既成事実
ベルトルト・フォン・シュタウフェンベルクがヨストとベストが詰めるマリーの執務室から辞した直後、当の部長を務める張本人は船を漕いでいた頭を盛大に机の面に打ち付けて目を覚ました。
キャン、と子犬が鳴いたような悲鳴が聞こえてきて、黙ってシュタウフェンベルクの持ち込んだファイルを眺めていたヨストは思わず顔を上げた。
形の良い金色の眉をしかめて額を押さえている様子から察するに、居眠りの姿勢からそのままずっこけて執務机に額をぶつけたのだろうと思われる。
やれやれと思いながらソファから立ち上がったヨストは、自分の机についている少女に歩み寄るとその頭を軽く撫でて苦笑する。
「そんなところで寝ているからだ。マリー」
「ソファに行くのが面倒臭くて……」
睡魔に勝てなかっただろうというのは想像がついた。
ぶっちゃけると、マリーはそれほど忍耐強くない。
「寝る場所くらい自分で考えたまえ、とベスト中将辺りは言うだろうな」
額を押さえながら片目をこすった少女は恨めしげにハインツ・ヨストを見つめてから肩を落とした。
厳しい態度が当たり前のベストとは対照的なヨストだが、やはりそこは生え抜きの法律家だ。
マリーではとてもかなう相手ではない。
「わかってるけど」
「ならいい」
ヨストは、自分とベストの立ち位置をわきまえているつもりだった。
厳しいのはヴェルナー・ベストに任せておけば良いのだ。
子供を、追い詰めすぎてはならない。
「わたしが次に君がそこで居眠りしているのを見かけたときは、ちゃんと”おでこ”をぶつけるまえに声をかけてあげよう」
「……ありがとうございます、ヨスト博士」
マリーはいつでも返事が良い。
少なくとも自分に好意を向けてくれる胃相手に対しては。
返事も良いし、素直でかわいい。
ささくれた中年たちにとっては、さしあたってそれだけで充分だ。
「返事が良いだけでは嫌な顔をする連中もいる。もうすこし賢く立ち居振る舞いなさい」
いいね?
そう問いかけるも、彼女がからっきしわかっていないことは知っている。
とりあえずちゃんと言いつけた、という既成事実も大人の世界には必要なのだ。
当初、鼻提灯の予定でしたが、ヒロインが鼻提灯はあんまりだということで却下になりました(´・ω・`)




