苦情
オットー・スコルツェニーは困っていた。
そもそもの理由はマリーがへそを曲げたからだが。
それだけならいつものことだ。
少し年の離れた妹だと考えれば、彼女のわがままなどそれほど困ったものでもない。階級が上であることだとか、そんなことを差し引いて年長者として小言のひとつも言ってやれば静かになる。
だが、現状にはアドルフ・アイヒマンがいる。
それがスコルツェニーには厄介だった。
「……そうは言われましても」
口ごもってスコルツェニーが困った顔をすると、マリーは眉をひそめてから両手で拳を握りしめた。
「だって、オットー。本当に臭かったのよ!」
なにを言い出すのかと思ったら、エーリヒ・レーダーに連れて行かれた潜水艦の搭乗員たちの出迎えのことらしい。
マリーは臭いというが、それもそうだろう。
狭くて不潔な潜水艦に乗って過酷な任務を遂行するのだ。
戦車も同じだ。
そもそも清潔な現場など戦場にあるわけもない。
どこの戦場もしらみや腐臭との戦いだ。
「兵隊は戦うのが仕事ですから」
思いっきりマリーに無邪気な拒絶をされただろう潜水艦乗りたちにすくなからずの同情を感じながら、スコルツェニーは肩をすくめた。
アドルフ・アイヒマンなどは「しかし女の子をそんなところに連れて行くのはどうか」などと、もったいぶった物言いで言い出す始末で、出迎えの家族はともかく、戦場から帰ってきたばかりの兵士たちがこぎれいなわけもないだろうと、スコルツェニーは微妙な表情を浮かべているアイヒマンを無表情に眺めやった。
「オットーも臭くなるの?」
「仕事ですので、好き嫌いは言っていられません」
「……――わたしはいやよ」
「別に少佐殿に戦場に出てこいと言っているわけでもないでしょうから」
神妙な顔つきになった少女に、スコルツェニーはそう言った。
官僚のアイヒマンがなぜかマリーの横にいる手前、親衛隊大尉のスコルツェニーには余分な発言は命取りだった。
戦場など、いろいろな意味で女子供が見るところでもないだろう。
スコルツェニーは考えた。
しかし、スコルツェニーもアイヒマンもマリーがすでに不衛生な環境の強制収容所を見学していることは知らないのであった。




