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パパ・ゼップ

 きっかけはそもそも彼女の話ではなかった。


「得体の知れない小娘に誘惑されているだけではないのか?」

 鼻白んだ様子であきれかえったようにそう言ったのは武装親衛隊の師団長のひとりを務めるフェリックス・シュタイナーである。


 青作戦では多大な貢献をした第五親衛隊(SS)師団「ヴィーキング」の師団長だ。


「まぁ、誘惑されているだけなら”それはそれで”……」

 シュタイナーのどこか刺々しさも感じさせる物言いに肩をすくめるようにしながら応じたのは、粗忽者とも揶揄されがちな第一親衛隊師団長――ゼップ親父(パパ・ゼップ)だ。


 ――そんなヨーゼフ・ディートリッヒに「おい」と内心で突っ込みをいれたのは、武装親衛隊創設の功労者のひとりでもあるパウル・ハウサーだった。

「だいたい、”あの”ライヒス・ハイニーがなにをまた企んでいるのか、わたしにはさっぱり理解できないし、理解したくもない。そもそも我々武装親衛隊は”ハイドリヒとカルテンブルンナー”の親衛隊共とは一線を画すべきなのに、未だにハイニーは優柔不断な立場を続けている」


「貴官はそう言うが、我らがハイニーがいつもの如く及び腰であることと、例の彼女が俺をかどわかしているということは無関係にも程があるのではないか?」


 「彼女」が武装親衛隊に対して不利益な立ち居振る舞いをするようなことがあるならばともかく、だ。


 少なくとも、今のところは彼女がなにやら武装親衛隊の不利益になるわけでもない。

 どちらかといえば、武装親衛隊と一般親衛隊、そして国防軍と突撃隊の派閥争いに巻き込まれたのは彼女のほうだ。


「その”女”が、国防軍や突撃隊、それにヒムラーのシンパとつながっていたらディートリッヒ上級大将はどのように責任を取るつもりなのだ」

 つけつけと苦言を呈する堅物の猛将に、ディートリッヒは愛嬌のある、けれどもどこか獰猛な眼差しに訝しげな光をたたえてから視線を天井に上げて見せた。


「女、ねぇ……」


 女と呼べる生物はもう少し胸も尻もあるものではなかろうか。


 いっぱしの成人女性が聞けば怒り出すようなことを考えて、ヨーゼフ・ディートリッヒはいつも警察官僚や秘密警察の捜査官と一緒に歩いている少女のことを思い出した。


 彼女は確かに性別上は「女」と呼べるものに該当するのだろうが、どうにもこうにも色気に欠ける、とディートリッヒは考える。

 彼女はまだ、「女」と呼ばれる生物に分化していない。


「あの子は、正直、そこまで考えていないと思うが」

「そんなことをいつまでも言っておるから、貴官は考えなしだと言われるのだ」


 ばっさりと武装親衛隊きっての人気を誇る高級指導者をぶった切ったシュタイナーに、パウル・ハウサーが大きな溜め息をついた。

 シュタイナーの言うことももっともだし、ディートリッヒが言うことももっともだ。


 片やは彼女に一度も顔を合わせたことがなく、片やは彼女と顔を合わせたことがある。たったそれだけの差なのだが、世間というものは得てして偏見に満ちあふれているというものだ。

「別に戦場くんだりまで、女子供がしゃしゃりでてくるわけでもあるまいし、”個人として”誰と誰が仲良くしていたとしても問題が生じる話でもあるまい」

 もっともらしくシュタイナーに応じるディートリッヒの会話はどこまでも平行線で、ハウサーは何度目かの溜め息をついた後に「とにかく」と身を乗り出してコーヒーのカップに手を伸ばした。


「我々にはポールが握る金の問題もつきまとう」

 彼女がいつもドイツ高官たちの間をふわふわとしていることは横に置いて、話題をもとに戻した。

「我ら武装親衛隊が国防軍と同等の権利を得る必要は、ユットナーだけではなくシュタイナー大将もディートリッヒ上級大将もよく理解しているはずだ」


 そんな解決策の見えない不毛なやりとりを終わらせて、ディートリッヒが親衛隊作戦本部を後にすると唐突に体当たりする勢いで少女に飛びつかれて、目をしばたたかせた。

「パパ・ゼップー」

「……は?」


 甘く聞こえる少女らしい声でそう呼ばれて瞠目した。

 自分のことをそんな砕けた調子で呼ぶのは第一親衛隊師団(LSSAH)の隊員たちばかりかと思っていた。

「……そう呼ばれてるって聞きました」

 青い瞳を閃かせて少女が笑う。

「うむ、そう呼ばれているがね? それがどうしたんだね?」

「呼んでみただけです」

 ヨーゼフ・ディートリッヒの腕にまとわりついた少女の骨の頼りなさに、数秒固まってから思考を切り替えた。


「今日はユットナーの奴に用事かね?」


 一般親衛隊に所属する彼女がわざわざ親衛隊作戦本部を訪れるのはのはそれくらいしか想像できない。

「突撃隊の……、ユットナー大将にお使い? 頼まれただけです」

「お使いとは関心だ」


 茶化したディートリッヒの言葉に、朗らかに笑った少女はまとわりついていた男の腕から離れると、いっぱいに片手を振って体を翻した。

 突撃隊のユットナーとは察するに、突撃隊幕僚長のマックス・ユットナーのことだろう。

 親衛隊作戦本部長官のハンス・ユットナーと、突撃隊幕僚長が兄弟だということは周知の事実だったから、そんなことを今さら取り繕うまでもない。

「気ままに振る舞って余り男を誘惑しないようにきをつけたまえ」

「はーい」


 無邪気に少女が笑った。

 そんな屈託のない笑顔がほほえましくて、ヨーゼフ・ディートリッヒは口元をほころばせるのだった。


 ちなみにそんな彼の様子がどう見ても「鼻の下を伸ばしている」ようにしか見えないのは、一部始終を見守っていたパウル・ハウサーの見解だった。

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