マリーとロートの距離感
「猫?」
「はい、どうなさいますか?」
「捨ててこい」
ぶっきらぼうにヴェルナー・ベストは言い捨てた。
別に猫に恨みがあるわけではない。
「しかし……」
言いよどんだ警察犬の管理をしている親衛隊員が、「あれを」と言いながら指さした。
「しらみがうつるので衛生上良くないと申し上げましたが」
「ふむ」
小春日和の中庭のベンチでいつものようにコロコロと転がっている少女の腹の辺りに子猫がいた。
少し離れたところに行儀良く座っている赤毛のシェパードの耳と尻尾が下がっているのをみれば、「彼」の内心は言うまでもない。
遠目に見た限りは一応洗ったらしい。
「国家保安本部が猫の住み処になるのはあまり好ましくない」
ベストが冷静に言うと、警察犬の訓練を担当している下士官は肩をすくめてなんとも言えない表情になった。
「あれではロートがかわいそうです」
「そうは言ってもな。本人もそれなりに努力しているようだし」
しょんぼりと尻尾をさげているロートの思いはどれほどなのかと言われても、こればかりはマリーに無理強いすることもできないだろう。
なにせ自分と同じくらいの体重のあるロートが相手ではマリーも恐い思いをするところもあるのかもしれない。
足音も少なくベンチに寝転がっている少女に歩み寄ったロートが、控えめに子猫の顔をなめてやるのだった。




