第四話 否定し続けること
大分遅れました。申し訳ないです。
「っ! はぁ! はぁ! はぁ!」
俺は暗闇と吹き荒れる夜風に逆らいながら、ひたすらに険しい森の中を走っていた。
だが、自然は決して無傷で森の外に出すつもりはないらしい。
進む道は、断続的な暗礁で閉ざされ、タコの足のように縦横無尽に木は根を広げ、足場を蹂躙している。
懐中電灯みたいな便利性のあるものは存在しないし、唯一のカンテラもない。はっきりいって状況は地に堕ちるほど最悪だ。
「おおおっと!」
言った側から、もうひかかった。
山道を通っているかのようなゴタゴタで、足の感覚を上手く鈍らせられる。
これが自然……! 巧妙すぎる!
なんて神秘に関心してる暇あったら、足を動かせ俺。
奴らが追いかけてくることはまず有り得ないだろう。
だけどこの先、万が一俺の悪い予想が的中すればもうなす術はない。
それは、村人との遭遇だった。
このアルンデンヌの森では、林檎の養殖が盛んに行われているらしく、その驚きの生産さと上品さ、そしてその美味に王様や教会の大司教も唸り声を上げたほど。
別名、アヴァロンの森なんて胡散臭い名前までつけられている。何処のアーサー王物語の島だよ。三人の湖の乙女ですか? カムランの戦いですか? エクスカリバーですか? えぇ?
まぁ兎も角、妥当な道は村人との遭遇率が高い一本道より、このまま一本道から外れた深い森の中を突っ切って行く方が安全だ。
逃走の最中、少女は一切疎通を送ってこなかった。
一体どうしたんだろうな。
変なことしてなきゃいいけどなぁ。
それだけが気掛かりだ。
……だけど、もっと気掛かりなことがある。
走りながらずっと考えていた。
先ほどの行動。何故あんなことをしたのか。
あの時、何が自分の中で起こっていたのか。
あの時の俺は、傀儡されていた。いや…無意識のうちに屈従されていたの方があってるのかな。
まるで俺の意思とは反対の、”強力な別の意思”が背中を押してきたんだと思う。
俺の意思なんて単純だ。
悪役らしさ、を否定し続けること。
欲や強い願望や野望。確かに同情することもあるよ。だけど、それに従ってしまえば今の自分に戻ることはできない。
決して自分を見失わず、飲み込まれないようにしてきた。怖かっただけだが。
『あっは? もうバレちゃったのぉ?』
……クソが…またお前か。
あの金髪少女の声が、忙しく地を蹴る音共に、俺の脳内に雑念のように響いた。
「他人事みたいな物言いだなお前は! さっきルートと情報の処理が終わった! お前、あそこに偵察のての字も入っていなかったぞ! どういうことだ!?」
そう。
ルート処理が終わった直後に俺の念頭に表示されたのは、偵察ではなく策謀だった。最初から伏線を張ってしまえば、この後からの展開のテンポが異常に早くなってしまい行動が上手くできなくなる、というのがデメリットだ。
『え、処理終わってたの? いつから?』
「さっきだよ! 俺の体が勝手に動き出して! 意識がふと戻った時にはもう纏めあげられてた! いい加減にしろよ!」
何事もなかったかのように話しの線を折り曲げてくる。
完全に向こうは澄まし顔になってるだろうが眉唾な俺にそれは通用しないからな。
『じゃ、バレたんなら終わりだね。そろそろ元の体に戻すよー』
「いや! 待てお前! それは流石に潔すぎるだろ! バレたとも言ってねぇよ!」
俺も一心に走り続けながら、キレッキレな声を上げる。
『だって君、完全に顔隠してなかったじゃん』
そりゃそうだ。この服、フードもなければちょっと絹に細工して、露出度と動きやすさを向上したぐらいの超格安製品っぽいものだからな。
『もう、あれバレてないって確証あるの? だからもう諦めた方がいいよ。こっちだって色々あって面倒くさいんだよなぁ』
「はぁぁあ!? お前いっっつも諦めが早いな! 少しは俺を信用できないのかっ! それに夜だったし暗闇で視界は不自由だったはずだ!」
『あー君の世界であった、罪人を晒す時に目を漆黒の横線上、四角形型サングラスでしょ? あんなのよく再現できたよね』
阿保すぎる返答に苦笑いを浮かべ、左目に思わず皺を寄せた。
「サングラスじゃねぇから! 凄絶なほどに勘違いしてるけどただのモザイク! ていうかそれとこれとは全くの無関係だから!」
思わず叱咤するような声で、怒号した。
実は、この思念の疎通、俺だけ思念な筈なのに、毎回、毎回独り言みたいに口に出して言ってる。
こんなことを街や都市で繰り返しているうちに、悲しい人とか思われたり、無遠慮な目で見られるのが完全に馴致してしまっていた。
これは、俺にとって良いスキルなのか、必要ないスキルなのかは判別できない。
『それで? 結局は、まだ続けるっていうのー?』
