カルテンブルンナーとかっこつけ
エルンスト・カルテンブルンナーは正直なところ機嫌が悪かった。
もっとも機嫌が悪くても、目の前の少女が心の底から楽しそうにしているのを見ていると、正直な気持ちを口にするのははばかられる。
「……あぁ、なかなかかわいい」
歯切れの悪い返事をしながら執務机に頬杖をついた青年将校はどこか上の空で金髪の少女が身につけている衣服を眺めやる。
正直に言って良いのなら……――。
芋っぽくて、微妙だ……。
なぜかって?
「なかなかかわいいじゃないですか。田舎くさくて」
正直に告げたブルーノ・シュトレッケンバッハにカルテンブルンナーはぴくりと片方の眉尻をつり上げたのだった。
「あれがかわいいだと? ただ芋っぽいだけじゃないか」
さすがにマリーには聞こえないように声を潜めたカルテンブルンナーに対して、いまいち理解できないとでも言いたげな表情をしたのはシュトレッケンバッハだ。
生粋のドイツ人でハンブルク生まれのシュトレッケンバッハには全く理解ができない。
これだからオーストリア人の思考回路は意味不明だ。
シュトレッケンバッハは内心白々しく思いつつ、かろうじて首をすくめる。
「一応、あれもオーストリアの……、チロルの伝統衣装ではありませんかな?」
ディアンドル。
胸を強調するような貧相なドレスに、カルテンブルンナーは相変わらず眉をしかめている。
「チロルだぞ? いい加減田舎にもほどがある」
拳を固めて言い放ったカルテンブルンナーの出身は確か、オーバーエスターライヒ州だから間にザルツブルクを挟んでチロルだったから、ハンブルク出身者から見れば似たり寄ったりだ。
結論を言えば、オーストリアの民族衣装ではないのか、ということになるのだが、どうやらそういうことでもないらしい。
オーストリア=ハンガリー帝国といえば、歴史に名だたるハプスブルク家を冠した。
大帝国の国民でもあるという自尊心もあったのだろう。
「まぁ、確かに……」
言ってみれば、ベルリン市民がほかの地方の出身者を見下すようなものだ。
「とはいえ、胸がないから少し残念ですが、本人はせっかく長官の故郷の民族衣装を着てご満悦のようですから余りそのような顔をされるのはどうかと」
「わかっている」
シュトレッケンバッハの言葉に憮然として返事をしつつも、「マリー」と名前を呼びながら立ち上がったカルテンブルンナーの目尻がだらしなく下がっていることに、ヨーロッパ屈指の歓楽街を有するハンブルク出身の親衛隊将校はあきれ顔で窓の外に視線をやった。
結局なんだかんだと言いつつも、カルテンブルンナーはマリーに甘い。
もっとも本人は、芸術の都――ウィーンで仕事をしていたことを誇り、文化人であることを強調して格好つけたいらしいのだが。
ウィーンと真逆に位置するチロル地方では、確かに全く田舎と呼べなくもないが、胸がぺったんこの彼女がそんな民族衣装を着ていると全く子供のようでおかしかった。




