番犬 ロートとスコルツェニーと、猫
パタパタと揺れる尻尾に子猫がじゃれている。
赤毛のシェパードはまんざら迷惑でもなさそうだ。
余裕の態度で子猫の体重をやり過ごして、ロートは重ねた前足の上に顎を乗せるとそのまま目を閉じた。
耳も伏せてしまった毛並みの良い赤毛の犬は、一見しただけではくつろいでいるようにも見えた。
今のところは――。
そこは彼が警戒すべき場所ではない。
噛みついたり、余分な威嚇さえしなければ怒られることはない、と賢い犬は理解している。
そんな警察犬と子猫の戯れを窓から眺めていたオットー・スコルツェニーは、ふと感じた既視感に小首を傾げた。
あの子猫はなにかに似ている。
そう思った。
そもそも猫を拾ってきたのは特別保安諜報部のマリーと言う少佐殿だ。
なにに似ているのだろう、と少し考えて合点がいった。
あの子猫は、彼女自身によく似ている。
もちろん「彼女」とは「マリー」のことだ。
階級の都合上、スコルツェニーが抵抗できないのを良い事に、大柄な青年に傍若無人なちょっかいをだして朗らかに笑っていた。
それではさしずめ、自分はロートと同じ扱いなのか? と、そこまで考えると少しばかり不機嫌にもなりはしたが、結局、犬の尻尾の動きに飽きもせずに全身でじゃれついている子猫を見ていると、そんな腹立ちすらもどうでも良いものに思えてくるものだ。
厳しくしつけられた赤毛のシェパードは、小さな子猫が無邪気に自分の尻尾を追いかけてくる様子に飽きることもないようだった。
「彼女」にとって絶対的に安全な「犬」。
男としては、そう受け止められていることをどうかとも思いもするが、彼女はいつでも無邪気で朗らかだ。
今度、ちょっかいを出されたらひとつ脅かしてでもみようかとも思ったが、そんなことをすれば降りかかってくるのは自分自身の身の破滅以外の何物でもないだろう。
「さしずめ俺はお姫様の番犬か」
独白してスコルツェニーは首をすくめると鼻を鳴らして自嘲気味に笑った。




