マリーとない乳の話し
「シュタウフェンベルク少佐ー」
パタパタと走ってきた少女は、胸元の露出度が高い肩を組紐で吊ったドレスを身につけていた。
いつものことだが、彼女からはまるでかすかに花が香るような香りがした。
「アイスクリーム食べに行きましょう!」
拳を握りしめて力説する少女は、金色の長い髪を同じ年頃の少女たちのようにきっちりと三つ編みにしている。
汗をかく季節に髪をおろしたままにしていたら、首筋に汗疹ができてしまう。そのための配慮だろう。
「……お金はあります」
金がないんじゃないかとは聞いていないが、マリーは付け加えるようにそう言って、不意になにかを思いついたようにぽんと手を打ち合わせてにこりと笑う。
「ベルトルトさんも一緒にアイス食べましょう!」
長身のクラウス・フォン・シュタウフェンベルクが上から彼女を見ていると、いろいろ問題がある。
もちろん少女相手に不倫をするつもりはないが。
困惑して口元を片手で覆ったシュタウフェンベルクは、いやはやと溜め息をついた。
「見えているぞ」
そう言ってから視線をそらしたままで長い指で胸元を指し示すと、マリーは薄い手のひらで胸元を押さえてからころころと笑って見せた。
「大人の人たちがわたしなんかに興味を持つとは思えないですけど」
「はしたないと言っているんだ」
小さな胸はボリュームが足りない故に、本来、ドレスの布地で隠されるところがボリューム不足のために服と体の隙間が多いために上から見ると透き通るような白い肌が丸見えになる。
「……はーい」
でも上着も持ってきていないし。
ぼそぼそと言い訳をするマリーに、クラウス・フォン・シュタウフェンベルクは大きな溜め息をついた。
確かに彼女の言う通り、どこからどう見ても色気に欠ける少女に欲情などしないが、ドレスから胸が丸見えになると言うのはどう見てもはしたない。
そもそもそんな格好は娼婦がするものだ。
「アイスはともかく、兄が来る前にカーディガンかなにかを君の家に取りに行こう」
シュタウフェンベルクは口にこそ出さなかったが、少女の小さな胸はそれなりにどこか現実離れした色香を漂わせていると思った。
「親衛隊のことはいけ好かないが、君に”夢中”になる者がいるのもわかる気がする」
彼女は透明だ。
そしてその透明な色香に、男たちが虜になるのだ。
それはかつて自分たちが見失ってしまった者だったからなのかも知れない。
それ故に、世俗に染まりきった男たちは彼女に心を捕らわれた。
「シュタウフェンベルク少佐ー、アイスー……」
不満げな少女が暑さにうんざりと唇を尖らせた。
「わかった、兄と連絡をとってみよう」
長いドレスの裾を、パタパタと指先で揺らしている彼女に、腕を貸してシュタウフェンベルクは歩きだした。
――誓って、不倫でもなければ、愛人でもない。
クラウス・フォン・シュタウフェンベルクは自分にそう言い聞かせた。