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それはそれ、これはこれ

 年齢が親子ほども離れているし、自分には幼児趣味もない。


 かわいらしいと思うが、胸もなければ尻もない。華奢な骨格の印象的な体型の少女に対して抱くのはただただひたすらの庇護欲だ。


 守ってあげたいと思った。


 それはともかく、だ。


 眉の間にしわを刻んだままで、赤い犬に足を踏みつけられたまま唇をへの字に曲げて考え込んだ。


 どうしてこうもなつかれたのだろう。

 もちろん、嬉しいに決まっている。


 自分に対して無邪気に屈託もなく接してくることには一向に構わない。構わないのだが、問題は彼女がほかの者に対しても、同じように無邪気なことだった。


「余り男にべたべたとくっつくのはどうかと思うぞ」

 そう提案したマイジンガーに、マリーは足元の凍った路面に注意しながらいつもの如く悪気もなさそうに自分の隣に立つ禿げ頭の腕にしがみついた。


「別に見境ないわけじゃないと思うけど……」

「君は見境がないと思うが」


 一応相手は選んでいる、とでも言いたげだが、どこからどう見てもマイジンガーなどからしてみれば見境がなさそうに見える。


 うむむとうなり声を上げた中年の警察官僚にマリーは天真爛漫に笑うと、足元の氷を爪先でつついた。

 最近では雪も少なくなって、彼女の気に入りのベンチは日差しで渇いていることが多い。

 そこにいつものように腰を下ろしているマイジンガーの横にはマリーが無邪気に笑っていて、足元には少しばかり機嫌の悪そうな犬がいる。


 穏やかな日常など自分には縁がないと思っていたというのに、不思議なものだ。


 ミュンヘンの秘密警察時代から、闘争のただ中にあった。

 常に権力の傍にいるという自負がありながら、いつも同じように権力のごく辺境へと追いやられることになった。


 そのことが、マイジンガーにはいたく不満でならなくて仕方がなかったこと。


 昼の日差しの暖かさに、うとうとと眠り込んでいく少女の膝の上に、食べかけのサンドイッチと、ホットミルクが横に置かれたままだ。


 音もなくそっとミルクのカップを遠ざけてやってから、マイジンガーは我が物顔で自分の足を踏みつけて寝そべっている赤毛のシェパードを一瞥しただけで、少女を目覚めさせるような動作を控えると鼻から息を抜いて溜め息をつくとベンチに寄りかかったままで見慣れたプリンツ・アルブレヒト・シュトラッセの中庭の頭上の空を振り仰いだ。


 雲の切れ間に青空が見える。


 ――春はもうすぐそこにやってきている。


 温かなうたた寝に捕らわれた少女の小さな金色の頭がことりと、マイジンガーの肩に落ちた。


「まぁ、どうでもいいか」


 妻には不倫を疑われたが。


 とりあえず、それはそれ、これはこれ、だ。


 ワルシャワの殺人鬼、とまで恐れられた男がこんなところで子猫にじゃれつかれているのを見たら、いったいかつて彼が殺した者たちはどんな顔をするだろう。


 公私混同だと批難するだろうか?


 いや、とマイジンガーは考え直した。


 公私混同こそ勝者の権利なのだ。

 勝てば全てが許されるし、敗者に権利はかけらも存在しない。


 たったそれだけのことだ。

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