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虎と子猫の対決について

「別にあの武装親衛隊員が名前で呼ばれているから羨ましいというわけじゃないぞ」


 同年代でもある世界観研究局長に、国内諜報局長は仏頂面のままでそう説明した。


「別に、わたしはそんなこと今さら言っていないが」


 応じるのはフランツ・ジックスだ。

 ぶっちゃけた話、「あの」金髪の少女がなんだかんだと人間関係を引っかき回すことにはそろそろ慣れた。


 国家保安本部幹部の年長者たち――カルテンブルンナーやミュラー、ネーベ、やシュトレッケンバッハらなど――がすっかり、彼女に対して鼻の下を伸ばしているのは、言うまでもない。

 東部戦線帰りの高級将校らがぎすぎすとしたぎこちない作り笑いを浮かべていたことも、彼女の存在によって解消された。

 彼らが本心でなにを考えているかはともかくとして、オーレンドルフも、ヨストもアインザッツグルッペン指揮官を任命される前の利発さを取り戻した。


 権力争いのライバルという意味ではありがたい話ではないが、優れた人材の喪失は断じて阻止すべきだとも、組織人として考えた。

 出世レースのライバルでもあるが、同時に彼らの存在意義はライバルであればこそフランツ・ジックスにもわかっていた。


 オットー・オーレンドルフやヴァルター・シェレンベルクの代わりは存在しない。

 少なくとも、国家保安本部にとって貴重な人材なのだ。


「名前で呼んでもらいたいなら、そう言えばいいのではないですかな?」


「……――」

 冷静にジックスが指摘すれば、オーレンドルフは閉口してから眉間にしわを深く刻んだ。


 もっともそんなことを提案してみたところで、最初からそういうことを要求できるような厚かましい性格であれば、再三再四政治生命を絶たれるような状況に置かれるわけもなかったのだが。


「オットーなどという名前など掃いて捨てるほどある」

「……それは否定しませんが」


 武装親衛隊のオットー・スコルツェニーが「オットー」と名前で呼ばれていることが、どうにも同じ名前を持つオーレンドルフには気に入らないらしい。


「まぁ、いい」


 しばらく考え込んでいたオットー・オーレンドルフはひとりで自己完結してから肩から力を抜くと、大きく息を吐き出した。


 ジックスにしてみればなにが「まぁ、いい」のかさっぱりわからない。


「なんというか、どうにもマリーが、スコルツェニーをおもちゃにしているところは、あれだな。シベリアトラにじゃれている生まれたての子猫みたいだ」


 要するに「かわいい」ということが言いたいらしい。

「なんでシベリアトラなんです?」


 ジックスが素面で突っ込んだ。

 ベンガルトラでも、インドシナトラでもいいじゃないか。

「大きいからな」

「……なるほど」

 首をすくめたオーレンドルフに、ジックスはタバコにマッチで火をつけながらあきれた様子で頬杖をついた。


 確かにそう言われれば、見えないこともない。


 非力な子猫が大型の虎を未発達の前足で押してみたところでびくともしない。

 スコルツェニーの気を引こうとして、押したり引いたりしてみたところで、マリーの腕力ではどうすることもできない相手。


 そういえば、国防軍の戦車戦の発案者に寄るところでは、「戦車教本」の表紙になっているそうではないか。


 奇しくも「虎」という共通認識に、フランツ・ジックスは内心で失笑したのだった。

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