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第15話

世間は梅雨に入り、雨の日が続き始めた。


 加えて台風の影響で、天気が不安定な日が続いた。


 台風が被害を残して通過したのは翌週の半ばで、今も雨が降ったり止んだりしている。


とはいえ、天気が悪かろうと、ゲリラ豪雨が降ろうと、仕事に影響が出るわけではない。


いつも通りに出社して、仕事して、退社する。それはOLをしていたころと同じだ。


そんなある日。


「石垣さん!明日の夜、暇?」


そう声をかけてきたのは、同じ部署の先輩の冬海萌さんだった。萌先輩は営業担当で、主に外回りをしている。


 明日は金曜日。他の友人や仕事仲間は、デートだ、飲み会だ、合コンだと予定満載のようだけど、私の周りは至ってシンプルだ。


「暇・・・ですけど? 何かあるんですか?」


普段、時々同じ部署の人同士で飲み会があつことはあるけど、萌先輩とは個人的な付き合いはない。かといって疎遠というわけでもなく、仕事の相談をしたり、少し雑談をする程度の仲だ。


「悪いんだけど、明日、ちょっとしたパーティーがあるんだけど、私の代わりに井原さんと出席してくれない?」


突然そう言われて、私は返す言葉を失った。


「中田先生の画集の出版記念パーティーが明日なんだけど、どうしても外せない接待が入っちゃったの!

お願い! 私の代わりにパーティーに出てきて欲しいの」


 萌先輩は、小説家の方も、イラストレーターの方も、"先生"と必ず呼ぶ。それは私も、打ち合わせの時はそう呼んでいるけれど、中田さんにせよ久保さんにせよ森野さんにせよ、仕事の付き合いが少ないせいか、つい、"先生"という敬称を外して呼んでしまう。


 もし私が、彼らと一緒にもっと仕事をするようになったら、きっと私の彼らへの敬称も"先生"になるのかもしれないけれど、今はまだ、"先生"と呼ぶのに照れくささがあった。


 そんなことはさておいて、萌先輩が持ってきたパーティーの話が気になった。


「出版記念・・・パーティー・・・」


今の職場に勤めてから、何度も聞いたフレーズだった。けど、あまりそう言った席が好きではないことを井原さんが知っているせいか、私はずっと出席しないで済んでいる。


でもどうやら断れない状況みたいで、萌先輩も何人かに打診して、断られて、最後の手段で私のところに来たみたいだ。


明日の予定を思い出してみても、断るような大きな仕事は入っていない。


すると、井原さんが、


「そうだなぁ、石垣さんも、そろそろそういう場所に顔を出して、人脈を増やしたほうがいいと思うなぁ」


と、話に入り込んできた。


「ああいうパーティーに出席すると、他の出版社の人もたくさん来る。そういう人と会っていろいろ話を聞いたり話したりするのも、立派なお仕事だよ。


翻訳業が、自分一人の力では成り立たない・・・っていうのは、今回の仕事でよく分かったんじゃないのか?」


確かにそれは、以前から気づいていたことだった。ただ英語力がある、とかTOEICで何点だから、とか、英会話が堪能だから・・・それだけではプロの翻訳家としては不完全だ。自分一人では手に負えないような専門的な翻訳にぶつかってしまうとお手上げ状態だ。


今回の久保さんのような、その専門分野に詳しい人と、いつでも知り合えるとは限らないのだ・・・


「石垣さんだったら、前の職場での経験もあるから、そういうパーティーやセレモニーに出しても恥ずかしくないスキル、身につけてるから、どこに出しても大丈夫だしな」


「はぁ・・・はい。解りました」


パーティーやセレモニーはあまり得意ではないけど、井原さんの言う通り、この業界での人脈を広げるには良い機会だ、と私も思った。


それに、他ならぬ中田さんのお祝いのパーティーだ。この前からお世話になりっぱなしな人に、私だってお祝いしたい。


「服装、普通にスーツでいいですか?」


 出席するとなると気になるのは服装だ。


「俺はスーツ。中田は結構派手好きだから、結婚式の二次会みたいな感じでいいんじゃないか?」


 じゃあ、黒のスーツは辞めておいた方がいいかなぁ?


 「結婚式の二次会みたいな服装ですか?・・・会場はどこですか?」


「Tホテル。清流の間」


「うわっ! 一流どころじゃないですか!」


 都内で5本の指に入る五つ星ホテルだ。


「そのホテル、奴の出版社と提携してるからだろ。実際、今回主催してる出版社の出版記念パーティーは、そこを使う事が多いぞ」


 そこまで言われて軽くため息をついた。Tホテル・・・軽々しい行けない場所だ。でも、お祝いの席で黒のスーツ、というのも地味すぎる。かといって、派手な格好で出席して会場で浮くのはもっと嫌だ。


 OL時代とは違って出版業界は、あの頃よりも華やかな業界だ。OL時代もパーティーに出席することは多々あったけど、そことは違う意味で華やかさだ。


「うーーーーー」


 翻訳もままならないまま、私は何を着てくかかなり本気で考えた。


 こんな時、素敵な童話なら、魔法使いが現れて素敵なドレスを用意してくれるのに、現実世界ではそんなことは起きるわけもなく。

 

 今日この後、ちょうどよいドレスを買いに行く時間もお金もない。


 手持ちでどうにかするしかない。


(何があったっけなぁ…)


 頭の中でクローゼットをひっくり返し、悩み続けた。


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