Archetyp
プリンツ・アルブレヒト・シュトラッセの執務室。
その机に肘をついてうたた寝をしていた男は、いつもは冷徹にも見える眼差しをそっとあげてから深く息を吐き出すと肩をおろした。
夢を見た。
夢の中では自分が少女だった。
ただ、感情の起伏の少ない、淡々とした印象さえいだく少女だ。
まるで鏡に映したように、同じ金色の髪と、同じ青い瞳。
直感で「同じ」だと思ったことを。
よく笑い、よく泣き、よく怒る。
傍目には正常な少女。
だけれども違う。
ラインハルト・ハイドリヒはそう思った。なぜなら、「あれ」は自分自身だからだ。どこをどうすれば、男の自分が少女になるのかなどわからないが、それでも「彼女」が自分と同じ存在だとすぐにわかった。
アジアの古典に男が蝶になる夢を見る話があったことを思い出す。
まるで、彼女はその古典に出てくる蝶のようだったこと。
では、少女――蝶が、仮に自分自身なのだとしたら、蝶が夢を見ているのか、その逆なのか。いったいどちらなのだろう。
夢と現実の境はひどく曖昧で、それがやけに睡魔を誘う。
笑顔だけの「怪物」はハイドリヒ自身が望んで作り出したもの。
たとえば恐怖で支配するのも、笑顔で支配するのも同じ事。
正反対に針が振り切れるだけのことだ。
正常なのか、異常であるのかなど、まるで意味もない。意味などないとは思うが、現状ではハイドリヒにやれることも限られているというのも現実だ。
ハイドリヒは恐怖で支配する。
彼女は満面の笑顔をたたえている。
彼女はハイドリヒの中にある原型の姿なのかもしれない。
「心理学か……、くだらん」
馬鹿馬鹿しい。
ハイドリヒは鼻を鳴らした。
だけれども焦がれるのは、永遠の少女性。
穢れなき、美しい魂はありとあらゆる者たちを惹きつける。
ハイドリヒの中に眠る、理想の乙女。
それこそ、「彼」自身。




