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第56話

マンションを出て、地下鉄の改札口まで彼を送ることにした。

大通りは雪がシャーベットのようになっていて、車もいつもよりゆっくりと走っている。


幸い雪はさっきより小降りになっていて、帰るには今が絶好のチャンスだろう。それに地下鉄は他の電車程雪の影響を受けておらず、本数を減らしながらも動いているようだ。


「そういえば、中田さんが言ってたけど・・・24日のS出版社のパーティー、出席するんだって?」


そう聞かれて、私はうなづいた。


「中田さんが、声をかけてくださったんです」


「中田さん・・・か・・・」


呟くように、彼は言った。


「ええ。そうじゃなかったら、私があんな大きなパーティーに招待されるなんて、ありえませんよ」



実際私は、その出版社とはなんの関係もないのだから。招待される経緯なんかない。


「久保さんも森野さんと出席なさるんですよね? 中田さんが言ってました」


森野さんと・・・そう口に出すのが辛かった。


すると、一瞬の間の後、久保さんの顔が少しだけ曇った。でもそれはほんの一瞬だった。そして


「24日は、俺の誕生日なんだ」


少し、恥ずかしそうに、思わぬ言葉が出てきた。


「本当に? クリスマスイブに生まれるなんて、すごいロマンティックですね」


彼の言葉に笑ってそういったけど、彼の表情は複雑だ。


「そうか? うちはあんまりクリスマスってやらなかったなぁ。

子供の頃は、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼント一緒にされて、損してるとおもってた」


そういえばよく聞く話だ。親にしてみれば、プレゼントが一度で済む、とかいう安易な、ある意味経済的なのだろうけど、受け取る子どもにしてみれば損した気分だろう。


「じゃ、お祝いしないと! お誕生日と、クリスマス!」


「いいよそんなの、今更・・・それに・・・」


なにか言いかけた言葉を、彼は言い淀んだ。そんな彼に、私は、遠慮がちに言った。


「お祝い・・・させて下さい」


それはもしかしたら、パーティーの日、二人だけで会うきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。でも、それだけじゃなかった。


私は、クリスマスは大好きだ。


父は、日本にいても、海外にいても、クリスマス付近には休暇をもらって日本に帰ってきてくれた。母も、12月になるかならないかのうちに大きなクリスマスツリーを部屋に飾り、まるでカウントダウンするように、毎日何かしら、小さなことでも、クリスマスの準備をしていた。折り紙や毛糸でオーナメントを作ったり、スパイスの効いたクッキーや、クッキー生地でおうちの模型を作って飾り付けしてみたり、まるで七夕の短冊のように、願い事を書いてツリーに飾ったり・・・


帰国した父からは、大好きな外国の童話をお土産にもらって、クリスマスイブの夜が明けると、枕元にも、サンタさんからのプレゼントの絵本がたくさん置いてあって・・・冬休みは、それらの本に囲まれて、すごく幸せだった。


子供の頃の、家族と暖かく過ごした思い出がたくさん詰まっている。


彼の記憶の中に、そんな暖かいクリスマスの思い出があるかどうかなんて、わからない。でも、クリスマスと誕生日が同じ、という話をした途端、「プレゼントと誕生日がまとめられた」という話が出てきたことが、少し寂しかった。


「じゃ、期待してる」


少し、ほんの少しだけ、彼の笑顔が深く、濃くなった。でも、その笑顔が苦しそうにも見えたのは、私の錯覚だったのだろうか?


その表情を見ながら、しばらくの沈黙が続いた。でもその沈黙は、気まずいものではなく、どこか優しく心地よくて、ずっとこの沈黙が続けば、とさえ思った。


「年明け・・・」


おもむろに彼は、その沈黙を破った。


「年明け、取材でイギリスに行くんだ」


「イギリスに?」


「ああ。1週間位」


「いいなぁ・・・」


私は、あまり海外に行ったことはない。大学時代、語学研修と称した一年間のアメリカ留学を経験した位だ。海外、特にヨーロッパ方面に対する憧れはあるけど、就職してしまうと、なかなかその機会に、恵まれない。


「まあ、取材旅行だから、観光とはまた違うんだけどな。

次の新作の舞台が、産業革命前の、古き良き時代のイギリスだから・・・あんまりメジャーな観光地には行かないと思う。田舎町散策ってところだな 」


「そう・・・でも、どうせなら楽しんで来てください」


私がそう言うと、彼は、暗闇でもはっきりわかるほど、笑みを浮かべた。


「何か・・・君の好きそうな童話や絵本があったら買ってきてあげるよ」


そう言い残すと、丁度改札口に着き、“じゃ、また”と言い残し彼は去っていった。


「さようなら」


その背中に、そっとそう言うと、私は彼の背中が見えなくなるまで、彼を見送り続けた。


届かない想い、報われない恋。


童話や物語の中でも、現実世界でも、こうして彼に気づかれないように、見送るくらい許されるだろう。


心が、久保さんへの想いではちきれそうで、苦しかった。


でも、こうして背中だけでも見送っていると、その苦しみが、少しだけ和らいだ・・・





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