可愛げのあった少女あの美声が、どんどん低音になる。消沈しているさまが管で繋がってるみたいにビシバシ伝わってくる。だが、譲歩だけはしない。
「当たり前だよ! 捨てられない為にもな!!」
そう、童顔を顰めると強気な声で言い放った。
体力も減少したか荒い喋り方になっている。
そろそろ限界にも近いが、暗闇の一本道はまだ続いていた。
『君まだそんなこと言ってるのか…いい加減、諦めたら?』
だから、諦めろ諦めろって言ってくるのやめろっての。まぁ、そう簡単にお前の悪魔の囁きには乗らないがな。
「諦めたら閉幕しちまう。ここで中途半端に終われば、観客だって冷める。俺の炯眼がそう言ってるんだ」
『炯眼とか小難しい言葉使うね。君って意外に語彙力ある方なの? 私結構国語力ディスペアーな方だから帰ってきたら色々教えてね』
「いやそこかよ! 諦めを否定してる所に食いつけよ! お前が言い出したのに話しの内容思いっきり脱線してるじゃねーか!」
あーもう疲れる。
汗でしわくちゃになっている顔を、また俺は歪めた。
というより、完全に今の突っ込みで走る分の体力を一気に消費してしちゃったよ…。極限まで行きたいが、まだ幼い体に鞭を打つのは流石に厳しいか。
「そろそろ、はぁ、いい、かな…」
俺は走る速度を抑え、段々と歩きに戻ってゆく。その間にも、腹は圧迫されるようで心臓の脈打ちは露骨なほど早く、胸元に掌をかざせば大袈裟なほどによく分かる。
膝に両手をつき、息を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
まだ、中途半端な距離だが仕方がない。
だがこの体の限界点も見極めておけば、今後の動きでも、ミスや支障は厳密に防遏できるはずだ。
『身体的な問題は解決できた様だね』
「ま、まぁ、な…」
だが状況的にはあまり良とは言えない。
進むことには進めたとは思うが、安堵はしていられないだろう。
そう自分に緊迫感を持たせようとすると、頭にまた金髪娘の声が入ってきてその空気を台無しにした。
察せよ。
『ていうかさ、なんで魔術とか使用しないの。少しぐらい和らげることだってできるでしょ。それぐらいも考えられないなら諦めたら?』
「効率重視、人間なの、でね…それに、魔術を使っ、たりしたら、そこ、から、魔力周波が、出るら、しいから、バレる、危険性、がある」
はきはきした声では喋れなくなっていた。
肺を絞るようにして、どうにか声を出している。
水分不足か、はたまた血流の関係で老廃物が蓄積しているのか、吐き気と頭痛に襲われる。
『どんだけ疲弊してんの。そんな殺されかけたとか痛手を負った訳でもないのに。しかもさっきまでちゃんと喋れてたじゃん。もう諦める?』
「うる、せぇ…!」
『はぁ? めんどくさ…』
自分の要求に煩わしい反応しか俺が見せない為に、きっと向こうで口を尖らせているのだろう。
中々胸倉が悪くなる反応を投げ返してきた。
『じゃ、これからどうするの』
これから…か。
逃げることだけで考えていなかったな。
単純だが答えはすぐにでてくる。
「……俺は、今日の、野営地、探すよ…」
『あ! そっか、君人間だしね。ちゃんと寝ないとこれからの動きにも支障がでるもんね』
その通りだ。やはり異世界に行って、乗り移ってたとしても、やはり中身は人間だ。
食わなければ、死ぬし、不眠不休でずーと動いてれば、その内パタンと倒れて死ぬ。もしも、そうなれば…って話しなんだが俺も聞いたことない。
『でも、こんな森で野営地ねぇ』
少女は、あまり良い反応は見せなかった。
表情は伺えないが、喋り方から不信感を噛み殺しきれていない。
この森には、村人の他にオークや獣族のはぐれも多く存在している。
重いリュックを一度下ろす程度ならばいいが、一晩明かすとなると、安全面は絶対的に保証できないだろう。
「あぁ…こっから、近い、人気が少ない、川辺に、しようかと、思ってる」
川辺、と言ってもあまり安心はできない場所であった。
ただでさえ、今でも周りからとても人工的なものではないほのかな香りが漂っている。
『へー、そうなんだ。ちなみにその川、近くの村と繋がってるらしいけど大丈夫?』
「当たり前、だ。今はそこ、しか、ない、からな」
今は迷っている暇はないんだ。
やりとりしてる時間にも、体力は微量だが回復はしている。
なんとか棒のように動かなかった足も解れ、着実だが非常にこの体にも慣れてきた。
『ま、そういうのは私苦手だから君に判断は委ねるよ』
確かに普段無知そうな面してるしな。
博識そうなフリして向こう側では、色んな情報覗いてるんだろ。
と、いう戯言は後にして。
一刻も早くここから抜け出さなければ。
ボロボロになった足を叱り、なんとか一歩前進し始めた……
時だった。
「パパ! あそこに女の子がいるわ!」
へは?
