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第61話

その後、S出版社の偉い人たちの挨拶があって、パーティーも本格的に始まった。


私は久保さんを探したけれど、人の多さと会場の広さも手伝って、なかなか見つけられない。


それに、私の手を繋いだまま、離そうとしない中田さん、彼にあちらこちら、連れて行かれて、自由に動き回ることもままならなかった。


「お、中田さん!」


呼び止められると、そこには見知らぬ人が立っていた。


「どうしたんだよ?お前がこんな席に出るなんて珍しいな」


見知らぬ人は、親しげに中田さんに話しかけてきて、中田さんも、私に向ける笑顔とは一味違う笑顔を返した。


「まあな」


「その子は? 彼女か?」


「いや、友達」


見知らぬ人の問いかけに、彼はそう言って答えた。すると、その見知らぬ人は、人の悪い笑みを見せた。


「友達・・・ねぇ。

恋人だろう?お前がこのての席で女連れてきたのは初めてじゃないか?」


悪気のないからかいに、私は返す言葉も見つけられず、俯いた。


「おい、下世話なからかいはやめてくれよ。

この子、結構気にするタイプだからさ」


嗜めるように中田さんが言うと、その人は少しだけ笑みをを抑えて、


「・・ああ、ごめんな。

俺、日野雪也っていいます」


そう言って出された名前は、今、幅広い年代で人気のテレビアニメの原作者さんだった。S出版社で出版している週刊少年漫画の雑誌で連載中で、作品こそ見たことないけれど、世間の噂では、今、人気のある漫画のトップ5に入るだろう。


その原作者が、中田さんと知り合い?しかも私達と同年代?


パニックが収まらない私に、彼・・・日野さんは“また後でね”と言って去って行くと、今度はまた別の人達が中田さんに挨拶してきた。


「中田さん、久しぶり!」


「仕事、どう?」


「今度また一緒に飲もうよ」


そんな言葉に丁寧に返しながら、その度に、私のことも聞かれた。みんな、私のこともを、“中田さんの恋人”と思い込んでしまっている。


いくら中田さんが否定しても、


“中田がこんな公の席に女連れなんて珍しい!”


の一言で一蹴されてしまった・・



中田さんの交友関係は、尋人さんと違う意味で多岐にわたっていた。


尋人さんは、他の出版社の営業さんや担当さんとの交友関係が広かったけれど、中田さんは、実際に執筆している人や挿絵画家さんの知り合いが多かった。


中田さん自身が、挿絵画家、イラストレーターという仕事をしているせいだろうか? 一緒に仕事で知り合って、そのまま交友関係が続いているように見える。


そういえば、この間、仕事の帰りに中田さんに会った時も、“クリエイター同士の飲み会”っと言っていた。あれはもしかしたら、ここにいる人たちなのかもしれない。


「ほら、石垣さんもこっちで一緒に食べよう!」


「あ、何か飲む? 取ってきてあげようか?」


会場の随所にセッティングされている丸テーブルにみんな集まって、その輪の中に、わざわざ椅子を引いてきて、私の席まで作ってくれた。


みんな、中田さんと打ち解けていて、その彼の知り合い、と言うだけで、私の存在も暖かく受け入れてくれた。


中田さんと彼らは、ただの仕事の知り合い、と言うより、もっと距離の近い友人同士、と言う印象を受けた。


「そんな緊張しないで」


持ち前の人見知りが出てしまい、緊張しきっていた私に、周囲の人たちはそう言ってくれたけれど、中田さんのお友達で、悪い人の訳ない、しかも世間的に名前の知られている人たちにいきなり囲まれてしまったせいか、私は食事はおろか、飲み物さえもろくに飲めず、ただただ座ったまま石のようになっていた。


もしかしたら、私が久保さんにばかり気にしていたからかもしれないし、持ち前の人見知りが表立っていたからかもしれないけれど、妙に落ち着かず、かといって動くこともできない。どうして良いかわからなかった。


普段、中田さんと仕事で向き合う時や、それ以外のちょっとしたことで会う時は、こんなに緊張しないのに、今は、その中田さんも、周囲の知り合いとの話に夢中になって、こちらを見ていなかった。


繋いでいた手も、食事しているので手離していた。


今だったら、こんな人見知り空間から適当に理由をつけて逃げられる・・・そうおもえるのに、身体が、まるで金縛りにあったように動かなかった。


それは、このテーブルの空気感のせいかもしれない。


出来上がってる、和気藹々とした空気、そこには、確実に私の場所もあった。現に私に気を使っているのか、悪意のかけらも感じない笑顔で話しかけてくれている人もいる。みんな楽しそうに話しているこの空気の中、抜けるタイミングさえ見つけられない・・・でも、このままここにいたら、酸欠になりそうだった。


“負けるわけにはいかないな”


そう言っていた彼の言葉は、こう言うことだったのかもしれない。今、このテーブルにいる中田さんの友人の間に私の居場所もちゃんと作って、さらに、私と中田さんは“恋人同士”という既成事実を刷り込んでいるように見えた。・・・それはもしかして、私が中田さんの申し出を断りにくいように・・・


そしてこの光景を見れば、きっと久保さんも、中田さんのお友達と同じことを思うだろう。


“中田と石垣さんは付き合っている”


そうなってしまえば、“賭け”に私の勝ち目はないどころか、今日、久保さんに会うこともままならない。


私は、手に持ったままのプレゼントの紙袋を、ギュッと握りしめた。


渡せないかもしれない。そんな思いと共に・・・




そんな、空気感の中・・・ふと私は、顔をテーブルの人達から、その周囲へと移してみた。


私たちが座っている席のずっと向こう側、人混みの中に、・・・久保さんを見つけた。


久保さんは、S出版社の人に何やら挨拶をしているようで、久保さんの横には、寄り添うように森野さんが立っていた。


「・・・・・・・」


もっと早く、・・・この席に座る前に見つけたかった。そうしたら、少しでも、立ち話ができたのにな?


今私が座っている席から彼がいるところまでは、かなりの人だかりと距離があるように見えた。まして私は、席を立ちにくい状態で、彼はS出版社の人とお話し中・・・とても話しかけに行ける状態ではなかった。




それからどのくらい時間が過ぎてからだろう?


やっと場の空気が落ち着いた頃、やっと私は席を立てた。


「どうしたの?沙織ちゃん?」


すっかり仲良くなった、女性クリエイターの人が、立ち上がった私を不審顏で見上げた。


「あの・・・ちょっと、外の空気、吸ってきます」


そう言った私に、中田さんは心配そうな顔を見せた。


「あ、沙織ちゃん、疲れちゃった?」


「ええ、少しだけ」


「・・・顔色悪いよ?」


そう言ってくれたのは、同じテーブルに座る別の女性クリエイターだった。


「人混み苦手?」


「得意じゃ・・・ありません」


おどけるようにそう言って、中田さんと周囲に軽くお辞儀した。



「大丈夫?俺も行こうか?


そう言って立ち上がろうとする彼を、私は必死で押しとどめた。



「ちょっと、1人にさせてください」


「でも・・・」


「お友達も一緒なんでしょう?」


「・・・まあ・・・」


「私は大丈夫ですから。落ち着いたらすぐに戻ります」


出まかせにも似た言葉を言って彼に座ってもらい、私は席を立ち、外のロビーへと向かった。


心配そうな中田さんの視線を背中に感じた。



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