見 つ け た
護衛の親衛隊下士官など煙に巻くのはマリーにとってそれほど難しいことではない。
だから、その日の朝も総統大本営に訪れていた。
時刻は午前七時の少し前。
――アドルフおじさん。
マリーは口の中で小さくささやいた。
まるで近所のおじさんに呼びかけるように。
クスクスと少女が笑う。
音もなく寝室に入り込んで、四つばいでそっと窓辺に歩み寄ると分厚いカーテンの端をつかんだ。
静かに立ち上がり、マリーは大きく息を吸い込んだ。
血圧が低いせいでそれほど血色の良くない少女のほうが、まるで病人のようにも見えなくもないが、血圧が低いことが常態化している本人はそんなことを気に懸けることもないようだ。
「おはようございまーす!」
「……む、またか」
半ば寝ぼけた様子で目元をこすったドイツの国家元首は、思わず寝起きざまに罵倒しかけてそれが通用しない相手であることを瞬時に悟るとのろのろとベッドから体を起こす。
「びっくりした?」
「……独身の男の家に、無防備に出入りするのはどうかと思うがね」
「だってわたしが早く起きないといけないのに、おじさんが朝寝坊できるなんて不公平よ」
「それはまったくその通りだがね」
窓を背後にして立つ少女の表情は、目の悪いヒトラーにははっきり見えない。
「体は大事にしないといけないのに、遅くまで起きてるなんて理屈になってないって思わない?」
「今は戦時中だ」
憮然としたヒトラーに少女は朗らかに笑った。
「本当にその必要性があるの?」
「……――もちろん」
少女の追求に、ヒトラーは数秒ほど逡巡してからそれだけ言うと、一方のマリーの方はピンク色のマントを揺らしながら口元に手を当てる。
「良きに計らえって任せるのも、君主の器じゃないかしら?」
唐突にマリーがそんなことを言った。
そんな少女の物言いが気に入らなくてアドルフ・ヒトラーはベッドに上半身を起こした姿のままで彼女をにらみつける。
「そんな顔したって無駄なことは知ってるじゃない?」
それに。
「わたしが無駄なことに時間を費やしているとでも言いたいのか?」
「どうかしら」
マリーは曖昧なままで笑うと、ピンクのベレー帽を口元に寄せてから声もなく両目を細めて見せた。
「時間を大切にしなければね、おじさん」




