ハゲでもいい
「別にマリーは俺がはげているからと言って差別したりはしないぞ」
「別に貴官がはげていることなどどうでも良い。今更気にしたところで毛が生えるわけでもなかろう」
それに髪が薄いという問題は、なにもマイジンガーだけの問題ではない。
多くのドイツ人男性が、年齢を重ねるごとに髪が薄くなりつつある現実に直面している。
当然のことながらベスト自身も直面する問題ではあったが、ベストにしてみれば取るに足りない問題としか認識していない。
頭髪があろうがなかろうが、人の知性には関係のないことだったし、いくらハンサムであっても中身が空っぽなら、それほど意味のないことはない。
おそらく、マリーは相手がマイジンガー並みのはげであっても、異民族の相手であっても差別などしたりはしないだろう。
彼女にとって大切なことは、優しくしてくれるかどうか、だ。
そして、だからこそ心配のような、不安のような気持ちがわき上がる。
「そんなことよりも、マイジンガー。マリーはそういったことにひどく疎いからな。つけいろうとする連中には十分神経を払え」
「承知した」
堅苦しくベストが命じると、険しい顔つきに戻ったマイジンガーがうなずいた。
マリーの周囲にははげが多い。
直接聞いたことはないが、彼女はいったいどう受け止めているのだろう。若い連中のようにハンサムな屈強な男たちのほうがいいと言うだろうか。
まごう事なきはげ頭を手のひらでなでてから、マイジンガーは不機嫌に眉間にしわを寄せた。
「迫力があってかっこいいと思うわ」
ぴょこりとマリーが顔を出した。
考え事をしながら廊下を歩いていたつもりのマイジンガーが驚きの余り立ちすくむが、少女は屈託なく笑うと、いつものように男の腕に片手を絡めるとにこにこしながら歩き出す。
「マイジンガー上級大佐が、わたしがマイジンガー上級大佐のことどう思ってるだろうって、ぶつぶつ言いながら歩いていたわ」
片手の人差し指を顔の前に立てて、親切に教えてくれたマリーにマイジンガーの方はその光景を頭で再生した。
傍目に見れば不気味な光景だ。
のっしのっしと歩きながら、中年太りのはげ頭の警察将校がぶつぶつ独り言を言っているのだ。
「そ、そうか……」
「わたしは、いつも全力でわたしのことを守ってくれるマイジンガー上級大佐が大好きよ」
無邪気に好意を口にするマリーに、年甲斐もなくマイジンガーは動揺した。
はげ頭で、中年太りの、とてもインテリからはほど遠い粗野な自分に好意を寄せてくれる少女の存在。
「……そんなことは軽々しく口にするもんじゃない」
わざと不機嫌を装ってマイジンガーが言うと、マリーは心の底から疑問を感じたようで「どうして?」と真剣な眼差しで聞いてきた。
「たちの悪い男も世間にはいるということだ」