「女の子だと?」
人の声…か?
「おい、本当にいるぞ!!」
その声に颯爽と周囲を見回した。
突き当たりが一切と見えず、木と木が詰め合うように生い茂る中、左右から不気味に現れた三つの灯火。
闇を潜り抜けてきた俺にとって、光は明滅で神々しく、儚いものに見えた。
鬼火か? と思うほど不明瞭だったものだが、次第にその距離を狭めていくにつれて、俺は眉を吊り上げた。
人だ。髪の長い若い女一人に二人の男。
その衝撃で前後を忘れ、手足は硬直し、眼を震わせながら自分を咎め始めた。
どうして、ここにいる?
しっかりと人間が近寄らないルートを、情報から取り上げた筈だ。
俺の分析が甘かった? いや、語弊か?
唐突すぎる、ならばここは一体?
理性的な判断がとれない。
思考は急激すぎる展開に応答はせず、ただ暗黙に飲み込むことを拒否している。
俺はどうしようもない、溢れる気持ちを小箱に押し込むことはできず、無意識に後ろに一歩下がる。
すると足の踵に、不意に何かと接触した感覚があった。
「なん…だ?」
暗闇の中でも美しい深紅の艶を見せ、遠くからでも明白で豊満。
決して飽きさせることのない果実の香りを放ち、平然と転がる滑らかな円形をした物体。
林…檎?
「まさか、ここは…林檎の畑?」
唖然とし、ただ皿のように眼を丸め、情の込もらない言葉を宙に吐きだした。
悟った時には、もう手遅れだった。
いつの間にかここに、迷い込んできてしまっていたのだ。
『さぁ、どうするんだい? ここでバレたらお終い。身を隠す場所もなければ、口封じになる材料もない。ならばどうする? 殺すしかないよねぇ?』
あの金髪娘、こんな時でも煽ってきやがるのか…。
俺は唇を噛み締め、追い詰められる気持ちに塗炭の苦しみを味わっていた。
「なんで、俺が恨みもない人間を殺さなきゃいけないんだよ…」
『…それは君が、悪役だからさ』
その言葉を何度も鼓膜が破れるほどに聞いてきた。いつでも彼女はそれしか喋らない。
だがどんなに泥が塗られていたとしても、多くの人が否定しても、それが揺るぎのない俺に授けられた真理なのだ。
そう、俺は、悪役なんだ。
殺さないと、殺さないと。
他の妥協策は考えられなかった。
顔を上げれば、もう目の前にはあの三人が。
懸念そうな表情で俺を見つめ、呼んでいる。
少女がそして三人の声が、混ざり合う。
「しっかりしろ! 大丈夫か?」
『悩む必要なんてないでしょ? ほら一思いにやっちゃなよ』
すこぶる焦燥感に、酔ったかのように視界は歪み、遠近感は崩壊した。
二つの選択肢なんて、俺には存在しないのか。
本当に、これが自分が自分である為の時間の綱を繋げられることができるのか?
……ならば、俺は ───────
視点変わりはよく考えたら読みにくいということでやめます
ころころ変わって申し訳ありません