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たとえばこんな話

 小春日和で寒さもゆるんできた昼下がり、うとうとと暖かい日差しの下で緊張感から解放されて、空軍総司令部の中庭で船を漕いでいた空軍元帥は自分の頭に触れた体温を感じて薄くまぶたを上げた。


 空軍元帥であり、貴族の出身という地位にある自分においそれと触れるような不届き者はなかなかいない。


「なにごとだ……」


 居眠りを邪魔されたヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェンは、不機嫌な声を上げながら顔を上げて、頭の上に無造作に触れた手首を掴んだ。


 驚くほど華奢な、頼りない手首に思わずぞっとした。

「ゲーリング元帥に会いに来たら、あなたが寝ていたから」


 金髪の少女がにこりと笑う。

 吹けば飛ぶような痩せた少女だ。


 どこぞの強制収容所から脱走でもしてきたのではないかとも思ったが、それにしては髪も長いし、肌の手入れも行き届いている。

 なにより上質なマントを身につけていて、とても強制収容所に送り込まれるような人種ではないことを如実に伝えていた。


「最近の子供は言葉使いもしらんのか……」

「わたしはあなたが心配だっただけよ?」

「なんの」


 憮然として少女を見つめ返したリヒトホーフェンに、金髪の少女は困ったように笑ってから元帥に掴まれた手首を自分のほうに引き戻して、小首を傾げた。


「だって、体の調子が悪いんでしょう? 無理しちゃだめよ。あなたは英雄の血をひいているんだもの」


 先の欧州大戦の撃墜王――マンフレート・フォン・リヒトホーフェン。

 通称、レッドバロン。


「余計な心配をしなくてもいい。それに、君は何者なんだ。無礼にも程がある」


 自分の病状は軍医から宣告されている。

 そんなことはわかっている。


 しかし、戦時中であるという国難を前にして、職業軍人の自分が逃げるわけにはいかないのだ。


 空軍のパイロットたちを確かな道筋へと率いていかなければならない。

 だから、病気を理由に前線を退くことなど許せるはずがなかった。


 なによりも、自分自身が。


「……責任感が強いのね」

「君は?」


 今ひとつ会話がかみ合わない。

 そんな不快さにリヒトホーフェンが眉間を寄せると、金髪の長い髪を背中に垂らした少女はにこにこと笑ってから華奢な腕を伸ばして年上の元帥の頭を抱き寄せた。


「無理しないで」

 ――あなたが必要なの。


 暖かい少女の腕は、リヒトホーフェンにロシアでの過酷な冬を思い起こさせた。

「善処しよう」


 レッドバロンの血を引く者。

 自分の頭の中に爆弾を抱えている。

 それがいつ自分の命を危険にさらすのかも、今のリヒトホーフェンにはわからない。

 それでも、彼は戦う事しかできないのだ。


「もう、手遅れなのかもしれない」

 それでも戦うしかできないのだ。

 戦いを放棄すれば、祖国ドイツは敗戦へとまっすぐ突き進むことになるだろう。


 だから病身に鞭を打つしかリヒトホーフェンには選択肢がなかった。


 空軍元帥の自分を抱き寄せる不躾な少女。

 彼女の腕にはなぜだか抗いがたくて、リヒトホーフェンはそのまま目を伏せた。


 ややしてから、唐突にリヒトホーフェンの目の前でがくりと少女の体から力が抜ける。背後へ倒れ込むように腕から力が抜けた少女の体を咄嗟にリヒトホーフェンは抱き留めて、視線を彷徨わせた。

「なにごとかね、リヒトホーフェン元帥」

「国家元帥にお会いしにきたというこの子が倒れまして……」


 ゲーリングの声に思わず応じながら、リヒトホーフェンが顔を上げると、当のゲーリングのほうは鼻の上にしわを寄せてから軽く腕を振って踵を返した。

「医務室に連れて行ってやりたまえ。その子になにかがあるといろいろ親衛隊の連中がでしゃばってきて厄介だ」


「……は? はぁ……」

 華奢な少女の体を抱き上げて、リヒトホーフェンは立ち上がった。

空軍一の色男、リヒトホーフェン(*・ω・*)

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