見えないものと見たいもの
甘いお菓子は大好きだ。
マリーはそう言うとにこりと笑ってから、大皿一杯に乗った焼き菓子にキラキラと眼を輝かせている。
行動と言動が一致しない。
それが国防軍情報部に所属する情報将校たちの一様な意見だった。
そもそも彼女が、男たちをもてなすために振る舞った焼き菓子だから、もてなされた側が喜ぶのはともかくとして、出した本人が目を輝かせているのはどういうことだ。
どこからどう考えても「本人が」もてなすことにかこつけて菓子を食べることが目的だったようにしか考えられない。
「……――ハイニーは気が狂ったのだろうか」
ハンス・オスターについて彼女の自宅、花の家を訪れたラホウゼンと、参謀本部の情報課に務めるラインハルト・ゲーレンが首を傾げた。いまひとりの同行者でもあるウルリッヒ・リスは微妙な面持ちでクッキーを凝視する少女を観察していた。
「あの男はいつも気が狂っているようなものだろう」
そう行ってからオスターはちらりと視線を室内へと走らせて声を潜める。
「口には気をつけた方が良さそうだ」
「……ふむ」
彼女が自分のことをどう評価しているかはともかくとして、その背後には野犬のように権力に飢えたエルンスト・カルテンブルンナーと、ふたりの卑劣な警察局長が君臨している。人事局長を務めるシュトレッケンバッハもその性質を見る限り単純な事務屋とは評価しきれないところがあった。
「甘いお菓子は大好きよ」
マリーは大人たちのものものしい様子に及び腰になる様子もなくそう言うとにこりと笑う。
「……君がせっかく用意してくれたのならいただこうか」
用意された貴重品の紅茶と、焼き菓子をつまみながら少女を相手に国防軍の側に立つ男たちは言葉を交わした。
「”でも、甘いお菓子に目が眩んじゃいけないわよね。だって、現実はもっと残酷なんだもの”」
神妙な顔つきなリスとゲーレンを前にして彼女は告げた。
金色の長い髪が揺れる。
青い瞳はまるで沼の底に引きずり込もうとする、幽鬼の腕のように末恐ろしい。
「あのね」
マリーがオスターに歩み寄ると、その耳にそっとささやきかけた。
――ヒトラーさんも、チャーチルさんも、アメリカの大統領も、みーんな、自分の見たいものしか見えていないのね?
告げられた内容にぞっとした。
「見たいもの」しか見えない。
それは国家を運営するためには致命的だ。
「きっと、これまでも、これからも、政治家なんてみんな自分が見たいも現実しか見えないのよ。そして、見たい未来しか見えないの」
冷ややかに、声が響いたような気がした。
それはとても愚かなことだ、と。
そんな愚かな者は、叩きつぶせ……――。




