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第22話

恋。


 今思い起こしてみると、恋も、恋愛も、縁のない人生を送っていた。


 恋愛は皆無だったわけではない。でも、高校生になっても、大学生になっても、年頃の女の子向けの雑誌やコミックなんかよりも、童話やおとぎ話が大好きだった。放課後は教室で友達と雑談するよりも、図書室で出会ったこともない時代や場所の小説を読むのが好きだった。


 そういう女の子を好きになる異性は本当に変わり者かオタクな人で、近づいてくる人、ことごとくがそんな人だった。今思うと、異性から見た私も、単なる童話オタクだったんだのだろう。


 さすがに就職してからは、表立って童話好き、絵本好きを公言することもなく、どこにでもいる平凡なOのふりをして平日を過ごし、土日になると、ブックカフェや図書館、美術展に通う日常だった。


 同僚に誘われて女子会や合コンに誘われて行く事もあったけど、女子会トークも合コンも、どこか面白くなくて、だんだん断りがちになっていた。


 週末が近づくと、週末はどこの図書館に行こうか? どこのブックカフェで過ごそうか? どこかで素敵な美術展示はないかな? そんなことを楽しみに考える日々だった。


 仲の良い同僚や男性社員はいたけれど、所詮人見知りが社会に出て、社会で浮かないように振る舞うだけだったので、薄っぺらい人間関係だった。でも、それで不自由していなかった。


 現実世界と、童話の世界を行き来している私にとっては、現実世界の恋愛には全く興味がなかった。


 

 それなのに・・・どうして今更、好きになっちゃったんだろう?


 しかも・・・彼を好きな女性は他にもいるのに。


 森野さんの私を睨みつける視線・・・あれはきっと、嫉妬と警告。


『久保さんに近づかないで』


 あの人の視線は、きっとそう言っている。勝ち目のない、相手。


「不毛な恋・・・かぁ・・・」


 そう思いながらも、それでも。


 久保さんの事をもっと知りたい、と思った。


 それはもしかしたら、女子高生が、大好きなアイドルの事をもっと知りたい、と、アイドル雑誌を読みふける姿と同じだったのかもしれない。


 インターネットで久保さんがらみの検索をかけて、彼の著籍を借りたり買ったりして、少しずつ読んでみた。


 でも、読めば読むほど、私とは違う世界の人のようで、知ることを躊躇してしまう。


 彼のベースは、いつも人の心の"闇"のようだった。"ヴァンパイアはかく語りけり"の時しかり、他の書籍然り・・・それでも、一つだけ共感できたのは、その闇の中にも、必ずどこかに、一筋の光があって、それはいつでも主人公や登場人物を照らしている、ということ・・・その光は、人物かも知れないし、存在かもしれない。でも、そう言った存在が、闇の中で生き生きと描かれていた。


 そこまで調べてから、ふと思いいたって、彼から借りた資料の袋をがさがさと漁った。


「・・・あった・・・」


 その中には、"ヴァンパイアはかく語りけり"の設定資料があった。彼が、自分自身でノートに纏めた設定だった。悪魔やヴァンパイアの事をすごく調べていたらしく、"翻訳の参考になったら"といって、これもかしてくれたのだ。


 正直言うと、これを見るのは未だに気が引ける。まるで、他人の日記を無断で見てしまうような、うしろめたさと罪悪感があった。


 けれど、"彼をもっと知ってみたい"・・・その誘惑には勝てず、私はそれを、開けてみた。


 でも内容は、"ヴァンパイアはかく語りけり"に即したことしかかいておらず、私の翻訳に役立つ内容ばかりだった。

 

 私は一瞬落胆した・・・けれど。


 一番最後のページには、"スターサファイアの君"と書かれたラフスケッチがあった。


 鉛筆書きの、落書きの延長のようなスケッチだったけれど、一目で"スターサファイアの君"だと判ってしまった。そしてその絵は・・・


「やっぱり森野さんみたいだね・・・」

 

 どこか森野さんとよく似て見えた。華やかで、当時の裕福な階級の・・・あるいは貴族のお嬢様みたいなイメージカット。全体を青い色で書かれているその姿


 小説家がストーリーを書くとき、自分の想い人がを相手役にする・・・なんて事はよくあることなのか、私には判らないけれど・・・


 エレベーターの中で、久保さんは森野さんとの仲を否定していたけれど、あんな美人で素敵な女性に告白とかされたら、きっとどんな男性だって、喜んでお付き合いするだろう・・・


 久保さんの事をもっと知りたい、そう思ったのは私なのに、知れば知るほど、心はどんどん沈んでいった。



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