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第13話

中田と行ったのか?

 それデートって言わないのか?」


 突発的とはいえ、中田さんとの絵画鑑賞した翌日、尋人さんにフェルメール展の事を聞かれ、中田さんと会った事、一緒に見たことを話すと、第一声、そんな言葉が返ってきた。


「デートなんですか?」


「デート! 俺にはそう見えるけどなぁ…石垣さんは違うのか?」


「うーん・・・そんな気分じゃなかったですよ。実際、フェルメールの方に夢中でした」


「色気ないなぁ…お前は」


 尋人さんは呆れ気味だ。


 中田さんと会った事は、尋人さんにはすんなりと話すことが出来た。

 でも、会場で久保さんと森野さんが特番の収録していた事は・・・なぜか話す気になれなかった。


 隠しておくような事でもないし、尋人さんが久保さんと話せば、絶対に出てくる話だ。隠し立てする理由なんか、どこにもない。


 それなのに・・・口に出せなかったのは、あの日の微妙な気持ちが、心の一番柔らかいところに刺さって、口に出すと妙に痛むからだった・・・


「さてと、気分転換も楽しかったし、本腰入れて翻訳しないと!」


「おう、そうしてくれ!」


 私の言葉に尋人さんはそう答えると、私のデスクから去って行った。


 私は資料を広げて、翻訳を勧めた。

 

 翻訳は順調に進んでいる・・・けれど、ふと気が付くと、昨日の久保さんと森野さんの姿が脳裏をかすめた。それと同時に手が止まり、はっと我に返り、また翻訳する・・・その繰り返しだった。


「どうしたんだろう・・・私・・・」


 普段は、ちゃんと翻訳に集中できるのに、没頭できるのに、今日は何故か集中できなかった。


 集中できない状況は、やがて私の心身を蝕み、疲弊へと誘っていった。


 

 

 そんな、翻訳に没頭して過ごして数週間が過ぎた。


とある週末。


 太平洋沖に台風が発生して、勢力を大きくさせながら日本に向かっている、という情報が入った。


 そして週明け・・・どんよりとした曇り空で


 台風が首都圏に接近している・・・・上陸の恐れがある・・・そんな情報があとからあとから入ってきた。


 地下鉄や、都内の路線が雨で止まったら・・・考えただけでぞっとする。


 数年前、都心を襲った大震災の時、前の職場でOLだった。その時は、ハイヒールにスーツといった格好で、片道一時間以上、歩いて帰ったのだ。


 遠くから勤務している人は、会社にストックしてある防災設備や用具を使って職場で夜を明かした程だ。


「天気予報だと、今夜から本格的に雨になるらしい。明日は下手するとまた電車が動かないかも知れないから、仕事のけりは早めにつけて、可能な限り早めに退社してください」


 総務からそんな通達が入った。窓の外を見ると未だ曇り空、でも、雨が降り出すのは時間の問題だろう。


 私や尋人さんのいる課も、仕事を終わらせて定時前に帰ってゆく人も出てきた。


「ひろ・・・じゃない、井原さんも、定時上がりですか?」


 癖で名前を呼んでしまいそうになった私に、尋人さんは苦笑いした。


「そうだな。今やってる作業が終わったらもう帰る。石垣さんは?」


「・・・ちょうどきりがいいので、もう帰ります」


「そうか、気を付けろよ。まだ降ってないけど、降り出したら厄介だからな」


「はい」


 そんな会話を交わしてから、私は会社を後にした。



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