第27話
それから何時間かして目を覚ますと、彼の姿はもうなかった。
キッチンの土鍋も綺麗に片付けてあった。
でも、テーブルには置手紙が一枚と、大きな包みが置いてあった。
"お粥の残りと、コンビニで買ったプリンが冷蔵庫に入ってる
元気になったら食べてください。
あと、この包みは、この前のフェルメールのお詫び。
あの日の撮影とインタビューの時のクライアントからのもらい物だけど、俺が持ってるより君が持ってる方がふさわしいと思うから、置いていきます。
間違っても、返品しないでください。俺の気持ちです。
また連絡します。
久保"
テーブルの上の包みは、ずっしりと重たい本のようだった。その包みを丁寧に開くと、中からフェルメールの画集が入っていた。
それは、中田さんが買ってくれたものとは違う。あの日既に売り切れていた限定版のものだった。装丁も内容も、中田さんから頂いた通常版とは比べ物にならないほどだ。
「こんな豪華なもの・・・」
実は中田さんとフェルメール展に行ったあと、限定版のフェルメールの画集がまだどこかで売ってないか調べたけれど、ネットオークションで法外な値段が付いているほどだったのだ。
慌ててメールをしようと思ったけれど、その瞬間、彼の声が聞こえたような気がした。
"俺が持ってるより、君が持って居る方がふさわしいと思うから"
きっと電話でお礼をいったり、ましてや貰うことを断れば、そんな言葉が返ってくるに違いない。
ううん、それ以前に・・・彼のことを諦めようとしているこの矢先に、電話越しとはいえ彼の声を聞いてしまったら・・・諦めるどころか余計に好きになってしまいそうだ。
一瞬、森野さんの鋭い敵視する目を思い出して、身震いした。
私の、久保さんへの想いは、ほかの人をも傷つける想い・・・
私は携帯をテーブルに置いた。
とりあえず、翻訳の事で彼にメールするとき、一番最初にあの画集のお礼を言おう。多分、きっと・・・仕事に復帰したら、すぐにメールを送る事になりそうだ。
そして、キッチンに行って、冷蔵庫の中を見ると、さっき私が残したお粥が、レンジで温めるだけの状態で入っていた。その横には、いつの間に買ったのか、コンビニの袋が入っていた。
中には、コンビニスイーツがぎっしりと入っていた。プリンやゼリー、一口で食べられるチーズケーキや、パフェ・・・
一人で食べるには多すぎるけれど、どれも大好きなものばかりだ。
甘いものが苦手な彼が、こんなにたくさんの甘いものを、いったいどんな顔をして買ったんだろう・・・そう思うと、少しおかしくなって笑ってしまった。
幸せな気持ちで、残ったお粥とプリンを少し、食べた。
(もう、無理できない・・・職場に戻ったら、精一杯、翻訳やろう!)
彼のやさしさに触れて、がちがちだった心が、ふわりと柔らかくなった。
テーブルの上には、数年前手放した傘とフェルメールの画集が、静かに置いてあった。つい昨日まで、彼の手元にあったもの・・・それだけで、この傘と画集がまるで宝物の様に思えた。




