も形もない。
(これ、本当に俺の手か?)
試しにグーパーグーパーと繰り返し動かしてみる。
力が入りにくいのは感じたが、思った通りに動く。間違いなく自分の手だ。
(何がどうなってんだ?)
体が縮んでしまった。その事実を認識した瞬間、混乱しかけた頭に某少年探偵の顔が浮かんで、すぐに消えた。
そもそもこの手は小学生一年生のものよりも、もっと小さい。それこそ、生まれたばかりの赤子のような……
(まずは状況を把握しないと)
すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に状況把握を試みる。
だがどういうわけか、体に力が入らず起き上がることができない。三度試してもダメだったので、またすぐに頭を切り替える。
首なら少し動くので顔の向きだけでも変えてみるが無駄だった。左右どちらもすぐ横に壁のようなものがあり、周りが見えない。どうやら自分は箱か何かの中に寝ているらしい。
状況の把握は不可能とわかった。よって、とりあえず翔太は目が覚める前の記憶から、状況を把握するためのヒントを得ることにする。
(今日……なのかはわからないが、一番最近の記憶では航空学校の合格発表があって、俺はそれを見に行った。結果は……合格だった)
その時の興奮と喜びが、はっきりと蘇ってくる。
だが、それも続いて思い出した出来事によって、真っ黒に塗りつぶされてしまった。
(それでそのまま高校へ向かったんだ。先生に報告しようとして……そして……!)
ここに至ってようやくその事実を思い出した自分に、内心で舌打ちをした。
(そして、その途中で車に……)
その瞬間の光景が、脳裏にはっきりと浮かんでくる。
猛スピードで突っ込んでくる灰色のSUV。
目の前の景色が、コマ送りのように流れて行く不快な感覚。
血に染まった自分の手。
全身を打ち付ける痛みも、自分の体から血液が抜けていく不快感も、迫りくる死への恐怖も、全て鮮明に思い出せる。
そして、最後に目に焼き付けた青空も。
一度思い出してしまえば、それは携帯に保存された画像を探すよりも簡単に、何度でも取り出すことができた。
(助かったのか? けどそれなら病院のベッドで目覚めるはず)
患者を外で寝かせる青空病院なんてものがあるはずはない。そもそもあれだけの速度で車にはねられたのだ。出血も酷かった。とてもじゃないが助かるとは思えなかった。
なら、この状況はどういうことなのか。
その疑問には空が応えてくれた。
正確には空に浮かぶ物体が。
(……ラピ○タ?)
真っ白な雲と一緒に流れてきたのは、空に浮かぶ巨大な島だった。
一般的な日本の高校生男子である翔太が、日本人なら誰もが知っているアニメ映画に出てくる、天空の城を思い浮かべたのは無理もないだろう。
(ラピュ○は本当にあったんだ……)
そしてあまりの出来事に、翔太が現実逃避してしまうのも無理もないことだった。
当然ながら現代の地球にこんな空飛ぶ島があるはずもない。じゃああれは何なのかと聞かれても当然わかるはずもない。とりあえず某天空の城ではないとは思う。
確実に死んだと思えるほどの事故を経て、目覚めれば身体が縮んでおり、空には地球に存在するはずのない空飛ぶ島。
それらの事実を組み合わせて出る答えは一つしかなかった。
(異世界転生……って、どこのラノベだよ……)
物語のような現実に打ちのめされた翔太は、数分後に現れたキレイな女の人に保護されるまで、空に浮かぶ島がゆっくりと流れていくのを、その場所で呆然と見続けていた。