La nostra strada 2
一流ホテルのスイートルームを軽くしのぐ広さの部屋だ。
しかし、その広さの割に必要最低限の家具しか存在していないため、どこか閑散としている。
その部屋の中央に大きなベッドが鎮座し、その中央にシーツにくるまれた球体がある。
よく見ると微かに上下している。耳を澄ませば、小さな呼吸音も聞こえるだろう。
しかし、それ以外には殆ど音も動きもない…
…静かだった。
ガチャッ
ノックも無く扉が開き、そこから一人の紅い瞳の青年がその野性味のある整った顔を覗かせる。
顔の美しさに違わずガッシリとした身体に黒い制服を纏った青年は荒々しい足取りでベッドに近づき、中央の丸い物体に手を置く。
「おい、ハルカ!早く起きろ!じゃねーと遅刻すんぞ!」
置いた手を大きく揺らしながら声を荒げる。
それに対して、球体はされるがままに揺すられはするが、全く動じていない様子だった。
「いい加減に起きろっつってんだろーが!!」
青年の短く脆い堪忍袋の緒は早々に切れたらしく、片手でシーツをひっくり返すと、それに包まれていたモノがごろごろとベットから転がり落ちた。
「…なにするんだよ…ナツメ…」
鬱陶しそうに床から青年を見上げ、「ナツメ」と呼んだのは「ナツメ」に負けず劣らず美しい青年だった。
しかし、野性味のある男性的な魅力のナツメに対し、こちらはまるで陶器で作られた人形のような硬質的な魅力があり、「ナツメ」よりも華奢な分女性らしく見える。
「お前がなかなか起きてこねえからだろーが。ったく、夜早く寝るくせに起きねえってどういうことだよ…」
苛立ちを露わにして頭を掻き毟るナツメ。
それに対し、ハルカは床に広がったシーツを改めて自分の身体に巻き付けもう一眠りしようと目を伏せる。
「おいコラ、なにもう一回寝ようとしてんだよ。」
ナツメは再びハルカのシーツを剥ぎ取ると、もう眠れないようにか、角と角を合わせ畳み始める。
「やめろよぉ…今やっとタケノコの軍勢からキノコの兵隊を救った英雄としてキノコの山に祀られる神となる壮大な冒険が……」
「そんだけ口が回るんなら大丈夫だな。」
うっすらと呆れたような、それでいて先程より幾分か柔らかい表情を浮かべ、ナツメはハルカの脇の下に手を入れ無理やり立たせる。
「おら、さっさと風呂入って支度しろ。そろそろ向かわねぇとまた遅刻すんぞ。」
「めんどい…今日は休みたい…」
「今日『も』だろうが、いい加減にしねぇと単位落としかねないぞお前。」
ハルカは「んー」と気のない返事を返し、しかし単位を落とす事は避けたいと見えシャワールームの方に覚束無い足取りで向かった。
その姿を見送ると、ナツメは深い溜息をつきながら装飾の類のない実用性一辺倒のソファに腰掛ける。
ソファはギシッと音をたてながら、ナツメの身体を柔らかく受け止め、またもや部屋に静寂が満ちる。
「…あんなのがその内吸血鬼の長になると思うと、流石に同情するな。」
脱力した様子で、ソファーに体を預けながらナツメは一人心地で呟く。
「へーぇ」
自分以外誰もいなかったはずの部屋にいきなり響いた声と、同時に響く乾いた音への驚きから目を見開いたナツメだったが、その声には聞き覚えがあった。聞きたくもない声だけれども。
「アナタのような蛮族でもそんなマトモな思考を持ち合わせているものなんですね。いやー感服しました。」
感服などという感情を匂わせる表情は一切なく、手を叩き乾いた音をさせている少年がいた。
「何しに来やがった?『終夜』」
終夜と呼ばれたその少年は、手を叩くのをやめ腕に抱えた真っ赤なウサギの人形を軽く抱きしめる。
そのウサギのぬいぐるみは恐ろしいことに片耳が千切れ、中の綿が覗いていた。
「棗こそ、ハルさんの部屋でなにをしてるんです?ここは野蛮な犬が入っていい場所ではないですよ?」
棗を見据える濃いアメジスト色の瞳には、隠そうともしない侮蔑の色が見て取れた。
棗は形のいい眉を一瞬吊り上げたが、その瞳にすっかり慣れてしまっているのか、先程よりも深い溜息をつき再びソファに身体を預け、面倒くさい…と心の底から思った。