第16話
翌日。
悩みに悩んだ末、選んだ服は。
優しいピンク色の、レースとシフォンの、ひざより少し長めな裾のノースリーブワンピースに、白のボレロのセットだった。
ちょっとガキっぽい色合いだけれど、デザインはそれほど子どもっぽくはない。周囲に言わせると、"沙織は童顔な上、化粧で化けられるから平気!"と言われる。確かに、これを着て、普段とは違う髪型とメークをすると、普段童顔な私でも年相応に見える。
「よく考えたら、OLやってた頃は、毎日こんなメークで仕事してたのよねぇ・・・」
さすがにこのワンピース姿で仕事をするのは気が引けるので、ドレスとメーク用具と小物はすべて別のバッグに入れて、昼間は仕事をした。
そして定時と同時に更衣室に飛び込み、ドレスに着替えた、ワンピースにボレロだと、少し寂しいので、お気に入りのコサージュもボレロの左胸に着けた・・・このコサージュは、随分昔、一緒にヴァイオリン教室に通っていた、私がヴァイオリンを始めたきっかけになった近所の年の離れたお姉ちゃんが、お嫁に行く為に教室を辞める日、泣きじゃくる私にプレゼントしてくれたものだった。
コサージュと同じデザインでバレッタがセットになったものだった。
当時私はまだ10代で、こんな大人びたコサージュやバレッタをする歳ではなかったけれど、歳を重ねるたびに、発表会やら友人の結婚式やらで、着ける機会が増えていった。シンプルなワンピースも、これ一つで随分素敵に見えるのだ。
まるで、私の未来を予測したようなプレゼントだったな・・・と当時を振り返ると思うし、今は、このプレゼントをくれたお姉ちゃんに感謝している。
普段会社に持ってくることなど無いドライヤーやらメークセットやららアクセサリーやらを駆使して、ドレスに会う髪型とメークをした。
普段事務と翻訳しかしていなくて、OL時代の様に外回りをしなくなったし、今の職場は服装コードが以前の職場よりも軽い。そのせいか、OL時代は大人っぽくしていた服装や化粧も、どちらかといえば素の童顔に近い伸ばしっぱなしの髪をパーティー様に結い上げ、だらしなく見えないようにするだけでも一苦労だ。
そして、OL時代は当たり前にやっていた、大人びたメーク・・・一歩間違えるとガキが背伸びして無理めなメークをしているように見えがちだけれども、そのぎりぎりのラインでメークをした。
定時後、尋人さんと約束した時間ぎりぎりに、私の支度が終わった。
職場のデスクで私を待っていた井原さんは、仕上がった私をみて、一瞬呆然とした顔をした。
「あの・・・変ですか?」
尋人さんの事だから、見た瞬間、感想・・・似合うとか似合わないとかダメ出しが出てくるかと思いきや、彼は私を見たまま、フリーズしていた。
「・・・井原さん?」
そう声をかけて、やっと井原さんが正気に戻った。そして・・・
「すごい似合うよ」
満面の笑みでそう答えた。オフィスに残っていた人たちも、私の変わりざまに言葉を無くす人、わぁ、と声をあげる人、様々だ。
「見違えた!すごい綺麗!」
「普段の姿はいったい何?」
「いつもその姿でいろよ!」!
口々に褒め言葉と紙一重な言葉をかけてもらい、照れている私の手を、エスコートするように引くと、
「さ、時間ないから行くか?下にタクシー待たせてあるんだ」
そういってオフィスを出た。
ここから会場のホテルまでは、地下鉄で何駅もあるけれど、タクシーだったらすぐに着くだろう。
待たせてあるタクシーに乗り込み、私と尋人さんは会場へと急いだ。
パーティー、といっても結婚式の二次会のような楽しい気分になれないのは、ここに"仕事"という一言が付いているからだろう。
まして、いつもの格好ではなく、かつてのOL時代のような、年相応のメークと髪型もすると、自然に"パーティーを楽しもう"なんて気持ちはなりを潜めてしまう。
そういえばOL時代、外国人ばかりのパーティーに出席したことがあるけれど、その時は殆ど、一緒に出席した英語の苦手な上司の通訳係で、楽しむどころではなかった・・・
「出版記念のお祝いパーティーだから、そんなに緊張しなくていいよ」
タクシーの窓の外を見ながら、そんなことを考えている私を見て、尋人さんは緊張していると思ったのだろうか? そう言ってくれた。私はその言葉に、軽く笑顔を返すことしかできなかった。
シンデレラの馬車の中にいたシンデレラは、きっと馬車の中でどきどきワクワク、楽しみで仕方なかかっただろう。でも、いくらお祝いパーティーでも、いつもと違う姿になっても、そこまでの気持ちにはなれず、むしろ何が起こるのか不安で仕方がなかった。